第27話 ピーターパン

※少し「第三話花咲か爺さん」と関係してます。



「よし、皆のママを連れて来よう! さっそく出掛けるよティンク!」


「おけ!」


 少年ピーターパンとちんまい妖精のティンカーベルは、大人にならない子供の国ネバーランドを飛び出します。


 一方、イギリス、ロンドンのダーリング家では長女のウェンディとその弟ジョンとマイケルが子供部屋で寝ていました。


 両親は不在。飼い犬のナナが今夜は見張り番です。

 けれどナナはここでは役に立ちません。

 ティンカーベルにリードを外され自由を得たナナは喜んでどこかに駆けて行ってしまいました。

 ワンワン逃避行です。


「強く生きるんだよ」


 力強い眼差しでナナの背中を見送るピーターパンです。

 人んの犬に何勝手やっているのでしょうか。


 そうして忍び込んだ一人と一妖精。


「ここにママの逸材はいるかな?」

「おけ!」

「話聞いてる?」

「おけおけっ!」


 ティンカーベルは、


「あの部長、書類これでいいでしょうか?」

「おけ!」


 やる気のない上司のように何事にもぞんざいでした。

 ピーターパンはティンカーベルが「おけ!」以外の言葉を使うのを聞いた事がありません。

 妖精って皆こんな感じなのかな、と思っていました。


 子供部屋に侵入し、ママ候補の少女だけを起こすつもりが弟たちまで起きてしまいます。


「まずいよティンク、騒がれたらせめて彼女だけでも連れて……!」

「おけ!」


 誘拐の算段です。

 しかし予想に反して三人は大人しく……というか無言でピーターパンたちを見つめます。


 冷めきった、悟り世代の目で。


「う…」


 ピーターパンはその視線にちょっとたじろぎました。


「不法侵入者発見だわ。ジョン、マイケルと一緒に安全な場所に行ってて。誘拐未遂もだし、警察を呼ぶわね」


 態度も手際も淡々としていて危うく通報されそうになったところで、ピーターパンはハッとして焦って止めます。


「待って待って、違うんだ。君にママになって欲しくて」

「……キモ。そう言うお店に行ったらどう?」

「えっ!? ちち違う違うそう言う意味でもないよ。ネバーランドに居る僕の仲間のお母さんをして欲しいってことだよ」

「お母さん? ……そう」


 ピーターパンの背筋にぞくりとしたものが走りました。


「……私そんなに、老けて見える? まだ十代なんだけど」


 明らかに室温が下がっています。


 ようやく失言に気付いたピーターパン。

 ジョンもマイケルもティンカーベルも顔を背けて知らぬふりです。

 誰一人として味方はいません。


「え、いや、立派なお母さんになりそうだなって」

「名誉棄損に侮辱罪も追加……」

「ああああ待って待って待って謝るから! ごめんなさい! ちゃんと歳相応にしか見えないよ!」


 必死こいてスライディング土下座までして見せて、何とか彼女を宥めました。


「あなた誰? それにそのとても可愛い子も」


 落ち着いたウェンディが訊ねます。彼女は小さくて可愛い物が大好きでした。

 なので一目でティンカーベルを気に入りました。

 褒められたティンカーベルも満更でもない顔をします。


「うふふっあなたとてもいい人間ね」

「おけ以外喋った!?」


 ピーターパンは仰天です。


「ティンク喋れるの!?」

「おけ」


 面倒臭そうに片手を振って「散れ散れ」みたいな表情をされました。

 ショックを受けましたが気を取り直します。


「ええと、僕はピーターパン。君は?」

「私はウェンディ・モイラー・アンジェラ・ダーリングよ」

「ウェ、ウェモ……? 長いよ! 五文字以内で!」

「……ウェンディ、よ」


 ピーターパンの心証はまた一段と悪くなりました。


「ウェンディ・モイラー・アンジェラ・ダーリングね。私はティンカーベル。ティンクって呼んで。よろしくね!」

「ええっティンク!!」


 きゃっきゃと友情を深める二人。


「また普通に話してる……」


 疎外感を覚えるピーターパンです。


 ともあれ、ここに来た理由を説明し、三人のネバーランド行きを勝ち取ります。


「よしじゃあ妖精の粉を振り掛けるから皆並んで」

「……違法薬物所持、追加」

「ああああっ」


