極限の十拳剣

 色欲の魔王、アスモデウスと一定の間合いを取り、集中する。

 腰を下ろし、十拳剣を横に構えながら、期を窺う。

 アスモデウスが一歩前に出ると、その分跳んで下がり、巨躯を中心にジリジリと回りながら移動する。

――格下の戦闘方法だな

「お好きなように感じていいわ」

 実際、対峙してみると、本来、私が相手出来る敵じゃない事が解る。

 以前、水谷邸でナーガを見ていなかったら、みっともなく動揺していた事だろう。

 アスモデウスが再び一歩前に出た。と、同時に、後ろに跳びながら間合いをキープする。

――戦う気があるのか娘!!

 焦れて突進してくるアスモデウス。

 密かにほくそ笑んだ。アスモデウスの足元が爆発したからだ。

――これは!!

 炸裂符を地面に落としていたのだ。地雷代わりに。

「この期を待った!!」

 一気に間合いを詰め、十拳剣を薙ぎる。

――ぬうっ!!

 再び角で十拳剣を防いだアスモデウス。

 軽い私は簡単に弾かれるが、これも想定内。

 弾かれた刹那、体重を預けた結果、私はアスモデウスの頭上に跳ぶ事に成功した。

「はああああああああああ!!!」

 その儘十拳剣を振り下ろしながら落下する。

――…期待していたが、その程度の策か……つまらんな……

 私を見上げるアスモデウスは、その瞳を光らせる。

「え?」

 視界に有る筈のアスモデウスの姿が無くなり、代わりに空が見えた。更には腕に痺れを覚える。

 何かが十拳剣に衝撃を与えた!!反動で身体が回転したのか!!

――かなりの業物!!私の槍を受けても破損せずとは!!だが、扱っている人間に問題有りだな!!

 槍?

 確かアスモデウスの手には軍旗と槍が握られているとの伝承が…

 思案する最中、背中に凄まじい殺気を感じた。また『槍』を放つ気だ!!

 ヤバい!!

 ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!!

 懐から新しく作った札、障壁符しょうへきふを取り出し、宙に放つ。

 大気の壁が私を包み込むと同時に、身体を揺さぶる衝撃!!

「くっあ!!」

 何とか身体を回転させ、地に足を付く事に成功した。

「はあ!!はあ!!はあ!!はあ!!はあ!!」

 何と言う破壊力…それもそうだけど、見えない…それが厄介過ぎる…!!

――脆い『壁』よな娘。槍の一撃で砕け散る、薄皮一枚の大気の壁か

 幻滅しているのか、挑発しているのか?アスモデウスのその瞳からは読み取れる事は出来なかった。

 代わりに槍の正体と発する。

「貴方の槍…殺気ね!!」

 武術の達人は、気のみで手を触れずして物を動かしたり、破壊したり出来ると言う。

 アスモデウスは、殺気を槍に見立てて投げたのだろう。

 色欲のアスモデウス。

 色欲や嫉妬を操る悪魔。

 また、破壊と復讐の悪魔とも呼ばれる悪魔!!

――数々の命を破壊してきた私の殺気の槍、正体が解った所で、手は打てまい

 再びアスモデウスの瞳が光る。

「あっっっ!!」

 槍の軌道は辛うじて読めたが(殺気だから、ある程度は読めるので)、十拳剣をぶつけても弾き飛ばされる!!

――諦めろ娘。所詮、力が違い過ぎる

 地力で遥かに劣っているのは最初から理解している。

 だが!!

「私は桐生さんに任されたのよ!!北嶋さんに託されたのよ!!」

 私を信頼して勝負を任せてくれた桐生さん。

 それを止めずに、魔王との戦いを託してくれた北嶋さん。

 その想いには絶対に応えなければならない!!

 両手で力強く握り締めた十拳剣を、再び水平に構え直す。

「今こそ見せる!!十拳剣の真の力を!!」

 集中し、気を十拳剣に伝達させる。

 勝負は始まったばかりだ。幻滅するのはまだ早いと知るがいい!!

 十拳剣は火の神、迦具土神を、蛇王、八岐大蛇を殺した剣。

 冥府の追っ手を払い退けた剣…!!

