第2話 老人去りて

政秀は平太を横たえて、すぐトキを起こしに行った。そして、もう脈も意識もないことを告げると、警察と救急を呼ぶように言われ、すぐに通報した。

何分田舎なものでそれらが到着するまでに10分か15分かかった。政秀は蘇生すら試みることは出来なかった。もう既に平太は冷たく、固くなっていたからである。

病院に運ばれ、死亡が確認された。死亡時刻は夜中2時頃。死因は心臓発作だということだったが、それにしても安らかな顔であった。

集落中にその話をするために政秀は忙しかった。平太と仲の良い権三爺さんは目線を落として、腕を組んでいた。眉根を寄せて悲しげであった。

「政秀、これからはワシを頼れよ。何でもしちゃるけんな。まあワシもいつお迎えが来るか分からんがなあ」

権三爺さんは平太とは旧知の仲で、よく将棋を打ったりするのに頻繁に出入りしていた。

また、平太と仲の良かった康夫爺さんは、顔をおおって泣いた。絵が好きで平太とよく絵を書いては自慢しあっていた仲だった。

「政ちゃん、人はいつか死ぬ。しかしこの日に亡くなるとは…平太さん…」

詰まる言葉になんらかの意味があったが、この2人が近所に知らせるのを手伝ってくれたので、政秀は思ったよりは早く家に帰れた。

家に帰ると、仏間に平太は横たわっていて、白い布団の中にいて、白い布を顔に被っていた。トキはその傍らで平太の顔をじっと見ていた。トキはあまり憔悴していなかった。というのもおしどり夫婦だったので政秀はトキはもう少し取り乱したりするのではないかと思っていたのだ。むしろ、政秀の方がショックは大きく、ただ、悲しむとか嘆くとかではなかった。心の中は虚無だった。

「ばあちゃん…」

政秀の言葉にトキはすぐ振り返った。

「政秀、いつか人は死んでしまうものなのよ。じいちゃん、頑張ったわね。お疲れ様。あとはわたしに任せんしゃい。ちょっと長いこと待たせるかもしれんけど、政秀、お前は大丈夫。わたしがいるわ」

政秀はトキに抱きついてそこではじめて悲しみがわっと溢れて号泣した。長いこと長いこと泣いていた。

いつもニコニコしていた祖父は色んなことを教えてくれた。礼儀作法に厳しかったが怒られたことは少なかった。よく、散歩に連れて行ってくれた。色々な英雄の話をしたり、色々な時代の庶民の暮らしに思いを馳せたりしていた。平凡な祖父だった。平凡がどれだけ大事かをいつも語り聞かせた祖父だった。笑顔の人だった。祖父と祖母に囲まれていると、両親が事故死して、孤独だった自分はずっと幸せだった。


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