第17話最終回グランプリ・有馬記念

 翌日先週とは打って変わり快晴の日となった月曜日。

 まだ余韻冷めやらぬ涼の横で咲良は、鼻歌を歌いながら昼食を作っていた。

 この日涼宅は食事会となっていて、マックスや潤や岬、欧州遠征に回っていたアルス、栗東から駆けつけた望、といった面々が集っていた。

「僕がいない間に秋競馬無双してるなんて、リョー、少し無理し過ぎなんジャナイ?」

「まあ……確かに無理してるかも……。ってかアルス、君だってナギサボーイで世界G1旅行成功したみたいじゃないか」

 アルスは夏からずっとナギサボーイに帯同して世界を回っていた。

 ナギサボーイが手にした称号はプリンス・オブ・ウェールズS、ジャック・ル・マロワ賞、コックスプレート……と海外G13勝の栄誉を賜っていた。この後は香港カップに行くらしい。

 香港へは涼も行くので久しぶりにアルスと行動をともに出来そうだ。

「そうそう、フィリーネさん、予定日近いよな」

 アルスの奥さんであるフィリーネは臨月を迎えている。夫がいない間遥乃が付いていたらしい。

「有馬の日がちょうど……なんダケド、なーんか早く生まれてきそうな予感がするんダ」

「私、アルス先輩がパパになるって想像つかないです」

「藍沢、ズバッと言うなあ」

「もちろん、涼先輩もです」

「そ、そう」

 うなだれる涼に咲良が助け舟を出した。

「岬ちゃん、そうでもないよ? この人、今から子供の名前を考えて100通りくらいリストアップしてるんですから」

「性別もわからないのに?」

「男女合わせてじゃなくて、男女別で100通り、な。どっちが生まれても良いように」

「それに、来年はこのマンションを出て一軒家を建てようって言ってるんですよ。春の賞金で」

「兄さんも思い切ったことをするね」

「望だっておれの立場になれば分かる」

 昼の食卓を囲んでいる面々は各々これからの事を話している。

 岬は来年、オーストラリアへ修行に行くらしい。潤が帯同を希望したが、調教師開業はどうすると涼に窘められ渋々日本に留まることになった。

 望はアメリカへこれまた修行に行くという。ビリーやマックスと話してアメリカ志向が強くなったらしい。期間は半年で、ケンタッキーダービーからブリーダーズカップまでの期間だ。

 潤は知っての通り、来年厩舎の開業を迎える。主戦騎手が涼になり、最初の所属馬が涼主戦のテイクミーハイヤーだ。本馬は来月の朝日杯の週に阪神でデビューする。今はまだ藤村厩舎所属だが、開業と同時に移籍する。移籍後初のレース予定はクラシックトライアルスプリングS予定だ。それまでに年明けの昇級戦の若駒Sに出走する。

 アルスは、クラシックでの有力馬を何頭か持っているので、本格参戦までに本命を決めなければならない。来年もアルスとはクラシックで戦うことになるだろう。

 ここにいる殆どの者が将来の予定を立てている。涼は――。

「おれもなあ……でも今年リーディング決まりそうだし、香港も行くし……来年の競馬なんて考えられないな」

 先ごろ、香港国際競走へ招待されそれを受託した馬が発表された。多くの馬は今週日本を発つだろう。

 香港ヴァーズにはレットローズバロンとシンザクロイツ。香港スプリントにはコーセイスピリッツ……本馬はマイルを予定していたがスプリントに変更となった。その香港マイルにはタモノハイボール。メインレースの香港カップはアドミラルエヴォルとアドミラルネイビーそしてナギサボーイ。日本のG1馬が大挙して訪れることになるだろう。

 そんな中、涼は本来なら、レットローズバロンとアドミラルエヴォルのみの騎乗予定だったのが、マックスの計らいによりコーセイスピリッツにも乗れることになった。

 更に涼を喜ばせたのが、シンザクロイツの鞍上とアドミラルネイビーの鞍上である。

 シンザクロイツとアドミラルネイビーはこの秋天皇賞を走ったが、この時の鞍上が、涼の学校生時代の同期で栗東所属の騎手――クロイツに南海斗(みなみかいと)、ネイビーに森下天満(もりしたてんま)だった。

 鞍上そのままに香港へ行くことになったのだ。

 この二人は、G1騎乗経験はあれど勝利はまだない。いわば、香港行きは大抜擢に等しい。

 特に森下は今週12月1日のチャンピオンズカップで騎乗予定があるのでもしかしたら、もしかするのかもしれない。

 同期の朗報に、涼は、井出秀作の喫茶店に連絡を取り、香港渡航前に皆で会おうという約束をとりつけた。もちろん、障害メインの高坂颯斗も一緒だ。

 涼の同期がこうして一堂に会する事になる。東西に分かたれてから会う機会が減っていたがこうして、大レースを共にするという感慨が涼にやってくる。

「兄さんの同期が集まるのも凄いけど、僕の同期も凄いよ! なんたって、僕と歩稀ともう一人……兄さんには馴染みないかもだけど、イギリスに修行に行ってた大也が帰ってきて、3人一緒に有馬記念に出るんだよ!」

「大也……大也……ああ、村川大也(むらかわだいや)くんのことか。確か、3人で栗東の若手三銃士」

 美浦には有望な若手が三人いる、ダートの保井廉、王道の神代涼、障害の高坂颯斗。同じように栗東にも三銃士と呼ばれる有望な若手がいた。貴公子天照歩稀、栗東の王子神代望、そして、大器村川大也……の三人だ。

「帰ってきて早々、有馬記念かよ。何に乗るんだ……」

 潤が望に探りを入れる。それを察した望はフフンッと笑みを浮かべて、意地悪く言った。

「栗東では噂になってるけど、美浦には届いてないみたいだね。まあ一週前を楽しみにしててよ」

 涼たちが各々抱負を語っていると、今や凄腕エージェントとなったマックス・デ・フィリップスが咲良の作った昼食を頬張りながらこう言った。

「クール! ビリーさんはチャンピオンズC絶対勝つから見てなよ? いくらアドミラルトップと言えどケンタッキーダービーを無敗で勝った二冠馬は早々負けないよ」

「マックスはどっちの味方なんだよ」

 潤が呆れたように言い返した。

「スナイパーキッドは別だよジュン。ヤスイ君も相当自信があるみたいだけどダートの本場アメリカの二冠馬を馬鹿にできないからね」

 アメリカの今年のケンタッキーダービー馬でありベルモントSとの二冠馬、スターオブサジタリウスはなんとブリーダーズカップをパスして日本へはるばる遠征してきた。

 芝の王者ロビンソンとダート王スターオブサジタリウスの両頭が極東の競馬に参戦するなんて未だ嘗てなかった。

 地味な扱いになってしまっている今年のドバイワールドカップ勝ち馬で日本馬のアドミラルトップは主戦騎手の保井廉が自信をもってマスコミに推している。しかしアドミラルトップはブリーダーズカップ・クラシックから帰国したばかりで、しかも大敗して帰ってきているため評価を著しく下げていた。

 つまり今年のチャンピオンズCはドバイWC馬とアメリカの二冠馬の直接対決なのだが、現時点での予想人気は圧倒的にスターオブサジタリウスが突き抜けていた。

「まあ確かにビリーを舐めるわけにはいかないよな。外国馬って勝つ自信がないと日本には絶対来ないから」

 明日、スターオブサジタリウスは中京競馬場で公開調教が行われる。それを見て枠順発表後の前売り馬券でもオッズが動くだろう。

 涼は香港行きの準備をしつつ、その合間に保井が調教でまたがるアドミラルトップを見舞った。

最終追いきりが行われ、保井とアドミラルトップの追切を眺めていた。

 CWをキャンターで駆けていく。身のこなしは軽そうに見えるが。

 「かなり足取りいいな。身のこなしも良い。ただちょっと細いかなあ……」

 双眼鏡でアドミラルトップを追いかける。動き自体はいいが、少し馬体が細く見えた。

 それもそうである。今年はドバイを皮切りに、帰国後帝王賞、南部杯、渡米してブリーダーズカップと猛烈なローテーションで走ってきたのだ。本当だったら、ブリーダーズカップのあとは帰国後すぐに放牧に出されるはずだったが、スターオブサジタリウスのチャンピオンズC参戦を見て急遽同レースに特別登録していたのだ。

 ブリーダーズカップで対戦できなかったので、この舞台で、ということだろう。

 追切を終えて戻ってきた保井に涼は近寄っていく。

「お疲れ。大分ガレてるみたいだけど大丈夫か?」

「先輩、お疲れさまです。大丈夫じゃないですよ。アドミラルトップは頑張ってるけど疲れが見えてます。年内使うならチャンピオンズじゃなくて東京大賞典の方が良いって言ったのに……」

「万全の状態で迎え撃ちたいものな。でも今年のこの盛り上がりに限ったら、チャンピオンズしかなかったかも」

「秋のG1、どれも大盛況でしたし、外国馬もいい勝負してますしね」

 長く話していると、マスコミが押しかけてきて、保井を連れて行ってしまった。この後チャンピオンズCの共同記者会見があるのだろう。

 やることがなくなった涼は、藤村厩舎へ向かった。ジャパンカップ直後のブライアンズハートの様子を見に行くのだ。

「先生、お疲れさまです。ブライアンズハートの様子はどうですか?」

「やあ涼くん。凄ぶる快調だよ。あの馬場のジャパンカップを走って、普通なら疲労が蓄積しているはずなのに、ケロリとしている。いやはや、凄い馬だ。この分だと有馬まで調子を維持するだろうね」

