奇跡の槍

 大広場にて銃を構え、敵に向けながら後退るヴァチカンの騎士達。

 敵に向けながら?ならば何処に向けても敵に銃口が向く事になる。

「四方八方悪魔だらけじゃないか…」

 天使の加護に満ち溢れているヴァチカン市国に、大量の悪魔が襲撃してきたのだ。

「なんで本丸とも言えるヴァチカンの中枢に悪魔が易々と侵入できる!?」

 信じられないと言った感じで叫んだ騎士。

「兎に角、これ以上の侵入はさせられない!!フロルド!!」

 促された騎士の一人が蒼白になりながらも銃を乱射した。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

 弾がヒットした悪魔は、苦しみながら消えて行くも、それは恐らく下級悪魔。

 中級以上の悪魔には、太刀打ち出来ない。広場に居る騎士のレベルはその程度だった。

「がはあ!!!」

 弾切れの隙を付き、一瞬で悪魔達が群がり、一人の騎士の喉笛を咬み千切った。

「くそっ!!なんてことだ!!」

 剣を抜いて、倒れた騎士に群がる悪魔に突っ込んで行くもう一人の騎士。

 しかし、彼は前に進めなかった。しかも若干自分の身長が低くなった様な気がした。

 彼は恐る恐る足元を見る。前に進めなくなった、背が低くなった原因を探る為に。

「ぎゃああああああああああ!!!」

 彼の両足は、既に悪魔に喰らわれていたのだ。

 弾切れの刹那、もう一人の騎士を襲ったと同時に、彼も既に襲われた後だった。

「ああ~!!あああぁぁぁ………あぁあああぁぁぁぁぁぁ………!!!」

 半狂乱になり剣を振るうも、振った先に血が撒き散らされた。

「ああ~!!お、俺の腕があああ!!」

 握っていた筈の剣など無かった。いや、腕そのものが無くなっていた。

「あ……ああ…………」

 目の前に、黒山羊を模した悪魔が、その口を大きく開けて、彼の鼻先にまで接近していた。

 そして鈍い音と共に、痛みも音も光も無い、そして記憶すら無い世界へと旅立った……


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 仲間の騎士達が次々と悪魔に喰われていく。絶望すら覚えるが、俺達は引き金から指を放す事は出来ない。

「くそっ!リリスめ!!」

 毒付きながらも次々と撃つ。結構殺したつもりだが、数が減っている感じがしない。それ程の数が、この聖都ヴァチカンを襲っているのだ。

「戦死者が既に100を超えました!!酷い!!何でこんな事を!!」

 背を預けている仲間の女性騎士が悲痛な叫びを挙げた。

「100も…ぐあ!?」

 空から悪魔共が槍を落とし、そのうち何本かが俺の身体を掠めた。

「レオノア様!!」

 彼女がマシンガンで悪魔共を撃ち落とす。致命傷になっていないが、それでも数匹が落ちて来た。

「でかしたぞ!!!」

 落ちてきた敵にとどめを刺す。しかし、数が多過ぎる!出払っている騎士団全てを呼び戻さなくては、とても対処できない!!

 思案している最中、悪魔共がやはり無数に群がって来た。

「!撃てっ!う!?」

 彼女を気にして振り返った俺は、思わず膝を付きそうになった。既に胴が二つに別れて、貪り喰らわれていた最中だったから…!!

