　初めての転職だった。少しでも通勤を楽にすべく選んだワンルームのマンションも解約して、引っ越しの準備を進める。

　温かい風、沈丁花のにおい。公園の桜のつぼみは丸く膨らんで、目と鼻がクシャクシャする。春だなあ。

「手が止まってんぞ」

　一緒に住んだ彼とも、別れざるを得ない。言葉にも湿っぽさが滲む。

「一緒に来る？」

　尋ねてみたけど、答えは否。無理だから、と応じた声も潤んで、春の霞みたいだった。

「いい人と巡り会えるといいね」

「……俺が言うのも何だけど、地縛霊はやめとけ」

　本を束ねる手を止めて、彼を見上げる。陽射しに透けるその身体を。

　私はそれほど悪いとは思わなかったけど、ね。楽しかったよ、ありがとう。

（298文字）

「Twitter300字ss」企画参加作品／お題「別れ」

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