「魔王を斬る事など造作無い!!」

 十拳剣に私の気が行き渡る感覚!!

――むっ!?

 アスモデウスが一歩退く!!

 十拳剣の刃の周りに、一回り、いや、三回り程の光の刃が顕現された。見るからに巨大な光の刀身が。

 アスモデウスは巨大になった刀身が届くと思い、一歩退いたのだ。

「まだよ!まだまだあああ!!!」

――刀身が……それ程の大きさになるのか!?

 私の気を取り込んだ十拳剣は、巨大になった刀身に比例したように、質量も倍化したような感覚になる。

 だが、重さは全く感じない。見た目は通常時よりも10倍は巨大になったと言うのに。

「たあああああああああ!!!」

 横一閃!!

――うおっ!?

 咄嗟に下がるアスモデウスだが、胸に横一文字の斬傷!

「肉には届かず、か…!!」

 傷は確かに浅い。

 浅いが、アスモデウスの顔から余裕が消えた。

――娘…!貴様、其処までの潜在能力を持っていたのか!!

 胸から滴り落ちる血を手で押さえ、それを目視してから私を見る。

「数々の神が所有した剣!!それが十拳剣!!」

 神々が扱い、敵を退けて来た大剣。

 そのポテンシャルは計り知れないだろう。

「今日!十拳剣に討たれた敵に、魔王が加わる事になる!」

 肩に担ぐ形を取り、構え直す。

――面白い!!ならば余興は終わりだ!!

 アスモデウスが両手に空を包み込むようにして気を入れる。

――はああああああああ!!

 気合いを入れると、それは巨大な気の槍と化した。

 アスモデウスより長い気の槍…!!

「それが槍の本当の大きさ…」

――先程まで放っていた槍は、人間が使う矢程度だったが、これが本来の私の槍。まさか人間相手に使う事になろうとは………

 一振りし、気の槍を構えるアスモデウス。

――触れれば貴様の身体など、木っ端微塵に砕け散る

「触れれば、ね」

 ならば触れなければいい。避けるか捌くまで。

 私は十拳剣を担ぎながら、アスモデウスに突進して行った。

 振り下ろす十拳剣!!伸びる破壊と復讐の槍!!

 その二つの刃が混ざり合う!!

――むっ!吹っ飛ばないとは、重量が上がったのか!?

 だが私には重さは感じない。

 初めて感じる『馴染んだ』感覚。

「重量云々じゃない。『所有した』のよ」

 光の刃を気の槍に滑らせて懐に潜り込む。

――ふうん!!

 槍先を上げて柄を私にぶつけようとする。

「たああああっ!!」

 構わず刃をぶつける。

 衝撃音と共にアスモデウスの上半身が微かに仰け反った!!

――パワーまで上がったのか!!

 力押しは不可能、いや、やった事が無い私だが、十拳剣の重量はアスモデウスの巨躯を揺さぶる程、倍増していた。

「今度こそ、軽い体重はハンデにならない!!」

 乱撃する。全て槍の柄に阻まれるも、アスモデウスの巨躯は確実に一歩引いていた。

――凄まじい乱斬撃!!その重量の剣を、信じられぬ!!

 たまらずに槍を跳ね上げるアスモデウス。

 私は後ろに飛び跳ねながら、再び間合いを取った。

――人間にしては…やる!!

 槍を構えるアスモデウスの目が光る。

「!?」

 殺気の槍が再び飛んで来た!!

「く!!」

 十拳剣を前に翳し、盾にして飛んで来た槍を受ける。

――剣は盾に非ず!!

 構えていた槍を突き入れるアスモデウス。

 盾にしていた十拳剣諸共、私の身体が後ろに飛ばされた。

「~~~~~~~~~!!」

 踏ん張って耐えた。足跡が轍のように窪みが出来ている…!!

「今まで捌き切っていたのに………!!」

 受け止めようなど、慢心した。

 流して反撃に繋げなければならなかったのに!!

 後悔して顔を伏せる。

――戦意喪失か娘!!

