第2話 15センチ

 アルカトラズには物資だけは必ず届く。

 役立たずとはいえ、反乱を起こされるのは面倒だからだ。

 そう、餌付けされている。

 そのおかげで、俺は食事を済ませることができた。満腹になったところで、時間潰しに散歩をする。

 ここに任務と呼ばれるものはない。だからといって監視するわけでもない。

 軍の上層部は、俺たちに何も期待していないというわけだ。

 パイロットではない俺には、時間があまり余っている。

 ゆっくり、ゆっくりと歩く。

 時間を目一杯、潰すために。

 基地の敷地内を一周したところで、機体を安置してある倉庫に足を運んだ。

 特に意味はない。

 なんとなく、気が向いたから。

 気まぐれってやつだ。

 倉庫内には、人型陸戦用量産機が直立不動の姿で、横一列に並んでいた。人型だけあって、メカメカしくはない。角ばったところはなく、むしろ彫刻のように滑らかな曲線を描いている。

 ふと、違和感を覚えた。

 表情が変わったと思った。

 以前の基地でこの機体を見たときは、血に飢えているように見えたが、今は打って変わって血を流すことに苦痛を覚えているように見える。

 そういえば、ルルルが、見るタイミングによって変化する、なんて不思議なことを言っていたな。


「こんなところで、何をしてるの?」


 振り返ると、パイロットスーツを着た髪の長い女がいた。


「あれ、見ない顔だね。新入りさん?」


 彼女の言葉に俺は笑いそうになる。同じ感想を俺も思ったからだった。

 彼女がどのくらいここにいるのかは知らないが、配属場所が違えば、こういうことは割りとある。

 せっかくなので、嘘をつくことにした。

 時間潰しにはちょうどいい。


「はい、昨日からこちらに配属になりました」


 俺の喋り方に、彼女はふと笑いを零す。

 俺も、自分で喋っていて笑い出しそうになる。こんな喋り方をするのは、三年ぶりだ。


「固くならなくていいよ。配属が決まったとき、この基地に年齢、階級による上下関係がないことは聞いてるでしょ? でもまあ、しょうがないか。最初は慣れないよね。歳はいくつなの?」

「十八です」

「同い年かあ。それとね、です、は要らない」


 俺は改めて、十八、と言い直すと、彼女はうんうんと頷いた。


「私はパト・ティウム。よろしく」

「俺はレオ・ワーテル」


 そうそういい感じ、と彼女は言う。


「パイロットとしてきたのなら、一応、この辺りのことを説明しておくと、白兵戦がメイン。ずっと小競り合いをしている感じ。でも、昼夜問わずスクランブルが起きるから、寝れるときに寝ていた方がいいよ。三年前は、敵も大したことがなかったらしいのだけど、今は負けると機体ごと連れ去れたりもするから、気をつけて戦って」


 何か質問は? とパトは言う。


「ここに連れてこられたとき、ここが壊滅しても勢力図に関係ないと言われたんだけど」


 これまで穏やかだったパトの表情が、急に険しくなった。


「たしかに、私も同じことを言われたわ。でも、この先輩として、一つだけ新人のあなたに覚えて欲しいことがあるの」

「なに?」

「目標を見失わないで」

「それは敵を必ず仕留めろってことか?」


 俺の解答が的外れだったのか、彼女は苦笑する。


「自分の心に決めたこと、の方よ」


 あっ、そっちか。それにしても、目標を見失わないで、とは面白いことを言う。


「どうして?」

「辛いことを言うようだけど、レオも大きなミスをして、ここに来たんでしょう? ここでどれだけ挽回しようとしても、ここから脱することはできない。軍の上層部が、ここを見捨てているから」

「だったら、目標なんて設定しても意味がないように思えるけど」

「意味はある。見捨てているからと言って、何もしなければ、ただ生きるだけの起伏のない単調な日々になる。それじゃあ、どうして軍人になったのかわからない。そうならないためにも目標を持つ必要があるわ。ここには、歯牙を抜かれた先輩が大勢いるの。新人のあなたには、そうなって欲しくはない」


