第29話

彼女のその声で行く先に目を凝らした。まだ校舎と思しきなにかは見えなかった。

集中すれば見えなくもないのかな、と目を凝らしたそのときに、確かにこれまでに見えなかったなにかがわかった。

宙に浮く点だった。

「さすが……」

さすが、魔法学校ともなると宙に浮くのか、と思い口をついた一言だった。

みなが立ち止まった。その点を全員が見たからだろう。

「うーん?」

宮本さんが背を丸めて手を庇にしている。「それ」を見るために集中しているのだろう。

なにしろ、その点は先ほどより大きくなっている。今この瞬間も大きくなっている。僕たちは立ち止まっているというのにだ。校舎が動いているのだろうか。

さすが魔法学校。

そう思った。もう大体のできごとは魔法で片付ければいいのだ、と思い込んでいたのだ。

「あれは……?」

点が大きくなり、形が変わった。翼が動いているのが判る。色もわかる。黒い赤だ。そして、たぶん、それは、ものすごい速度でこちらに向かっているのも判った。

全員が立ち止まったままだった。

もっとはっきり見えてきた。

翼。赤い目。日を照り返す鱗の重なり。ゆっくりと動く尻尾。

今大きく口を開いたのも見えた。その牙と舌。なんならついでに火を吐いた。もう一度口を開いた。次は雷を吐き出した。

「ありゃあ、ドラゴンですかね?」

安高の声が遠くに聞こえた。どんどんどんどんと現実感が薄れていく。いや、薄れていくのは、生きている実感だ。身の危険、いや、命の危険が体中に満ちていくからだ。

安全なの? あれも学校のうちだから、古株さんの範疇だから完全に安全なんだよね?! 信じていいよね?!

「みんな、伏せて!」

突然の宮本さんからの号令。なぜか全員が即座に体が動いた。身を投げ出し伏せると両手を頭の後ろで組んだ。

その瞬間。轟音以外なにも聞こえなくなり、しらない勢いの風が吹いた。

そして何より、熱い。なにか、とてつもなく熱いなにかが、風となって通り過ぎていく途中だった。

その時間が長い。一瞬ではない。どれほど巨大なのだろうか。

やがて熱が去っても、まだ風はおさまらない。もうしばらく風がおさまるのを待って顔を上げた。

宮本さんがおそらくドラゴンの飛び去った方角を見て立っていた。あの嵐の中立っていたのだろうか。髪はみだれ、制服は弱くなった風になびいている。

僕も彼女の見ているものをみた。

飛び去ったドラゴンが方向をまたこちらにむけたのが遠くに見えた。

僕はまた頭を伏せようとした。

そのとき。

「アデーレ! ふざけない!」

宮本さんが叫んだ。

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