 ハッとし、顔を上げると、其処にはアスモデウスの姿が!

「しまっ…」

 最後まで言う暇は無く、私はアスモデウスの突きの連打を十拳剣に浴びる事になった。

――ほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらあああ!!どうした娘!!下がっても良いのかああああ!!!

 高速の突きの連打!まばたきする間すら無いとか!!

「くっく!!」

 大きく目を開ける。

 敵をしっかりと見ろ!!

 攻撃の軌道を感じろ!!

 腰を下ろす!!

「はあああああああああああああ!!!」

 剣は盾に非ず。敵の言葉ながら、同感だ。

 下半身に力を、上半身は脱力!!

――むっっ!?

 槍を流す事に成功した。

 この調子で執拗な連打を全て流す!!

「力じゃ間違い無く勝てない………技で、気持ちで上回る!!」

――おのれ!!

 四方からの突きを全て受け流し、徐々に間合いを詰めて行く。

――小癪な!!

 アスモデウスの瞳が光る!!

 同時に向かって来る突き!!

「はああっ!!」

 丁度下段に構えていた十拳剣を左上に振り上げた!!

――ま、まさか…!!

 槍と矢を同時に捌いたのだ。

 決まったと思っていたのか、仕留められなかった悔しさからか、一瞬固まったアスモデウス。その無防備な胴が目に入る。

「貰ったああああ!!!」

 十拳剣を胴に薙ぎる。

――おおあああああ!!

 目を見開きながら絶叫するアスモデウス。

 途端に、目の前の、アスモデウスの姿が遮られた。

「あああっっっ!!」

 遮った何かを斬る。

 それはヒラヒラと真っ二つになり、地に落ちて行く…

 視界にはアスモデウスの姿が無い………

「……………」

 気を張り巡らせ、気配を窺う。

 ついでに真っ二つになり、落ちた物に目を向けた。

「旗…軍旗?」

 アスモデウスが持っていたとされる物。槍と軍旗。

「軍旗に隠れて姿を消したのか………」

 軍旗を斬る刹那、十拳剣の勢いが軍旗によって殺された。

 その隙に逃れたのか…

 だが、近くに居る。

 飛散はしているが、気配は確かに感じる…


 ヒュン


 背後からの殺気の槍。勿論、剣で払い除ける。

 軌道は後ろから。つまり背後に回ったのか…

 そう思いながらも、私は気を張り巡らせるのを、やめはしなかった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 蹴り壊されたテーブルを間男の間に挟み、暫し呆然とする。

「し、信じられない…あの女、色欲のアスモデウスと互角だと………」

 最初に感じた女の力は、決して魔王に迫れる力量など持っていなかった。

 だが、あの大剣の刃に巨大な光の刀身が現れた時、あの女の力が色欲の魔王に肉薄した。

 そうか、あの大剣の力か。

 あの大剣が女に限界以上の力を与えているんだ。

 そう思うと、少しばかり気が楽になった。

 椅子に深く腰を掛けてリラックスする。そんな僕の様子を見て、間男が興味が無さそうに言った。

「宝条はな、奴等の中では一番潜在能力を持ってんだよ。あのくらい当然だハゲ」

 生欠伸を噛み殺して。対してリラックスしていた僕の腰が微かに浮いた。

「あのくらい当然…だと?」

「見て解らんのかウスラハゲ。石橋のオッサンが此処に送り出したのも、宝条の底力を知っていたからだ。じゃなきゃ、あの剣が、力半分以下の状態でも、簡単に使われる訳が無い」