「最後のレース……ですからね。4歳引退はもったいない気もしますけど、この子の脚のことを考えたら致し方ないですね」

 涼がブライアンズハートの、かつて怪我をしていた右手前の脚を見つめる。

「そうだね。……しかし、血を繋いで続けることができる」

「! 種牡馬入りの話まとまりそうなんですか?」

「うーん、心田オーナー曰く、海外からとか千歳のスタリオンとか、新冠のスタリオンとか。各所からオファーを戴いている状況だよ」

「海外――」

 ミスターK改め、八島活樹アドバイザーがブライアンズハートを海外に、という話を持ってきていた。

 ブライアンズハートは海外ではあまり見ないブライアンズタイム系で、サンデーサイレンスを母父に持ついわゆる異系血統のたぐいだ。欧州で重宝されているサドラーズウェルズを2本持ってはいる。

 しかし、日本であまり付けられない血統ゆえか、海外のオーナーブリーダーたちがハートを欲していた。

 日本馬としてキングジョージを勝ったのもデカイだろう。

 欧州はサドラーズウェルズの血が溢れている。日本でサンデーサイレンスが蔓延っているように、欧州ではサドラーの血を持たざる馬は少ないと言っても過言ではない。

「有馬を勝って堂々引退して、種牡馬入りさせてあげようじゃないか、ね、主戦騎手くん」

「っはい!」

 ハートの馬房の前に行き、ハートに話しかけるように鼻面を撫でた。澄んだ綺麗な瞳でハートは涼を見つめている。

 とても信頼しきっているように見えて、涼とハートの絆が伺える。こんなに相棒を信頼できるのは初めてだ。

 シンザフラッシュの時はただまたがっているだけで大変だったのだ。

 こうして、一流馬と対話できるようになったのは、偏に涼の騎手としてのランクが上がったからゆえだろう。

 涼が苦手としている、グランプリレース、それも中央競馬の掉尾を飾る大レースに、おそらく一番人気での出走を迎えるだろう。もう穴馬大まくりの騎手ではない。

 大本命の騎手と大本命の競走馬だ。

 正々堂々の王道競馬を披露して、ブライアンズハートの花道を飾ってやろう。涼はハートの瞳を見つめながらそう誓った。

 週末になり、チャンピオンズカップの前売りが行われた。案の定、というべきか。アメリカ二冠馬スターオブサジタリウスが単勝一倍台の圧倒的一番人気。離れた二番人気にドバイワールドカップ馬で日本のダート馬代表アドミラルトップが三倍で推移していた。

 どこの新聞でも、予想は一本の丸かぶり。グリグリの二重丸が自信満々にスターオブサジタリウスの上に踊っていた。

 この週、涼は中山で重賞ステイヤーズステークスを中心に平場で乗る予定だ。

 ステイヤーズは土曜のメインなので、明日は、中京でチャンピオンズを観戦できそうだと涼は思った。

 結局、この日涼は平場で三勝、メインのステイヤーズステークスを二着して終わった。肝心の騎手リーディングは関東では二位を圧倒的に離して一位。全国リーディングでは二位の天照歩稀の198勝から10勝上乗せの208勝で1位に君臨している。

 式豊一郎の年間記録を上回るペースだ。

 土曜日に出たネットニュースでは、涼のリーディングは当確といった文言の記事が数件あった。

 しかし涼は慢心していなかった。今年は行けるところまで行くそう決めていた。

 そして、チャンピオンズカップが施行される日曜となった。

 涼は今日は保井の勇姿を見るために中京の平場に乗ることになっている。マックスが手配してそうなったのだが、マックスは疑問に思っていた。なぜダートのレースを乗らないのか。

 マックスが日本に来て、涼に出会って、今までずっと疑問に思っていたことだ。

 それについて涼は持論があった。

「芝で一番になってからダートに手を出す。芝で一番になるまでダートの依頼は断っていた」

 それでよく今までやってこれたなとマックスは感心した。

「新人の頃はダートもよく乗ってたんだけど、不思議なことに全く掲示板にすら乗れないんだ。で、神代兄はダートに恵まれていない、という風潮ができた」

 それではアメリカでは生きていけないねとマックスは茶化したが、涼は割と昔から気にしていたようだった。

 割り切った結果、芝集中でここまでの結果が出ている。ここまでしてまだ自分にダートの依頼を持ってくる調教師やオーナーもいるが、それで乗ったとしても結果はいつも推して知るべしとなってしまう。

 新人時代の保井がダートの申し子と呼ばれていた。一つ年上の涼はクラシック無冠の天才だった。

 保井と涼は大オーナーや有名クラブの目線からしたら、芝の王道は最初は涼に依頼して、保井は2番手。ダートは保井を優先して、低人気馬に涼をあてがう、そんな関係性であった。

 中京の平場で一鞍だけ保井と一緒のレースがあった。

 芝のレースだった。保井の馬が一番人気の追い込み馬で涼の馬が五番人気の差し馬だ。レースは殿人気の馬が逃げる展開で進みラスト直線で、涼は騎乗馬を促した。比較的前目につけているので、先頭は射程圏内だ。

 稍重馬場の中程を通り、ぐんぐん上がっていく。前の馬が垂れてきて壁を作られてしまった。そんなとき大外も大外から保井の騎乗馬がやってきた。後方一気を仕掛けるつもりだ。

 涼は器用に馬群をさばき、先頭に立った。保井が襲いかかってきたところがゴール板だった。

 着順は一着涼の騎乗馬、二着ハナ差で保井の騎乗馬。

 着順指定エリアに入って、保井とアイコンタクトする。保井はペコリとお辞儀をして検量室へ走っていった。

(やっぱり芝だと神代先輩には敵いませんね……)

 検量室で保井は他の騎手にぽろりと口走ったのを涼は聞き逃さなかった。

 涼が芝しか乗らないのも、保井がダートメインで乗るのも、二人の間には不可侵条約でもあるかのように周りの関係者は思っていた。

「メインレース、頑張れよ。アメリカ馬の鼻を明かしてやれ」

「先輩に言われなくても、僕もトップもやる気十分ですよ」

 保井の目の前にグーの形で手を出す。保井は、うんと頷いてグータッチに応えた。

 今日はもう涼が乗るレースはない。後は保井廉とアドミラルトップを見守るだけだ。

 一五時過ぎ。パドック周回で場内はシーンと静まり返った。二枠三番スターオブサジタリウスの登場で、パドックの者たちが息を呑んだのだ。

 まるで、アメリカ最強馬の一頭セクレタリアトのような燃えるような栗毛の大型馬。いかにもダートの雄ですというような馬体に、パドックの客たちは一斉にカメラを向けた。

 対抗するは芦毛の中型馬アドミラルトップ。少し汗をかいているようだったが、出来栄え自体は最高のものだった。

 スターオブサジタリウスはアメリカでは第三のビッグレッドと呼ばれているようだ。

 プリークネスステークスクビ差の二着がなければ三冠馬となっていた馬だ。

 本来ならばブリーダーズカップ・クラシックで一人気をいただくような馬なのだが、どういう訳かジャパンオータムインターナショナル開催中の日本にいる。

 今日の鞍上はもちろん主戦のスナイパーキッドことビリー・マックスウェル。ビリーはこの馬に乗るために日本で今シーズンの短期免許を取った。

「リョウの言っていたヤスイくんはどこだろう」

 ビリーは騎手待機所であたりを見渡した。日本の競馬に明るくないビリーはまだどれがどの勝負服か解りかねていた。

 しかし、ある一点をみて保井廉をその目に認めた。

 アドミラルの勝負服。白地に青襷、青字に白の縞袖、今年のはじめにビリーがドバイで見た勝負服。

「君がヤスイくん?」

「あっ、マックスウェルさん! ドバイぶりですね覚えてますか?」

「ごめん顔は分からなかったケド、勝負服で分かったよ。ドバイで僕が負けたとき、心底目に焼き付けた勝負服だったからね」

「あのマックスウェルさんにどんな形でも覚えてもらえて光栄です。良いレースにしましょう」

「こちらこそ、よろしく」

 他方、涼は検量室でウンウン唸っていた。

 ビッグレッド三世の名に違わぬ物凄い馬体に魅せられている。スナイパーキッドを主戦にして華麗にケンタッキーダービー馬となった馬。

「神代さん帰らないんっすか?」

 なかなか帰らない涼をみてヤキモキしていた後輩ジョッキーに釘を差される。

「チャンピオンズを見届けないと帰れねえ。この馬が間近で走るところを見てみたいと思わないのか?」

「そりゃあ本場のダート二冠馬っすから見てみたいっすけど……」

 先輩が帰らないと後輩が帰れないっすと心のなかで文句を言う後輩。そんな後輩を尻目に、涼はパドックを凝視する。

「ビッグレッドって言われてもピンと来ないっすね」

「日本にはマンノウォーやセクレタリアトみたいな馬はいないからな。認知度も含めてディープインパクト級と思っておけば良いんじゃないか?」

 後輩たちがそれぞれ言いたい放題いっているが、涼はこのスターオブサジタリウスがどうしてビッグレッドと呼ばれているのか、なんとなく分かっていた。

(ケンタッキーを十馬身差、ベルモントを十五馬身差。なぜプリークネスで負けたのかが分からない程のレベルの二冠馬。アメリカでの認知度……そこまできたらもうビッグレッド三世だろ)

