オワリノコトバ

多口綾汰

#1

 木々が紅葉し、立秋を迎えたことを告げている。

 小鳥たちはさえずり、夏の蒸し暑い空気から、秋のさっぱりとした体感を心地よく感じる。

 俺は玄関から外に出ると、風になびく紺色のセーラー服のスカートの端が家を囲む石垣の間から目に入った。


「おはよう」


 彼女は玄関が開く音と共に、こちらに振り返る。背中まで伸びた髪を揺らし、いつもの笑みを浮かべる。俺も「おはよう」と挨拶を返す。俺は彼女の横まで行くと、彼女は俺と横に並んで歩き始める。

 いつもと変わらない通学路を歩き、いつもと変わらない他愛ない会話をする。俺はそんな変わらない日常に不満はない。どちらかと言うと、好きだったりする。

 何気ない会話に幼馴染が付き合ってくれたり、俺が彼女のお話に付き合ったりする。幼い頃から高校生になった現在まで、何も変わらない気が置けない仲である。お互いを気にせずに自分の考えを打ち明けることができて、この関係が居心地が良く、ずっとこの関係が続くといいなと思っている。

 ――でも、この関係がいつまで続くかはわからない。

 俺たちは今は高校生という立場にいるが、大学に進学したり、就職したりして、どこか遠くに、離れ離れになってしまうかもしれない。そうした場合、俺たちの関係っていうものは消失してしまうのか。それとも、今と変わらない状態で残り続けるのか。俺たちの、これから先を考えると、俺は一抹の不安に駆られてしまう。


「ねぇ」

「どうした?」


 幼馴染が俺に恥ずかしそうに問いかける。


「板倉くんのことなんだけど」


 幼馴染には気になる男性がいて、その人が板倉という。俺は時々、幼馴染の恋愛相談に男性目線で乗ってあげている。最近では、俺と板倉、彼女とその友人である西尾と休日に映画館に行く計画を立て、実行したりと、徐々に仲が深まっているような気がしている。

 そう、幼馴染は現在、青春をしているのだ。


「そろそろ、告白しようかなーとか思っているんだけど、どう思う? いきなり過ぎないかな?」


 交差点にある歩道の信号が赤を示しており、俺たちは足を止めた。

 道路では二、三台の自動車が駆け抜けいく。風が頬に触れる。それは回答を急かしているようで、俺は不快に感じた。


「急過ぎるかどうかは俺にはわからん」


 俺は率直な意見を述べる。

 幼馴染は「参考にならないなー」と小さく呟く。そりゃそうだ、俺には告白経験もないし、告白された経験もない。恋愛絡みのドラマや映画などはあまり観ないので、外部からの情報もあまりない。

 それでも、俺が思う価値観というものはある。


「ただ、告白できるときに、しといたほうがいいんじゃないのか?」


 あの時、告白しておけばよかった――という後悔をしないためには。


「そう簡単に告白ってできるものじゃないと思うんだけどなー」

「お前、『しようかなー』と軽く言ってたじゃん」

「それはそれ、これはこれだよ」


 幼馴染は「はっはっは」と軽く笑う。その対応に対して、俺はどついてやろうかと彼女のほうを見る。

 しかし、その考えは一瞬で吹き飛んでしまった。

 彼女の目が、先を見据えていたように感じたからだ。彼女が見ている世界は、俺が見ている世界と違うものだと。ずっと深く、ずっと色鮮やかであるような。彼女の目には、普段は見せない、決意が宿っているように思えてしまって、俺は近寄ることができなかった。


「まぁ、でもそっか。できるときにしておく……ね」


 交差点の歩道の信号が青に変わる。

 彼女は数歩先に進み、くるっと回り、スカートをなびかせる。太陽の光が彼女を照らし、茶色の髪を煌めかせるように支えているように感じた。彼女は真剣な面持ちで、それでも笑みを忘れずに、告げるのであった。


「私、今日、告白します」


 その言葉は、俺の心を揺さぶった。

 その言葉は、覚悟が込められていた。

 その言葉は、俺たちの距離を引き離したような気がした。

 彼女の、その姿は、眩しく輝いているように見えた。無意識に手を伸ばそうとしていたが、その手のひらは空を掴んだ。

 そして、俺の耳元で、何かが崩れるような、そんな音が響き渡った。

 俺は、その姿を眺めることしか、できなかった。

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