 特に驚く事は無いと。

 僕の方は信じられない気持ちで一杯なのに、やはり生欠伸を噛み殺していた。

「君はあの女のポテンシャルを知っていたと言うのか!」

 足元に転がっていたテーブルの破片を蹴り、苛立ちを露わにする。

「知っていたから賭に乗ったんだろウスラハゲ。つか、奴等はみんな知っているぞ、宝条の底力をな。お前は仲間を信じずに戦場に立たせる能無しだから解らんか」

 詰まらない事をわざわざ言ったと吐き捨てた。

 だが、そう言えば…

 あの暴食の魔王と対峙している男が、黒い腕を出す女の時には駆け付けようとしたが、大剣の女が対峙した事を知ると、暴食の魔王に集中し出した……

 眉根を寄せ、状況を思い出している最中、間男がプッと噴き出した。

「……何がおかしい?」

「いやなに、他人の金を掛けているお前が負けの心配をしているかと思うと滑稽でさぁ。失う物は何も無いってのになぁ」

 愉快そうにケタケタ笑う間男。

「………まだ勝負は終わっていない…」

「そりゃそうだ。だが、宝条が接戦しているのは、潜在能力の開花だけじゃない。それをこれから知れハゲ」

 全て知っている風に言う間男に憤りを感じながらも、僕は再び戦場に目を向けた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 居る………

 背後に居る………!!

 だが、振り向く事はしない。

 振り向いた時、それは十拳剣の間合いに確実に入った時。

 気配は背後から右後ろに回る。

 微動だにせず、ただ期を待つ。

 今度は左後ろ。徐々に接近してくるアスモデウスだが、ふと気が付く。

 アスモデウスに殺気を感じない?

 殺気の槍を武器としているのに?

 右後ろ。十拳剣の間合いに入った。

 だが、まだ振り向かない。

 その儘右手方向に移動してくるアスモデウス。


 フゥ…


 吐息が直ぐ其処で聞こえた。

 右方向に身体を反転させる。

「ああああああああっ!!」

 地に振り下ろした十拳剣が粉塵を巻き起こす…

 姿を現すアスモデウス。

 十拳剣は、アスモデウスの身体擦れ擦れに振り下ろした。故にアスモデウスには傷は無し。

――娘、何故わざと外した?

 驚愕するアスモデウス。

 私は十拳剣を担いで、飛び跳ねて間合いを取る。

「貴方から戦う意思を感じなかったからよ」

 表情を崩さず、アスモデウスを見ながら、真横に剣を立てるよう構える。

「戦う気が無い者を斬る事は出来ない。だから槍を出しなさい!!色欲を司る魔王、アスモデウス!!」

 敵に戦う意思を呼び戻させるよう、私は気迫を全面に押し出して構え直した。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 姿を消した私の存在を感知し、更にはわざと斬らずに剣を振った娘は、その巨大になった光の刃を、垂直に構えながら、私を見据えていた。