 父系はストームキャット。しかも、牝系にはいるとシアトルスルーやネイティブダンサーなどの馬名がきらめいている。

 アメリカの粋を結集した血統だ。人気がでないはずがない。

 父ゴールドアリュール、母父シンボリクリスエスのアドミラルトップが霞んで見えてしまうほどの血統。

 ――十五時半の中京競馬場。

 チャンピオンズカップの本馬場入場が始まり、スタンドは完成に包まれた。

 スターオブサジタリウスとアドミラルトップの登場にボルテージは上がってゆく。

 出走馬の紹介とともに、スタート地点に集まる出走馬たち。

 しばらくの静寂ののち、いよいよスターターがやってきてスタート台に乗り始める。

『大盛況に終わったジャパンカップから一週、秋の一大イベントの掉尾を飾るチャンピオンズカップ、ここに世界の優駿が集まりました』

『さあファンファーレです』

 関西のG1ファンファーレが鳴り響く。今年中京で行われる最後のG1ファンファーレだ。

『最後に外十六番クイーンズパレス収まりまして体制完了! スタートしました。三番スターオブサジタリウス好スタートから一気に先頭にでます。それを追って八番アカツキノホシ。二番コクシムソウ、七番ヘヴンズドア前を伺います。続いて、六番芦毛の馬体アドミラルトップ。少し離れて一番ヘンリーブライト。馬群固まったまま第一コーナーを回ります』

『三番スターオブサジタリウス快調に飛ばしています。五馬身離れてコクシムソウとヘヴンズドアがやり合うか。二番人気総大将アドミラルトップは落ち着いて五番手を追走しています』

『さあ先頭スターオブサジタリウスはすでに第三コーナーに差し掛かります。後方はもう九馬身は離れたか。後方これは前に届くのか?!』

『第四コーナーをぐぐっと回って馬群が詰まっていきます! さあ直線です! スターオブサジタリウス持ったままだ! 後ろはまだ来ない。アドミラルトップ内を掬って上がってきた! 前とは七馬身! 五馬身! 凄い追い込みだ! スターオブサジタリウス! ビリーマックスウェルのムチが飛ぶ! その差詰まってきた! 三馬身! 二馬身、しかしスターオブサジタリウスここでゴールイン! 最後は凌いだスターオブサジタリウス! アドミラルトップ二馬身届かず! しかし見事な追い込みでした』

 その場の全員が放心状態だった。

 テン良しナカ良し終い良しを地で行き、王道競馬を見せつけられた。

 流石、アメリカの二冠馬、ビッグレッド三世。名前負けなどしていない。

 そして相手取ったアドミラルトップも敢闘であった。二馬身の差はあったもののアメリカのダート王を相手に見事レースを勤め上げた。

 レース後、保井とビリーは互いに握手を交わし健闘を称え合った。

 こうして秋を盛り上げたジャパンオータムインターナショナルの全レースが終了した。

 来日した馬たちは検疫を受け出国準備をしたり、日本にとどまり次走を伺う陣営もいた。

 そんな中、阪神ジュベナイルフィリーズが行われる週になり、ビリーやアーサーは香港行きの準備をしていた。

 この二人は香港国際競争に乗り馬があった。

 同じく香港へ行く涼は、東京の秀作の喫茶店に来ていた。

 同期会らしい。

 栗東の同期、南海斗と森下天満、美浦の同期高坂颯斗、そして騎手を諦めた井出秀作。

 五人は香港国際競争の話で盛り上がっていた。

「涼はヴァーズにスプリントにカップにと、忙しいな」

 コーヒーを口にしながら森下はつぶやいた。

「レットローズバロンにもう一度乗れるとは思わなかったし、コーセイスピリッツに乗れるとも思わなかったよ。ほんとだったらエヴォルだけだったのに」

 涼は秀作の自慢の一品であるパンケーキを頬張って香港へ向けての抱負を語った。

「っていうか、天満も海斗も海外初めてじゃん。すごい抜擢だよな」

「涼や颯斗と違って俺たちはまだ国内G1も勝ってないから、少し肩身が狭いな」

「海斗はシンザクロイツで香港ヴァーズ、天満はアドミラルネイビーで香港カップ……おいおい、どっちも涼と一騎打ちになりそうだね」

 颯斗がスマートフォンで香港の想定を眺めながら、ミルクティーのカップに口を付けた。

 天満と海斗が、やっと涼と正々堂々戦うことができると楽しみにしていたらしい。

 天満と海斗にとって神代涼という同期生は、しのぎを削らなければいけないライバルなのだが、今や涼は美浦における……いや、中央におけるトップジョッキーの一人である。G1未勝利の若手が並び立つには不相応な間柄だ。

 だから、香港で涼のお手馬と戦って勝つことにより、涼と並び立つことができる、涼が背負う若手トップという期待を一緒に分かち合うことができる。

 二人の思いを分かってか分からずか、涼は何も言わずにレモネードを口に流し込んだ。

「颯斗は……中山大障害か。グランドアドミラルなら普通に勝つな」

 涼が颯斗に話を振る。グランドアドミラルは2017年の中山大障害から今年2019年の中山グランドジャンプまでJ・G1を4連勝している。障害界の絶対王者として挑戦者を迎え撃つ立場だ。

「僕はいつも挑戦者のつもりだよ。グランドアドミラルだっていつかは負ける。競馬に絶対はない、だろ?」

 サイフォンでコーヒーを淹れていた秀作がウンウンと同意する。

 グランドアドミラルは今年6才であるからまだまだ活躍できる。もしかしたらグランドアドミラルだけには絶対があるのかもしれない――そう思う涼だった。

「そういや、涼、お前、すごい素質の二歳馬に乗るかもしれないんだって?」

 天満がふと思い出したように涼に話を振った。

「涼が素質馬に乗るなんて今に始まったことじゃないだろ」

 海斗が愚痴る。

 涼は胸を張って自信満々に答える。

「へえ、栗東にも噂いってるのか。実力は未知数だし血統も今風じゃないけど良い馬だよ。来週の阪神のメイクデビューに出るんだ」

「阪神のメイクデビュー? ちょっと待てよ今調べるから」

 天満はスマートフォンを取り出して、中央競馬のレース想定を調べ始めた。

 意外に早く記事が見つかったようで、天満は海斗にもスマートフォンの画面を見せた。

「テイクミーハイヤー。牡・二才。鹿毛。父の父サイレントハンター……!?」

「びっくりだろ? 九州産馬なんだけど、凄くいい馬体してるんだよなー。ほんと来週が楽しみだよ」

 空になったレモネードのグラスを傾けて遊びながら、テイクミーハイヤーを見たときのことを思い出す。

「牝系は星旗まで遡ることができる。由緒正しい、いや、古臭いと言ってもいい血統だ」

「サンデー系のスピードに日本古来のパワー血統か。サイレントハンターはいい逃げ馬だし、たしかに面白そうだな」

 レース想定を眺めていた天満は、あっと声を上げる。

「俺、このレース乗鞍あるわ。俺も楽しみな馬持ってるんだけど、あー人気はどうなるかな」

「え、どれに乗るんだよ」

 涼がテーブルから身を乗り出して天満のスマートフォンを覗き込む。

「これこれ、サマーダイアリーってやつ。父オルフェ、母エアグル牝系」

「ええー天満のほうが人気しそうな血統だなあ」

「なになに~、坂路の時計は一番時計、オルフェには珍しくキレる脚を持つ。母系の爆発力もあり、見逃せない馬の一頭……か。涼、これお前負けるぜ」

 海斗がケラケラ笑いながら涼の肩をたたいた。涼は不服なようで、おれの方が絶対強いと呟いた。

 同期たちの集まりは夕方には解散して、香港行きの三人は向こうで会おうといって別れたのだった。

 香港国際競争の週末がこうしてやってきた。

 成田から香港まではるばるやってきた涼は、シャティン競馬場のスクーリングを終えて調整ルームに入った。

 遅れてやってきた海斗と天満のルーム入りした。

 国際色がジャパンカップよりも豊かな香港国際競争であるが、主な参戦馬の出身国はアメリカだったりオーストラリアだったり、ヨーロッパ諸国からだったり、面白いところではトルコの馬もやってきていた。

 英国が独自に主催しているブックメーカーの賭けでは、ヴァーズの本命は英国ダービー馬スカイズアブルー。スプリントの本命は地元香港のゲッテルデメルング。

 マイルも香港の有力どころの一頭ミッドナイトシャッフルが名乗りを上げている。

 メインレースの香港カップはというと、今年英国の中距離戦線を渡り歩いたナギサボーイが圧倒的一番人気だった。

 ナギサボーイに騎乗するアルス・ローマンは戦前インタビューでナギサボーイの完成度に太鼓判を押していた。

 ところで、香港マイルに出走する日本馬のタモノハイボールであるが、主戦の藍沢岬が日本で阪神ジュベナイルフィリーズに先約があるので、鞍上は香港ジョッキークラブ所属の騎手となった。

