第14話 オーク再来

「うおおおぉぉぉ!!!」




 無銘は止まること無く肉塊を切る。

 その後からついてくる鈍く、鋭い音。

 その小気味良い音に合わせて俺はまた彼を振るう。


 縦に、横に、縦横無尽に。


 一匹、二匹、三匹切った。


 それは一刀一刀が即死を与える斬撃で、次々と作られた死体が地に倒れ山を成していく。


 そして、その最中俺は思っていた。

 こいつらを絶対に許さない、と。


 そう、これは“断罪”なのだ。


 俺が苦労して素材を集め、作り上げたあの至高の『薄味鴨出汁スープ』を食す、そして発見された『酒』を嗜む、その最高の時間を全てぶち壊したことへの断罪を執行していたのだ。








 ◇◆◇◆◇


 ウィリアムが剣を片手に突っ込んで行ったオーク達の群れの数は全部で十三匹。

 南からゾロゾロと仲間を引き連れ現れた奴ら、その中にはキングオークはいなかったものの他のオークよりも一層体の大きな『ジェネラルオーク』が存在していた。

 |ジェネラル(将軍)だけあってその手には大きな戦斧を携え、他のオーク達へ的確に指示を出している。


 しかし、我が国の、そして私(・)の黒の守り手は全く怯むこともない。

 敵が矢の雨にも怯まず、門に近づき何かを要求する前に彼は、我が国の怯える人々を掻き分け飛び出していったのだ。

 私達の国は飛空艇を擁していることもあり、外界との大きな接点はあの南門のみだ。滅んだ世界にとってはそれだけで十分だった。だから門(そこ)が私達の唯一の防衛線。

 敵は単純なオーク達というのもあるのでこの城を取囲むような知識を持っているようには見えない。というか、攻めるその前に何かしらこちらに要求するつもりだったのだろう。しかし、ウィリアムはそれさえも許さなかった。


 門から飛び出した彼は鬼神のごとき素早さでオークの群れに突っ込むとこん棒の雨を掻い潜り、傷一つ負うことなく次々とオークを屠っていった。

 一応私も彼の『騎士』として、ウィリアムを守るためにあの場へ馳せ参じなければならないのだろうが、恐らく邪魔にしかならない。それだけはハッキリと分かった。

 これでも一応防衛隊員として研鑽を積んだはずなのだが、ウィリアムのあの強さはそんなものとは次元が違う。

 というか、もし私があの場へ赴いたとしても一歩間違えたら私の方が切られる。そう、オーク同様に私も真っ二つだ。

 そうならないためには私はこの城壁の上から応援と祈りをを頑張ることに決めたのだった。




 ……


 闘っている時の彼はとても美しい。

 一切の無駄のない動きや、その舞いのような流れる所作に私は何故か見入ってしまうのだ。

 あの憎きオーク達をバッタバッタと倒していく様は本来とても爽快な物なのだろう。

 しかし、どんな困難やどんな敵でさえもその強さで切り開くウィリアムの力に私は悩ましく息を吐いてしまう。はぁ……


 これが女王様の言っていた『黒の守り手様ショック』なるものだろうか。あぁ……胸が苦しい。全く、なんなんだろうかこの症状は。


 今すぐ抱きついてウィリアムにありがとうと伝えたい、そして出来ることならあの逞しい腕で折れるほど抱き締めて欲しい……!



 ……と、熱に浮かされたような状態だった私だが、ふと横を見ると城壁の上では女王様もユリアさんもさらにはリーネシア隊長まで赤い顔で、息を荒くしながら自分の体を両腕でギュット抱いていたり両頬を手の平で押さえている。そして、熱っぽく「黒の守り手様ぁ……」とか「はぁはぁ、上腕二頭筋んんん」とか「あぁん、強すぎるよぉ」とか言っている。

 威厳の欠片もなくなっている我が国の王、その異常さが一層際立っているマッドサイエンティスト、強さなど何処かに置いてきたとばかりにクネクネと動く防衛隊長。

 うん。そんな彼女達の姿を見て、私は少しだけ冷静になれた。



 おっと、いつの間にかオークがウィリアムを取り囲んでいる。

 少しばかり手に汗を握るが私は彼を信じているのだ。

 既に半数を切り伏せているあの強さなんだ、ウィリアムなら……私の黒の守り手様ならきっと余裕で勝ってしまうはずだからな!!


