第二話「私は雑用係」

 約一週間後、OBを招いた飲み会が開かれる当日になった。



 サークルの先輩は待ち合わせ場所に一時間前に集合した。当然、後輩の私達も一時間前集合だ。全員合わせると二十人ぐらいだろう。駅から少し離れた公園で待機していた。


 部長曰く、粕谷かすやさんは「待ち合わせ時間の三十分は早く来る」と、前部長から伝言されいると言っていた。時間に律儀を越えている。


 話によると、とても謙虚な方らしく相手を待たせたくないと思っているらしい。


 それに気を遣うとなると、もう疲れてしまいそうなものだが、あの創設者の粕谷氏と会えるのだ。部員にとっては滅多にないチャンスである。苦にはならない。




 粕谷さんが三十分前に現れた。

「こんばんわ。あれ? 待たせちゃったかな」


 痩せ型で平均的な身長。黒いコートに身を包んでいる。


 先輩達が挨拶し、粕谷さんも困ったような笑顔で対応していた。


「ごめんなー。早く来るのクセなんだよー」

「そんな。お忙しいところ来て頂いただけでも!」


 部長は若干緊張しているのがわかる。先輩達も粕谷さんの前では緊張を隠しきれていないようだ。意外と緊張感のないのは私と数人の後輩達であろう。


 私が見た印象はとても普通の人。


 彼が残した心霊関係のレポートは、細部まで考察なされており、完成度が非常に高いものだった。そしてサークル活動だけで、書いたとは思えない資料や考察日記の量。その資料はダンボールに入れられ山積みになり西棟へ保管された。私以外は誰も目にしない貴重で膨大な資料を作った人が今目の前にいる。


 だからと言うか、私は彼の事が少しは解っている気になっていた。不思議と緊張感はない。





 どうやら粕谷さんは探偵のような仕事をされているらしい。しかも、法律や行政の範疇を超える出来事を専門に請け負っているとの事。


 まさにその道のプロである。


 待ち合わせ場所で更に三十分経った。飲み屋に早く向かっても構わないのだが、粕谷さんがお店の人に迷惑だから、と言うので三十分軽い雑談をした。



「部長、時間になりました。行きましょう」

 粕谷さんは腕時計を見ながら言った。


 時刻はちょうど十八時。ぞろぞろと二十人ほどの団体が移動を開始する。


 着いた場所は古びた飲み屋だ。駅前の大通りから一本入った雑居ビル一階。個人経営を全面に出す小さい店。今晩は貸切のようだ。


 一番奥に粕谷さんが座り。年功序列に詰めていく。私は一番下座だ。この場所は一年生が座り、店員さんへオーダーしたり雑用する係に強制的になる。深い人間関係を敬遠している私はここが一番好きなのだ。


 普段、飲み会に参加しなくてもこういう対応は出来る。


 後輩達は「自分がやるんで!」と私を奥に入れたがるが、いつも通りの面倒見が良いお姉さんキャラを全開に聖地を死守した。


 部長はネットで買った銘酒を出し、忘年会のスタートである。勿論、お店の人に持ち込みを了承して貰っている事を付け加えた。


 粕谷さんの周りにいる人達は最近どんな事があったとか、粕谷さんの仕事の話を聞きたがったりしていた。彼から席が離れてる人達は、隣席の者と賑やかに盛り上がる。私はせこせこと雑用をしながら後輩達と話を合わせ、ニコニコと話の引き出しを開けさせていた。



 総勢二十数名はいるサークルだが女性は少なく、幽霊部員の私のような奴も重宝された。余談だがサークル内で。いや、大学内でも一、二を争う美女がオカルトサークルに在籍している。現在進行形の七不思議のようなものだ。その片桐先輩は私のことを妹のように可愛がってくれている。順風満帆の幽霊部員を堪能出来ている理由でもあるのだ。


 さて雑用もひと段落。そろそろ部長らへんの連中にも、お酌をしなくてはと立ち上がった。





 私の記憶はここらからあやふやになる。


 たしか粕谷さんに挨拶すると部長が粕谷さんに紹介してくれた。


「あ、この子。うちの幽霊。じゃなかった幽霊部員の赤宮あかみあ早苗さなえちゃん」


「部長ぉ、もっとちゃんと紹介して下さいよー」

 むくれたフリをする私。


「粕谷さんのレポート。いつも拝見させて頂いています。どれも素晴らしい内容です」

 粕谷さんは苦笑いをしながら、当たり障りない返答をした。


 あれ?レポートの印象とは違うなーと思いつつ会話を弾ませる事にした。


「部長ったら体験レポートもまともに作成しないんですよー。怒ってあげて下さい」

 満面の笑顔で言ってやった。


 アワアワとする部長に話をシフトさせる。あとは会話の流れをみて聖地に戻るか。


 片桐さんの近くに座り、他の先輩にもお酌をした。どんな経緯で怪談話になったか覚えていないが、粕谷さんはサークルメンバーが話す不思議な体験を口を出さず聞いていたのだ。


 その怪談話というのは数人のサークルメンバーが近所でも出ると噂の廃館に行った時の話だ。


 私はお酒が弱いわけではないが、ふわりとした感覚で聞いていたと思う。



 何人かが話終えたあとに粕谷さんは言った。


「そうだね。みんな不思議な体験をした場所にはもう行かないように。その場所以外でも体験した人はいないんだよね?」


 皆、プライベートでは不思議体験はしていないらしい。


「うん。それなら良かった」


 彼は手にしていた酒を飲んだ。


 あ。粕谷さんは話を聞いている時は一度もお酒を飲んでいない。その酒を飲む仕草で私は思い出したように気づいた。


 部長は粕谷さんに尋ねた。


「一応、参加したメンバーはお祓いをしてもらいました。粕谷さんから見て、そのぉ、大丈夫でしょうか?」


「ん? 大丈夫だと思うよ。なんも嫌な感じしないし」


 部長は笑顔で、これで安心といった調子で他のメンバーと話した。



「肝試しはほどほどにね」


 粕谷さんは困った笑顔で言ったが本当はどう思ってるのだろうか。正直に言えば私達サークルメンバーは遊び半分のつもりでやっている。粕谷さんは仕事でやっている。


 不快に感じないのだろうか?


 私は笑顔を作りながら、みんなの話を聞いていた。


 本当にみんな、よく話すなーとか考えて、両手で持っていたコップを口元に運ぼうとした時。


 異変に気づく。


 身体が動かないのだ。


 金縛り状態。笑顔も崩れない。声も出ない。


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