 当たり前だが日本と香港は極端に時差が離れていないので、日本の中央開催時間中に香港も開催となる。

 具体的に言うとヴァーズの発走が日本のメインレースパドック周回あたりだということだ。

 開催当日――十二月のシャティン競馬場を眺めながら、涼はレットローズバロンやアドミラルエヴォルの感覚を思い出していた。

 エヴォルは大逃げ。バロンは好位差し。

 コーセイスピリッツは逃げ。

 ハートフルの勝負服を着ていよいよ出陣という時に、調教師の藤村師が涼の緊張を解くようにポンと手を肩に置いた。

 藤村師は黙って涼に向かって相槌を打つ。

 涼は意図を汲んだように同じく頷いて、レットローズバロンのもとに向かっていった。

 ――香港ヴァーズ。シャティン競馬場芝2400m。

 このレースかつては、名種牡馬ステイゴールドが引退レースに選び、見事勝利したレースでもある。

 今年の出走頭数は14頭。

 涼の騎乗馬レットローズバロンは馬番1番で5番枠からの出走となった。

 南海斗が跨るシンザクロイツは馬番10番で枠は最内の1番枠をもらった。

 本命筋のスカイズアブルーは馬番7番の2番枠出走。

 シャティン競馬場は右回りのコースで、世界屈指の水はけの良さを誇る。

 フルゲートは14頭で、コースの形はほぼ楕円形。

 距離設定は1200から2400まで。一周の距離は1900弱。

 レットローズバロンに跨り、バロンの鬣を撫でて落ち着けさせる。

 傍目にシンザクロイツを見てみたら、案の定海斗は緊張しているように見えた。

 といって、涼が緊張していないわけでない。

 いつだってどんなレースだって自分は緊張する。G1ともなればなおさらだ。

 日本のオッズ上ではットローズバロンの人気はスカイズアブルーに次ぐ2番人気となっているが当地にいる涼にそんなこと知るすべはない。

 まっさらな気持ちで乗るだけだ。

 シャティンのターフに降りて、レットローズバロンの気持ちは一段上がっているように感じた。

 バロンにとって2400mのG1は日本ダービー以来だ。

 バロン自身は皐月賞のみ勝っているから2400を不安視する者も多いが、この馬、父系がメジロマックイーンであり牝系にも天皇賞馬の名前がちらほらとあり血統の上ではステイヤーのはずだ。

 14頭がゲートの前を周回していて、涼が一番に感じたのは、スカイズアブルーが入れ込んでいる……かもしれないということだった。

 スカイズアブルーは首を上下に振っていて、発汗もある。

 おそらく、観客の熱気に充てられたのだろう。

 日本馬2頭は凄ぶる落ち着いていて逆に怖いくらいだ。

 時間が近づき、係員が馬をゲートに入れていく。

 1番人気スカイズアブルーはゲート入りを嫌い、係員たちがスクラムを組んで押し込んだ。

 待たされた他の馬たちは素直にゲートに入る。

 ドンッドンッ、と2番枠スカイズアブルーがゲート内で暴れているようだ。

 体制完了と見たのかゲートが一斉に開いた。

 一頭、物凄い出遅れをかましたのはスカイズアブルーである。 レットローズバロンは抜群のスタートを見せ、早速好位置をキープする。

 G1の経験浅い海斗が跨るシンザクロイツは後方待機策をとっているようだった。

 ホームストレッチを過ぎていって、1コーナーに入る。

 ハナを主張する馬がおらず、馬群がなかなか開いていかない。

 誰も動こうとしていないのだ。

 そのとき、後方から遅れてきたスカイズアブルーが2コーナー過ぎに上がっていいった。

 涼はバックストレッチの残りの距離を見て、スカイズアブルーを突こうと考えた。

 スカイズアブルーの後ろに付き圧力をかける。

 3コーナーを周り、馬群が更に凝縮してくる。

 4コーナー、スカイズアブルーは馬群の間を縫って、先頭に立とうとしている。

 それを見逃さなかったレットローズバロンは、少し空いた隙間を強引にこじ開け、前を猛追する。

(前は絶対垂れる!!)

 スカイズアブルーとレットローズバロンの追い比べになるかと思われたその時、大外からシンザクロイツが捲くってきた。

 スカイズアブルーは力尽きたのか、脚が止まったように感じた。

 レットローズバロンとシンザクロイツが馬体を併せて追いまくる。

 ゴール板で涼は目一杯バロンの首を押し出した。

 クビ差だろうか――。

 ビジョンに決勝線が映し出された。

 レットローズバロン、香港ヴァーズ優勝。

 藤村調教師は全身でガッツポーズをとる。

 クールダウン中に、シンザクロイツ鞍上の海斗が涼に握手を求めにきた。

「涼、やったな。いや……俺は悔しい!!」

 アドレナリンが出ているのか、海斗は高いテンションで声を弾ませながら完敗だと叫んだ。

 少しの時間の後、ヴァーズの表彰式が行われた。

 レットローズバロンのオーナー心田大志、調教師藤村直義、騎手神代涼。そして日の丸と君が代。

 遠く日本の地にも聞こえたであろう。

 続くスプリントはコーセイスピリッツの果敢の逃げも虚しく、分厚い地元の壁に押し返された。

 マイルでは、紅一点のタモノハイボールが直線向いての怒涛の末脚で香港の1番人気を粉砕してみせた。

 そしてメインレース。香港カップ。

 この日最多の3頭の日本馬が出走する。

 天皇賞馬アドミラルエヴォル。

 同馬主のアドミラルネイビー。

 そして1番人気のナギサボーイ。

 エヴォルには涼。ネイビーには天満。ナギサにはアルス。

 特にアルスは涼でも分かるくらいの覇気を見せていた。気圧されそうなほどに。

 天満はやはり海斗と同じように緊張していてカチカチになっていた。招集が掛かる前に涼は天満に一言「馬を信じようぜ」といって緊張をほぐしにいった。

 涼の一言に救われたのか、状況に慣れたのか、天満は存外軽い足取りでネイビーのもとへ駆けていった。

 さて、今度はアドミラルエヴォルが入れ込んでいた。

 ターフに降りても落ち着かない様子である。

 入れ込みは酷かったが案外スムーズにゲートには入ってくれた。ゲート内でも落ち着いている。

 涼は極力、エヴォルの機嫌を損ねないように自分自身が落ち着く。

 一方、本命馬のナギサは悠々とゲート入りした。ネイビーも同じである。

 シャティン競馬場――2000m。

 メインレースのゲートが開いた。若干出負けした感じだが、それも押して押してハナを主張する。

 大逃げの体制にシフトする。体内で秒を刻み1000mを57秒で通過する。

 エヴォルのスタミナを信じて最後の直線に躍り出る。

 エヴォルはまだ先頭。しかし聞こえてくる実況では後ろからナギサボーイが来ているようだ。

 足音が聞こえる。涼は後ろを見る。すぐ後ろにナギサがいた。

 涼はすぐに向き直って、風車ムチを2発。残り100mを目一杯追う。

 ゴール板でナギサがピタリとエヴォルを捉えたように見えた。

 3着にはアドミラルネイビー。

 日本馬のワンツースリーとなった。が、エヴォルとナギサは写真判定である。

 十数分ののち、結果が出る。結果は、ナギサボーイのハナ差勝ち。

 アルスと、今日二度目の藤村師が歓声を上げた。

 ジャパニーズディ。香港のニュースでその言葉が駆け巡った。

 日本にしてみれば2001年以来の出来事である。

 特に、メインレースの香港カップはエヴォルがペースを早めたのが原因か、ナギサボーイのレコード決着という結末であった。

 翌日、帰国したチームジャパンは関東と関西に別れ、それぞれ所属トレセンに帰っていった。

 帰国したアルス・ローマンがなにやら血相を変えて神代マンションを出ていくのを涼は目撃した。

 咲良は事情を知っているようで、ニコリと微笑みながら涼に耳打ちした。

「良いことって続くんですねー」

「おれたちもお見舞い行くか?」

 良いこと、お見舞いとくれば、答えは一つである。

「今は二人だけにしてあげましょう? 私達だってあと一月もすれば……」

「……そうだな」

 この日、涼は、出産お祝いを赤ちゃん用品店で購入した。

 アルス・ローマン、一児の父となったのであった。

 出産祝いを都合する潤と岬は、ともに専門店へ足を運んでいた。

 咲良に助言された潤と岬は、これから大量に必要となる紙おむつを送ることにしたらしい。もちろんメーカーは事前にアルスと妻のフィリーネに聞いてある。

 火曜日、調教を終えて、涼はフィリーネが入院している病院へ向かった。

 保井やマックスも行きたがったが、あまり大勢で押しかけるものではないと一喝し、一人ずつ日を見て行くことになったのだ。

「アルスー、お祝い部屋に送っておいたぜー」

「アリガトウ、リョー。見てよこの子、ほんとに僕にそっくりな男の子デショー」

「男の子は女親に似るといいと聞くけどな。……名前は決まったの?」

「ずっと考えてタンダ。日本でも通じるような男の子名前『ノア』」

「ノア君か……ノア・ローマン。良いんじゃないかな」

「良い名前ですよね。アルが敬虔な信徒というのもあるのですけど、日本でも通用しそうなドイツ名ってあまり無くて」

 ベッドでクタクタになっているアルスの奥さんフィリーネは満足そうに我が子を横目で見つめた。

「サクラさんももうすぐなんですよね。ふふっ同級生ですね」

「そうですね。うちもあと一月ってとこです。この子みたいに元気に生まれてきてくれるといいんだけれど」

 この子の予定日は有馬記念の当日だったが、結果的に一週間早く生まれてきた。アルスはフィリーネのそばに居てあげられなかったことを後悔したそうだが、そのことをフィリーネに言ったら、「アル、あなたが、香港で勝ったのを見て安心して生んだのよ」と言ったらしい。

