第21話 常識が壊れた日

819年前、世界のとある場所。


あるマスターの元に各国の王や領主から連名で依頼が届いていた。


「こうやって3人で集まるのも久しぶりだな」

そう言うのは白銀の鎧を身に纏った男。


「まったくお偉い方はいいよな。紙一枚出して自分達は安心かつ安全な場所にいられてよー」

黒の軽装備の男は、地図を広げて悪態を吐く。


「そんな事言わないの2人共!

依頼の内容は別としてこう言う事が無いと、

私達忙しくて集まれる機会なんてないじゃない」

蒼のローブの女は男2人を嬉しそうに見ている。


3人の右腕には黄金色の紋章が刻まれていた。


白銀の鎧の男の腕には


《剣を咥える竜の紋章》


名はエール。

近接系の頂点である証を持つ。

マスター名、竜が付き従う者ドラゴンスレイヴ

肩には小さな白い竜が乗っていて、時折餌を与えている。



黒軽装の男の腕には


《宝箱を守る竜の紋章》


名はサンブライト。

補助系と探索系魔法の頂点である証を持つ。

マスター名、全てを護る者トゥー・シェリール

探索系の魔法が得意。


蒼ローブの女の腕には


《杖を咥える竜の紋章》


名はリーネ。

魔法系の頂点の証を持つ。

マスター名、叡智を統べ・司る者ソール・マスター

攻撃魔法、回復魔法全てを使いこなす。


サンブライトが見つけたと言う、地図にも載らない誰も気付かない場所の前。


「大体、俺じゃなきゃこんな辺境に神様が残した、

秘密の場所見付けらんないぜ!

その名も《神が鎮座する地》だってよ」

サンブライトが胸を張る。


「依頼からどれだけかかったのだ!もう半年経っているんだぞ!偉そうにするな!」

エールが呆れてサンブライトを見る。


「でもサンが居なかったらこの場所は絶対に見つけられないわ。

そしてこの中にはモンスターが沢山いるかも知れないからエールの力も必要ね!」

2人の仲をいつも取持ち、上手に纏めるリーネ。

昔から変わらない。


依頼の内容はこうだった。


~神の遺物に異変が出始めた。

最近、モンスターの動きも活発である。

各マスターの頂点である、エール、サンブライト、リーネに

その原因の調査及び異変の排除をお願いしたい~


数百人のサインが書いてある依頼書。

本当は受けたくない依頼だった。

皆、嫌な予感がしていた。

その雰囲気を取り払うかのようにサンブライトが口を開く。


「今更なんだけどよ、神様の遺物って結局なんなん?」


「神様が姿を消す前に、私達が困らないように残していってくれた物でしょ?

3歳までに魔法の才能が無い場合、

その遺物に触れれば魔法を使えるようになる」


この世界に魔法が無くなったら何も出来無いじゃない?

と付け加えてリーネが笑う。


「俺もサンも才能無かったしな。開化してからはなぜか知らんが此処までになった」

肩に乗った小さな白い竜を撫でながらエールが言う。


この世界は魔法が全てだった。

食料も住居も灯りも全て魔法で出来ていた。


神様が悪しき者と戦い、悪しき者を倒す為に、

己を犠牲にし、住む人間にお土産を残し、この世界に平和が訪れました。

と言う絵本があるくらい有名な話だ。


「話はここまでにしてそろそろ中に入りますか!

