第8話 騎士ティアーユ

 その後、立派な軍服のようなものに身を包んだティアーユが俺の服を持って来てくれた。俺はいそいそと服を受けとり着替えるが、先ほどの女王様の発言にまだ気もそぞろだ。しかもこれから謁見と言うこともあり無銘は返ってきていない。若干の不安を抱きつつもシャツに腕を通す。

 しかし、ティアーユはそんなことを全く知らないようで俺を急がせてくる。




「さぁさぁ、ウィリアム、早く着替えるんだ! 謁見の間に行くのだからな! さぁ、早く、さぁさぁ早く! その体に巻いているシーツをどかして、私の前でパンツを穿くのだ!」


「ちょ、ちょっと待てっ! お前は一旦外に出ろ!」




 何故か興奮しだして目がヤバイティアーユを一旦外に出す。

 目は充血してたし鼻血も出ていたようだがアイツ大丈夫か?

 あまり待たせるのも悪いのでササッと着替えた後、再びティアーユを部屋に入れた。

 その時に着替え終わったいた俺を見て彼女が浮かべたどこか残念そうな、もの悲しそうな顔が印象的だった。




「あっ、そういえば、な、なんか女王様が来て俺のこ、ここ子種をくれとか言ってたんだが!? あれってどういう……」


「ん? あぁ、そうだぞ! 私もユリアさん……あ、ユリアさんと言うのは我が国随一の研究者なのだが、その方によると私達クローン体はまだなんとか生殖機能が生きているらしいのだ。だから、後はウィリアムから子種を抽出することが出来れば子供が作れるはずなんだって! あぁ、これで私にも子供が!! 夢のような話だなぁ!」


「え!? な、何を言ってるんだ……? ……オイ、『抽出』ってなんだよ!?」


「抽出って言うのは抽出だぞ? こう、チューっと注射で採取させて貰って、あとは私達の腹の中にそれを再びチューっと注入すれば……ウィリアム、注射で血を採ったりしたことがないのか?」


「ヒイッ!!」




 興奮冷めやらぬティアーユの言う『注射』なる物が何かは分からないが、玉がヒュンとした。なんなんだろうこの不安感。

 このルイズ王国の人達の間では子種というものについて、何かとんでもなく危険な考えを持っているんではないだろうか。

 まさか生殖機能の存在は分かってるくせに子供の作り方は伝わっていない……のか?




「お、おいティアーユ、お前子供の作り方知ってるか?」


「ん? 生者の血液を採取したり、体の細胞を使ってクローン施設で……って、その話じゃないよな。男がいれば魔導具を借りずとも子供が作れるのは知ってるぞ! 今はクローンで子を作るのが一般的だが、それはウィリアムも知らないと言っていたし、昔はクローン施設などなかったそうじゃないか! しかも、私達のお腹の中にあるという“子供の卵”に男の子種をふりかけることができればなんと劣化どころか親となる私達と『男』の優性部分を得た子供が出来るらしいのだ! 今、王宮でウィリアムの存在を知った一部の者達はその話題で持ちきりだ! ユリアさんが言っていたので多分本当だしな!」


「へ、へぇ……そうなんだぁ……」




 うん、分かってないなこれ。全然分かってない! 魚の産卵か何かと勘違いしてないか!?

 えぇぇぇ、なんか一瞬ハーレムかも! なんて、ダメだダメだとは思いつつも少しだけワクワクしていたがこれ違うよ、これ本当にただの種馬の役目だよ。

 なんだよ採取って、二百五十人分の子種採取って怖いよ!

