第5話

 ホームルームが終わった後、最悪な気持ちに追い討ちをかけるように担任に呼び出された。テストの点が悪かったからだ。


「これだと進学は難しいぞ」


 いつもイベント直後にきまって呼び出されて嫌味を言われる。きっと今回はバレンタインデーに女子生徒から思ったほどチョコがもらえなかったのだろう。ただの八つ当たりというやつだ。


 これまでうちの学校にいる教師の中で一番顔がいいことを鼻にかけていたようだが、半年前に産休する副担任のかわりに配属された新人の体育教師のほうがイケメンで性格も良く、みるみるうちに人気を奪われてしまったらしい。


 女子高生なんてのは現金なものだ。同じぐらいのイケメンなら既婚者より独身の若い男を選ぶに決まっている。そもそもこの担任は結婚をして子供もいるくせに、教え子にモテようという考え自体がさもしいのだ。


「お前みたいなタイプは、親がなんとかしてくれるから気楽でいいよな」


 ほかにも点数が悪い生徒は大勢いるはずだが、いつも僕だけが標的にされていた。無抵抗で黙って話を聴く僕のようないじめられっ子は憂さ晴らしに最適なのだろう。カースト上位の生徒に接する時とあきらかに態度が違う。僕のような底辺にはネチネチと陰湿な攻撃をしてくることが多い。


「ほかのクラスメイトがいくら努力したって手に入れられないものを生まれつき持ってるんだから、人生イージーモードで羨ましいよ。親には感謝したほうがいいぞ」


 何も知らないくせに。いい気なものだ。

 僕は勉強ができないんじゃない。できないふりをしているだけだ。


 小学校の頃は勉強を頑張っていた。そうすればいじめられなくなると思っていたからだ。だがそれは逆効果だった。ガリ勉だのカンニングをしてるだの、教師に賄賂を渡して点数を改ざんしているだの、ありもしないネタでいじめられる要素が増えただけだった。


 だからできないふりをすることにした。赤点にならないギリギリのレベルを狙っているだけだ。どうせ勉強したところで親の選んだ許嫁と結婚させられる未来しか待っていないのなら、努力したって無駄だからだ。


 僕は普通の家に生まれたかった。それは変えられない事実だから、死んだように毎日をやり過ごしているだけだ。


「わからないところがあったら、いつでも相談しろよ」


 僕は知っている。こいつが女子学生のスカートの中を盗撮している蛆虫野郎だということを。休日に駅で不自然に何度もエスカレーターを上り下りしている担任を見かけたことがある。ミニスカートを履いている女子学生の背後ばかりを尾行していたから間違いない。


 こいつの秘密を握っている。そう思うことでどうでもいい説教を聞き流す程度の我慢はできる。


「お前が希望すれば、放課後に個別指導もしてやるからな」


 担任はニヤニヤと笑っている。こいつが金や体を要求してテストの点や内申書の評価を上乗せするという噂もあるらしい。本当かどうかは知らない。だがこいつならやりかねないなと思いつつ、黙って話を聞いていた。ようやくチャイムが鳴って解放された。


 ほら、やっぱり僕の人生はつまらないままだ。何も変わらない。いつものようにつまらない明日が来る。そのはずだった。




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