そして久しぶりにいつもの!表だ!!」


サンブライトがコインを指で弾き、占いをする。

3人で冒険していた時、全員で無事に帰れるよう、

ダンジョンに入る前に必ず行なっていた占いもどき。


サンブライトはコインに魔法を掛け、必ず表を出す。


コインは宙に舞いクルクルと回る。

パチンと手の甲でコインを覆い、サンブライトが笑顔で手を退かす。

しかしその笑顔もすぐに消えた。


裏だった。


すぐにサンブライトは「久しぶりだったからミスっちまった」と笑い飛ばしていたが、

今思えば、この時からすでに世界の常識は壊れ始めてたのかも知れない。


「まあ俺達、3人揃えば怖いもんなんてねえよな」

サンブライトが明るく言う

「そうだな。俺達が揃えば最強だしな」

エールがサンブライトとリーネの肩に腕を回し笑う。

「そうね。怪我しても私が治してあげるから」

リーネも笑う。


~~ 神が鎮座する地 ~~


中に入ると何も無かった。

モンスターも別れ道も。

1フロア。

有るのは玉座と小さな黒い匣。


「原因ってこの玉座か小さい匣か?どっちだ?」

エールが不思議そうに聞く。

「そのちっこい匣を開けるなら俺に任せな!」

「ちょっと待ってその匣なんかイヤな感じしない?」

3人とも顔を見合わせうん!と頷く。


「でもよ!何もしないまま帰れないよな?」

その時、声なのか魔法なのか判断が付かない何かが聞こえた。


・・・ 余の作った世界の可愛い人間達よ、良く聞くのだ ・・・


とても綺麗なの様な鈴の様な声なのか言葉なのかわからない。

ただただ頭に話掛けてくる。

3人は聞き入っていた。


・・・ 余はルナ。この世界の創造神で有り、唯一神であった・・・ ・・・

・・・ しかし余に付き従うモノ、リザーヴの思いを見抜けずお前たちに危険が ・・・

・・・ 余はお前たちを愛しておる。幸せに暮らして欲しいと思い魔法を与えた ・・・

・・・ しかしリザーヴは人間に苦労をさせろ。余を信仰しなくなった人間など捨てろと ・・・

・・・ 余は勿論、却下した。しかし其れが気に食わないリザーヴは反乱を起こした ・・・

・・・ 人間の魔法の才能を消し始めたのだ。リザーヴをそのままにしておくわけにはいかなかった ・・・

・・・ 余の傍にずっと居たリザーブは、余の力と拮抗していた ・・・

・・・ 余に牙を剝いたリザーヴだがやはり可愛い。消したくなかったのだ ・・・

・・・ だから余は考えた。お前たちに再び魔法の力が使えるよう、余の魂を削り石にし、分け与えた ・・・

・・・ そしてリザーヴは余と一緒に匣の中に封印する事にした。 ・・・

・・・ 1000年ほど一緒に居れば、頭も冷えまた一緒にこの世界に戻れるだろうと考えていた ・・・

・・・ しかし余の考えは甘かった。リザーヴの憎しみは増すばかりだった ・・・

・・・ そして魂を削った余だけがそろそろ消える ・・・

・・・ 余は自分が消える前に、そなたらに特別な力を分けた ・・・

・・・ 余の最初で最後の我侭だ。頼む、リザーヴの憎しみを消してやってくれ ・・・


そう言うと何も聞こえなくなった。


「何?今の?」

全員、驚きと動揺が隠せなかった。


「ルナ様が俺達に助けを求めてる?」

エールが口を開く。


「そう言う事だろうな。そんじゃ神様の願いってのを叶えますか?」

サンブライトが指を鳴らしながら玉座に有った、黒い匣を手に取った。


「そうね。ルナ様が私達に希望を託して、力を与えて下さったんだもん。

ちゃんと言う事を聞かなくちゃね。そして今更だけど、ルナ様の信仰を広めないとね!」

リーネが目を輝かせながら頷く。


「それじゃ開けるぜ!」

サンブライトは何かを呟き、黒い匣を宙に投げ、手を広げる。


黒い匣が開き、床にそのまま落ちた。


「な、なんだ。何も無いぞ?」

サンブライトが匣を拾い上げ叫ぶ。


「3人で幻聴を聞いてたのか?」

エールが笑いながら匣を見つめる。


「なんだったんだろうね?」

リーネがそう言うと匣から声が聞こえた。


「封印が解かれました。私の仕事が無くなりました。私の存在価値が無くなりました」


うわっと言ってサンブライトが匣を放り投げた。


「もうなにがなんだかわからん!」

エールが匣を拾い上げ、リーネに顔を向ける。


「え~と。ルナ様?」

リーネが尋ねると匣が喋り始めた。


「いいえ、違います。私に名前はありません。ただルナ様は私をパンドラボックスと呼んでいました。先ほどを持って、ルナ様は消滅、リザーヴ様は解放されました。ルナ様が消滅された為、今を持って私を解錠したサンブライト様が新しいマスターです」