 その凜とした表情…

 似ている…サラに似ている…

 サラ…

 美しい娘だった。

 そして無垢なる娘。

 そんなサラを我が物にしようと取り憑き、快楽を与えようとした私だが、何故かしなかった。

 何故かは解らない。

 ただ、サラの傍に居たかった。

 そんなサラも、年頃の娘故、結婚する事になった。

 嫉妬を覚えた私は、初夜に夫となる男をこの手で絞め殺した。

 夫となる男が死んで、これでサラは私の物となる筈だった。

 たが、サラはその美しさ故、求婚者が後を絶たなかった。

 私は結婚する度、初夜を迎えようとする度、男を絞め殺していった。

 七人の男を絞め殺し時、サラは悪魔憑きと呼ばれるようになった。

 それはサラに求婚しようとする男は居なくなった事を意味する。

 これで漸くサラは私の物になる。

 歓喜した私は、サラを犯すべく術を掛けようとしたが、何故か出来なかった。

 何故かサラには手を出せなかった。

 だが、私は別に不満は無く、傍に居る事のみに喜びを感じていた。

 サラは己の不遇を嘆いて毎晩泣いていた。

 少しだけだが、胸が痛んだ。

 だが、私の感情では、共に居られる喜びの方が上だった。

 そんなある日、トビアとアザリアと言う二人の若者が街を訪れた。

 アザリアはサラを見るなり、トビアに「サラと結婚しろ」と言った。

 驚いた私だが、トビアの方はもっと驚いていた。

 サラが七人の夫を、初夜に絞め殺されていたのを、知っていたからだ。

 トビアは「自分は一人っ子ですので、死ぬ訳にはいきません」と言って断った。

 そうだろう。私のサラに手を出そうとした男は、皆私に殺されるのだから。

 恐怖しながら懇願するトビアだが、アザリアの執拗な勧めで、遂には折れて結婚する事になった。

 馬鹿な男だ。命が要らぬようだ。

 再び嫉妬が沸き起こる。

 このトビアと言う男も、絞め殺してやろう。

 私は、ほくそ笑みながら、初夜を待った。

 そして結婚の初夜。トビアがサラの部屋にやって来た。

 香炉を焚いてリラックスするトビア。

 香炉から煙が立ち上ぼると、同時に、私は苦しくなり、サラから抜け出してしまったのだ。

 香炉には、魚の内臓が焚かれていたのだ。

 私の苦手とする匂い。

 たまらずに部屋から飛び出した私を追って、アザリアと言う結婚をけしかけた男が追って来た。

 アザリアの正体は大天使ラファエルだったのだ。

 私はラファエルに捕らえられ、エジプトの奥地に幽閉された。

 永い間幽閉された。

 サラの事が気掛かりだった。

 漸く逃げ出せた時には、既にサラはこの世には居ない年月が経過していた。

 初めて嘆いた。

 サラ…

 お前はもう居ない…

 傍にいる事のみが、私の望みだったのに…

 自分でもおかしかったが、嘆いた。

 私は、サラを本当に愛していたのだ。

 故に手を出せなかった。

 嘆きながら、地獄に戻った。

 人間を愛してしまった私は、他の魔王のように、創造主の姿を象った人間を全て敵とみなせなくなった。

 故に私は、私の姿を見ても恐れずに、敬意をもって接した人間にだけは、私の識る事は教え、与えられる物は与える。

 リリスも敬意をもって接した女ゆえ、私はリリスの力になる事を決めたのだ。

 そして、サラに似ている娘。

 取り憑いて我が物にしようとした娘が、敵の私に敬意を払い、正々堂々と勝負を申し込んでいる。

 その瞳に迷いは無し。

 ニ、三まばたきをし、首を振る。

 そして私は娘の目を見て、槍を構えた。

 構えた私を見て、筋肉が緊張したように微かだがピクリと動いた娘。

――敬意を以て接すれば、その者の望みを叶える悪魔が私だ

 娘の望みは私との正々堂々、真っ向勝負。望みには応えなければならぬ。

「ならば良し…行くわよ!色欲のアスモデウス!」

 脚を前に出し、光の刃を振り下ろす娘。勿論、私も槍を突き入れる。

 刃と刃がぶつかった瞬間、娘が槍に刃を滑らせて接近してきた。

「おおおおおお!!」

――懐は取らせぬ

 私は瞳を娘に向け、殺気の槍を娘に飛ばせたが、私が放った槍は、娘に届く前に爆発した。

 いや、爆発で相殺されたのか。

「炸裂符で飛ぶ槍は封じた!!」

 炸裂符…確か序盤、地雷代わりに使った札か。

 娘の力が底上げされてからの札の威力は、先程の地雷よりも遥かに威力を増していた。

 私の槍を相殺出来る程にまでも。

 感心している最中、光の刃が私の脳天目掛けて振り下ろされた。

 それを槍で受ける。

「く!!」

――易々と私を倒せるとは思っていまい

 娘を薙ぎ倒そうと、柄の方を振り回す。

 娘は屈んでそれを躱す。

 だが、振り回していた槍の刃の方が娘に接近した。

「くぁっ!!」

 剣をぶつけて槍を止める娘。

――ぬぅんん!!

 構わず槍を回転させた私。

「あっ!!」

 剣の間合い外まで吹っ飛ぶ娘。だが、隙は無い。追撃は無用か。

 その儘槍を回転させ、再び中段に構え直す。

「はぁ、はぁ、はぁ、っは…流石は色欲を司る魔王、アスモデウス…簡単には斬らせてくれはしないか…」

――貴様こそだ娘…槍が遠く感じた人間はお前の他居らぬ

 本心で讃辞した。

 人間が此処まで私に抵抗、いや、『戦う』事が出来ようとは、思っても見なかったからだ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 強い………

 いや、当然か。敵は魔王なのだから。

 槍の使い手としてもかなりの腕前。

 剣で槍に肉薄するには、懐に飛び込む事は必須。

 だが、懐が遠い……

 先は取れない、後は捌かれる。

 ならばと、十拳剣を縦に構え直し、その姿勢の儘、腕を上に伸ばした。

――む?