「おおおおおおおおおおお!!!!貴様等あああああああああああ!!!!」

 銃を乱射し、剣を振り乱す。どっちが悪魔か御間違えられる程、返り血を浴びながら…


 少し息が付ける程落ち着いた状態になり、辺りを見回すと、あるのは悪魔の骸と人間の『破片』。

 生きている人間は俺のみだった。

「おおお!!許さん!!絶対に許さない!!!」

 血の涙が本当に流れるのだと言う事を、俺はその時に初めて知った。


 大聖堂前に移動した俺は心から安堵した。悪魔襲撃から初めての事だ。

 無数の悪魔共が、たった一人の騎士の前に倒されていたから。

「アーサー!!」

「生きていたかレオノア!!宮殿に向かってくれ!!」

 エクスカリバーが炎を纏いながら悪魔共を殺して行く。流石はアーサー。この程度の数など問題なしか。しかし、やはり数が数だ。いつかは押される事になる。

「だが、大聖堂前はお前一人じゃないか!!」

 厳密には、既に他の騎士は殺されているだけだが…

「此処は俺が食い止める!!宮殿の教皇を頼む!!」

 教皇を頼むと言われては、俺は何も言えない。

「…死ぬなよ………」

「誰が死ぬ?ヴァチカン最強は誰だ!!」

 自ら最強を口に出すアーサー。決意は本物だ。

 ならば安心して任せる事が出来る。

「宮殿は任せろ!!」

「ああ!!」

 アーサーがエクスカリバーを大きく振った。

 炎の道ができ、俺はその道を駆けた。

 振り返る事無く、目の前の敵を殺しながら、宮殿目掛けて駆け抜けた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「………そろそろ出て来たらどうだ?」

