第12話 みにくいアヒルの子

 アヒル家の人々と呼ばれる華麗なる一族の話です。


 父アヒルは財閥会長で大企業の社長。

 母アヒルは会長夫人であり、教育熱心な教育ママでした。


 そんな両親の敷いたレールの上を歩む子供たち。


 長子:政治家

 二子:メジャーリーガー

 三子:弁護士(同期には鬼退治に加わった者もいるとか)

 四子:国際線のCAキャビンアテンダント

 五子:京大大学院生

 六子:現役東大生


 そうです。いわゆるエリート一家でした。


 そして一家にはもう一人子がいました。

 男子高校生で末っ子の彼は、一羽だけおもむきが違っていました。


「あなたはまた塾サボって何処に行くの!」

「うるせえな、見りゃわかんだろ。バンドの練習だよ」


 母アヒルの怒声にギターケースを背負った末っ子アヒルは面倒くせえー…な顔をします。


「夢ばかり見てないで勉強しなさい! どうしてあなただけ皆と違うのかしら!」

「どうして? ハッ、俺はもらわれてきた子なんだろ?」

「まあ何てこと言うのこの子は……!」

「だって俺だけ顔や毛色違うじゃねえかよ!」


 母アヒルが絶句している間に、末っ子は玄関扉を乱暴に開きます。


 その時でした。


「――――それはあなたがいっつも特殊メイクしてるからでしょーがあああっっっ!!」


 彼はもう一分いちぶの隙もない程に生粋のアヒルでした。

 ええそれはもう吸血鬼で言うところの純血種です。

 母アヒルの雷に末っ子は愕然となりました。


「と、特殊って何だよハリウッドか! 今日のこれはビジュアル系メイクだよ! 俺がメイキャップ得意なの知ってるだろ!」

「あなたのはアヒルなのに妙に人間臭くてリアルで気持ち悪いのよ!!」

「なっ……」


 家出決定です。


「どチクショー! 有名バンドマンになるまで絶対帰らねえからな!」


 音楽業界は一握りの運とコネと厳しい実力社会!!

 ああ、あと宣伝力も重要かもしれません。

 つまりは、甘くありません。


「ふ、せいぜいやってみるがいいわ」


 母アヒル、韓ドラのライバル女性のようです。

 加えて何て冷めた目でしょう。

 本当に実母ではない……とか?


「ああとことんやってやるよ! じゃあな――かあ様!!」


 ここは「お袋」と言って欲しかった。

 何だかんだでやはり末っ子も名家の子息なのでした。


 とにかく家出した末っ子は一羽、夢を追って大空に羽ばたきます。飛べませんが。


「ぜってーなってやる! 俺の情熱を甘く見てんじゃねえぞおおおお!」


 突き上げる衝動のまま走ります。

 マッハ5で駆けるカメを追い抜く勢いで駆け抜けました。


 静かになった玄関先で、母アヒルはひっそり呟きます。


「可愛い子ほど旅をさせよって言うじゃない。警護室長、どうかあの子を見守って頂戴」

「はっ奥様!」


 後ろに控えていた警護室長は闇に溶けます。隠密か!

 財閥は色々な経歴の人間を雇っているのです。


 そんな親心も知らない末っ子は、


「ああ疲れた。どっか休める場所は……」


 コンビニでおにぎりを買って食べながら夜の狭い路地を歩いていました。

 と、あるライブハウスから微かにドラムの音が漏れ聞こえてくるではありませんか。

 ベースやボーカルの声も聞こえてきます。


「こ、これは……! 俺の求めてたロックの真骨頂!!」


 魂が打ち震えます。

 衝撃の余りうっかりおにぎりを落としてしまいましたが、コロコロ転がってどこかの穴に落ちて行ったので諦めます。

 と言うか、おにぎりなんてどうでもよくなるくらいに興奮していました。

 穴の奥で「チュー」と聞こえてきましたが全く耳に入りません。


 入口の予定表によれば……、


 ――バンド名「白鳥」


 本日18:00~開演


「まだ始まって五分か」


 バンド名も無性に気になって逸る気持ちで入口扉を押し開けると、そこには派手な格好をしたアヒルのミュージシャンが。


「何だアヒルかよ……」


 自分棚上げもいいとこです。


 バンドは、鼻や口……と言うかくちばしピアス当たり前。

 モヒカンアヒル当たり前でした。

 しかもどうやらギターがいない模様。


「それでこのクオリティ!?」


 これはもう俺が入るしかない、と末っ子は意気込みます。


「俺をメンバーにして下さい!!」


 末っ子はライブ後、勢いよく頭を下げます。

 ギターの腕は正直自信がありました。

 ですが現実は甘くありません。


「お前そんな醜い姿でメンバーになれると思ってんの? ロックめてんの? イケメンに生まれ変わって出直して来な」


 ボーカル兼バンドリーダーは嘲ります。

 他のメンバーはリーダーの決定に従うようです。


 そういえば汗ですっかりメイクが落ちていました。

 どころか道の途中でへとへとになっていたメロス青年を担いだりした結果、かなり薄汚れていました。

 これはさすがに自分でもやべえと感じるレベルです。


「お願いします出直す時間を下さい!」

「?」


 ――で、10分後。


「出直して来ました」

「誰!?」


 末っ子は得意のメイクでキラキラのイケメンに大変身☆


「さっきのアヒルです」

「ごーっかっくううう!!」


 実は心に乙女を住まわせているバンドリーダーのハートをアヒルなのにわし摑み、晴れてバンドの一員に。


 その後ロックバンド「白鳥」は海さえ超えて世界へ飛翔。

 一世を風靡する大人気バンドへと成長します。


「久々に実家帰ってみっか」


 ビッグになった末っ子はオフをもらって何年かぶりに家族の元へ。


「ただいま母様、俺――白鳥になったぜ!!」



 おしまい。

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