 あぁ、なんだか謁見の間に行きたくなくなってきたなー。

 ろくな事が起きない予感がする。と言うか多分悪いことしか起きない。




「ほらほら、早く行くぞウィリアム! いやぁ、これで私も昇進確実ですなぁグフフ……」


「あ、あのさティアーユ、お腹痛いから今日はちょっと無理かなぁなんて……」




 俺は小さな抵抗を試みる。

 腹痛とか本当に一時的な場しのぎにしかならないが、ここは両者落ち着いて冷静にこれからをどうするか考えるべきだろう。

 我ながら少々わざとらしく腹を抱えて痛そうな素振りを……




「は? 仕方ない……『ヒール』! っふう……どうだ治ったか?」


「チックショォォォッ! お、お前、『ヒール』使えるのかよっ!? ……あ、あぁ、ありがとう治ったみたいだ……し、しかしあれだなぁ、なーんか行きたくなくなってきたなぁ……王様の前とか緊張するし……」


「何言ってるんだ、さっきウィリアムの所に王であるベアトリーチェ様が来て、お話してたんだろ? と言うか早く行こう! 私の昇進がかかってるんだ! さぁさぁ早く!」


「うあああ……」





 俺はティアーユに引きずられながら謁見の間まで連れていかれた。

 あぁ、本当に悪いことしか起きない気がするんだが……










 ◇◆◇◆◇



「ティアーユ・シルベスタ。あなたにはルイズ王国、国王ベアトリーチェ・ルイズの名に置いてウィリアム様の騎士の役目を任じます。彼の者を護り、支え、その剣となり常にその主を助けるためにその身を賭しなさい。分かりましたわね?」


「……へ? き、騎士? え~っと、は、はいっ! 分かりました!!」




 この国は建造物や備品は古くボロボロながらもとても高いレベルにあるようだ。しかし、人口は二百五十人とかって言ってたから集落の規模的に言えば村レベルだろう。どんな高級品もその価値を十分に発揮することなく老いていくのがこの国の現状なのだ。

 だからだろうか、ベアトリーチェ王女とティアーユの受け答えもさほど格式ばった厳かなものでは無かった。王に対するマナーとか振舞いなんかも無いようで本当に自由だ。

 と言うか、謁見の間の広大さに対して、中には俺達二人を合わせて十人ほどの人間しかいないのだ。これじゃあ威厳もそんなに出てこない。

 俺達の目の前に居るのも、女王様とその左手に控える白衣でグルグルの瓶型厚底眼鏡をかけたお団子頭の謎人物、それから右手側には先ほど俺の寝ていた部屋にやって来た槍を持つポニーテール女兵士リーネシア・シルベスタだ。他にも入口や部屋の隅には、先程俺の寝ていた部屋に王女やリーネと一緒に現れた面々が控えている。

 先程俺が見た人物ばかりなのだから余程人手不足なのだろう。


 うーん、それにしても妙なことになってきた。

 ティアーユが俺の騎士だと? 護衛なんて必要ないどころか、誰かを護衛する役目なんて俺の方が向いているんじゃないか?

 そう思えるほどここには弱々しく白い肌をした美女しかいない。


 当の昇進出来ると喜んでいたティアーユもこれは昇進なのか? と首を傾げているくらいだ。そもそも、騎士のことを知らないらしい。いや、と言うか王女様自体も分かっているのか若干不安だ。




「続いてウィリアム様、ウィリアム様には世界に残された唯一の『純人種』の楽園、このルイズ王国で私と共に王国を治める王になって頂きたいのですわ! そして、この国の人々に子を与え、更なる発展を……」


「ちょっ、ちょっと待ったァ!! お、王になれだと? 俺が!? つまり女王様、あんたと結婚しろってことか!?」




 突然の事態に驚く。

 数日前……いや、実際には数千年前か?