 レオノアを行かせた後、悪魔の後ろ目掛けてエクスカリバーを向ける。

「…私の存在をよくぞ見切ったな?」

 悪魔共が道を開け、一人の男が歩いて来る。

「お前が悪魔共をヴァチカンに手引きしたのか?」

 向けた剣を下げずに問う。

「如何にも!!私が悪魔を聖なる都市に入れたのだ!!」

 自らをオリバー・クロムウェルと名乗った男は、高笑いをしながらそれを認めた。

 オリバー・クロムウェルとは、17世紀のイングランドの軍人、政治家で、清教徒革命の指導者で、革命を成功させ、国王に代わってイングランドの政権を握った。

 オリバー・クロムウェルが国王の軍に勝利できたのは、黒い聖書のおかげだった、とされる伝承がアイルランドにある。

 その聖書は馬に引かせなければならぬ程の巨大さで、中には親指サイズの小人達が無数に住んでいて、開くと「仕事をください」と連呼するそうだ。

 小人を使役し、軍事拠点を次々と築かせたおかげで、勝利できた、と言う。

「黒い聖書の小人の仕事で、天使の加護を突破して、悪魔を聖都に導いたか」

「私の仕事は聖都に悪魔を導いくまで。つまり、もう仕事は終わったのだ。後は自らのお楽しみ、と言う事よ」

 基本的には軍人のオリバーも、やはり戦闘が好きと言う事か。

「いずれにせよ俺が居る限り、お前と悪魔共は聖都で朽ちる運命だ」

「ふはははは!!私は強き者は好きだ!!それを踏みにじるのは、もっと好きだ!!」

 黒い聖書を開くオリバー。同時に、悪魔共が俺に群がってくる。

「ふっっっ!!!」

 エクスカリバーを横に一閃する。

 炎を纏った斬撃。灼かれながら斬られ、死んで行く悪魔共。

「数頼みじゃあ俺は倒せない!」

「ああ、ああ、解っているとも!エクスカリバーもさることながら、その鞘よ。聖剣は攻撃ならば、鞘は防御。鞘がある限り、貴様には傷を負わせられん」

 エクスカリバーは、実は剣と鞘でセットの宝具だ。

 剣はどんな鎧も貫く硬度と、悪しき敵を灼き倒す。

 対して鞘は、ある伝承では所有者は血を流す事も無く、別の伝承では傷を瞬時に癒やす事ができると言う。

 つまり鞘は所有者の身を守る。

「我が友の前には無力だったがな。だが、貴様等如きには、エクスカリバーの加護を超えて俺に傷を負わせる事は出来ない!!」

「だから良い!!聖剣を超えてこその黒い聖書よ!!ほら、大事な鞘に、何か纏わり付いているぞ!!」

 ふっと腰に下げている鞘に目を向ける。鞘には無数の小人がしがみつき、俺から奪おうと躍起になっていた。

「ちっ!」

 鞘に剣を一旦収めて再び抜く。

 炎が立ち上がり、小人達は灼かれながら落ちていった。

「ふはははは!!灼くか小人を!!何とも残酷な聖人だな!!」

 小馬鹿にしたように笑うオリバー。更に続ける。

「何様のつもりだ貴様?他の命を奪う程偉いのか?神になったつもりかよ!!はあっはっはっは!!」

 挑発のつもりか知らんが、俺には通じない。

 超高速で懐に潜り、エクスカリバーを跳ね上げた。

「うおっ!!く、黒い聖書が……」

 剣が黒い聖書を真っ二つに斬った。

 ヒラヒラと落ちる頁が燃えて消えて行く。

「それも既に我が友から言われた言葉だ」

 振り向き、他の悪魔共を斬りつける。

「な、何故背を向ける!?俺を黒い聖書だけだと思っているのか!!」

 オリバーが下げている剣に手を掛けた。剣で俺と戦おうと言うのも笑止だが…

「なんだ貴様?まだ生きているつもりか?」

「な、何…かは!!!」

 オリバーが腰を捻った瞬間、身体が縦に真っ二つに裂けた。

「先程の一閃で終わっていたんだ。ああ、それとな、俺は聖人じゃない。ただの人間さ」

「た、ただの人間が俺を簡単に殺せる訳があああああ!!!」

 血柱が吹き上がるも、俺は終わった勝負に興味は無い。

 まだ敵は沢山いるのだから、十字を切る暇も無い。

 残っている悪魔共に向かって剣を振るう方が優先だ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 宮殿に辿り着いたが、息が切れている事すら忘れ、思わず叫んだ。

「な、なんだこれは!!」

 宮殿前には、肉片しか無い『元』人間の骸。

 だが、驚くべきはそこじゃあ無い。

 悪魔共が跪き、胸に手を当てて道を開けているのだ。

 まるで守護する者の為に道を開けているように。

「なんだあ!!誰が来たと言うんだあ!!」

 落ちていたマシンガンを乱射するが、悪魔共は全く抵抗を見せず、それを受け、だが、跪くのは、やめはしない。

 頭をふっ飛ばされても、首を落とされても、ただ跪くのみ。

「くそっ!!」

 苛立ち、宮殿内に走る。

「う!?」

 異様な光景に、俺はたじろいだ。

 宮殿内の騎士全てが、何かの威光を浴びたように、固まって動いていない。

 たった一人の敵の前で!!

「待て!止まれ!!貴様、リリスの手の者だろう!!」

 敵の背後で銃を構えて制止を促す。

「…リリスの手の者?いいや、僕はリリスの夫だよ」

 そいつは振り向く事も無く、笑いながら呟くが…

 な、なんだこの男…

 必ず命令を聞かねばならぬような、この威光は………!!

 気が付くと、俺は銃を下ろして男から目を背けていた!!

「レオノア!!親方の元へ急げ!!」

 男の前で、辛うじて踏み留まっているように見える教皇。

 額から脂汗をダラダラと流し、歯を食いしばり、膝を付くのを辛うじて拒んでいるような、そんな感じだ。

「き、教皇…ご、ご無事で……」

「レオノア、親方の元へ!!『このお方』は我々では絶対に倒せない!!いや、人間には倒せない!!親方に逃げろ、と伝えろ!!」

 親方………北嶋に『逃げろ』と?あの北嶋に?

 大量の汗が噴き出る。生唾を飲み込む量が多くなる。あの北嶋 勇に逃げろと言うのか教皇は…それに………

「『このお方』……ですって?」

 ヴァチカンを襲った敵に『このお方』とは……

「このお方は人類の祖、アダム!!人間はアダムには逆らえない!!そして狙いは親方の命だ!!」

 ドックン!と心臓が大きく高鳴った。

「あ…アダム?北嶋を狙っている…?」

 アダムはゆっくりと振り向き、笑う………

「他人の妻を夢中にさせた間男を、ただ、懲らしめるだけなんだがね」

 ドックン!!ドックン!!

 顔を見たら、もっと心臓の鼓動が激しくなった…こいつは………無理だ…!!