 ほら、思った通り。数々のこん棒攻撃の雨を避け、剣でいなし、反らした後、彼は一息に跳ねるとまるで幅跳びのような格好で低空飛行し、攻撃のために腕を伸ばしきっていたオークの顔面に虫のように飛び付いた。

 巨体の両肩に足をかけて、空いている左手でオークの豚頭をガッシリと掴む。

 あまりのことに他のオークや肩に足をかけられ頭を押さえられているオークものけ反るばかりで対応出来ずにいた。

 しかし、あんなに近距離ではウィリアムの右手にあるあの剣も役に立たないだろうと思っていたのだが、彼は刃を内側に返しオークの後ろ首に当てるとそれを真横に引いたのだ。

 そしてドバッと飛び散る凄い量の鮮血。よくは見えないがオークの首には皮膚所か骨まで達しているかのような大きな切れ目が出来ていた。

 そのままウィリアムがオークの頭をグイと押して飛び越えると反動でオークが地に倒れる。何の抵抗も出来ないまま致命傷を与えられ、脳から血液が抜け出てしまったのか首の座らないオークの死体がまた一つ地上に倒れていた。


 そこからは一点突破。包囲など全く応えた様子もなく軽々と抜け出してウィリアムは次々とオーク達を死体に変えていった。

 あっと言う間に残り三匹まで減っている。

 ウィリアムに夢中で気付かなかったが、残りは戦斧を持ったジェネラルオークとこん棒ではなく剣を持ったオーク二匹だ。

 あの三匹はどうやら他とはレベルが違いしっかりと連携が取れている。

 信頼はしているが、やはりウィリアムが少しだけ心配になった。でも、私に出来ることは彼の勝利を願うだけだ。

 今はただ強く祈ろう。






 ◇◆◇◆◇


「へぇ、豚のくせにやるねぇ! 三匹でのヒットアンドウェイか、でも一瞬でも連携がズレれば俺に切られちまうぞ? オラオラどうしたぁ!!」


「クゥッ、こいつ強すぎるブヒ!!」


「逃げるにも逃げられないブヒ、背中を見せたら切られるブヒ!」


「いいから集中するブヒヒ! 俺が教えて来た連携の成果を今こそ発揮するブヒヒ! てか、こんな弱小女どもの集落に負けたらキングに殺されるブヒヒィィィ!」


「で、でもコイツ絶対女じゃないブヒ! こんな男みたいな女、絶対お断りブヒゥ!! いらないブヒ!」


「ブヒブヒブヒブヒうるっせぇんだよっ! っ! チッ、上手く対角線を取って俺の攻撃に合わせて隙をついてくる……しかし、ここだっ! オラァ!!」




 土を蹴りあげる。

 砂埃がまい、砂の礫(つぶて)が一匹のオークの顔面に直撃した。兜なんて被っていないので眼球へクリーンヒットである。

 そして、その攻撃により目の前で怯んだオークに肉薄。

 斬っ!!



 ……しかし、俺の眼前へ突然振り下ろされた戦斧によって急停止させられる。俺が踏み込むはずだった地面へ巨大な斧が突き刺さり、無銘による斬撃を遮られてしまったのだ。

 一歩外へ跳ね、少しだけ間合いを取る。油断しなければそう易々とこんなオークどもにやられる気はしないがまぁ隙を見せるのはマズイだろう。




「おっとっと!! やるねぇ! お前はジェネラルオークってやつか?」


「そうだブヒヒ!! お前は一体誰ブヒヒ!? こっちはただ、おら達の子供を産んでくれる女の子を貰おうと思っただけブヒヒ、何で邪魔するかブヒヒィ!?」


「うるっせぇ!! 俺くらい超絶格好よければ分かるがお前達豚野郎がレディとよろしくやれるわけねぇだろ、死ね!! いいから死ね! 何も言わずに死ね! 圧倒的に徹底的に死ねっ!!!」




 少しだけ剣を持つ手に力が入る。

 これはモテない男の八つ当たりではない。

 大事なのでもう一度言うが、そう、これは八つ当たりではない。

 とりあえず、この一番厄介そうでウザいジェネラルから殺すことにした。

 しかし……




「ブーヒィィィ……火炎魔法『ファイアボール』!」

「なっ!?」



 変な掛け声のあと火炎球が飛んできた。

 まさしくそれは火炎魔法の初歩『ファイアボール』だ。

 オークが魔法を使うのか!?

