冥界の王はJKキラー?

すて

第1話 冥王ハーデスの乱心

「あ~たまらんわ~~~」

冥界の王ハーデスはボヤいた。

「俺、長男やで。せやのにゼウスの奴、兄貴面しやがって。そりゃあゼウスに助けてはもろたよ。せやけど、あいつだけ母ちゃんに助けてもろたんやから兄貴助けてもバチ当たれへんのんちゃうん?」

ハーデスはクロノスを父、レアーを母として生まれた。だが『我が子に権力を奪われる』という予言を恐れたクロノスはハーデスを飲み込み、また後に生まれるポセイドンをも飲み込んでしまったのだった。


「母ちゃんも母ちゃんやわ。なんでゼウスだけ助けんねん。ハナっから俺を助けてくれたらこんなややこしい事にならへんかったっちゅーねん」

二人の息子を夫に飲み込まれたレアーは三人目のゼウスが生まれた時、石に産着を着せてクロノスを騙し、ゼウスを救った。クロノスの目を逃れてクレタ島で育ったゼウスは後にクロノスにハーデス・ポセイドンを吐き出させ、タルタロスの奥深くへと幽閉した。世に言う【ティタノマキア】であるが、この際にクロノスから吐き出されたのがハーデスよりポセイドンの方が先だったので本来長兄ハーデス、次男ポセイドン、末弟ゼウスという図式が逆にされてしまったのだった。


「ポセイドンは真ん中やから兄弟の順番入れ替わってもどーでも良いからなー。だいたいお父んから吐き出されたんが第二の誕生やってどんな理屈やねん。タツノオトシゴかっちゅーねん」 

 ブツブツと愚痴り出すハーデス。かなり不満が溜まっている様である。

「ペルセポネは一年のうちたった四ヶ月、三分の一しか俺んとこにおれへんしなー」

 ペルセポネはゼウスの娘であり、ハーデスからすると姪っ子である。花を摘んでいたペルセポネにハーデスが一目惚れ、ゼウスに相談したら『俺の娘に惚れたんかー、なら強引にモノにしちまえ!それぐらいの男でないと娘はやらん』と言われたので無理矢理冥界に連れて行ったのだがペルセポネの母親であるゼウスの妻デーメーテルは当然激怒した。


 ゼウスは冥界に女神ヘルメスを送りペルセポネを連れ戻そうとするが、ペルセポネが冥界でザクロ四粒を食べてしまっていた為『冥界の食物を食べた者は冥界で暮らさなければならない』という掟によって一年のうち四ヶ月は冥界で暮らすことになっていたのだ。

「一粒一ヶ月ってかい。なら十二粒食べてたら一年中冥界におったんかいなぁ……ゼウスの奴は女神だけや無うて、人間の女の子とも色々やってるっちゅーのに……」

ちなみにデーメーテルはゼウスの姉だったりする。ゼウスは姉萌えの属性もあった様だ。

ハーデスはタナトスを呼びつけた。


「冥界の王、今日からお前な」

「はぁ?」

 いきなり呼び出され、とんでもない事を告げられて状況が理解出来ないタナトス。ハーデスはもう一度、今度は具体的に言った。

「俺、冥界の王引退することにしたから。で、二代目冥王がお前ってこと」

「ええっ!?」

 言うまでもないが、ハーデスは神である。不老不死である神が王位を明け渡すのは他の神に王位を奪われた時ぐらいのものである。それをハーデスはタナトスに王位を自ら譲ろうと言い出したのだからタナトスが混乱するのも当然のこと。

「俺、自分から冥界の王になった訳じゃなくて、くじ引きで決まっただけだろ、もう長いこと冥界の王やってるし、そろそろ王位変わっても良いんじゃないかな~ってね」

「ゼウス様はご存知なのですか?」

「冥界の話やからゼウス関係無いやん」

 ハーデスの言葉の語尾に『やん』が付いた。ハーデスは荒くれると、こんな喋り方になるのをタナトスはよく知っている。ゼウスは関係無いと言われたら、あの方の名前を出すしか無い。

「ペルセポネ様は?」

「…………」

「ペルセポネ様は?」

「…………」

「ペ・ル・セ・ポ・ネ・さ・ま・は?」

 タナトスに妻の名前を出されて無言になったハーデスだったが、三度目の問いかけに、重い口を開いた。

「あいつ、もうすぐオリンポスに戻るやん。そんで8ヶ月も帰って来ぃひん。毎年毎年おんなじことの繰り返し。もうやってられへんねん」


 タナトスは理解した。もうすぐ春が訪れるのだ。冬の四ヶ月を冥界で過ごしたペルセポネが地上に戻ってしまう。この事を心優しいハーデスは二千年以上も我慢してきたのだが、やはり寂しかったのだろう、その心は蝕まれてしまっていた様だ。『ハーデスは病んでいる、休養が必要だ』タナトスは思った。

