第8話 鶴の恩返し

 昔々ある所に老夫婦がおりました。


 そこのお爺さん、ある日町に行商に行く途中、罠に掛かって無様にもがき苦しんでいた一羽の鶴を見つけます。


「そ、いてっやめ、ちょっと大人しく、ちょおーッ!」


 抵抗されながらも何とか助けたお爺さん。

 鶴は無事に大空へ飛び立って行きました。

 お爺さんはつつかれ引っ掛かれ満身創痍です。


「おやまあ、それは大変な日でしたね」

「まあな……野生はやっぱり怖い……」


 それからしばらくして、雪の酷いある日、夫婦の元を一人の若い娘が訪ねて来ました。


「私、おつるって言います。親戚のとこへ行く途中道に迷って、それで……雪も深いし――――お二人の娘にして下さい!!」


 突然の申し出に老夫婦は困惑します。

 と言うか、積雪量と養女の間にはどんな関係あるのでしょう?

 お爺さんもお婆さんもとんと見当が付きません。


 しかも対面早々土下座で頼まれ夫婦はドン引きです。

 一体こんな貧乏な家に何の狙いがあって?と不審にさえ思います。


「お願いします! 誠心誠意ご主人様にお仕えしますから!!」


「ご主人様って……娘になりたいんじゃないのかい……?」

「もうどっちでも構わない!」

「ええ……?」


 ついには「お願いしますお願いします」とゴッゴッと頭を地面に打ちつけ、狂ったように「私なんか役に立たないですけど」と繰り返すので、恐怖……いえ気の毒に思って受け入れました。

 軒先で死なれても困りますし。

 自傷自虐的ゴリ押しでした……。


 とまあ、そんな始まりでしたがお鶴はよく働きました。

 お爺さんもお婆さんも喜びます。

 変な子だと思っていましたが、案外まともでした。


 ですが、


「どうか、私が布を織っている間は絶対に中を覗かないで下さい。トリ扱い説明書P55禁止事項参照ですよ!!」


 と、機織はたおりの際にはやけに真剣で眼光鋭く危機迫る顔と殺し屋の如く低過ぎる声とほとばしる負のオーラとetcエトセトラ……で訴えるので、夫婦はビクつきながらも頷きました。


 その不可思議な一点を覗けば本当に申し分のない器量よしでした。


 毎晩トントンカラリ、トンカラリと機織はたおりの音が聞こえ、三日ほどで素晴らしい布が一枚出来上がりました。


「え、いやこれ布って言うより高級絨毯じゅうたん?」

「いいえ、布――反物たんものです」


 作り手のお鶴が強情にもそう言い張るのでお爺さんは疑問符一杯のままでしたが、町に売りに出掛け、その布は後に遥か砂漠の国まで売られ魔法をかけられ空を飛んだとか何とか。

 けれど彼らには関わりのない事です。


 布を織り終えたお鶴は疲労でふらふらでした。


「お鶴ちゃん若いからと言って無理はいかんよ?」

「大丈夫です」


 お爺さんの気遣いにじーんときたお鶴は張り切って二枚目の布を織ります。

 それも大層立派な布でした。


 お鶴は更に疲れてやつれたように見えます。


「本当に無理は止めなさいね?」

「本当に大丈夫です」


 お婆さんの案じる声に嬉しくて気丈に振る舞います。


 何が彼女を機織りに駆り立てるのでしょう。

 初対面時のような暴挙や奇行に走らないか心配になる2人です。


「今日も絶対に中を覗かないで下さいね」


 夫婦はお鶴に頷きつつも、部屋を隔てる障子の前に陣取ります。

 いつ中で倒れても対処できるようにとの配慮でした。


 トントンカラリ、トンカラリ。トントンカラリ、トンカラリ。

 三枚目の機織りが始まりました。


 すると、


「「ひっ!」」


 何と障子に得体の知れない影が映り込んだのです。

 キエエエエーと鳴く怪鳥のような恐ろしげな大きな影です。バッサバッサしてます。


((こわい……! 一体今中では何が起きて!?))


 けれど人間怖い物見たさという言葉がありますよね。

 老夫婦はついつい気になって障子戸を開けてしまいました。


「「……って鶴ぅッ!?」」


「――!? ああああッ見られた!!」


「「その声はお鶴ちゃん!?」」


 お爺さんもお婆さんは仰天して昇天しそうでした。

 この劇的ビフォアーアフター、侮れません。


「見られたからにはもうここにはいられない!!」


 鶴はそう嘆いて家を飛び出し、大空へ飛び立ちます。


「そんな、待っておくれ!」

「お待ちなさい!」


 追いかける老夫婦は一心に叫びました。


「「――――そんな羽スッカスカボッロボロじゃ飛べないって!!」」


「え」


 言葉通り鶴は見る間にぽとりと、まるで途中で落ちる線香花火のように墜落。


「だだだ大丈夫かい鶴ちゃん!?」

「怪我してない!?」


 大慌てで駆け寄った老夫婦に助け起こされ鶴はよろよろと立ち上がります。


「だ、大丈夫みたいです」


 夫婦は見るからにホッとしました。


「当分帰るのは諦めて、うちで療養しなさい」

「え!」

「そうですよ。このまま本当に娘になってくれてもいいですしねえ」


 お婆さんの言葉に「ああそうだとも」と同意するお爺さん。


「で、でも私は鶴ですよ!?」

「鶴だろうが人だろうが、情を抱いてしまえばもう大事な家族だよ」

「お二人……」


 鶴は鶴のまま、ほろりと感動の涙を流しました。


「うん……うん! お二人共大好きです!」


 2人に支えてもらってゆっくりと歩き出します。


 今までたった一人きりのはぐれ鶴だった鶴。

 2人に見放されないように必死に布を織っていた鶴。


 ようやく温かな家族ができましたとさ。



 めでたしめでたし。

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