3話 想い

「――――――っっ、ゆ、ゆ……め、なのか……?」

 飛び起きたのは確かに昨夜、駅前で沙穂さほ瑞希みずき、そして近くの居酒屋で西久保にしくぼ清瀬きよせと別れた後でチェックインしたビジネスホテルだった。


 久しぶりに話題に出したせいなのか、それともせっかくの帰郷だが、やはりそれに付随して意識せずにいられなかったのか、しばらく見ていなかった悪夢を見た。


 悪夢。

 そうやって言ってしまうのには、少しだけ抵抗がないわけでもない。

 何故なら、あの日いなくなったゆうに会うことができるのは、もうその夢の中だけなのだから。

 ただ、それを差し引いても、今朝見た夢は不気味だった。

 今まで――この街を離れてしばらくの間見ていた夢の中では、優が目の前で消えてしまったり、どこか遠くへ行ってしまったり、とにかく優を見つけられないまま街を離れてしまった後悔があらわれた夢だった。

 目覚めた後でいつも涙にくれる、そんな夢。


 だが、今日見たのは違う。

 少なくとも、今まで見た夢で俺が暗い森の中にいたりなんてことはなかった。

 優が……優らしき声が後ろから迫ってくることなんて、なかった。

 そして、夢の最後。


『みつけた やっと帰ってきてくれたんだね』


 そんな言葉を夢の中でかけられたせいだろうか、そのときに背中を這った冷たい指の感触が、目覚めた今でも現実味を帯びているような気がした。



 窓から差し込む光を見ると、今は決して早い時間ではないらしい。

 ん? 何か忘れてないか……? ふと浮かんだ疑問を、頭の中で反芻する。引越しの荷物は持ってきたし(そんなに多くもなかった)、不動産屋のチェックもしたし……(店頭に貼られていた物件からいくつか候補を絞っている)。

 いや、違う。

 ホテルに入る前、別れ際に清瀬が言ってたことを思い出せ。


『じゃあ明日はさ、みんなで集まってなにかしよっか。葉山はやまたちも予定空いてるっていうし。う~ん、僕もバイトがあるから11時とかになっちゃうけど。早いかな?』

『そんなん、別に遠い場所同士での待ち合わせじゃあるまいし! 平気平気!』

『そっか、引っ越してから何回か遊んでても一樹いつきってけっこう時間にルーズなイメージがあるけど……。わかった。じゃあ、待ってるから』


 思い返したそんなやり取り。酒に酔っていたから軽く承諾したけど、今は何時だ?

 休日はいつも正午近くまで寝てからバイトに明け暮れるという生活だった俺にとって、11時に外に出ているっていうのは未知の領域に近い。

 で、確認したスマホの画面が示す時間は、10:57。

 ……あ、絶対に間に合わねぇ。

 俺は、慌てて清瀬に電話を入れることにした。


 で、呆れられながらようやく待ち合わせ場所についたのは11時半くらい。4人は先に来ていたらしく、口々に「遅いよー」とか「もう出かける先決めちゃったよ?」とか、そんな言葉が飛び出してくる。

「あぁ、悪い悪い。で、どこだ?」

 それに答えたのは、西久保だった。


「ほら、あそこだよ。せっかく一樹も帰ってきたんだし、お化け屋敷に挑戦してみるか、ってさ」

「僕たちあのときいなかったし。せっかくだから、森の中でも歩いてみようか、なんて思ってるんだけど」

 つまり、そこは。

 俺たちが最後にかくれんぼをした場所のことだった。



 何で敢えてこの森なのか、とも思った。

 たぶん西久保にしても清瀬にしても、十数年ぶりに帰ってきた俺との共通した思い出を探るのを目的に……とかそういう思惑があったのかもしれない。あの頃、たぶん俺たちの中でよく話題に挙がっていたのはお化け屋敷のことだったから。

 それにしたって、優がいなくなったこの森で?

 沙穂とか瑞希は平気だったのか?

 そんなことを思いながら、森の中に入った。入ったときはそんなことを考えていた。

 ただ、そんなことを口に出して空気に水を差すのも気が引ける――最初はそんなことを思っていたのだが、しばらくするとそんな気持ちもすっかり失せていた。

 あの頃思っていた以上に森は広く、だからだろう、最近整備されたらしい遊歩道のルートも多岐にわたっていて歩くこと自体も楽しめるつくりになっていた。所々に設置された豆知識クイズなんかは、他の場所でもよく見かける使い古されたもののようにも感じたけど、わりと面白い内容だ。

「あれ、考えたの僕なんだよ」

「えっ、清瀬が!?」

「妹がああいうの好きだからさ。いつも何かクイズ考えてるうちにちょっと応募してみようかなって。採用されて照れくさいけど、妹が喜んでくれてるから、まぁよかったかな」

「へぇ……」

 つーか、妹がいたのも初耳なんだが。聞くと、年がかなり離れているらしく、「まぁ、一樹が知らないのも無理はないよ。今度写真見せてあげるから」とにこやかに言われた。別にいい……とは言いにくい空気だったなぁ。

 西久保も、所々で立ち止まって写真を撮っている。最近写真撮影にハマっているらしく、大柄な体をぐっ、と屈めて一眼レフカメラをどこかに向けている姿は何かおかしくて、ついその姿を撮ってしまった。


 そうこうしている間に、空模様が曖昧になってきた。

 待ち合わせ場所に向かう途中で確認した天気予報は、嘘だったのだろうか?

「あ、雨降ってきそうだね」

 いつの間にか少し離れて歩いていた瑞希が、今気付いたように言う。いや、瑞希のことだから、本当に今まで気付かなかったのかもしれない。昔から何かに夢中になると他のことを放っておくところはそのままなのかもな……。

 そんなことを思っていたときだった。


 最初は見間違いかと思った。

 次には、夢だと思った。

 でも、どちらでもないとわかって。


 俺は、森を出ようとするみんなから離れて、走り出していた。


「え、一樹くん!?」

「いっくんどうしたの!」

「おい、待てよ一樹!」

「そっちは危ないから!」


 そんな思い思いの声が後ろから聞こえたが。

 俺は足を止められなかった。

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