第12話 黒の守り手様ショック

「黒の守り手様ショックがこの国を襲っています!」


「くっ、殺せ……!」




 席に着いている俺以外の皆はブロックとポーション、そして俺だけは生野菜という見た目がアンバランスな食事を終えて、今は会議という名目での雑談タイムに突入していた。

 この国は人口が少ないので国というより村だ。そのため会議と言っても堅苦しいものではなく井戸端会議みたいなものだろう。

 そんな井戸端会議でも、それなりに有益な話をするだろうと思っていた俺はこの国の王様による開口一番の言葉でテーブルに額から突撃し、冷たい机に突っ伏すことになった訳だ。

 しかし、そんな俺の姿なんて気にする様子もなくベアトリーチェ王女様の口撃(こうげき)は止まらない。

 それどころかまるで自らが行った勇敢な諸行かのように、国民に対する俺の受け止められ方を自慢するかのごとく雄弁に語らっていた。

 そして、俺はその話を聞きつつ自分のやってしまった行為にただただ辱しめられている。




「突然踊り出したり歌い出したりする人が増え、同時に花を摘みながら溜め息を何度も漏らしだす人、さらにはウィリアム様のあのオークを屠った“断罪”の真似事をする子供が急増したのです。嬉しいような恥ずかしいような、そしてまるで思い詰めたかのような不思議な症状が国民に拡がっていますわ! 元々刺激も少なく、オークのせいで将来に悲観的だった我が国の民達に伝説の黒髪戦士、黒の守り手様が現れたことで多いに皆が沸き立っているのです! 私はこれを『黒の守り手様ショック』と名付けましたの! 因みに私もウィリアム様がお部屋に閉じ籠ってしまわれて、どうしたものかと心配で今まで食欲が沸きませんでしたわ……」


「そうですね。私も研究をしているとついついあの特殊な形をした剣を持った黒の守り手様の二の腕、そうあの屈強な上腕二頭筋を思い出してしまいましてね、興奮のあまり色々と垂れてしまうため困っています。ふぅ、全く……ところで、ウィリアム様。二の腕触ってもいいですかね?」


「ベアトリーチェ様! ユリアさん! ダメ、ダメです、このような者に心を許しては! 黒の守り手様ショックは若者達をとりこにし、無能で怠惰な状態にしてしてしまう上に色々と人をダメにする悪しきものです! し、しかし確かに腕は立つようだからな、貴様、後で防衛隊員の合同稽古に付き合うことを許そうっ! 分かったな? く、くく、黒の、守り、手……さ、さま……あうぅ……」





 最後の部分を恥ずかしそうに小さな声で呟く女兵士リーネシア隊長。その顔は怒りからかはたまた恥ずかしさからかトマトのように真っ赤になっていた。さらに、今はその顔をぶるぶる振って、ポニーテールをブンブンと振り回している。

 なんだそれは、意外と可愛いことするなこの人。

 しかし、そんな可愛さよりも何よりも俺はただ『黒の守り手様』というのをどうにかしてもらいたい。あと、ちらほら出てくる言葉のあれ、だ、“断罪”ってのも……くぁぁぁ、なんであんなことしたんだ俺は……!?


 とりあえずこのままだと、俺の隣にいるティアーユまで参加して再び女達の議論が収まらなくなるため、俺は口を開くことにした。





「とっ、ところでオークなんだけどさ! あいつら復讐にやってくるんじゃないか? 一匹は手負いと言えども逃がした訳だし」


「そう……ですわね。恐らくすぐにでも」

「うむ。貴様の言う通りだ。あいつらはしつこい。変なプライドもあるようで負けるのがよっぽど許せないのか、ネチネチネチネチ……と、毎度逃げ帰るくせにオークキングが誕生するまでは執拗に我が国に攻めてきていた」




 オークキングが生まれてからは防戦一方と言っていたから、以降は快勝したことがなかったのだろう。そして、三ヶ月前からは犠牲に困っているところを見越されてとうとう生け贄を要求された……と。

 ポニーテールの女兵士リーネシアは悔しそうな顔を浮かべて唇を噛んでいた。

 これまで少なくない犠牲や負傷者を生み出して彼女達は生きてきたのだろう。

 防衛隊とやらの長としてはかなり悔しいはずだ……




「あの、ウィリアム様……子種に加えてこんなことを頼むのはおこがましいとは思いますが……どうか、もうしばらく我が国を守護する黒の守り手様として働いてはくれませんか!? もちろん、無理をしろとは言いませんがオークキング以外のモンスターならばウィリアム様がいれば……」



 ズゴン。

 黒の守り手様ってもう公認役職名なのかな。

 そんなわけで本日二度目の机ドン。

 クソ……額が痛い。




「おっ、王女様!? ダメです! 王ともあろう方がこんなどこの誰かとも分からぬ者に頭を下げてはいけません!! お、おい、貴様っ! こ、この国の王ではなく、国の防衛隊長である私、リーネシア・シルベスタから頼みたい! 私達ではダメなんだ……どうか、このルイズ王国をその力で救ってくれないか……この通りだ!! も、もし、頼みを聞いてもらえるなら、その、私が貴様の言う事をなんでも聞こう! も、もちろん身の回りの世話でもするし、一緒に稽古の相手をしてやってもいい、眠れなければ同衾だってするし、体を拭くのだってしてあげても別にか、かか、かかか、構わないんだからねっ!」