「…一振り…この一振りに全てを掛ける………!!」

 構えは一撃に全てをぶつける、示現流の、一の太刀を疑わず、二の太刀要らず、僅かでも速く打ち下ろす。

 初太刀から、勝負の全てを掛けて斬り付ける『先手必勝』の鋭い斬撃を必要とする変則上段。

 先の先を取る構え。

――二撃目は無い。外れたら終わりか

「二撃を期待する事はやめた。貴方に挑む事は、そんな簡単な事じゃない。文字通り、命を掛ける必要がある」

――命が要らぬ、と言うのか娘?

 命が要らない?

 微笑を浮かべて首を振る。

 そしてアスモデウスを見据えながら言い放った。

「命を守る為、貴方に勝つ為に…一撃以上要らない、そう覚悟を決めただけ」

 そう、私は勝つ。勝つ為に二撃目を捨てる。

 一つ深呼吸をし、脱力をした。

 次に力を込める時、それはアスモデウスが真っ二つになる時だ。

 アスモデウスの槍と私の十拳剣。槍の間合いにはやはり及ばない。

 先の先を取ると言いながらも、槍の先を取る事は難しい。

 ましてや、槍の使い手は魔王、アスモデウス。

 槍の間合いに入った瞬間、凄まじい突きが襲ってくる筈。

 やはり後を取るか?

 だが、一撃を狙う構え故、後を取れるのだろうか?

 迷いが生じ、躊躇いが生まれつつある。

 どうする?

 どうする?どうするどうするどうする………

 額から一滴、汗が流れ落ちてくる。

 拭う事すら忘れる程の迷い。

 そんな時…

「宝条!その剣な、まだ先があるってよ!!」

 確かに聞こえた北嶋さんの声…!!

 其方を見る事は出来ないが、それは私の迷いを飛ばしてくれた。

 十拳剣はまだ先がある………!!

 再び深呼吸する。

 そして息を止め、一歩前に出た。

 それを見たアスモデウスも一歩踏み込む。

 互いに、後数歩踏み込めば、それは槍の間合いとなる…

――光の刃を纏って巨大になったその剣をもってしても、私の槍の方が先に届くぞ?

「……………」

 アスモデウスの言葉には構わずに一歩踏み込んだ。

――言葉は要らぬか…

 心無しか、身体を捻って槍を気持ち前に出した。

 念には念か。

 槍を一瞬でも速く届かせる為に…

 ジリ、ジリ、と、微かに移動して行く私とアスモデウス。

 もう少しで槍の間合い………


 スッ


 アスモデウスの槍の間合いに入った!!

「はあああああああああああああ!!」

 十拳剣を超高速で振り下ろす。

――剣は届かぬぞ娘!!

 当然、鋭い槍の一突きを放った。

 私の方が先に放った一撃。だが、リーチの差で槍の方が早い。

――貰ったぞ娘!!

「ぁぁぁぁぁあああああああああああ!!!!」

 私のありったけの気。

 振り絞って吐き出した気を十拳剣に伝達させた!!

 光の刃が更に巨大になる!!

――な、何!?

「はあああっっっ!!!」

 十拳剣はアスモデウスの肩から腹を裂き、勢い余って地面に突き刺ささった。

――…がはっ!!

 アスモデウスは槍を私に届かせる前に血を噴き出して上半身を地に付ける事になった。

「はあ!!はあ!!はあ!!はあ!!」

 凄まじい疲労感が私を襲い、光の刃が徐々に小さく消えて行く。

 もう、余力は無い。

「っはあ!!」

 遂には膝を地に付けてしまった。

 ほぼ同時に光の刃が完全に消えた。

 恐る恐るアスモデウスに目を向ける。

 アスモデウスは上半身を転がせ、顔だけ私に向けていた。

――見事だ娘…私の…負けだ……

 ふっと微笑んで、頷く。

「貴方のおかげで一つ、高みに登れた」

 それは感謝の言葉。

 私は間違いなく、色欲を司る魔王、アスモデウスのおかげで、また一つ強くなれた。

 偽りは一切無い。

――ふふ、敬意を持って接した者の望みを叶えるのが…私…くふう…

 頭を地に落としたアスモデウス。

 その瞬間、凄まじい地割れが起こり、巨大な手がアスモデウスを包み込んだ。

「な、何!?」

 新手?私にはもう余力が無いと言うのに?