 それを聞いた涼は、この二人の信頼関係はすごいと改めて思ったのだった。

 あまり病室に長居をするのも失礼なので、涼と咲良は美浦の産院をあとにした。

「アルスさんもフィリーネさんも幸せそうでしたね」

「……咲良はさ、おれがそばにいた方がいいのかな」

 しばらく考え込んでいた涼が不意に素っ頓狂なことを言い出す。

「え? 私もどっちかって言うと、フィリーネさんと一緒かなあ。無事にレースに騎乗して勝ってるのを見たら、安心して産気づいちゃうかも」

「なにしろ競馬一家の赤ちゃんですからねっ」

 大きくなったお腹を撫でながら咲良ははにかんで言う。

 男の子にしろ女の子にしろ、きっと隣りにいる最愛の人にそっくりな顔で生まれて来るのだろう。会えるときを楽しみに待って、お腹の中で一緒にいる今この時に涼が大レースで活躍するのを一緒に見る――今にしかできないことだ。

「香港ヴァーズのゴールのときに、テレビで見てたら、胎動があったんですよ。この子……あなたみたいになるなあって思ったり……」

「うーん、アルスがカップ優勝と同時に、フィリーネさんに陣痛がきたのを聞くと、なんというか否定しづらいな」

 神代マンションに向かうタクシーの中でこの二人も幸せそうな会話をする。

 思えば、一年前には想像もつかない生活を今は営んでいる。

 咲良との結婚発表のときの世間の評価は、「ああやっぱり」だったり「まあそうだろうな」といった全会一致の納得具合だった。

 涼は、そんなに納得するほど噂になってたのかと驚いたものだった。

 妊娠発表と芸能活動自粛発表のときも盛大に祝われた。

 あとで聞いた話だが、咲良との仲は小学校中学校時代の同級生たちがいろいろな業界で噂しだしたのが始まりらしい。

 そういえば、自分が咲良を意識したのっていつだっけ、と頭をぐるぐると回転させる。

「思い出せない……」

「? なにがですか?」

「い、いやあ、何でもない」

 あーでもないこーでもないと頭を回転させていたらいつの間にかタクシーはマンションに到着していた。

 マンション内のエレベーターに乗り四階のボタンを押す。

 あと少しで引っ越す予定の自分の自室は、荷物がまとめられ始めていて、どこか物悲しさを感じる。

 騎手課程を終えて初めて美浦に来たとき。祖父からこの部屋を充てがわれたとき。

 初勝利して先輩や同期の颯斗からお祝いを貰ってそれを飾ったシェルフ。

 初重賞、初G1、初クラシック、それぞれの写真。いろいろな思い出がある。

 今度は美浦トレセンにほど近いところに一軒家を建ててもらった。

 まあもちろん建築費用は一括で自分で払ったのだが、土地の口利きをしてもらったのは祖父和尭だ。

 住民票などはもう美浦村に移している。

 東京じゃなくていいのかと咲良に何度も確認したが、咲良はこの美浦村がいいと言ってきかなかった。

(あなたとの思い出がいっぱいあるのは東京じゃなくて美浦)

 そんなことを言っていた。

「……寂しくなるな」

 涼はこの部屋に入居してからずっと使っていたテーブルにつく。

 流石に古くなってきたので買い替え予定である。

「また新しい思い出をみんなで作ればいいじゃないですか」

「……新しい思い出か。そうだね」

  ///

「潤ー、テイクミーハイヤーの追切どうかな?」

 レース前最後の追切は水曜日に行われた。

 テイクミーハイヤーが出走するのは五回阪神六日の5レース――芝2000mの新馬戦である。

 朝日杯が同じ日に同じ競馬場で行われる。

「そういえば天満のやつもこのレース乗るんだっけ。サマーダイアリーだっけか。潤はなにか知ってる?」

「んー、1番人気想定のサマーダイアリーがどうかしたのか?」

「あ、やっぱりそっちが1人気なのか。いや、同期の森下が乗るんだよ」

「森下天満かー、あいつ確か関西の新馬戦にはめっぽう強かったような」

「天満もそうだけど海斗……南海斗も関西平場は強いって聞いたなあ。いやあフリーになっても関西の依頼増えないと分からないものだな」

「アニキは自分から情報集めようとしないからな。全部俺かマックス任せなんだからよ」

 手に持っていた時計を机において涼の方に向き直る潤。

「マックスも大変だな。アニキは関西じゃあ基本的には使い物にならないっていうのが栗東では定説なのに。それでも依頼を持ってくるんだからな」

「感謝してるよ。マックスにも潤にも。恩返しといっちゃなんだけど、テイクミーハイヤーは勝たせるから」 

「俺が調子を見てアニキが乗るんだから勝つに決まってんだろ」

 そう言い残して潤はぷいっと何処かに行ってしまった。

 双子ゆえか、潤がなにを言いたいか涼は分かっていた。

 さて、と一息ついて涼はブライアンズハートの有馬記念の一週前追いに向かった。

 ブライアンズハートは有馬記念で今シーズン四走目でありお釣りがあるかどうか、トラックマンたちは怪しんでいた。

 もっとも、春シーズンは走っていないので、普通の尺度では測れない。

 ブライアンズハートが調教馬場に姿を表すと、トラックマンたちが一斉にそちらを見た。

 藤村厩舎は基本的に一週前をしっかりと追いきって、当週は軽く流す程度に収めている。

 肝心の一週前の追い切りであるから、どこもかしこもブライアンズハートを注視していた。

 南Wのコースで追われたブライアンズハートは6ハロン走り、5ハロンの時計がその日の1番時計62秒であった。

 この時計は驚異的であり、新聞各社は「ブライアンズハート猛時計! 有馬視界良好」といった煽り文句を紙面に踊らせた。

 そういえば、有馬記念はファン投票によって優先出走権が与えられるのだが、今年のファン投票の結果は、ブライアンズハートが1位で獲得票も近年最多。2位がセタグリーングラス、3位がシンザヴレイブ、4位がかねてより出走表明していた凱旋門賞馬ロビンソン。ロビンソンに関しては純粋に競馬ファンがブライアンズハートとの最後の決戦を見たいために票を多く入れたと見られている。

 他に上位組では、18年菊花賞馬ローゼンリッター、今年の菊花賞馬トゥザスターズ。桜花賞馬アクアオーラ。

 海外遠征で八面六臂の活躍を見せたマジシャンズナイト。

 ダービー馬の参戦スバル。

 このレースで引退の名牝ハイウェイスター。

 三冠牝馬で今年はフランスのイスパーン賞を勝利したロサプリンセス。

 ブライアンズハートの前年の二冠馬であるサトミダイバクハツも上位組で出走を表明している。

 香港帰りのシンザクロイツは急遽予定を変更して出走を表明した。鞍上は南海斗だ。

 投票では下位だったものの、出走できる予定の馬もいる。

 サトミシーファイアがそれである。鞍上は森下天満の予定であるそうだ。

 そして望が絶賛していた彼の同期・村川大也が乗るミスタードドンパ。当馬はNHKマイルカップ以降勝ち星に恵まれていない。マイルのG1勝ち馬だが本質は中距離馬だという。

 更にもう一頭、競馬ファンの目を引く馬がいた。G1無冠ではあるが鞍上に藍沢岬を迎えたエンシンブレスだ。

 これで全16頭の特別登録となった。

 一般競馬ファンが気になったのはトゥザスターズとシンザヴレイブの鞍上問題だった。どちらとも主戦騎手は神代涼である。しかし涼は当然のごとくブライアンズハートに騎乗するので、二頭の鞍上が誰になるのか騒がれた。

 二頭の厩舎が打った最高の一手は、シンザヴレイブにビリー・マックスウェル。トゥザスターズにフリッツ・デラクールを配した。

 これによって、有馬記念の予想オッズが混迷を極めることになる。

 刻一刻と近づく秋の大舞台を前に、まずは来年を占う二才牡馬の頂上決戦が行われる朝日杯フューチュリティステークス当日となった。

 涼はある意味、この日を待ちわびていた。前述の通り、テイクミーハイヤーがこの日の阪神5Rに出走する。

 競馬サークルではこの日のこのレースは後に伝説の新馬戦になるであろうとまことしやかに噂されていた。

 謎の九州産馬テイクミーハイヤー。

 超良血のサマーダイアリー。

 ブライアンズハートの全弟グロリアスハート。

 ローゼンリッターの全妹ロゼリア。

 この四頭が素質馬として前評判を得ていた。特にブライアンズハートの全弟グロリアスハートだが、もう一頭の弟であるアーリーハートが朝日チャレンジカップを圧勝したので同血の三頭目であるこの馬ももしかしたら、と思われているのだ。