 事細かに妖精の粉の成分と効果を説明して納得してもらいました。

 通報されずに済み胸を撫で下ろすピーターパンは、姉弟きょうだいを並ばせて妖精の粉を振り掛けました。


「――ごほごほっ」

「――ごほっごほほっ」

「く、苦しいよお姉ちゃん、ごほごほっ」


 三人はダストアレルギーでした。

 なので妖精の粉でもアレルギー反応が。


「そんなぁっ埃扱いなの……!?」


 楽しいことを思い浮かべてなんて無理そうです。

 とても苦しそうで呼吸がヒューヒュー言い出します。

 救急隊を呼ぶべきかもしれません。


「どどどどうしよう~ッ」

「――皆、五秒間目を閉じて鼻をつまんで!」


 ティンカーベルです。

 指示に従ってそうした三人は五秒で粉をじっくり浴び、無事に空を飛べるようになりました。

 傷害罪も追加されそうだったピーターパンは大感謝です。


「ありがとうティンク!」

「おけ!」


 そうして紆余曲折あって辿り着いたネバーランド。

 そこには様々な人々が暮らしていました。


「ちょっとあなた、ママの言う事をちゃんと聞きなさい?」

「はっはいママ」

「そこ、勉強サボって遊びに行こうとしないで」

「ご、ごめんなさい」

「皆ちゃんと片付けなさい。それとお手伝いもするのよ」

「「「イエッサー!!」」」


 ウェンディは当初の通りママ役をこなしました。


 そして……数日も経てばネバーランドの子供ロストチャイルドたちはママに幻想を抱かなくなりました。


 フック船長とその部下たち海賊もウェンディには逆らえませんでした。

 さらったはいいものの……、


「……裁判では黙秘権もありますけど、司法取引するなら、無罪放免とまではいきませんが多少は軽くなるかもしれませんね。これ以上この扱いなら……訴えますよ?」


 ウェンディのお言葉で改心しました。


 それよりも男たちの心に刺さったのは、少女から向けられた氷点下の視線だったのかもしれません。

 彼女は丁重にもてなされピーターパンの所に帰されました。


 ――ピーターパン、あいつは恐ろしい魔女を連れて来た。


 と専ら海賊たちは囁いていたと言います。


「ただいま皆、いい子にしてた?」


 ママの帰還はロストチャイルドたちに絶望を与えました。


 一緒にさらわれたもののすっかり影の薄いジョンとマイケルは気の毒そうな顔をして皆を見ています。

 二人は慣れていたのでもういちいち姉の態度にビクつく事はありません。

 大変だなーという無感動な目で眺めていました。海賊に捕まっていた間もそうでした。


 その後、怖いママはいらない、とロストチャイルドたちから散々かつ密かに嘆願され、仕方なくウェンディたちをロンドンの自宅に帰す事にしたピーターパンです。


「今までありがとうウェンディ」

「さよなら」


 ウェンディはそっけない目をします。


「――あっバイバイティンク、元気でね!」


 一転して残念がる豊かな表情に。


「ええ、寂しくなるわね。そっちも元気でねウェンディ!」

「うん!」


 またもきゃっきゃと話しこむ女子たち。

 ティンカーベルはやっぱり「おけ」以外を話します。

 複雑そうな顔で指をくわえるピーターパンです。


 弟の二人ともお別れの挨拶をします。


 そして――……、


「「「「「元気でねピーターパン」」」」」


「……うん。でも皆は本当に戻っていいのかい?」


「「「「「うん。幻想より本物のママがいいって気付いたんだ」」」」」


 ウェンディのおかげで、ロストチャイルドたちの中にはネバーランドを出て現実社会へと戻る子供もいました。

 怖いけど感謝してる、と皆口々に言います。

 まあ逆を言えば、ウェンディのせいでネバーランドの人口激減です。

 気付いたら海賊船もいなくなっていたそうです。


「寂しいけどまあ仕方ないよね、ティンク」

「おけ!」

「どうして僕には普通に話してくれないの?」

「おけおけ!」

「……ああ、どこかにいいママはいないかな」


「言ってろ!」


「……え!?」


 今日もママを求めて世界を彷徨さまようピーターパンです。



 おけ!

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