「早く親方の元へ!!」

 教皇の怒鳴りにも似た叫びに救われ、駆け出す、いや、逃げ出した。

 そう、俺は逃げ出した。

 北嶋に伝えると言う『言い訳』を持ち、逃げ出した………


 宮殿最上階。ここはグリフォンを収容している場所。

「レオノア様!!」

「グリフォンを解き放て…全てのグリフォンをだ」

 グリフォンの世話に当たっている騎士に指示を出す。

 悪魔共に全てのグリフォンをぶつけるしか、手は無い。

「わ、解りました…」

 騎士は鍵を解き放ち、グリフォンを解放した。その内の一羽に跨る。

「俺は日本の友の元へと行かねばならない。グリフォンを扱える騎士全てに通達しろ。せめて悪魔は全て殺せ、と」

「せめて?」

「……宮殿内の敵は絶対に見るな、とも伝えろ。見たら負ける…」

 騎士は黙って頷いた。

 恐らく、遠視で見たのだろう。

 人類の祖。人類の父の姿を………

「…レオノア様、ご無事で…空にも悪魔は無数に居ます…」

「あの悪魔共が可愛く見えるな…奴に比べたらな」

 俺はグリフォンに鞭を入れた。

 グリフォンは一つ、甲高い鳴き声を上げ、俺を乗せて空高く飛び上がった。

 飛んでいる悪魔目掛けて銃を乱射し、突破口を作る。

「うおおおおお!!どけぇぇぇぇぇ!!!」

 頭を撃ち抜かれ、墜ちていく悪魔共。

 スピードならばグリフォンの方が上。僅かに開いた隙間から、超スピードで悪魔の群れを突っ切った。

「や、やった!!」

 これで北嶋の元へ行ける。

 安堵したその時、俺の目の前に、マントを広げて牙を剥き出しにしながら降って来た『人間』が現れた。

「うおっっっ!!」

「どこへ行く?」

 俺とグリフォンの視界を遮りながら訪ねてきた。

「うおおおおおおおおおお!!」

 勿論銃を撃つ。

 身体には当たらなかったが、マントに無数の穴が開く。

「残念ながら、マントで飛んでいる訳では無い」

 槍の柄を俺に打ち付けた。

「ぐはっ!!」

 よろける俺を庇うように、グリフォンがスピードを緩めて身体を水平にする。


 オオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!


 隙を付き、空にいる悪魔共が襲い掛かってくる。

「うあああああああああ!!!」

 咄嗟に剣を抜き、応戦するが、致命傷には成らずとも、悪魔共は確実に俺とグリフォンを攻撃していた。

 視界が霞む……

 必死で振るう剣。俺を護るよう飛ぶグリフォン。

 いつしか、俺とグリフォンは気を保つのが難しい程の傷を負った。

「クリスティアーノ・スカルラッティは正直いけ好かないが、お嬢様では決して作らなかったであろう戦場を与えてくれた事は感謝せねばなぁ!!」

 クリスティアーノ・スカルラッティ…?

 ああ、アダムの今の名か…

 聞かぬ名だが、もしかしたら、これからの未来、永遠に聞く事になるかもな…

 その未来に俺は行けそうも無いが…

 俺は諦めた。

 教皇には申し訳無いが、俺はどうやら此処までらしい。

 失速するグリフォン。本当に此処までだ。


「レオノアあ!!」


 霞む目に飛び込んで来た、金色の羽根。

 一瞬で悪魔共が墜ちて行った。

「アーサーか…それにステッラ…」

 それは先程まで大聖堂で一人、悪魔と戦っていたヴァチカン最強の騎士と、ヴァチカン最強最速の黄金のグリフォン、ステッラ。

「寝ている暇なんか無いぞ!!無線で聞いた!行け!!北嶋の元へ!!」

 北嶋…か…

 そうだな…北嶋に伝えなければならない……

 例えヴァチカンが敗れようとも、北嶋ならばクリスティアーノ・スカルラッティを、アダムを倒せるだろう。

「度々すまないが…此処は任せた…」

 俺は気力を振り絞ってグリフォンに鞭を入れた。グリフォンも最後の力を使い、それに応える。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「ステッラ!空の悪魔共を頼む!」

 俺はステッラから立ち上がってマントの男に飛び込もうと狙いを定めた。

――お前は飛べぬだろう?空中戦に分は無いぞ!!

