「せっかく来たのに、屋敷の外に遊びに出られないなんて」

 鼻を鳴らした朔は庭に降りる階に腰を下ろし、頬杖をついた。朔のこういった行為を、芙蓉はほほえましく見守るだけで咎めない。芙蓉は朔の小さな頃よりの遊び相手であったので、彼女の気性はよく知っていた。


「私も男だったら、好きなように外に遊びにいけるのに」


 姫の外出は殿方のそぞろ歩きのように、気軽に出来るものではない。牛車の中に押し込められ、顔を見せぬよう運ばれるだけなのだ。それが朔にはつまらない。子どもの頃ならば、庭で走っていても何も言われなかった。けれど年頃になれば突然、部屋の中に押し込められるように、外に出ることを禁じられた。公家の姫というものは、そういうものだということを理解している。してはいるが、理解をしているのと納得をするのとは違っている。朔は世間一般的な姫としての生活を、良しとしなかった。


「せっかく来たのに、屋敷の外に遊びに出られないなんて」


 公家の姫としての常識を朔に押し付けようとする者らは全て、都の屋敷に留まっている。


「都から離れているから、都の常識からも離れられると思っていたのに」


 けれどいきなり散歩に出かける、などということは許されなかった。土地勘も無い上に、草木の生い茂ったこの里で迷えば、救いを求める場所を探すのもひと苦労だ。このあたりの事を里の者らに聞いておくので、ひとまずはおとなしく過ごすよう言われた事を、朔はぼやいた。


「心配をされるのはわかるけれど、こんなに良いお天気なのだから、少しくらいはかまわないのではないかしら。屋敷の周辺くらいなら」


 再び朔が吐息をもらすと、芙蓉がそっと近付いて、いたずらっぽい声でささやいた。


「牛車の用意ができておりますよ、朔姫様。この先にある大きな湖で、舟を浮かばせて遊ぶ手はずも整っております」


 驚きに目をぱちくりとさせ、朔は芙蓉に顔を向けた。芙蓉はただ、にっこりと朔を見ている。


「遊びに出られるのね!」


 声を弾ませた朔に、芙蓉はうなずいた。


「このあたりの地方長官である穴多守様が、ぜひとも姫様にご挨拶をしたいと」


 ふくらんだ朔のよろこびが、その一言に穴を開けられしぼんでしまった。

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