 その手は、アスモデウスを引きずり込むように、地に戻って行った。

 茫然とする。今起きた事が全く理解できなかった。

 その時、声が脳に響いた。


――見事だ女。色欲のアスモデウス、確かに返して貰った……


 ドッッッ!!!

 身体中から大量の汗を噴き出してへたり込む。

 声だけなのに、凄まじい圧力!!

 その圧力に耐えられそうも無く、地に腕を付きそうになったその時!!

「おい悪魔王!!お前しゃしゃり出るんじゃねーよ!!本当にぶった斬られてーのか!!」

 北嶋さんが椅子から立ち上がり、叫んだ。

 途端にフッと身体が軽くなる。

 安堵したと同時に、驚きながら叫んだ。

「あ、悪魔王!?」

 私を誉めたのは、悪魔王サタンだと言うの?

 返して貰ったって、何?

 そ、それよりも、魔王を遥かに超える圧力にも、平然としながら立ち上がり、尚且つ文句を言うなんて…

 恐る恐る北嶋さんの方に目を向ける。

 視界に映った北嶋さんは、拳を振り上げ私の方向を見ながら騒いでいる。

 そして、隣に座っている、人類の祖、アダムも、驚きながら北嶋さんを見ていた。

――神崎に対価を渡した筈だが?

 うっすらと見える悪魔王の姿…それは、私を中心にそびえ立つよう、現れていた。

「神崎が自力で持って来たんだろーが!!だが、まぁ、神崎にも言われたしなぁ…癪に触るが…ムカつくが…あーあ!!」

 面白く無さそうに椅子に座り直してブチブチ文句を言う。

――解って貰えて何よりだ。そしてアダム、久し振りだな…

 今度はアダムに話し掛ける悪魔王。

「…君の顔は見たくは無かったけどね。僕をエデンから追い出した張本人だから」

 目を反らす事はせず、むしろ憎悪を以て睨み付ける。

――全ては創造主のお心の儘…貴様に重要な仕事を与えて現世に解き放った事もな…

 今度はアダムが立ち上がる。

「間男の前に君から倒してもいいんだよ、悪魔王サタン」

 ギョッとした。

 北嶋さんは兎も角、人類の祖も悪魔王を倒せると言うの?

――傲るなアダム!!貴様に倒される俺では無い!!

 うわあああ!!この場でやり合う訳?

 アタフタして周りをキョロキョロ見る私。視界に北嶋さんが苛々しているのが目に入った。

「すっこんでろよ悪魔王…マジ殺すぞ?」

 私にも解る北嶋さんの苛立ち。

 このまま悪魔王が留まれば、間違い無く北嶋さんは悪魔王に斬り掛かるだろう。

 北嶋さんが負けるとは全く思えないが、悪魔王とも平気で戦おうとするなんて…

 ビクビクしながら成り行きを見守る。

――ち、狂犬のような男だ。だが、魔王は全て返して貰うぞ…


 悪魔王の気配が完全に消え、力が抜けて今度こそ腕を地に付ける。

「こ、怖かった…」

 微かに震える身体。

「怖かったか宝条。あのデカブツ、本当にムカつくよな!!」

 ブチブチ文句を言う北嶋さん。

「それについては同感だ」

 苛立ちながら座り直すアダム。

 怖かったのは、あの悪魔王と平気で戦おうとする北嶋さんとアダムです…

 そう思いながらも、当然口に出す事はしなかった。

 この事件(?)で、色欲のアスモデウスを倒した感動など、すっかり飛んでしまった。

 私は暫く、この体勢の儘、動けなくなった………

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る