そう言うと匣はサンブライトの手に戻って行った。


「解放?マズい!急いでリザーヴとか言う奴を探すぞ!」

返事を待たず3人で出口に向かう。

遅かった。

いや、すぐに気付いても手遅れだったのかも知れない。


外はなぜか暗い。

空には雲がなく、本来であれば満月で明るい夜のはずだった。

満月の変わりに黒いモノが浮かんで見える。


「ちっ!あいつがリザーヴか!ヤバそうだな」

サンブライトが空に浮かぶ黒いモノを見て呟く。


「俺は何者でもない。何者にもなれないモノさ!」

リザーヴがサンブライトを見下ろし話す。


「あるのはただ憎しみのみ。ルナ様を信仰もせず、恩恵を自分達にだけに使い、

ルナ様の魂を貪り、生きているお前達が憎い。だから俺はこの世界を壊した。

そしてもう一度、作り直す。ただルナ様はお前達を愛していた。

ルナ様の気持ちを無下には出来ない。だから違う力を俺が与えてやる。

もう一度願えば、また与えてやる。新しい力を俺が与えてやる。

祈れ!願え!!新たな力を!!!」


リザーヴの言葉はルナの作ったこの世界全てに聞こえた。


「もちろんお前達3人からもルナ様の力を返してもらう。

玉座に近くに居たお前達からはまだ回収してないからな!」


リザーヴの手が3人の方に向いた。


「はい!そうですかって返せるワケねえだろ!!」

「俺達はルナ様に頼まれてんだよ!お前の憎しみを消せってな!」

サンブライトとエールは同時に詠唱を始めた。


「我が名はサンブライト。

全てを護る者トゥー・シェリールなり。

悪しき力から皆を護れ」


「我が名はエール。

悪しきモノを切り裂く力をこの手に。

顕現せよ、白き翼の刃」


発動しない。

何度やっても、魔法も召還魔法も発動しなかった。


それをリザーヴは憎しみに満ちた目で見下ろしていた。


「お前達の回収はすでに終わった。魔法を使えなくなったのでは、帰りにくいだろう?

ここで消えるがよい」


リザーヴの掌に力が集まる。


リーネはもうなにもかも手遅れだと思い死を覚悟した。

「おい!リーネ!!!」

エールに呼ばれ振り向くと襟元を掴まれた。

そしてエールはサンブライトに顔を向け笑いかける。


「いつでもいいぞ!エール」

サンブライトもエールに笑いかける


「「 わりー!リーネ。俺達はお前に全てを託す。 」」


エールは力任せにリーネをサンブライトに投げる。

サンブライトは匣を開きリーネをその中に入れた。


「「 お前ならいつでも出られるだろ? 」」

「「 楽しかったな。ありがとよリーネ 」」


その日、世界の常識は変わった。

魔法の才能が無かった者は魔法が使えなくなった。

魔法で作られていた世界。

当然、荒廃していく。

新たに現れた願えば使える能力と言う力。

最初は皆、願った。

魔法が使えなくなった者も、使える者も願った。


ある者は神様になりたいと。神が居ないこの世界。当然消えた。


ある者はこの世界を支配したいと。支配したと同時に体の一部だけを残し消えた。支配する者がいなくなるので当然、世界は元に戻る。


ある者はお金持ちになりたいと。願った者だけが生き残り親族、知り合い全てが死んだ。独りになった願った者は、自ら命を絶った。


そして時間と共に誰も願わなくなった。

代償が大き過ぎた。

魔法の無くなった世界。

人々は自ら物を作り始めた。

なぜか種族、モンスターの種類も増えた。


3人が匣を開けた日、世界の常識が壊れた。

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