 ちなみにグロリアスハートの厩舎は栗東・池川秋時厩舎だ。故に鞍上は神代望となっている。

 兄が惚れ込んだ九州産馬か、弟が期待をもって任された弟馬か。はたまた――。

 オッズもきれいに割れており、どれが来てもおかしくない状況である。

 阪神5Rの発走時刻が近づき、観客たちはにわかに活気づく。

 ターフに現れた出走馬たちは各々返し馬を行う。

 引っかかり気味のテイクミーハイヤーを落ち着けるようになだめる涼。

 優等生といった感じのグロリアスハートとサマーダイアリー。

 少し暴れているロゼリア。

 まさに新馬戦といった雰囲気である。

 ――阪神平場のファンファーレが鳴る。

 ゲート前を周回していた馬たちがゲートに入り始める。

 新馬戦だからか、ゲートを渋る馬がチラホラといる。

 が、とくに問題もなく体制完了となった。

 2000m、新馬戦。スタートが切られる。

 まず調子よく飛び出していったのはテイクミーハイヤー。自慢のスピードで早々と先頭に立ち後続を置いてゆく。

 5馬身離れてロゼリアが追走する。更に2馬身後ろにサマーダイアリー。

 その後ろにグロリアスハートが口を割りながら走っている。

 まるで鼻歌でも歌っているかのように自分のペースで突っ走るテイクミーハイヤーの手応えを手綱を通じて感じる。これはまだ行けると察した涼は、どんどんペースを早めていく。

 1000mの通過が59秒4――。

 テイクミーハイヤーの力を信じて、最後の直線に躍り出る。

 持ったままなのに、ぐんぐん進んでいくのが分かる。

 しかし他の馬も黙ってはいない。直線向いて一気を仕掛けるのがグロリアスハートとサマーダイアリーだ。2頭が併せてテイクミーハイヤーに迫ってきた。

 半馬身迫ったところでゴール板を駆け抜けた。

 3番人気だったテイクミーハイヤーが1,2番人気の猛追を凌いで優勝した。

 時計はレースレコードを記録していた。

 正直、この日のレースの印象はメインレースだった朝日杯よりもこの新馬戦の方が強いインパクトを残した。

 当事者であった涼、望、天満、そしてもう一人村川大也は、レース後のインタビューで口を揃えて「大レースより重圧があった」と述べるほどだったという。

 勝ったテイクミーハイヤーと涼は、次走については予定通り若駒ステークスを使うと言い、来年の覇道を約束した。

 検量室でのことである。

「神代先輩!」

 涼のことを呼ぶ者がいた。振り返ってみると、あまり見かけない顔がいた。その顔は例の新馬戦で一緒だった顔だ。

「村川くん? どうしたんだい」

「あ、いきなりすみません……初めて一緒にレースに出たので、挨拶しなくちゃって……」

「え? 初めてなのかな。うーん」

「はい初めてです。僕は基本的に関西か小倉の平場にしか依頼が来ませんし、なにせイギリスから帰ってきたばかりですから」

「そうか。でも有馬記念騎乗するんだよね。ミスタードドンパで」

「はい! 望のお下がりなのが悔しいですけど、望にも先輩にも負けるつもりはありません!」

「今年はメンバーが揃ったからお互い頑張ろう。おれも負けないよ」

 ニカっと笑って双方は握手を交わした。

 涼は少し思っていた。この村川大也という騎手、いつか自分と同じように大きいところを連勝するんだろう――シンザフラッシュと自分のように。

 テイクミーハイヤーが1着、グロリアスハートが2着になった新馬戦から一夜明け、とうとう年末の大一番「グランプリ・有馬記念」当週になった。

 世間はクリスマスムード一色である。

 競馬サークルは最後の大仕事を前にして、全体がそわそわと落ち着きをなくしていた。

 涼もその一人である。

 ブライアンズハートの最終追いは明日火曜日だ。

 木曜日には有馬記念特有の、公開枠順抽選会が東京のホテルで催される。

 16頭の全陣営が集まって、テレビも入った観衆のもと枠が書かれたクジを引く。

 有馬記念は内枠有利とされている。スタートしてすぐコーナーなため、外の枠は、特に逃げ先行馬だと余計に脚を使うのだ。

 なんとしても大外は引いてはいけない。木曜日まで念仏のように唱えているのだろう。

 願掛けに神社に参った、馬頭観音にもお祈りをしてきた。対策をやり尽くしたあとは神頼み仏頼みくらいしか残っていない。

 流す程度の追い切りを消化したあと、マスコミの囲みにあった。なんともげっそりとした涼を見てマスコミは有馬記念に向けての並々ならぬ思いを感じ取ったのだった。

 あまりにもやつれていて、心配した咲良が涼の好きなココアを作って差し出す。

「どこを引いてもいいじゃない。どこの枠でも勝つのが神代涼ですよね。というか天皇賞もジャパンカップも大外でしたよね。しかも極悪馬場で」

 プレッシャーで睡眠もままならなかった涼はココアを一口すすって、ふぅと溜息を吐く。

 有馬は例年なら中山最終週で芝は荒れ放題だ。荒れ馬場が得意なブライアンズハートにはもってこいの展開になるだろう。

「1番人気で有馬に出るのが久しぶりすぎてプレッシャーが……。しかも引退レース。ああっ負けたらどうしよう……」

「情けない。枠も出てないのにもう負ける算段をつけてるんですか?」

「いくら勝率高い中山でも有馬だけは特別なんだよ」

 あれこれと理由をつけて弱音を吐いている涼にカチンときたのか、咲良は涼の顔をクイッと上げて、両手でバチンっと引っ叩いた。否、気合を入れた。

「いい加減腹をくくりましょう? 何なら大外で勝ってきても良いんですよ? 私はあなたを信じています」

 頬を咲良の両手で包まれたまま涼は硬直していたが、次第にその瞳に力が戻ってきた。

 心の炎が着火した。

「うん……そうだな。少し、いや、かなり弱気になってた。おれらしくなかったよ。ブライアンズハートを最後まで信じてレースに臨む。いつも通り、みんなのために、ブライアンズハートのために……。ありがとう咲良。咲良との夢のためにも」

「分かればよろしい。……でも無理はしないでね」

  ///

「アル、なんだか今週は美浦が慌ただしいんだけど」

 病院で、フィリーネが美浦村のただならぬ雰囲気を感じ取っていた。

「クリスマスでもやるのかしら」

「フィル、今週はネ、日本の競馬ファンや競馬サークルの一大イベント、グランプリ・アリマがあるんだよ。僕もアクアオーラで出るんだ。見ていてよ? フィルのためにも、ノアのためにも絶対勝つから」

「まあ。期待して待っているわ。楽しいクリスマスになりそうね」

(リョーが一番人気……でも勝つのは僕だ!)

  ///

「天満ー、お前さあ、中山の戦績どうよ?」

「大体海斗、お前と一緒だと思うよ?」

「ま、なんというか、俺たちのどちらかが穴馬を勝たせて、涼のお株を奪おうじゃないか」

「そうだな。俺たちは王者に挑戦する立場だからな」

「俺たちのどっちが勝っても恨みっこなしだぜ?」

「おうっ」

  ///

「歩稀、望、僕は有馬記念初騎乗なんだ。正直に言うと今凄く怖いんだ」

「大也……僕だって怖いさ。有馬は何が起きてもおかしくない。有馬は神様だって見てるんだ」

「僕も。でも、兄さんや君たちには絶対に負けないよ。3人で栗東の若手の力を見せようよ!」

「あ、望、話を勝手にまとめるなよー。それに勝つのは僕だぞ」

「望も歩稀も強いな。でも、ミスタードドンパの力を知っているのは望も一緒だろ? ミスタードドンパは強い。最高の逃げ馬だ。僕が勝ってしまうよ」

「逃げ馬ならマジシャンズナイトを侮らないでね。海外G1馬だよ」

「君たち、有馬記念は2500mなんだよ? 僕の菊花賞馬ローゼンリッターが強いに決まってるよ」

  ///

「アニキたちはどの枠でも積極策で来るだろうな。アニキはああ見えて腹をくくると強いんだ。岬、エンシンブレス自身は正直距離が保たないかもしれない。しかし、エンシンブレスの血統そのものは中山適性ばっちりのドリームジャーニーだ。一発はある」

「潤さんは私が万一負けると思っていますか?」

「負けてほしくないが、競馬に絶対はないからな。それに、グランプリは何があってもおかしくない」

「安心してください。エンシンブレスは調教で涼先輩の代わりに何度も乗ってましたから乗り方は分かってますよ」

「調教師の立場からすると、みんな無事で回ってきてほしいと思ってる。俺はエンシンブレスの調教師じゃないが、君が乗る馬は中山の馬場でなにかしでかしてくれそう、そんな感じがするんだ。頑張れ岬」

「潤さん……はいっ」

  ///

「なあ尊……なんか最近の大レース、中堅である俺たちの出番がないよなあ」

「兼次郎よお、出番は待ってたら絶対にこないぞ。出番は勝ちとるものだ」

「それにしても俺たち二人揃って有馬の騎乗馬が神代がG1を勝たせたことがある馬ってのが、なんだかなあ」

「ロサプリンセス、ハイウェイスター……その時その時、涼が100点満点の騎乗をして勝たせてたな。でもロサを三冠牝馬にしたのは僕だ。有馬で涼に借りを返さなくてはならない」