「分があるかどうかで戦う訳じゃない!!」

 聞かずに飛び込む。

「ぐっ!」

 マントの男に肩をぶつけて落下する事に成功した。

「少しは飛べるようだが、一緒に墜ちていけば問題ないだろう!!」

「うわあああああ!!馬鹿な!!カトリックは、自殺は大罪の筈!!」

 地面にぶつかる刹那、マントの男を土台にし、蹴りながら衝突を避けて地に降り立った。

「がはっ!!」

 蹴られた俺も横に吹っ飛び、落下の衝撃は避けたものの、花壇に身体を突っ込ませる。

「これで死んでくれれば楽なんだがな…」

 花壇から頭を振りながら起き上がってくる男。やはり死なないか。期待をしていなかったから、そんなにショックは受けなかったが。

「転生して限りなく不死身になった身体だ。簡単には死なん」

 男は牙を見せるように俺を睨み付ける。その姿は、まるで吸血鬼のようだった。

「名を聞こうか」

 エクスカリバーを抜き、戦闘に備える。

「騎士道精神と言うヤツか。俺はブラド・ツェペシェ。かつて串刺し公と呼ばれ恐れられた男」

「こりゃ驚いた。まさか本当に吸血鬼だったとはな」

 ブラド・ツェペシェ公爵。別名『串刺し公』。歴史上、かなり残虐性が目立った人物だ。

 ワラキア公国(ルーマニア南部)の王。敵のオスマン帝国だけじゃない、自国の貴族や民も数多く串刺しにして処刑したらしい。

「最後に自分の部下に敵と間違われて串刺しにされたんだよな」

「戦上手が仇になっただけよ」

 その串刺し公が転生して伝説の吸血鬼になって戻ってくるとはな。

「生憎と白杭が無いんだ。代わりに斬ってやるから安心して死ね」

「本物の吸血鬼となった俺を恐れぬとは、なかなか楽しめそうだな!」

 笑いながら向かってくるブラド。

「不死身に近いと言って慢心しているのか?」

 エクスカリバーを一閃する。

「む?」

 ブラド・ツェペシェ公爵を斬り抜いた剣に手応えが無い。

「幻術か」

「ご名答だ」

 背後から首筋に息が掛かる。

「血を吸うと言うのか。典型的だな」

 振り向き、剣を薙ぐも、再び手応え無い。

「ふははは!!遅い!遅いわ!幻術を駆使し、更にはこのスピード!!最早成す術はあるまい!!」

 残像を残すが如くのスピード。

「まぁまぁ速いか」

 俺はエクスカリバーを横に構えて意識を集中させた。

「このスピードを相手に後の先を取ろうと言うか!!」

 ブラドのスピードが上がり、俺の周りを走りながら間合いを詰めてくる。

「後の先?いいや。先の先さ」

 脱力から一気に力を解き放ち、エクスカリバーを走らせた。

「な、なにぃ!?がはっ!!」

 ブラドの身体は八つに別れ、斬撃痕には炎が纏わり付いていた。

「我が友曰わく、赤い線がいっぱい走った。らしいが、貴様の目にはどう映った?」

「み、見えなかったごはああああ!!!」

 ただの肉片となり崩れて行くブラド。

「北嶋の居合いに比べたら、貴様のスピードなんか欠伸が出る程度なのさ」

 不死身に近いとは言え、不死身じゃない。エクスカリバーの敵にはならなかったようだな。

 上空を見上げると、丁度ステッラが最後の悪魔を墜とした所だった。

「終わったかステッラ」

――数は多いが、それだけだな

 頷く俺。そして宮殿の方向を向く。

「宮殿へ行くぞステッラ。教皇が危ない」

――人間には倒せないらしいじゃないか?それでも行くのか?