 自らの力が及ばないと分かっている防衛隊長がこの国を防衛してくれと他人である俺に頭を下げた。

 今まであれだけ嫌がっていたこの俺にだ。

 国を守るためにプライドを捨てられるのは素晴らしいことだと思う。

 うん。前半はそんな感じで格好良かったのだが、後半はどうしちゃったのかな。

 この人もあれか、黒のなんたらショックな人なのか。




「ウィリアム、私からも頼む。最初は強さに疑いや不安もあったが、あれだけ爽快にオークを打ちのめしたウィリアムは既に私達の希望なんだ……私は今、ウィリアムに出会えて、あの氷から救い出せて、本当に良かったと思っている。でも、これは君に恩を返せという脅迫ではないぞ? こんなに今を生きることが嬉しくて明日やその次の日が待ち遠しいのは久しぶりなんだ。だからウィリアムのその存在だけでも私は既に恩を返してもらったと思っている。これは頼みだ、ウィリアムに今度はちゃんと頼んで、お願いをしているんだ……」


「あぁ、ティアーユ大丈夫だ。この国を救ってほしいというお前の頼みを俺は確かに聞き入れた。だから救うさ、あのくらいのオークだったら余裕だしな! ドーンと構えていてくれ、オークは俺がどうにかしよう!」




 皆の顔がパアッと明るくなる。

 このくらい格好つけても良いよなじっちゃん。俺、この国を救うよ。じっちゃんに教えてもらった力で正義の味方になってみせるよ。

 最初こそ怪我なぞさせられないなんて俺が戦うことを拒んでいた彼女達だったがあまりに圧倒的だったのだろう。死に対するドライな文化もあるせいか、もはや俺が前線に立つことに不安など感じていないようだった。

 まだどうすればいいのか何も考えてないけど、この国をオークから救って皆の希望を守ろう……とりあえずそう思った。




「あ、あと、もう一つ俺からやりたいことが……」


「おぉ、ウィリアム様とうとう私達に子種を……!」

「違うから。違う、違う。俺のやりたいことってのは料理! そう、料理をさせてもらいたいんだ!」


「『りょうり』? それは子作りと関係が?」


「いや、だから関係ないよ? 今、子供の話してないからね? ちゃんと話聞いてね? 兎に角キッチンとかないかな、これだけ大きい城ならば何処かにありそうなんだけど……」


「キッチン……あぁ、もしかして魔導ミキサーの置いてあるあの部屋のことでしょうかね?」




 一旦話し合いは終了する。と言うか多分これ以上俺がいても特に有用な話し合いは出来ないだろう。違うって言ってるのにいやに子種子種言ってくるし。

 オークについてもやって来たら俺が単騎でそいつらを倒すだけだ。数が多かった場合は要検討だが、俺は城の構造も知らないのだから防衛のことは良く分からないし、何か大事な話か作戦があればそれこそ防衛隊員の間でしっかり決めてもらって俺には後で教えてくれれば良い。この時代の敵方(オーク)がどれだけ集団行動できるのか、攻城戦を知っているのかは分からないが、とりあえず攻めてきたら俺は先陣を切って、片っ端から一匹でも多く潰せばいいと思う。うん、きっとそれで大丈夫だろう。この時点で大局的なオーク問題の解決は防衛隊に丸投げだった。

 まぁ大局的と言っても防衛隊は三十人くらいらしいし、戦略も何もないんじゃないかな?


 食事会後、白衣の研究者ユリアに連れられ暫く城の廊下を歩いていると、俺とティアーユはドアに鍵がついているキッチンに到着した。

 と言っても普通キッチンに入るのに鍵つきドアなんて見たことがない。これは後付けの物だろう。

 解錠して中に入るとそこにあったのは樽! ……のような大きな何かだった。円柱形をしているが樽よりも大きく、キッチンのど真ん中を占領している。

 形も良く見れば複雑で、管が沢山出ている奇怪な物だ。

 これが噂の魔導ミキサーなるものなのだろう。

 蛍光緑色のあの“ブロック”が幾つもそこらに積まれていたため、あーなるほどこれがねー、これがあの不気味食品を作り出すのねー、と直ぐに理解できた。




「ここはウィリアム様が自由に使ってもらって構わないですよ。私の研究室もすぐ近くにあるので何か困ったことや分からないことがあればいつでも気にせず聞いてください! あっ、そうそうこれが流しで、ここをこう持ち上げると水が出てきて、こっちを捻(ひね)ると炎が出る魔道具なんです!」