 アルス王国の王様に自分の元に仕えろと言われた時のことを思い出す。

 正直、じっちゃんの道場の後を継ぐことは出来なくなったわけだけど、今も昔もそんなものはごめんだった。




「結婚? はて、結婚……? ユリア、結婚とは一体何でしょうか?」


「ベアトリーチェ様、『結婚』とは一生を共に添い遂げる契約、“誓い”と呼ばれるものであるようです。私の調査では古い時代にはこの『結婚の誓い』こそが人々の間で更には“男”との間で重要な祭事だったと過去の文献に記されていました!」


「ふむ、一生を共に……分かりましたわ、ではウィリアム様にはルイズ王国、この国と結婚して頂きましょう! 我が国の民は昔からほとんど国外へ流出しませんの、それだけこの王国が魅力的ということなのでしょう。ウィリアム様もきっとこの国を気に入っていただけると思いますわ」


「いやいやいや、つーか、国とは結婚出来ねーよっ! 結婚は基本的に男と女が一人ずつでするもんなの! 子供だってその結婚相手との間に作るんだよ!」


「私達と男が……?」




 結婚がわからない……?

 と言うか、やっぱ国外とかあるのか……

 そこら辺どうなっているんだ、外交とか。

 俺の言ってることが分からないと先程からしきりに首を傾けている王女様に一旦落ち着いてもらうためにも外の世界について詳しく聞くことにした。

 すると、すぐに答えは返ってくる。




「国外ですか? 遥か西の地に他の人種達が住む国があると伝えられていますわ。一番近くてここからも見える南西の山脈に住む小人種ドワーフ達の国ですわね。他の集落はその山を越えた先と聞いています。それに、基本的にクローン施設がある場所に人々が生活しているはずですの。こちらも安易に何の理由もなくそう遠くまで飛空艇を出すわけにもいきませんし、ここ数年はオークが現れ始めたせいで外国からは行商人や旅人も一人たりとも現れてはいません。私達も諸外国もひたすら縮小の道を辿っているという理由もあるのでしょうが……」


「そうなのか……と、すると妖人種エルフや獣人種あたりはその西の山脈を越えた先で生き残っているのかな……」



 少し思案する。

 何も人が生活している場所はここだけではないようだ。



「はい、ここルイズ王国のように十人種はそれぞれに別れクローン施設を擁する国を持っていると伝わっています。十年前に交流があったのも小人種ドワーフと獣人種の国の者で……」

「なっ、なんと!! “妖人種エルフ”を知っているとは! やはりウィリアム様は『神の怒り』以前の人物なのですねっ!? おばば様達も知らない知識も多そうです! よろしければ私にぜ、ぜひその話を……」




 女王様の横に控えていた眼鏡の女性が少し興奮気味に妖人種エルフのことを聞いてくる。

 エルフったってリア位しか知り合いいないし、そのリアの話だって特に面白いものはないんだけどな……




「……ユリア、その話は後でになさい。それよりも今は結婚の話ですわ。ウィリアム様の話を聞く限り、ウィリアム様には誰とも結婚してもらわない方が良さそうですわね、何故ならウィリアム様には沢山の人々に子種を分け与える大事なお役目が……」


「いや、しないからねその分け与える役目! つか、俺の話の何を聞いていたんだよ! そんなお役目お断りだっての! 俺は貴族とか王様とかそういう難しいことは苦手なんだ、子供うんぬんはあれだ、ちゃんと恋愛の果てに大切にしたい人と結婚してその人と子供を作る、俺はそういう普通の結婚が望みなんだ。誰かに頼まれて、よく知りもしない相手と、まるで仕事かのように結婚するのはゴメンだな!」




 キッパリと断りを入れる。

 既にけっこう面倒だが、これ以上面倒になっていくのを黙って見てる訳にはいかない。

 ここはキチンと変な役割を押し付けられることへの拒否を明言しておくべきだ。

 しかし、この女王様は俺の返答のなかでも変な部分に引っ掛かったようだ。




「恋愛? ユリア……」

「はい。恋愛、または愛情とは異性の間に生まれる感情で友情や師弟の情などより深く、時に人を狂わすほどの感情らしく、『その者と共に在りたい、全てを理解したい』という強い気持ちらしいのだそうですが……残念ながら私にはよく分からないです……親愛の情ならばこの国や人々そしてベアトリーチェ様に多く感じているのですが」





 オイオイ、男のいない千年間に人は愛情さえも失ってしまったのかよ!?