 ジェネラルオークと戦ったのは初めてだったためこれにはビックリした。

 俺の知っているオークは人語を操れず、勿論魔法所か詠唱さえ出来ないモンスターのはずだったからだ。

 まぁ、ビックリしただけでこんなカス魔法でどうこうなることはないのだけれど。




「はぁっ!! っとな。はんっ、温(ぬる)い温(ぬる)い!! お前こんな魔法なら俺に使わない方がいいぞ? 隙だらけになるだけだ」


「なにぃっ!? 魔法を剣で切ったブヒヒ!?」


「あ、あいつの剣が今一瞬青く光ったブヒ! きっとあの剣、伝説の武器か何かブヒ!」


「ず、ずるいブヒ! 卑怯ブヒ! とんでもねえセコイ奴だブヒィ!!」


「はあぁっ!? てめーらこそゾロゾロ仲間引き連れて今まで俺一人相手に卑怯三昧してただろうがっ!」


「そ、それはお前が勝手に突っ込んで来て……」

「黙らっしゃいっ!! それにこれは付加魔法だ、クソがっ! だから俺が正義でお前達が悪、つーわけでそろそろ俺の食事を邪魔した罪、断罪させてもらうぜっ!!」




 俺は会話を無理矢理終わらせると後ろへ飛び、少しだけ三匹との距離を取る。

 魔法が効かないどころか俺が魔力操作も出来ると分かったためかオーク達はこちらに近づいてこない。いや、もしかしたら逃げるタイミングを測っているのかもしれない。

 だが敵が動かないことは俺に都合が良い。遊ぶのも飽きた。もう、ここらで終わらせよう。




「なっ、何をする気ブヒ!? ま、魔法ブヒか!?」


「まぁそんなもんだ。それよりも良いから最後に俺の質問に答えろ……お前達の巣は何処だ? ここからどの程度離れた所にある? 人間の女性を捉えているのか?」


「は、はぁぁぁ? そんなの教えるわけないに決まってるブヒヒ! なんだなんだ? いったい何を考えてるブヒヒ? 昔は人間もいたが遊びすぎたせいかすぐにダメになってもうとっくに土の下に……」

「もういい。よく分かった……それじゃあ、死ね」




 無銘を振り、付着していた血と脂を地面へ飛ばす。

 そして、その刀身を一度鞘へとしまい、半身となり右足で一歩足を踏み出した。

 風は微弱、気持ちが良い位だ。

 今日は色々とあったが既に日は暮れ、二つの月が空で輝いている。


 俺は……抜刀の構えに入った。





 ◇◆◇◆◇



「奥義……“青纏刀(せいてんとう)”っ!!」



 ウィリアムが少しだけかがみ、右手を左腰にある剣へと伸ばしたその時だ。

 彼の叫びと共に青い光がウィリアムの剣の鞘と柄の隙間から溢れ出す。


 そのあとに何が起きたのか、私にはよく分からなかった。

 ただ、彼の左腰に佩(お)びていた細い剣ーー『無銘』と言ったかーー、その剣に添えていた右手を横一線に振り抜いたようには見えた・・・

 そう、実際には速すぎてよく分からなかったのだ。私にはそう見えたというだけ。

 事実、今現在ウィリアムの右手は既に左腰の鞘部分から離れ体の右側、自然な位置にある。

 いつの間にか姿勢も正し、普通に立っているようだった。

 その手の中に勿論あの剣もある。

 “無銘”はいまだにうっすらと青白い光を纏(まと)ってはいるが、先程鞘から漏れだしたほどのすさまじい光はどこかに行ってしまったようだ。

 もしかすると先程の青い光は私の頭の中だけのことで、過大妄想と言うか幻覚だったのだろうか、とにかくそんなもの今は全く鞘から漏れていなかった。


 そして、三匹のオーク達はと言うと発光していた。


 そう、光をその体の一部から発している状態の発光だ。

 いつの間にか腹の中心辺りで真横一線の隙間が出来ており、そこから青い光を発していたのだ。

 そしてみるみる内にその光源部分でスライドしたように上半身が下半身からズレていく。

 オーク達は胴体の真ん中を真っ二つに切られ絶命していたのだった。




 現在私の頭の中には様々な疑問が噴出していた。

 ウィリアムは瞬間の内に抜刀し、三匹のオークを切り抜いたのだろうか……?

 ……いや、でも何故そんなことをする必要がある??? 一度剣を鞘に収めるのは無駄な動作ではないだろうか???

 さらには、オーク達との距離は到底剣の届く範囲ではなかったのに、確かに切れている。

 あの胴体の切断面は今までウィリアムが切ってきた諸々と同様なのだ。


 ともすれば魔法……?

 しかし、あの剣で切ったような切り口はなんだ?

 そんな魔法が遥か昔には存在していたのか?



 傍から見ても私の頭上には沢山の『?』が浮かんでいたと思う。

 ……しかし、まぁ今はそんなことどうでもいい。

 早く……早く、黒の守り手様の所に向かわないと……!!


 目下、この城壁の下ではウィリアムの元へと黄色い叫びを上げながら群を成して走り寄る人々が見えていた。

 負けていられない。負けている場合ではない! 私は、私こそがウィリアムの騎士だぞ!

 お前ら、私を差し置いてウィリアムに駆け寄るな!

 騎士は主を守ったり支えたりするそうだが、私はまだ何も出来ていない。しかし、今こそあの半ば興奮しすぎて暴徒化した国民達からウィリアムを守らなければ!

 そう、それが私の仕事だ!

 ウィリアムの元に群がる群衆を見て私も走り出していた。




「ウィリアムー!! 今行くからなっ! キャァー!!」



 黄色い声が出てしまうのはどうやら仕方がないようである。

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