「ほうほう、それでこの水は飲めるのか?」


「大丈夫でごすよ! でも飲むならポーションを飲めば栄養も取れて一石二鳥……」


「それは断る」




 ポーションなる物はブロックと同じく魔導ミキサーによって作られる液体、つまり飲み物だ。

 老人が飲むお茶から赤ん坊のミルクの役割まで補完している万能飲料らしいが、ブロック同様で、こちらの色もまた生理的に拒否感の沸き上がる鮮やかなピンクだった。何故か少し粘度もあるようでそれはまるでスライムだ。当たり前だが俺は飲み物としては断固お断りしていた。

 何故人類はこんなものを作ったのだ、永遠の謎である。


 とりあえず、この調理場ならばお湯を沸かせると言うことで今日は簡素なスープを作ることにする。


 出汁は鳥でも狩ってくれば良いだろう。そうすれば肉も取れるし。具は王国で栽培している野菜についてあまり期待出来ないため山菜やキノコだな。

 早速ティアーユに狩場や採取場を教えてもらうことにして、俺達はユリアと別れた。

 どうやらユリアは俺達が外に出ている間に魔導ミキサーを移動しておいてくれるらしい。

 まぁ、王国の食事を支える魔道具だものな、ぽっと出な俺なんかの手の届く範囲にあったら心配だろう。こちらとしても変な事故で壊れてしまうのも嫌だし、何もしていなくても壊れた時に疑いにかけられるなんてのもごめんなのでむしろ移動してくれて安心した。





 ◇◆◇◆◇



「おい、ティアーユ本当にこっちで合ってるのかぁ? まぁ確かに色々と生えてるみたいだけどさ……」


「うん、そのはずだ。と言っても私は私の仕事以外のことは良く知らないからな、絶対とは言えないぞ」




 大丈夫だろうか……?

 城の南門を出て、とりあえず東の方角にある森に入ってからは獣道を真っ直ぐ歩いてるだけだし帰る分には迷わないだろう。帰るときはUターンしてまたまた一本道を真っ直ぐ歩くだけだしな。

 道を暫く歩いていると少し開けたところに出た。規模は小さいが沼か池のようだ。

 さっそく俺は水辺で油断している鴨を魔法を使って上手いことゲットした。人間の脅威が減ったおかげか動物達は伸び伸びと生を謳歌していたのだ。そのため警戒心が薄く、簡単な電撃の魔法を使って痺れたところを直ぐに捕まえることができた。

 大きな獲物を取れたのはいいのだが、ここまでまだ誰一人として遭遇していないあたりが若干の不安要素だった。

 誰かしら狩猟している人に会えれば収穫を分けてもらえないか、良い狩り場や採取場がないか聞こうと思ったのだがそれも上手くいかなそうだ……


 結局、俺達二人はそのまま鴨を血抜きのため、逆さにして持ちながら歩く。獣が寄ってくるかもしれないがこれをしないと肉がまずくなるので仕方ない。そうして、道中で山菜を摘んだり、自生しているキノコをゲットしたりもした。勿論キノコはよく見知っている物だけだ。見るからに怪しい物以外にも例え食べれそうな物でも手は出していない。他にも薬草や毒消し草なんかも取り放題なのだが、うーむ、やはり人に会わない。まだまだ先に居るのだろうか? けっこう深くまで探索に行っているんだな。まぁ、いいや、帰ろう。奥に行きすぎて獣やモンスターに囲まれたりしたら面倒くさいし。




「なんか用事済んじまったし帰るか」


「そうだな、狩猟班に挨拶もしなかったが……まぁ会わなかったのだし別に構わないだろう。それに毒蛇に足を咬まれでもしたら大変だからな」


「毒なら毒消し草もあるし、俺が魔法で治癒できるからそんなに毒蛇ごときにビビらなくてもいいぞ?」


「……は?」


「ん? あぁ、実は俺は魔法の中でも回復魔法系統が得意なんだ。あっ、そう言えば昨日の片足の子も治してやんないとな。いやぁ、すっかり忘れてたよ。はっはっは……」




 全ての異常を取り除き、健常な状態、その者の本来在るべき姿へと回復、回帰させる魔法『リバイブ』。俺は欠損をも治癒させるその魔法を扱える。

 じっちゃんのたゆまぬ指導のお陰だ。武人の嗜み以上に人々を守れるようにと俺は回復魔法だけはしっかり叩き込まれたためそれだけはとても得意だった。

 他にも体内の血液から毒素を取り除く『アンチポイズン』なんて魔法もあるが、リバイブをつかえる時点でこっちは魔力消費を抑える位にしかならないのだが、なんにせよ俺はそのアンチポイズンも覚えているので毒への対処は万全だ。




「は、はは……」


「『はは』? どうした、ティアーユ?」


「早く言えぇぇぇ!! 直ぐに戻るぞウィリアムッ!!」



 突然大真面目な顔になり、来た道をダッシュで走り出すティアーユ。

 いつも奇抜な行動する彼女だったが、この時ばかりは本当に真剣な顔をしていたため俺も少々焦りつつ彼女の後を追って帰り道を走っていた。

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