第6話

ついにフル男がすべて粉となり、消え去った。僕は痛みで動けないままだった。それを見るしかできなかった。

はっきりと彼女の姿が見えるようになった。

「ふぅ」

彼女は一息つくと、拳を下した。すべて終わったのだとわかった。僕は安心して力が抜けて、仰向けになった。うすなでしこ色の空は変わらずだ。つまり、あれからそんなに時間はたっていない。細い雲と丸い雲が浮いている。いつもの夕焼け。いつもの空と雲。体のどこかしらかが痛いのはいつもじゃないけれど。

「ありがとね」

僕を見下ろす彼女の顔が見えた。長い髪で影が落ちたもののそれでも色白の細面。眉がすこし太い。頬が赤いのは激しく体を動かしたからだろうか。そう、彼女を見た人たちは、あれほど激しく格闘できるとは想像しない。

「い、いきゃ」

「いきゃ?」

顔が熱くなるの。かっこ悪い。思春期は恥をコントロールできないんだ。LINEだったらポスト前に確認できるのに。それでもタイポするんだけどさ。

「あちこち痛くて、うまくしゃべれない」

ほんとは、ほんとは、女の子に話しかけられてかっこつけようとして失敗したのだけれど。体が痛いのも真実だけど。

「そっか、そうかそうか。立てる?」

「もうすこし寝ていたい」

精いっぱい笑って見せる。表情を変えるだけでも痛いのだけれど、そこは思春期力でこらえる。なにしろ彼女を見上げる姿勢のままでいたかった。

「そっか」

不審には思われなかったようだ。いや、信じてほしい。僕を見下ろす彼女の姿は、長い髪が垂れて影になり、それがまた彼女の愛嬌と自然に組み合わさって、いつまでも見ていたいと思ったからだ。間違っても、その制服姿を見上げたいわけではない。もちろん(?)制服のスカートは長いから、僕の思春期が騒ぐような風景はそこに広がっていないのだから。

彼女がその場にしゃがんだ。残念。でも、僕たちの距離は突然近くなった。

「すごいね、かっこいいよ」

「そうかー、そうかー」

そう彼女は笑う。

僕は決心した。触れずに済ますのは無理だと。

「で、あれはなんだったの?」

「そうねー、あれはねー」

彼女が困った顔をした。笑いながら困った顔をするのだから、こっちも困る。もう僕の思春期メモリが足りなくなります。眉をよせ、目を細めて困った顔をしているのだけれど、並びの綺麗な白い歯を少しのぞかせて笑ったままだ。

「正しいデータの会」

突然彼女が表情を変えた。強いまなざし。僕の目を見る。

「あれはね、正しいデータの会の使い魔、破壊魔というの。こんな小さなコンビニを壊して、何かが変わるなんてありえないのに、彼ら……ううん、彼女は変わるって信じてるんだ」

「なるほど、さっぱりわからん」

もうずいぶん古いネットスラングで返すしかなかった。多分、これは僕の知らない世界の話なんだろう。今日、それに触れたのは偶然だ。幸せな偶然。こんなに体が痛くても、だ。

「そうよね、わかんないよねー。でもキミには知ってほしいと思った。多分、意地と照れ」

また笑う。

ああ、この子は思春期をコントロールできている。

それだけで。

僕は。

彼女に夢中になるくらい、嬉しかった。

冷めているんじゃないんだ。誰かにわかってもらえるとは思わない。

「いてて」

だから僕は意地と照れで体を起こした。もっと彼女に近づきたい、できれば、自然に。こういう時でも計算高いんだよ、僕は。彼女は僕を見て目を丸くした。その顔を見られただけでも、今、痛みを耐えた価値があった。

やせ我慢を重ねて僕は笑う。驚いた顔見せた君をみて笑ったと伝わってほしい。

「自己紹介がまだっただね」

「そんな暇あった?」

「確かに」

「僕の名前は、国枝美樹助。県立石橋南高校1年A組。つまりは15歳」

ずるいとわかっている。これで彼女が話を逸らせば、そこまでだが、そんな無粋を彼女が選ばないと信じている。一瞬でできた信頼感だが、僕はすがっていいと知っていた。

「……。ずるいね、それは」

「紳士なので」

口の端を伸ばし、頬を膨らまし、目を細めて僕を見る。これが思案顔なのだろうか。どうしようもないソースコード、具体的には半年前の自分のソースコードを見るような顔に思えた。つまり「なにやってんだこいつ」という顔だ。

彼女が大きく鼻から息を抜いた。しかたなくソースコードに手を入れると覚悟したときの動作だ。僕なら。

「私の名前は、宮本八重。本名よ、安心して」

ミヤモトヤエ。メモリの消えない場所に書きこみました。字面は後からなんとか確認しよう。

「何で悩んだか。あなたが学校名を言ったからよ。だから私も言うべきなのかなと悩んだの。聞けばキミ、国枝君にもわかるんだけどね」

「……界立ブロッケン女子魔法高等学校。3年よ。つまりは17歳。もう7月には18歳」

「は?」

学校名をメモリに書きこもうと意気込んでいたのだけれど、データエラーだ。そんな文字列を書きこむ機能はない。

「そうよね、そうなるわよね……」

僕がどんな顔をしたのかわからない。ただ、それを見た彼女が彼女が立ち上がった。

夕日を受けた後ろ姿が凛々しい。すこし歩き、そして、身を回して僕を見ると、また、困ったような顔を見せた。

「つまりね、私は魔女のタマゴ。この世界にわずかに残った魔力と魔法。それを使える人間なの」

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