 無論行く。行かねばならない。

 それが例え人類の祖、全ての人間の魂の上位に位置するアダムだとしても。

 俺はステッラに跨り、宮殿へと急いだ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 シベリア上空…流石に悪魔も追って来ていない。

 いないが、俺は気を失う一歩手前にいる。

「頑張れ…せめて北嶋に会うまでは…」

 自分の気付けも込めて、乗っているグリフォンの首を撫でる。

「おい?」

 グリフォンは羽ばたいておらず、ただ風に乗って滑空している状態だった。

「まさか!?」

 死んだのか?

 しかし、今は確かめる術は無い。無理やり降ろして生死を確認するにしては、上空過ぎる。

「天命に任せるしか無いのか!!与えられた仕事もこなせず、貰ったチャンスも生かせずに!!」

 己の力の無さが恨めしい。力無き者は、嘆くだけしかできないのか…!!

 フッ

 俺の上に影ができる。雲でも出たか?雨でも降るのか?

 こんな時にと毒付く。

「うっ!?」

 ゴオオオオッッッ!と、激しい突風が、俺とグリフォンを襲った、いや、『包んだ』。

「うおおおおおおおおおお!?」

 景色が一定じゃなくなった。反転したり、地が頭上にあったり。回転しているのか?

 しかし何故か俺は安心し、そのまま気を失った…


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 宮殿に着き、そのままステッラに悪魔を任せて宮殿内へと突入した。

 流石に宮殿内は悪魔の姿は見えない。

 天使の護りが強固故、如何に小細工しようとも、簡単には突破できないのだ。

 無理やり突破したくば魔王クラスが力付くで、がやっとだろう。

「それにしても…これがアダムの力、か…」

 宮殿内の騎士達は、震えながら蹲って、いや、跪いている。既にアダムの姿は見えないと言うのに。

 俺は一人の騎士の肩を揺さぶって問う。

「おい!教皇は無事か!敵は、アダムはどこだ!?」

「あ……ああ……き、教皇は………あ、アダム…様と共に地下に………」

 敵を『様』付けで呼ぶか…相当な圧力を持っているな……

「よし、解った」

 地下に急ごうとした俺の腕を掴む騎士、青い顔ながらも助言をくれた。

「あ、アダム…様は人間では勝てない…いや、その前に立つ事すら困難…だから、だから騎士としては酷な話だが、発見したら、迷わず後ろから斬れ……」

 怯えながらも殺す方法を模索していたのか。俺は頷きながら、地下へと急いだ。


「居る…!!教皇ともう一人!!」

 地下最下層に二つの気配。

 一つは良く知っている教皇。

 もう一つは、全く知らないようで、懐かしいような、そんな気配…!!

「そいつがアダムか」

 石段を駆ける。

 姿が見えた瞬間、エクスカリバーを振るう!!

 威光とやらに捕らわれる前に、全て終わらせよう。

 長い石廊を降り、最後の扉の前に立つ。

「こ、ここは…まさか敵の狙いは!!」

 扉を蹴破り、中へ入ると、居た!教皇と………


 ドクン!!


 そいつと目を合わせた訳でも無い。

 そいつに接近した訳でも無い。

 だが、そいつの後ろ姿を見ただけでも、俺の足は前に進む事を拒んだ。

「く!くそ!」

 膝が震え、立つのもやっとの状態に陥る。

 まさか此程とは…!!!

「アーサー!!退け!早く!!」

 教皇が俺に退くよう怒鳴るも、足が動かない。

 そして、そいつはゆっくりと振り向いた。


 ドクン!!


 足の震えが全身に回った。

 こいつがアダム………

 その男は聖書に出てくる天使のような美しい顔立ち、多少癖のある髪も愛らしく見え、騎士のような筋肉を備えていた。

「君がヴァチカン最強の騎士か。丁度いい。少し試させてくれないか」

 笑うアダム。同時に氷を浴びたような寒気に襲われた。

 アダムは笑いながら、ゆっくりと俺に近付いてきた。

 手にヴァチカンの二大宝の一つ、ロンギヌスの槍を携えながら!!