「わかりました、お引き受け致します。ただし、ゼウス様やペルセポネ様には内密で、とりあずは王位代行という形を採らせていただきますがよろしいでしょうか?」

「うむ、それで構わん。後は任せた」

 ハーデスは冥界の王の証でもある『隠れ兜』をタナトスに渡すと玉座から立ち上がると冥界から旅立ったのだった。


冥界を旅立ったハーデスが向かったのは天界では無く人間界。ハーデスには野望があった。それは人間界で青春を謳歌すること。野望と言うには小さいかもしれない。しかし彼にとってこれは非常に重要な事だった。というのもハーデスは生まれてすぐ父クロノスに飲み込まれ、ゼウスに助けられたのだが、それはゼウスが成人してからのこと。ゼウスが成人しているという事はハーデスも既に成人していた訳である。父クロノスの腹の中で過ごした青春時代。失われた青春を取り戻す舞台として人間界を選んだのだ。もちろんその為の下調べもぬかりは無い。いきなりの引退宣言みたいな感じだったが、実は何年もかけて計画を立てていたのだった。


 ハーデスの行き先は日本。理由はギリシャから遠く離れている事、そしてなんと言っても人間界について調べているうちに見つけたクールジャパンのひとつ『ライトノベル』で日本人の学園生活が楽しそうだった事だった。もっとも現実の学園生活が楽しいかどうかは人それぞれなのだが。さて、ハーデスはラノベの主人公の様にハーレム生活を堪能する事が出来るのだろうか?


          *


 日本のとある地方都市を訪れたハーデスがまず行わなければならない事、それは住居の確保だった。その方法として考えられるのは


① 既に存在する高校生に乗り移る

② 適当な家族を見繕い、その一員となる

③ 部屋を借りる


の三つである。もちろん他にも色々と考えられるのだが、彼はこの三つに絞って検討した。

 まず①は乗り移られた人間の事を考えると、神としては採用出来ない。


②については少し悩んだ。妹萌えという属性があるが、かわいい女の子の居る家庭に兄として潜り込み、「もう、お兄ちゃんったら……」というおなじみのフレーズを言われたいという思いは強かったのだが、やはり人間の家庭に入り込むのは神としてどうだろう? と考えるとやはりコレも断腸の思いで却下。


 残ったのが③である。しかし、部屋を借りるとなると様々な書類やお金が必要となるが、まあこれは神の力でなんとかなる。少し気が引けるが、人間の家庭に干渉するよりはなんぼかマシだ。そもそも神であるハーデスが人間の学園生活を送ろうなどという事自体が神の力を使わなければ不可能なのだ。


 ハーデスは駅前のチェーン店っぽい不動産屋に飛び込み、息子の為にワンルームマンションを借りに来た父親という設定で話を進めた。もちろんこの時はスーツ姿の中年男に姿を変えている。

「息子さんの一人暮らしですか。で、息子さんというのはおいくつなんですか?」

 不動産屋の店員の質問に、ハーデスはあらかじめ考えておいた設定で話を進める。

「実は瑞鳳学園に入学する事が決まっているのですが、急に私が転勤になってしまって」

 瑞鳳学園とはハーデスが目を付けていた、この街にある中堅の私立高校である。不動産屋の店員は高校生の一人暮らしという話に一瞬難色を示したが、「まあ、瑞鳳学園の生徒なら問題は起こさないだろう」という考えで即入居可の物件を何件かピックアップした。


 何件か見て回ったうちの一件に決めたハーデスは「すぐに契約したい」と言うと、当然の事ながら不動産屋は必要書類の提出を求めた。部屋を借りるにあたっての必要書類と言うと住民票や印鑑証明、銀行口座等が挙げられるが、神であるハーデスがそんなモノを持っているワケが無い。しかし、そこは神様。神の力をもってカバンから書類を取り出した。

 もちろんハーデスが住民票など知りはしない。単に相手の望むモノを出した結果、住民票や印鑑証明等が現れたのだ。でも、それって犯罪ではないか? 犯罪というのは人間にのみ使われる言葉である。これは所謂(いわゆる)『神の奇跡』なのだ。


 うまく部屋を借りる事に成功したハーデス。だが、もちろん部屋には何も無い。生活に必要な物を買いにまた街へと出ていった。

 生活用品と言っても男の一人暮らしなのでたいした物は必要無い。とりあえず床に寝るわけにはいかないのでベッドを買い、そして楽しみにしていた深夜アニメを見る為のテレビ、あとライトノベルを数冊買い込んだ。もちろん支払いの時に神の奇跡を起こしたのは言うまでも無かろう。


 これで人間界での生活の準備は整った(そうか?)。いよいよ本来の目的である学園生活が始まるのだ。


          *


 春は新学年の始まる季節である。ハーデスが目を付けた私立瑞鳳学園でも新入生を迎え入れる行事、つまり入学式が行われようとしていた。


「すみませーん、遅れました」

 現れたのは制服に身を包んだ美少年。神の変身能力により姿を変えたハーデスである。もちろん入学手続きは神の力をフル活用して完了している。それにしてもハーデス、制服は当然として、美少年に変身するとはなかなか大胆な男である。言ってみれば本来の筋骨隆々で武骨な姿とは真逆な姿。美形と言われた甥っ子のアポロンが羨ましかったのだろうか?