 耳の痛い話だ。

 それにしても、このアルカトラズに、まだ目標を持った人間がいるとは思わなかった。

 俺は、パトと名乗ったこの異端児にますます興味を持ち始めていた。


「パトは、いつからここに?」

「一年前ぐらいかな。先輩面していたけど、実は日は浅いの」


 下をペロっと出してから、でも本当に目標は大切なんだよ、と付け足す。


「どうしてここへ?」


 その質問に、パトは眉をひそめたが、じっとこちらを窺ってから笑みをこぼす。


「さすが新人さんね。普通、そういう話はここでしないんだよ。さっきも言ったけど、何かしら大きなミス、取り返しのつかないミスをしたから、ここに来ているわけだし」


 そうだった、と俺は肩をすくめる。

 さすがに踏み込みすぎたか、と反省していると「教えてあげる」と声がした。


「え?」

「いいよ、教えてあげる。先にここへ来た先輩として、新人の未来が潰れるのは目にしたくないからね」


 そう言って、パトは過去を話してくれた。

 以前の基地では、エースパイロットとして華やかな道を歩んでいた。

 あっという間に少佐となり、小隊を任されるようになった。メンバーは、自分が一番年下にもかかわらず、よくしてくれる素晴らしい人たちだった。ようで、この小隊を守っていこう、そうパトは心の中で誓っていたらしい。

 そんなあるとき、パトの小隊に課せられた任務は防衛戦。

 当時は、敵がどんな手を使ってこようと、エースパイロットである自分がいるのだから、どうとでもなると思っていた。

 結果は、小隊の全滅と基地の半壊。

 傲りゆえの判断ミス、失敗による焦りから負のスパイラルに入り、気づいたときには何もかもが手遅れだった。あれほど、自分ならどうとでもなると思っていたのに。


「天罰だった。何度か死のうかと思った。けれど、生き残ったからには、何かしらの意味があると思ってね。だから私は、この戦争を勝利で飾るまでは死なないことを目標にしたの」


 パトの瞳は、まっすぐ未来を見据えていた。

 目標が意志となり、力強さを感じる。

 その熱に当てられたのか、俺は誰にも話すまいと決めていた自分の過去を口にしていた。


「あのさ、『ユーファ』って知ってるか?」

「もちろん、知ってるよ。『ユーファバル計画』のことでしょ? 実際に戦場に出たわけじゃないけど、ユーファは多くの人生を変えたよね。もしも成功に終わっていたら、戦争は終わっていたと言われるぐらいだもん。私もパイロットになることもなければ、仲間を失う経験をすることもなかったかも。まっ、違った経緯で失っていたかもしれないけど。もしかして、ここに来た理由に、ユーファが関係してるの?」

「ああ、俺がみんなを巻き込んだんだ」


 一瞬、パトの表情が固まった。遅れて眉をひそめる。


「俺が、ユーバーファル計画を台無しにしたんだ」

「う、嘘でしょ?」

「実は謝らないといけないことがある。実は俺は三年前から、ユーファが終わった直後からここにいるんだ」


 パトは困惑した表情のまま、また固まった。


「俺は参謀長の補佐をしていたんだ。戦況を的確に読めるから、と傍に置いてもらったんだ。参謀長の期待に、軍の勝利に応えたくて、多くのデータを収集した。勝利を重ねて重ねて、敵をユーファバルで壊滅できるところまで追い込んだ。だけど、俺はその重要なところで」


 作戦を勝手に変更した。

 あの頃の俺にとって、戦争はテーブルゲームのような感覚でしかなかった。

 人は駒に過ぎない、そう思っていたからこそ、どんな作戦でも立てられたし、勝ちを得てきた。

 けれど、あのとき俺には失いたくない人がいた。

 その人がいる部隊は、作戦を決行する中で捨て駒として配備されていた。もちろん、本人たちは知らない。

 どうしても助けたかった。

 どうしても失いたくなかった。

 それでも、運命は変わらなかった。

 俺は彼女を失い、ユーファでの戦いは大敗してしまった。

 

 黙り込んでいた俺に、「十五センチだね」とパトは言った。


「十五センチ?」

「長さじゃないよ。Home Front Sentimental、正式には銃後感傷って言われてる。でも、精神的な病はデリケートな問題だからと、言葉を短くして親しみやすい名をつけるのが一般的でね」

「だから略して十五センチか」

「戦場に出なかった人が抱える精神的病のことを指すの。これを治すのは、戦うしかないよ」

「バカを言うな。ここは小競り合いをしている場で、しかも勝っても負けても勢力図には関係のない場所だ。参謀なんて必要がない」


 俺は、確かに過去を話すことで、今の自分から脱却しようと思った。

 だが、こんなところで戦ったところで何かを得るわけでもない。


「それが十五センチだって言ってるの。小競り合いが続いているのを解っているくせに、参謀の補佐官だった人が、それを終わらせようとは思わないの?」

「俺は」


 そこから先、言葉がでなかった。終わらせて何になる、としか思えなかった。

 ふいに、パトが俺の手を取った。


「レオ、変わろう。ここに来たことは、無意味なんかじゃない。絶対に意味がある」


 まっすぐ未来を見つめるパトの瞳に、俺はそっと視線を逸らした。

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