第40話 野外訓練⑤ 湯煙

気持ちいいわねー」

「そうですわね。木の香りが安らぎますわ。屋敷のお風呂も木で作り直したいくらい」

 ぱちゃぱちゃと水が跳ねる音とサラサラと草木が擦れる音だけが辺りに響いている。



「リヒトって本当になんでも知ってるわね。この露天風呂だっけ? これも東方のものらしいじゃない」

「本当ですわね。それにあの魔力量とコントロールは人間の枠を超えていますわ」

「しかも武術も修めてるしね。私が負けたくらいよ」

「知力、武力、魔力、家柄すべて一級品ですわね。本人は無防備ですが外見も……」

「何? ロゼってリヒトみたいな顔がタイプなの?」

「な! 私は男性を顔で判断なんていたしませんわ! ってドコを触ってますの?! んっ……ぁ」



 あやしぃーとニヤニヤしながらロゼをつつくセシリアに身を捩りながら真っ赤な顔で涙目になったロゼはセシリアに仕返しをしていく



「はぁはぁ……そういうあなたはどうですの?」

「ふぅふぅ……な、何が?」

「リヒトですわよ。好きなんじゃありませんの?」

「なっ! ち、違うわよ!」

「嘘ですわね。 先程の料理中なんて恋する乙女の顔でしたわよ?」

「う……」

「うかうかしていたら他の誰かに取られてしまいますわよー?」

「……だってアイツ天然鈍感なんだもん」

「あぁ。リヒトにも欠点はあったんですわね」

「うう……」



 自分のことを話題にされているとは思ってもいないリヒトはというと

 

「クシュン! 風邪でも引いたかな……」

 

 焚き火に枝をくべながら、くしゃみをするリヒトは毛布を取り出すと身体に巻いていく。


「あー……これが本とかアニメなら覗きに行ったりラッキースケベが巻き起こる状況なんだけどなぁ……」


 リヒトも男である。同年代の女子の入浴シーンに興味がないわけがない。

 だが見付かったら最後、斧でかち割られ、重力でペチャンコにされる未来しか見えないため行動に移せないのだ。


「とりあえず疑いを掛けられないように武器道具の点検でもしとくか……ん?」


 ナイフを研ごうとした瞬間、静かだった森に悲鳴が木霊した。




 

「さーて。そろそろ上がろうかしら」

「そうですわね。リヒトも早く入りたいでしょうし」

「流石にアイツ覗きには来なかったわね」

「あら。残念なんですの?」

「またロゼはそうやって人をからかうんだから……?」

「セシリア? どうかしまして?」


 風呂から上がって下着を着けようとしていたセシリアの手が止まり、森の中を見つめている。

 ロゼも不思議そうに視線の先を追ってみるが特になにもないようだ。


「何もありませんわよ?」

「おかしいなぁ。何か動いていた気がしたんだけど……」

「動物じゃありませんの?」

「んー。まぁいっか……痛っ!」

「セシリア? つっ! こ…は吹き……矢?」


 視線を外して着替えに戻ろうとした瞬間、闇の中から飛来した吹き矢がセシリアとロゼに命中した。



「力が……入らない……」

「誰……ですの?」

「……静かにしていれば貴様らには用はない」

「きゃあ! ……むぐっ」



 いきなり真後ろから聞こえた声に思わず悲鳴をあげたセシリアだったがすぐに口を塞がれてしまった。



「貴様らはパイシーズに対する保険だ」

「ぷはっ! リヒトに何する気?!」

「……依頼を達成するだけだ」

「その黒いフードと吹き矢……あなたまさか暗殺者アサシン?!」

「……詮索すれば命はない」

「依頼主は誰よ?! タダじゃおかな……くふっ!」

「セシリア?! かはっ」

「……少し寝ていろ」



 眼にも留まらぬスピードで二人に当身を食らわせた黒ローブの男はリヒトがいるであろう方向を一瞥すると二人を担ぎ闇の中へと消えて行った。

 

 

 リヒトが悲鳴を聞きつけ到着した時には脱ぎ捨てられた二人の衣服と微かな魔力の残滓しか残っていなかった。

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