「えっと……君は?」

 教師の一人が新入生名簿を確認する。

「古戸真守です」

「古戸君……君は二組だな。新入生の席は決まってないから、空いてる席に座りなさい」

 新入生名簿にはハーデスの人間として名前、はっきり言うと偽名がしっかりと記載されていた。こうしてあっさりと瑞鳳学園の新入生となったハーデス。失われた青春を取り戻す事はできるのだろうか?


 入学式が終わり、新入生は教室へと案内される。古戸も指示に従い一年二組の教室へと移動する。机には出席番号が書かれた紙が貼ってあり、それに従って席に着くと感慨深げにハーデスは呟いた。

「ここで俺の青春が始まるんだ」

 すると、隣の席から声がかかった。

「なぁなぁ、お前どっから来たんだ?」

 やけに馴れ馴れしい男。背が高く、制服の上からでもわかる筋肉質な身体。しかし、乱暴な言葉遣いではあるが、その笑顔はとても人好きのするものだった。

「ああ、俺……」

 ハーデスはそこまで言いかけて慌てて飲み込んだ。せっかく細身の美少年に変身しているのだ。学校生活を謳歌する為に、それに見合ったキャラを作ろうと考えたのだった。

「ボク、古戸真守。冥界から来たんだ。よろしく」

 にっこり笑って好青年を気取るハーデス。もっともハーデスは『冥界の王』のイメージからか、粗暴で荒々しい神だと思われがちであるが、本来は純真無垢で優しい性格の男である。冥界での激務によって厳しく強直になり過ぎた彼が本来の彼に戻るだけの話なのだから自然な口調で返事を出来た筈である。だがしかし、その言葉に男は驚愕の表情で返してきた。

「め、めいかい!?」


 ――しまった!――


 ハーデスは自分の失言に気付いた。冥界から来たという事は人間では無いという事。それがバレてしまっては思い描いた青春が送れなくなってしまう。だが、男の続く言葉はハーデスの想像の斜め上をいく言葉だった。


「明開ってバリバリの進学校じゃないか。上に高校もあるだろ?なんでソコに行かなかったんだ?あっ……(察し)」


 この男の言う『明開』とは中高一貫教育の有名な進学校、明開学園の事であった。そこの中等部の者が高等部に上がらずに瑞鳳学園に来たという事は……そう、ドロップアウトしたのだと男は判断したのだ。


「まあ、色々あるわな。俺、藤川中の山本ってんだ。頭が良いヤツがいると心強いぜ。よろしくな」

 もう一度良い笑顔を見せる山本という男。ハーデスの人間界で初めての友となった男であった。同じ様な状況があちこちで見受けられるうちに担任教師が教室に入ってきた。

「みんな、席着けー。ホームルーム始めるぞー」

 担任教師の一言でざわついていた教室は静かになった。

 ホームルームと言っても今日は顔合わせみたいなもので、担任教師の自己紹介の後、クラスメイトの自己紹介が始まった。


 自己紹介というヤツは、その言葉通り自分を自分で紹介する訳である。中学で野球やってたとかバスケやってたとか言うスポーツマンアピールをしたり、書道何段とか空手何級などとプチ自慢したり、『彼女を作って云々』と高校生活の抱負を言い出したりと自分を前面に出そうとする者が居るかと思えば無難に名前とお決まり文句の『よろしくお願いします』とだけ言う者も居る。もちろんハーデスは後者であった。ちなみに山本はと言うと


「山本っす。俺、バカだったけどなんとか高校生になれました。こうしてみんなと同じクラスになれたのも何かの縁だと思うんで、みんなと楽しくやりたいと思います。よろしく」


 短いが、自分を飾る事も無く、ストレートな自己紹介。それに加えて立ってあらためてわかる長身に筋肉質な身体。そして彼特有の屈託の無い笑顔。好感度がかなり高いものだった。


 全員の自己紹介が終わると、連絡事項や高校生活にあたっての注意事項を伝えられるとこの日は終了。解散となり、教室がまたざわつき出す。席を立って同じ中学出身の友人と集まる者、隣や前後の席の新しい友人と話をする者、一人で周囲の様子を伺っている者と様々な人間模様が繰り広げられている。

 そんな中、どうすれば良いかわからず動けないでいるハーデスに声がかかった。

「古戸、帰りにみんなで親睦でも深めようぜ」

 声の方に振り向くと、数人の男女を引き連れた山本が立っていた。

「えっ、ボクも良いの?」

 戸惑って尻込みするハーデスに山本はにっこり笑って答えた。

「何言ってんだよ、お前もクラスの仲間じゃねぇか。もちろん無理にとは言わねぇけどな」

「ありがとう、もちろん行くよ!」

 山本のおかげでハーデスは人間の高校一年生にうまく溶け込む事が出来た。ここから彼の失われた青春が始まるわけだが、はてさて彼は人生の勝ち組『リア充』となれるのだろうか?

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