第50話 ガリバー旅行記した後のとあるガリバーの悩み

 ガリバーはすご~く悩んでいた。


 自身の旅行記を公開しても良いものか、と。


 旅行記を公開すればきっと、小人たちが平和に暮らしているその国に多くの観光客が押し寄せる。そうなれば小人たちは多大な苦労を強いられるだろう。労力も。


 何しろ色々と旅をしたが、とりわけあの小人国は特別だった。


「あの旅行の際、小人たちがどうやって私を運んだのかは、未だピラミッドレベルの謎だが……」


 まあそれは置いとくとして、縛られているのがわかった当初はガリバーはチビる勢いで何事かと酷く震えたものだった。あそこで出さなくて本当に良かった。後に宮殿の火事をそれで消してやれたのだから。まあ、ある意味では大惨事には違いなかったが敢えてそこは考えない。


 そこでは、小人たちはお詫びと感謝の証として、小人国に伝わるあらゆる美容を施してくれると言ってきた。


 ……断る理由など、何処にもなかった。


 ――ガリバーさん、お痒い所はありませんか~?

 ――眉も切って形を整えておきますね。

 ――長旅で日焼けしたお肌のダメージも私共がしっかりケアさせて頂きますね。

 ――お顔のマッサージもさせて下さい。


 この上ない、至福の時だった。

 リラックスの声を上げそうになって何とか堪えたが、小人たちには全てがわかっていた。ドヤ顔だった。

 もうダメだった。冬場に温かい風呂に入ったおっさんのような声が響いた。


「あー、思い出すと恥ずかしっ。だがしかし、小人たちはあの美容技術を誇っていたんだな。まあ、私もこれを見るにつけ、さもあらんだとは思うが」


 ガリバーは鏡に映る現在の自分を見つめ、そのすべすべした頬を撫でる。どこまでも肌理の細かいたまご肌がそこにはある。


 人間よりも小さな世界に詳しいからか、小人国の優れに優れたスキンケア技術は世界一だとガリバーは確信している。


 彼らは素粒子レベルで美容ナノマシンを造れる凄腕集団なのだ。宇宙の謎さえ彼らは解き明かすかもしれない。

 更にはヘアカットからシャンプー、トリートメント、頭皮マッサージ、全身揉みほぐし、ネイルケア、果ては鼻毛まで綺麗に切り揃えてくれた。

 体の大きさ通りの何という細やかな気配りと技術か。何度思い出しても感動が込み上げる。

 ただ、全身揉みほぐしだけは雑技団も真っ青な小人タワーでどうにか重さをかけてくれていて、見ていて大変そうだったのでそこだけは遠慮しておけば良かったとは思った。


 彼らの凄さを知らしめたい。だが、迷惑をかけるのは忍びない。葛藤の連続だった。


 美容効果は一生続くと言われた通り、その後何度も旅をしているにもかかわらず、ガリバーの容姿は今尚若々しく洗練されている。


 初めてこの姿で地元に帰った際は、地元の友人には誰だお前と威嚇されたくらいだ。あの時は、自分は他の猫の匂いを付けて帰った主人かと一瞬遠い目をしてしまったガリバーだ。


 元は大して見栄えもしない冴えない男だったのがいきなり大変身して戻ったのだから周囲が当惑するのは仕方がなかった。


 その友人からはしばらくはこんなイケメンガリバーじゃないと距離を置かれた。切なかった。海を隔てた遠くの国で起こったと聞く浦島某の状況と少し似ているなあと、泣きそうになったものだ。まだ身近な人たちが生きているだけマシだったが。

 それとは別に、何故か近所で買い物をするとおまけしてくれるようにもなったし、地元の女性たちは優しくなった。


 しばらくおかで過ごそうと決めたガリバーは、ファッションモデルを始めていた。つい先日には何と表紙を飾らせてもらった。

 それもこれも小人たちのおかげだ。


 やはり感謝を込めて彼らの国を広めたいという思いは日に日に強くなった。


 彼はどうすべきかと悩んだ。


 そんな時、雑誌のインタビューで過酷な旅行でどうしてそんなにイケメンになったのかと訊かれた。

 世間はぽっと出の人気上昇中イケメンの経歴に興味を示したようなのだ。

 小人国を宣伝する好機だが、親切な彼らに迷惑が掛かるのは仕事への影響と同じくらいに嫌なので返答に窮した。

 結局はモイスチャーな海風と出会ってとか、辛い旅で男が磨かれたとか、異国のスパイスが合わなくて下し……いやデトックスがどうのとかそれっぽい話をした。

 しかしそれらは誰が聞いても全てジョークにしか聞こえないだろう。

 気分を害されるかもしれないと、そう思った矢先だった。


「――なるほど、そうだったんですか」


 インタビュワーが冷静な記者の顔で納得した。

 あ、納得するんだ~、とガリバーはふわっと女子っぽく思ったそうな。

 しかしそのような質問は仕事相手の分だけあると言って過言ではなかったので、大きな隠し事をしているような罪悪感が拭えなかった。因みにどのインタビュワーもあれで納得した。正直解せなかった。


「渡航の人数制限をすれば迷惑にはならないはずだから、小人国の素晴らしさを伝えるのはいいかもしれない。しかし私だけならまだしも、あの過酷な航海を他の人々にまで体験させるのかと思うと気が進まない。死人が出かねない」


 小人国に土左衛門が流れ着けばそれこそ迷惑だ。

 どうしたもんか。

 地元でガリバーが無意識に考える人のポーズになって悩んでいると、たまたま通り掛かった地元の友人から渋いポーズして何してんだと呆れられた。

 ガリバーは物は試しとその友人に相談してみた。帰還時に誰だお前と威嚇してきたあいつだ。今ではもうイケメンガリバーにすっかり慣れた。一応言っておくと猫ではない。

 その友人はこう言った。


「まずは、お前が体験した数々の美容方法をここで実践したらいい。足りなければ技術を学びにまたお前だけで小人国に行ってきたらどうだ?」

「あ……なるほど」


 盲点だった。

 小人国の素晴らしさを伝える第一歩として、彼らのやり方をできる範囲で人間風にアレンジすればいいのだ。

 ありがとうと抱き着いたらそういうのは奥方にやれと毛を逆立てられた。もう一度言うが猫ではない。


 その後、吹っ切れたガリバーが自身の旅行記を発売し大ヒット。

 次にガリバー美容記も発売されたちまち大ヒット。

 しかも開店したガリバーの美容サロンも連日超人気になった。


 彼はそれらで稼いだお金で以前より性能の高い船を買い、前程ではないがまだまだ過酷な航海を経てまた小人国を訪れた。

 学んで帰ってまた行ってと何度も行き来するうちに、とうとう造船業にも進出したガリバーは、船の性能をどんどんグレードアップさせ、小人国までの航海をより安全で快適なものへと変えていった。


 そして遂には小人国と共同で正式な就航路を構築した。


 あっという間に小人国は世界的な美容大国となった。


 美容技術はその時代の人々のアンチエイジングを飛躍的に発展させた。

 魔女が老けないのはそのおかげだと一部では囁かれるようになるが、魔法なのか科学なのかは定かではない。優れた科学は魔法と見分けが付かないとか言われるのも無理もないだろう。


 ガリバー、彼の功績は大きい。


 彼は美容のみならず航海技術の進歩にも多大な影響を及ぼし、それによって航路による世界的な交易が加速度的に盛んになった。

 彼の旅行記で広く知られた世界の国々は、また一つ彼によって身近になったと言えよう。


 そんなわけで、彼のお悩みは解決した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る