 女同士でじゃ子供も作れないから無くなっちゃったのかな……

 ここまでのやりとりで、ここが俺の中にある普通が通じないような世界にさえ思えてきた。

 どうしようかなこれ。あーもうなんだか手に負えないほど面倒になってきたわ。




「誰かと共にありたいとか思ったことないのかよ!? 他にも誰かに頼りたいとか、頼られたいとか、相手のことをもっと知りたいとか、自分のことを知って欲しいとか……」

「私は王です。私は皆に頼られる存在でいなければなりませんの。だからこの国の全ての人々と共に幸せでありたい、そのためには国防にも力を入れますし、皆に役割を与えますわ。そして、国を守るために私もまた皆に頼っています。そういうことでしょうか?」


「……ちょっと違う気もするけど、なんつーか、立派な王だな。あんた……」




 この国での子育てとかはどうなっているのかと聞けば、子供を育てる役割の者達が育てるらしい。元々クローンなんて言うのは腹を痛めて産んだ子供とその親という関係等とは確かに言い切れないようだし、自然とそうなるものなのかな……

 子供を育てる役割についた場合、掃除や内職といった役割を与えられた者達同様に自分の子を残せる可能性は無に等しくなるらしい。

 しかし、子供は宝だろうし、女性に備わっている母性本能のせいかこんな世界でも、子供を育てる役割は『優良遺伝子保有者』に選ばれやすい防衛隊員の次に人気があるとか。

 はぁ、世知辛い世の中だよここは、本当に。

 さらに話を聞いていると親と子の愛情が希薄かと言えばその逆らしい。やはり親は自分に似た子供に深い情を感じてしまうものなのだとか。だからこそ親と子は引き離される。年に四人しか子供が産まれないのだから、その子達はしっかりと育てられるのだ。




「それでですね……わ、私はもしかしたら少しだけウィリアム様に愛情があるのかもしれませんわ。今現在、もっとあなた様と一緒にいてみたいと思っていますの。子種についても是非とも頼りたいですし、少なからずもっとウィリアム様のことを知りたいと……」

「女王様、私も先ほどは愛情について分からないと言いましたが、このウィリアム様という『男』に興味はつきません。私が彼に抱いているこのもっと知りたいという感情、もしかするとこれは愛なのかもしれないです……」

「ダ、ダメです! ベアトリーチェ様もユリアさんもこのようなやからに騙されてはなりません! 私ももう少し近くで観察してみたいと思いますがそれは恐らくこいつが常に己の身にかけている魅了の魔法か何かのせいでっ……!」




 女王様どころか研究者とやらであるグルグル眼鏡娘のユリアってやつや女王様の隣で槍を持つ偉そうなポニーテール兵士リーネまで口を出して来た。

 てか、魅了の魔法なんてかけてねーよ。気になるのは男が珍しいからじゃないですか?


 はぁ、どうするんだよこれ……目の前であーだこーだと話し合いが始まってしまった。女三人寄ればかしましいってか。

 そんな時だった、突然俺の隣にいたティアーユが『すみません!』と声を上げた。

 そう言えば、ティアーユは俺の騎士になってくれたんだよな。よし、俺のためにもこの場をどうにか収めてくれ、頼む!




「女王様、ユリアさん、リーネ隊長! 一生、その隣でウィリアムのことを知り、支え続ける私こそが最もこのウィリアムのことを愛している存在に近いことになるのかと思います! そもそも、彼をもっと知りたいという興味心から私は彼を助け、そしてウィリアムは今ここにいるのです! なんなら私が結婚しても良いです!」




 あ、こいつダメだわ。

 なんだよ結婚しても良いって。

 もう、愛情の概念とかが上手く伝わらないどころか、こっちの考え方がおかしくなりそうなので、俺は愛を語ることについて色々と諦め始めていた。

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