(3)女子高生の場合

第13話

「デビュー、決まったんですか」


 いきなり連載なんて、嘘みたいだ。そう思いながら私は編集部からかかってきた電話を切った。


 スマートフォンの画面に表示されている『デビューして連載をもちたい』という文字をじっと見る。やはりアプリにお願いしたら本当に夢が叶ったということなのだろうか。何もかもがうまくいきすぎて怖いぐらいだ。


 結局あの日以来、先生は仕事場に来なくなって、一週間後に遺体で発見されたと連絡があった。山奥で車ごと燃えていたらしい。遺体の損傷が激しくDNA鑑定をして、先生だと判明したようだ。指が何本か破損していたということだが、その理由はよく分からないということだった。


 自殺するほど悩んでいたなんて知らなかった。しかも先生がデビューするためにアシスタント時代に師匠を見殺しにしたなんて、信じられなかった。そんなことをしなくても、きっと先生ならデビューできていただろうに。


 だが先生は、あのタイミングだったからこそ大ブレイクしたかもしれないことを考えると、運の強さや巡り合わせの妙というものを感じずにはいられない。そのせいで大きな代償を払うことになったのならば、自業自得ということなのだろうか。だとしても自殺だなんて。


 確かにあの日の先生は、とても疲れていたようだった。妹さんに金をせびられて困っていたようだし、もっといろいろと相談に乗ってあげればよかったのだろうか。先生もアプリになんでもお願いしておけば死なずに済んだかもしれないのに。


「よかったね。デビューおめでとう」


 隣で寝ていたお兄ちゃんが頭を撫でてくれた。土日はいつも奥さんに内緒で借りているアパートで一緒に過ごす。


「ありがとう。ご褒美におねだりいっぱいしてもいい?」


 私はお兄ちゃんに抱きついて甘える。ぎゅっと抱きしめ返されて首筋にキスをされた。


「いいよ。なんでも」


 こういうときに愛されているなと強く感じる。でもデビューが決まったとなると学校での成績はもう関係ない。もし連載で忙しくなったら学校をやめるという選択をする可能性もあるし、卒業までもう少しだ。そうなればお兄ちゃんと一緒にいるメリットはあまりない。

 潮時かもしれない。なんとなくそう思った。


 スマートフォンの着信バイブが鳴った。お兄ちゃんに抱きついたまま、彼からは覗けない位置でスマートフォンの画面を見た。


『メッセージボトル・カウンセラーです。何かお困りではありませんか』


 私は思っていたことを返信した。

『お兄ちゃんと別れたい。新しい彼氏も欲しい』


 すぐに返事が来る。

『その望みを叶えましょう』


 思わず私は笑みを浮かべた。


「なにを笑ってるんだ」

「秘密」

「悪い子にはお仕置きしなきゃな」


 お兄ちゃんが唇を重ねようとするが、私はとっさに顔を背けた。


「どうした」

「なんでもない。おなか空いちゃって」


 私は苦笑いをした。うまくごまかせただろうか。


「しょうがないな。じゃあ先にご飯にしよう」


 お兄ちゃんがベッドから出てキッチンに向かった。それまで気にしたこともなかった残り香がやたらと鼻に付く。お兄ちゃんを捨てると心に決めた瞬間、匂いに対する感覚が変化してしまったのだろうか。人間の体って本当に不思議だと、私はぼんやりと思っていた。




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