「借りなら俺もあるからな。というか同期のお前にも負けないぞ、絶対に」

「いやあ、盛り上がってるね。僕も混ぜてくれないかな」

『式さん!?』

「早めに関東に来たんだ、そしてら吉川くんと海老原くんが飲んでるって言うから一緒に飲もうと思ってね」

「どうぞどうぞ。有馬、式さんはサトミダイバクハツでしたね」

「そうだよ。影の薄い二冠馬って言われてるけど、良馬場ならサトミダイバクハツのほうがブライアンズハートよりも強いと思うんだ」

「有馬当日は快晴ですね。あ、でも俺たちも負けないっすよ?」

「不肖吉川尊、レジェンドである式豊一郎先輩にも負けないと神に誓います!」

「酔いすぎだぞ尊……」

「僕はもうロートルの域だからね。若い者の突き上げはなくては駄目だ。でも本音を言うと……」

『言うと……?』

「誰にも負けない。サトミダイバクハツと僕、式豊一郎が有馬記念を勝利する」

  ///

「神代先生、この秋の神代涼との勝負……」

「涼が菊花賞、天皇賞、エリ女、JC。未來が秋華賞、マイルCS、阪神JF、朝日杯FSか。なかなか互角だな」

「ブライアンズハートとの直接対決で負け通しなので、実質俺は負けてます。でも有馬は俺たちがディフェンディングチャンピオンですから、絶対に連覇します」

「中山2500m、俺の考えだと、セタグリーングラス、ブライアンズハートどちらもその適性があるだろう。しかし最後の直線は別だ。2400m以上走って最後に中山の急坂を登る根性があるのはセタグリーングラスだ」

「先生からのお墨付きを貰った以上、俺は負けられませんね。……神代涼、決着をつけようじゃないか……」

  ///

 様々な思いが交錯して、祈りの渦ができて競馬の神様はどの陣営に微笑むのか。

 有馬記念最初の勝負とする、枠順抽選会がやってきた。

 東京のホテルに集まった競馬関係者とマスコミ、そしてプレゼンターの虹の彼方メンバー黒田凛と神山茜。

 枠順抽選会はまず、プレゼンターが馬名の書いてあるクジを引き、当たった馬の陣営が今度は枠番馬番が書いてあるクジを引く。

 その枠番馬番がステージ上のモニターに映し出されている有馬記念出走表にすぐに反映される。

 時間となり、抽選会が始まった。

 プレゼンターである黒田凛がまず馬名のクジを引いた。

 サトミダイバクハツ。

 呼ばれてステージに上った式豊一郎は、黄金の左手で迷いなく枠のくじを引いた。

 ――1枠1番サトミダイバクハツ。

 早速出てしまった最内枠に場内は騒然とする。

 式豊一郎は苦笑いを浮かべる。

 次は神山茜が馬名のくじを引いた。ちなみに馬名クジの方はプレゼンターが交互に引く。

 ローゼンリッター。

 歩稀がスクっと立ち上がってステージに向かう。

 ――5枠9番ローゼンリッター。

 可もなく不可もなくといった枠を手に入れた。

 ハイウェイスター。

 ――3枠5番ハイウェイスター。

 海老原兼次郎は小さくガッツポースをした。

 ロサプリンセス。

 ――2枠4番ロサプリンセス。

 逃げ馬であるからこの内枠ゲットに吉川尊は安堵するばかりだ。

 エンシンブレス。

 ――6枠11番エンシンブレス。

 少し外すぎるだろうかと潤は客席から作戦を練り始める。岬はどういう反応をしたら良いか困っていた。

 セタグリーングラス。

 ――4枠8番セタグリーングラス。

 内目の枠に都築未來はよしっと口から喜びがこぼれた。

 ロビンソン。

 ――1枠2番ロビンソン。

 この馬も強い逃げ馬だ。事前情報で有馬は内枠が有利と聞いていたアーサー・アディントンは今日一番の笑みをこぼす。

 シンザヴレイブ。

 ――8枠15番シンザヴレイブ。

 思わぬ大外枠にビリー・マックスウェルは「OMG」と言って頭を抱えてしまった。

 マジシャンズナイト。

 ――5枠10番マジシャンズナイト。

 差しを試すかと思い直す望。

 トゥザスターズ。

 ――4枠7番トゥザスターズ。

 フリッツ・デラクールは通訳越しに最高の気分を表明した。

 ミスタードドンパ。

 ――3枠6番ミスタードドンパ。

 今まで緊張していた村川大也の顔がぱあっと明るくなる。

 シンザクロイツ。

 ――2枠3番シンザクロイツ。

 追い込み馬であるが内枠の恩恵はある。海斗は千載一遇の好機と拳を握りしめた。

 スバル。

 ――7枠14番スバル。

 急遽鞍上を任された保井廉は、この枠を見てこの前のジャパンカップを思い出した。大外で勝ったブライアンズハート。自分も同じように――。

 アクアオーラ。

 ――6枠12番アクアオーラ。

 アルスはガクッとうなだれた。しかし腹をくくったのか次の瞬間には不敵な笑みを浮かべていた。

 サトミシーファイア。

 ――7枠13番サトミシーファイア。

 森下天満はようやく呼ばれて残った枠を見ながらだったので、顔が一瞬で引き攣った。

 さて、最後の2頭は一緒にステージに上っているため、神代涼は必然的にそして自動的にくじを引くことなく大外8枠16番に配された。

 この枠を見ても涼は一切動じなかった。

 分かっていましたとばかりに、受け入れていた。

 枠順を整理しよう。

 1枠1番サトミダイバクハツ。式豊一郎。

 1枠2番ロビンソン。アーサー・アディントン。

 2枠3番シンザクロイツ。南海斗。

 2枠4番ロサプリンセス。吉川尊。

 3枠5番ハイウェイスター。海老原兼次郎。

 3枠6番ミスタードドンパ。村川大也。

 4枠7番トゥザスターズ。フリッツ・デラクール。

 4枠8番セタグリーングラス。都築未來。

 5枠9番ローゼンリッター。天照歩稀。

 5枠10番マジシャンズナイト。神代望。

 6枠11番エンシンブレス。藍沢岬。

 6枠12番アクアオーラ。アルス・ローマン。

 7枠13番サトミシーファイア。森下天満。

 7枠14番スバル。保井廉。

 8枠15番シンザヴレイブ。ビリー・マックスウェル。

 8枠16番ブライアンズハート。神代涼。

 これにて第64回グランプリ有馬記念の全枠順が確定した。あとは本番を待つのみである。

 全陣営は週末を待つことになった。

 有馬の前日土曜日は、これまた暮れの中山の大一番「J・G1中山大障害」が行われる。

 断然の1番人気に支持されているのは、このレース3連覇を目論むグランドアドミラルだった。鞍上は障害レースの天才高坂颯斗。

 有馬記念の前座というわけではないが、このレースも注目を集めていた。

 中央競馬のG1ファンファーレである意味一番かっこいいとまことしやかに言われているジャンプG1のファンファーレが中山競馬場全体に鳴り響いた。

 スタンドは大歓声で湧いている。

 中山大障害――大障害コースの4100m。

 天皇賞春ほどのスピードはいらないが、圧倒的なスタミナとパワーを要求されるコースである。

 まずは全10頭無事の完走を。

 競馬場にいる者たち全員の願いだ。

  ///

 ステップジャンプとすべての障害を突破し、中山の坂を登る。

 先頭はただ一頭、後続を6馬身近く離したグランドアドミラルが、高坂颯斗の全力の追いで真っ先にゴール板を駆け抜けた。

 5秒後に全10頭無事に完走。大観衆は割れんばかりの拍手を出走馬全てに送った。

 その中、勝利したグランドアドミラルはとても4100mを走ったあととは思えないほどケロリとしていた。

 勝利ジョッキーインタビューで颯斗は早々と、来年の中山グランジャンプを狙いますと言った。このコンビの覇権はまだ続きそうである。

 絶対王者の走りを見届けた者たちは、明日のグランプリに向けて、口座に資金を入金したり、前売りを買ったり、まだまだ予想に花を咲かせたりと、思い思いのことをしていた。

 競馬関係者は、さあ、今年最後の大仕事だ、と一層気合を入れ直すのだった。

 ――12月22日。日曜日。晴れ。中山競馬場。

 この日、涼は5鞍乗ることになっていた。

 3鞍目は有馬記念と同じコースであるグットラックハンデキャップに乗った。

 芝の感じを確かめながら騎乗する。

 もちろん、これも真剣勝負なので真面目に努めて、4鞍目ノエル賞と消化していった。

 15時前、中山のパドックに有馬記念出走馬が現れた。

 全16頭、どの馬も完璧に仕上がっている。

 セタグリーングラスとローゼンリッター、サトミシーファイアを送り込む栗東・神代久弘調教師は各オーナーと話し込んでいた。

 ロサプリンセス、ハイウェイスター、シンザヴレイブ、ブライアンズハートと最多の4頭を送り込む美浦・藤村直義調教師はそれぞれの騎手に最終確認をとったあと、調教師席に真っ先に向かっていった。心配はないという意思表示だ。

 有馬記念は日本で一番馬券が売れるレースである。

 普段は競馬をやらない一般人でも、有馬記念だけは買うという者も多い。

 それだけに、いろんな人の思惑が渦巻いているこの中山で、1番人気に支持され誰よりもプレッシャーを感じているはずの神代涼は、意外にもあっけらかんとしていた。

 調整ルームでも新聞で相手役を探しながら、ニヤニヤと変な笑いを浮かべていた。

 どうしたのか望が聞いてみると、涼曰く「こんなに楽しみなのは久しぶり。どんな結果になろうとおれは最大限楽しむ」と。

 緊張を振り切って、もはや、この状況を楽しんでいた。

 騎手待機所でも、パドックを眺めながらニコニコしている。

 どこか、涼のいるところが、他の騎手とは違う、一段高いところにでもいるのかと言うような感覚を覚える。

 涼は一番最後を周回するブライアンズハートをじっと見つめる。

 黒鹿毛、白いシャドーロール。嫌でも思い出してしまう――自分が夢を見る馬。

 しかし、目の前の馬は違う。

 ブライアンズハートはブライアンズハートだ。

 ハートフルカンパニーのメンコが黒鹿毛の馬体に映える。

 三白の脚。額には一つ星。

 連綿と受け継がれてきた名馬の血が、ここに結集している。

 有馬記念を勝って、堂々と引退しよう。藤村師は言っていた。

 先週の話であるが、ブライアンズハートは引退後、アイルランドのスタッドに輸出される。ミスターK、改め、八島活樹が向こうの牧場にブライアンズハートを売り込み、そしてオーナーの心田大志を説得して成就させた。

