第33話 金の斧

 とある森にある泉の神様は最高に困っていました。


 最近よく水中におのが落ちて来るのです。


 油断するとドボーンと超速で沈んできたおので命を失いかねませんでしたので、おちおち寝てもいられません。


「くそっ人間共め……! 寝不足だ……」


 そんなある時頭上からまた斧が降って来て、水底でうとうとしていた神様の顔のすぐ横に突き刺さりました。


「ぎゃあああああっ! 私を殺す気か!? マジでもう限界、誰だこんな危険物を投げ入れたのは!!」


 とうとうブチ切れ泉から上がった神様は、そこに一人のきこりの青年を見つけます。


「お前かアアァッ!」

「ほへ? おらの嫁はどこだべ~」

「知らんわ! 捜すべくは斧だろ斧!」


 頭が沸いてるきこりの斧の柄をへし折ってやろうかと思った神様ですが、待てよ、と考えます。


「全く嫁なら私の方が捜してほしいっつの。こほん、何故にそなたはこうもしょっちゅう斧を落とすのか?」


 その問いに樵は朗らかに答えます。


「いやあ何かいっつもうっかり手からすぽーんっつって抜けるで~。あとよく何もない所でコケるんだおら~あははは」

「あははじゃねえよ! ドジっ子が樵すんな! 危ねえだろがッ!」

「生業だ。食べてくためには仕方がねえべ~」

「ぐっ……」


 これには何も言えません。


「いや~本当に泉には神様がいたんだな~。ヘンゼル爺さんから森にはお菓子の家やら色んな不思議があるって聞いてたけども、まさか自分が遭遇するとは思わなかったべ~」


 樵はどうやら知り合いの話を思い出しているようです。

 とは言え、泉の神様には関係ありません。


(このまま普通に斧を返してしまってはまた命が脅かされる)


 神様は思案します。


(よし、ここは嘘つきと正直のマニュアルに沿って対応しよう。どちらに転んでも金持ちになって樵を止めるか、斧を失って樵をやめるかになるだろう)


「こほん。そなたの落とした斧はこの金の斧か?」

「いんや」

「ではこの銀の斧か?」

「いんや」

「ではこの鉄の斧か?」

「いんや」

「嘘をつくなあああ! これしかないだろ!!」

「んあ? ああっそうだべそうだべ」


 いつものように樵は自力で泉の中を捜していたので神様の方は見ずに生返事でした。


「よ、よし正直者だな。その綺麗な心に免じて他の斧もすべてくれてやろう」

「それはありがてえ~」


 金銀鉄三本の斧を受け取った樵は嬉しそうに帰って行きました。


「ほ、これでもう安眠できる……」


 しかし、そうは問屋が卸しませんでした。


「出て来い問屋ああああっ!」


 泉の神様は絶叫します。

 狙い通り初めの樵は樵を辞めたのですが、その話を聞きつけた他の樵たちが集団で斧を投げ入れてきたのです。

 泉の中は最早地獄も同然でした。


(欲深い人間共め……!)


 体のあちこちに刺さった斧をそのままに神様が泉から上がると、樵たちは怖ろしさに騒然となります。


「斧が一本、斧が二本、斧が三本……ああ一本足りない……」


 ぎろり、と樵たちを睨みつけます。


「「「「ひいいいいいいいっ番町屋敷!!」」」」


 蜘蛛くもの子を散らすように樵たちは逃げていき、以来泉に近付く人間はほとんどいなくなりました。何も知らない旅人くらいでしょう。


 そして何年かたったある日。

 取り戻した平穏を破る出来事が。


 何とまた斧が降って来たのです!


 今度は枕元に深々と突き刺さり、頬の薄皮を一枚裂きました。


「こなくそ誰じゃああああああっ!」


 久々だったために目を血走らせて即行泉から飛び出た泉の神様。


「あ、どもお久しぶりだべ~」


 見覚えのある青年が立っていました。


「お前かああっ樵辞めたくせに何で斧投げんだゴルアアアァッ!?」

「え? 神様を呼び出す方法じゃ――」

「――ねえよこのアホ! 常識的に考えろボケカス!! 普通にほとりから呼び掛けろっつの!!」


 すると元樵の横で女性がくすくす笑います。そのやや下方で小さな女の子も同じように笑います。


「ホントあなたの言っていた通り面白い神様ですね」

「ですねー!」


 神様は怒りと毒気を抜かれます。


「誰だ?」

「家内と娘だ~。神様からもらった金と銀の斧のおかげで彼女の実家を助けられたべ~」

「ええ、私財を全てなげうってまで私の家を助けてくれたその姿に胸を打たれたのです。気付いたらもう……うふふ」

「へへへ~」


 泉の神様は急に白けました。

 何だこいつらは。のろけ自慢に来ただけか、と。

 無言で泉に戻ろうかとする神様の前に二人の娘が進み出ました。


「ねねね、神様がパパとママの恩人なんでしょう?」

「いや恩人と言う程では」

「恩人だべ」

「斧がなければ私は借金のかたに売られ、この幸せはなかったでしょう」

「ね!」


 純真な子供にキラキラとした目で見つめられ、神様はたじろぎます。

 まさか自己保身のためだったなんて今更言えません。


「だからね、ありがとうなんだよ!」

「……」


 何とも愛らしい笑顔を向けられて、泉の神様は反省します。

 これからはもっと良い神様になろうと。


「ずっと一人なんでしょう? だから私が将来神様のお嫁さんになってあげる!!」

「は!?」

「だから待っててね?」

「いやそれは」

「ねえねえいいでしょ~?」

「うむむむ」


 子供の言う事だしまあきっとすぐに忘れるだろう。けれどその気持ちは素直に嬉しかった神様は知らず微笑んでいました。


「じゃあお嬢ちゃんが大きくなっても私を覚えていたら、その時は考えよう」

「うんわかった! 絶対に約束だからね? ね?」

「ああ」


 樵夫婦は微笑ましそうにその光景を見つめています。

 森の泉に爽やかな風が吹いていました。



おしまい

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