「き、貴様の狙いはロンギヌスか!!」

 一瞬険しい表情になる人類の祖、アダム。

 その表情だけで、俺の身体は鉛を背負ったように重くなった。

「…僕を貴様呼ばわりとはね…稀にいるんだ、父を敬わない、礼儀知らずなクズな子孫がね」

「随分と気が短いな…器が知れるぞ。そんな事よりも、教皇から離れろ!!ロンギヌスを返すんだ!!」

 酷く重く感じるエクスカリバーを向ける。

 切っ先が微かに震えている。

 間違いない。俺はこいつに魂レベルで怯えている。

「この槍は奇跡の槍。僕には特に必要は無いが、魂が未熟過ぎる僕の子孫達には勿体無い。僕が使えば、間男退治くらいには役に立つかと思ってね」

 間男だと?

 北嶋を狙う理由がそれか?

「貴様が何者だろうとも、北嶋に及ぶ訳が無い!!ロンギヌスを何百何千振るおうが、北嶋には決して届く事は無い!!」

 俺はその北嶋と戦った事がある男だ!!

 そう思うと、身体が少し軽くなったような気がした。

「まぁいいさ。父の偉大さに気付かない、愚かな子供も可愛いものだからね。さて、お喋りは此処までだ。試させて貰うよ。ロンギヌスの威力を」

 冷酷に笑い、構えるアダム。

「試してみろ!!エクスカリバーに捕らえられる前にな!!」

 幾分治まった震えを糧にし、鉛のように重い身体に鞭打って、エクスカリバーを構える。

 槍がゆっくりと俺に近づく。

 それを緊張しながらも見ていたその時。


 プルルルルル…プルルルルル…


「な、何だ?電話?」

「すまないね。少し待って貰うよ」

 そう言って懐からスマホをを取り出した。

「き、貴様!戦闘中に!」

 煩そうに手を翳して俺を制するアダム。

「何だい?ファウスト。今少し忙しいんだが。…六王が痺れを切らせている?押さえ切れない?僕の妻に押さえるように…部屋から出て来ないって?ああ、夫が留守だからご機嫌が悪いのか。今行くよ」

 やれやれと言った感じで通話を終え、そして本当にどうでも良さ気に、俺の方を向いて言った。

「すまないが用事ができた。お試しは間男本人にお願いするとしよう。妻が間男を諦めない限り、新しい楽園を創る事はできないからね」

 新しい楽園!?新たなエデンを創ると言うのか?この地上に!?

「それが本当の目的か!!」

「悪いが問答している暇は無くなったんだ。暇を潰したいなら、表に新しいお友達を喚んだから、相手をして貰いたまえ」

 パキンと指を鳴らすアダム。瞬間、奴の姿が威光ごと消えた。

「ま、待てっ!!」

 だが、既に敵はいない。

「く、ロンギヌスを易々と………」

「ロンギヌスの元に連れて来たのは私だアーサー。己を責めてはならん。罪は私が償う」

 重圧から解き放たれ、へたり込んだ教皇。その姿は自分の不甲斐なさに嘆いているようだった。

 だから俺は力強く言い切った。

「大丈夫です我が父よ!奴の狙いが北嶋ならば、ロンギヌスは無論、奴も無事ではすまない!」

「しかし親方も人間、人間では祖の威光に逆らえん…」

 確かに、奴の前では戦うどころか、前に立つのすら拒絶しそうになる。

 何故奴にそれだけの威厳があるのかは解らないが、体感した事だ。事実なのだろう。

 だが…

「俺には北嶋が平伏している姿が、どうしても想像できない。奴を躊躇いなく殴り倒している様は、容易に想像できるが」

「そ、それは確かに私も同感だが…」

 それに二人と対峙した俺だから解る事がある。

 奴と北嶋は近い。

 何が近いのかはよく解らないが……

「そんな事より、奴が言った最後の言葉です。表に新しいお友達がどうとか」

 恐らくは新手の敵を送り込んだ、と言う事だろう。

 俺と教皇は頷きながら、表を目指して駆け出した。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 私は文字通り、部屋に閉じこもり、空を眺めていた。

 眺めている割には、心此処に在らずだが。

 虚しさが心を支配している。

 先程、執事のファウストが私に、六王が痺れを切らせている、と言いに来たのだが、魔王はバステトを…いや、神崎を倒す為に契約したもの。決してあの男と楽園を築く為の駒では無い。