 活樹の悲願が達成された瞬間だった。

 活樹は喜びのあまり、そのことを涼に発表しようと軽率にも美浦トレセンまで来てしまったが、間の悪いことに自身の娘である遥乃と何年かぶりかに再会してしまい、北海道にそのまま連行されてしまったのだ。

 今頃は、実父である八島逸樹にこってり絞られていることだろう。

 ともあれ、ブライアンズハートの進路は決まっているので、あとは涼が無事にレースを勝たせて送り出すだけである。

 心のなかで色々と逡巡していると、騎手の号令がかかった。

 いよいよブライアンズハートに跨り、大観衆が待つターフに躍り出る。

 実況は全馬の登場と同時に各馬を紹介していく。

『2019年も大詰めです。ここに集まった精鋭16頭の紹介です。1番サトミダイバクハツ、二冠馬の意地を見せます。2番ロビンソン、ここで宿命のライバルと最後の競演を。3番シンザクロイツ、古豪天皇賞馬に若手の期待を乗せて。4番ロサプリンセス、イスパーン賞で大逃げをもう一度。5番ハイウェイスター、ここが引退の舞台ターフのスターになれるか。6番ミスタードドンパ、イギリス帰りの大器を乗せて再びの戴冠を』

『7番トゥザスターズ、菊花賞馬の有馬記念は要注目。鞍上は並ぶ者無き名手フリッツデラクール。8番セタグリーングラス、南関東三冠馬そしてディフェンディングチャンピオン、主役は渡さない。9番ローゼンリッター、惜敗にピリオドを、その切れ味は天下一。10番マジシャンズナイト、走るときはいつも劇的、魔法使いは中山にいる』

『11番エンシンブレス、鞍上は紅一点しかし腕は確か馬も一流、牡馬を一蹴し狙うは頂点。12番アクアオーラ、伝説の桜花賞から半年、力をつけた桜の乙女が中山に舞う。13番サトミシーファイア、共同通信杯以来の戴冠を、同期には負けないと気合を入れる鞍上とともに。14番スバル、先輩ダービー馬2頭の胸を借りて、しかし勝つのは自分だ。15番シンザヴレイブ、グランプリ春秋連覇がかかるこの戦いに鞍上はスナイパービリーマックスウェル』

『そして最後16番ブライアンズハート、自慢の相棒とともにこの秋見事復活、今シーズン無敗、そしてこのレースが引退レース。花道を飾れるか』

『全16頭出走馬の紹介でした。スタートまで今しばらくお待ち下さい』

  ///

 15時24分。

『さあスターターが台に向かいます。今年は冬晴れの有馬記念となりました。勝利の栄冠を掴むのは果たしてどの馬なのか、実況のマイクを託しましょう。実況は富嶽テレビアナウンサー赤城です、有馬記念、お楽しみください』

 スターターが旗を振る。

 自衛隊の中央音楽隊の奏でる関東G1ファンファーレが盛大に演奏された。

 観客のボルテージは最高潮だ。

『さあ、最後に大外、1番人気ブライアンズハートが収まりまして……体制完了! スタートしました! 綺麗に揃いました。さあどの馬が前に行くのか! ロビンソンとマジシャンズナイトが牽制し合いながら先頭に立ちました。その後ろについたのが今年の菊花賞馬トゥザスターズ。そのトゥザスターズをピタリとマークするようにシンザヴレイブが直後にいます。ロサプリンセスが続いてミスタードドンパも好位置をキープ。間が切れまして今年のダービー馬スバルは今日は前目につけました。その後ろ、内にいるのがハイウェイスター、外を通るのがエンシンブレス。1馬身離れましてサトミダイバクハツとシンザクロイツ。サトミシーファイアは自分のペースか。最後方にセタグリーングラスとブライアンズハート、ローゼンリッター、アクアオーラが前を伺っています』

『馬群は正面スタンド前を横切ります、さあ大歓声の中第1コーナーを回ります。先頭は依然としてロビンソンとマジシャンズナイトがやりあっています。最初の1000mの通過が57秒9! とても速いペースです』

『向こう正面に差し掛かりまして、ロビンソンが前に出ました、半馬身後ろにマジシャンズナイト。5馬身後ろにトゥザスターズ徐々にペースを上げていくか。その後ろに位置を上げてきたミスタードドンパ、差がなくロサプリンセスとシンザヴレイブ。その後ろは3頭並んで内にサトミダイバクハツ、外にスバル、真ん中にエンシンブレス。その直後にシンザクロイツ。最後方は依然としてセタグリーングラス、ブライアンズハート、ローゼンリッター、アクアオーラ!』

『先頭は第3コーナーを回ります! 馬群がだんだんと凝縮していきます。ここで動いたセタグリーングラスとブライアンズハート、ローゼンリッターも続きます! 第4コーナーを回って、さあ最後の直線! 2019年最後の直線! ロビンソン少し苦しくなったか! マジシャンズナイトも苦しいか、大外からセタグリーングラスとブライアンズハートがやってきた! この2頭の一騎打ちか! 更に強襲するのはローゼンリッター! シンザクロイツもすごい脚だ! しかし! 前はセタグリーングラス! ブライアンズハート! この2頭のデッドヒート! どちらも譲らない! 並んだままゴールイン!!』

『1着2着は写真判定! 3着にローゼンリッター、4着にシンザクロイツ、5着にスバルと続きます』

 ――長い判定。

 ――涼は祈っていた。

 ――決勝写真は全く並んだ二頭の鼻先。

 ――でも同着ではない、そんな確信が涼にも未來にもあった。

 ――固唾を呑んで見守る検量室の面々やスタンドの観客たち。

 ――次の瞬間、確定のランプが灯った。

『確定しました! 1着はブライアンズハート! 2着セタグリーングラス!』

 騎手たちが検量室で一同礼をして解散となる。

 涼は月桂冠を頭に被せられてインタビューに招かれた。

「ぼくだけの勝ちではありません。ブライアンズハートに関わってくれたすべての人、そしてこのレースに出走したすべての馬、人に感謝を込めます。ブライアンズハートはこれで引退ですが、皆さんにとって忘れられない馬になったと思っています。レコードも出しましたし最後までブライアンズハートが最強でした。ありがとうございました」

  ///

「お前が五勝、俺は四勝――俺の負けか。野暮なことを言うのはやめよう。いいレースだった。神代涼、いや涼、おめでとう。お前と一緒にレースができて良かった。でも次は絶対に負けない。涼が勝てば、次は俺が勝つ、そうやって勝負は続いていくんだ」

「都築……いや、未來、セタグリーングラスは強かった、最後まで追い詰められた、おれは相手にして負けるならセタグリーングラスだと思っていたんだ。それくらいセタグリーングラスはおれの中で驚異的な馬だった。そんな馬に乗っていた君も凄い騎手だ」

 二人は、互いを認めあったのか、初めて心の底から固い握手を交わした。

「感動のところ悪いな」

「父さん」

「正直言って、俺はこのレースセタグリーングラスが貰ったと思った。しかし、どちらも負けず劣らずのレースだった。こんなレースを見たのは……そうナリタブライアンとマヤノトップガンの阪神大賞典のようだった。涼、今まですまなかった、俺は心の何処かで、騎手であるお前を認められなかったんだ」

「どうして」

「俺はもともと騎手になりたかったんだ、親父のような名手に……。しかし俺には才能が無かった」

 涼と未來は黙って久弘の話を聞いている。

「自分に絶望して、なし崩し的に調教師になった。お前が生まれてから、数年経って、俺はお前に才能があることが分かった。父親なのにお前に嫉妬していた、んだと思う。恥ずかしい父親を笑ってくれて構わない」

「父さん……おれは父さんのおかげで騎手になれたんだ。父さんが連れて行ってくれたナリタブライアンの菊花賞。父さんが話してくれた三冠馬の物語。今のおれがあるのは父さんのおかげだよ……ありがとう……父さん。なんか恥ずかしいな」

「涼、未來、これからの競馬を支えるのはお前たち若者だ。そして俺たち古きものは若者の壁となって、超えていって貰うのを待つだろう。――今はただ、この有馬記念の終了を祝おうとしよう」

 久弘は涼と未來の頭をポンポンと撫でて、人混みの中に消えていった。

 涼はその夜、祝勝会を実家で開いた。父親はいなかったが、祖父和尭、祖母珠樹、母梓、お手伝いの文じい絹ばあ、咲良、間寺家の人々、そして悔しい思いをしながらも駆けつけた弟潤と望。

 グランプリが開催された日はこうして終わった。

 名残惜しげに、ターフの芝が揺れている。

 また来年。

 今度は春の大舞台日本ダービーへ。

 春の府中でまた会おう。その時には、みんなまた新しい出会いがあるから。

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