 コンコン…


 軽いノックに嫌悪するも仕方ない。

「開いているよ」

「失礼しますお嬢様」

「ファウストか…六王が勝手に行動を起こしたのかい?」

 結果世界が滅ぼうが知った事じゃない。

 今は何もかもが虚しい。

 ついでに私の命も奪ってくれればいい、とさえ思ってしまう。

「いえ、六王は落ち着きました」

「ははは、そうかい…何だって?」

 勝手に待機命令を出されて動きを制限され、更にその後のフォローもしていないのに、怒りが鎮まったと言うのか?

「アダム様が一振りの槍を見せたら、落ち着きました」

「クリスティアーノ・スカルラッティは良人を凌駕できる証を探しに行った筈…どこに何を取りに行ったんだあの男は?」

 ファウストはただでさえ青白い顔を、更に青くしながら答えた。

「ロンギヌスの槍です。アダム様はヴァチカンにロンギヌスを取りに行ったようです」

 今度はそれを聞いた私が蒼白になった。

 ロンギヌスとは、イエス・キリストが磔刑になったとき、生死を確認する為にキリストの脇腹に槍を突き刺した兵士の名。

 ロンギヌスは盲目だったが、槍から滴り落ちたキリストの血が目に入り、視力を取り戻した為、キリストを信じるようになった。

 やがて彼は洗礼を受け、聖ロンギヌスと呼ばれた。

 その槍こそが、聖杯と共にキリスト教における重要な聖遺物、ロンギヌスの槍。

 キリスト教の総本山であるヴァチカンにあっても不思議じゃないが、それを奪って来たと言うのか!!

 私が契約した悪魔や、捜し出した転生した聖人、魔人を勝手に使って、ヴァチカンに襲撃をしたと言う訳か!!

「本気で世界を相手に戦うつもりか!!楽園など、虚空に等しい空間を欲しているのか!!」

 荒ただしくテーブルを叩く。

 悔しさが支配する。

 そんなつまらない物の為に、私の兵士の命を勝手に『捨てる』とは!!

「…それでアダム様から御命令が出ております。間男の大切な場所、水谷総本山と警視庁、それに間男の実家に、1000を超える悪魔を送り込んで一気に勝負をつけよ、との事です」

「馬鹿な!!そんな真似を許す訳が無いだろう!!」

 無駄に争う必要は無いだろう。良人を倒したくば、良人の家に挑みに行けばいいだけだ。

「私は魔王と残りの悪魔を北嶋にぶつけるよう仰せつかりました。お嬢様は北嶋の実家にとの事です」

 魔王と残りの悪魔だって!?

「7万以上の悪魔を全て良人にぶつけると言うのか!!!」

「決まった事でして、私には何とも…あのお方に意見できる程、強くは無いので………」

 深く礼をするファウスト。申し訳なく思っているのか…いや、責める事は出来ない。

 人間には決して勝てない。

 その前に立つ事すら困難なあの男には、己の意見を述べる事すらできない。

「お嬢様のお言葉ならば、届くかと思われますが…」

「…確かに私も最初の人類。だが、あの自己中心な考え方には、昔から私の言葉は届かないんだ」

 だから私は逃げ出した。

 支配する欲望を持った男から。

 永い年月、私にだけ向けられていた支配欲が、世界に広がっただけ。

「終わったな……」

「少なくとも、我々は生き延びる事ができるでしょう。あのお方の味方でいる限り」

 いいや、終わったのは、私の恋心。

 良人との完全決別の事。

 あの男に良人が敗れるという想像は全くできないが、良人も人間、あの男には決して逆らう事ができない。

 ならば私は最後の決着を付けなければならない。

「魔王を一人、連れて行くよ。恐らく良人は察知済みだ。実家に私が来る事は想定している筈。ならば手を打つだろう。一番大事な場所を、一番大切な人間に託すだろう」

 神崎が実家を守りに来る。

 それを確信した私は、神崎との決着を付ける事にしよう。

 最早、それだけが私の望みだ。

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