第8話 祟り

「あんまり気乗りせぇへんねん…」

「なんでよ?故郷みたいなもんじゃない」

「そんないいもんやない…長く生きるっちゅうことは…愉しいことばっかじゃないんや…ツライことのほうが多いんじゃ…」

「……うん…そうかもね」

 少しだけ解る気がした。

 綺璃子キリコの膝のうえで、おとなしく丸まっている猫又。

 生きているだけで愉しいなんて無い、そこだけは解る気がした。

「ん…んん・・・」

 ボグッ!

「なんでやねん!」

「どさくさに胸を揉むな!」

「揉むほどないやんか!! 猫の習性やんか、肉球でニギニギすんのわ、しゃあないねん」


「ここらへんですかね?イプシロン?」

「そうやね…えらい妖気漂うてるし…」

「そうですね…やっぱ来て良かったのかも…」

「なに?お地蔵様の首チョンバした場所、ヤバイ場所なの?」

「まぁな…ワシほどの大妖怪を長い事封じてた土地や、あやかしが集まってもしゃあないやろ…封じてても妖気は漏れ出してんねやさかい…」

「年寄りの尿漏れみたいな感じ?汚いわね」

「アホ…キレはええっちゅうねん、スパッと歯切れよく切れるっちゅうねん、パンツ汚さんようにパット張ってるオマエと一緒にすんな!!」

 ボグッ!

「アカン…レイさん頭痛薬や…外部的な要因で頭痛が収まらん」

「口を閉じれば治まりますよ…たぶんね」


「アレですか?イプシロンを封じ込めていたお地蔵様は」

「せや…そりゃもう重うて…重うて敵わんかったわ」

 不破さんは、お地蔵様に近づいて行く。

「確かに…変な角度に首が付いてますけど…」

「それは綺璃子キリコが悪いんや、接着剤で適当に乗せよったさかいに…」

 ゴバッ…と地面が盛り上がる。

「やはり…コレは」

「なに?なに?」

 車内から懐中電灯を照らす係りだった綺璃子キリコが慌てる。

「あかん、綺璃子キリコ、シートベルトしとき」

「へっ?うん…そうなの?」


 不破さんがヒョイッ、ヒョイッと車の近くまで戻ってきた。

土用坊主どようぼうずか…」

「土曜?今日?」

「アホ、今日は水曜日や、ドラッグストアのポイント3倍デーや~、言うとったやろ…落ち着きや」

「やっかいなものを産みましたね…イプシロン…」

「弱い土地神が、ワシの妖気を吸うて大きゅうなっただけやがな…返してもらおか…ワシの妖気を」

「そういうことですか…どうぞ、邪魔しませんから」

「ほな…ちょっと食事に行ってきますわ」


 そう言うと、猫又はピョンッと車から出て、うねる地面をスタスタと歩いて行く。

「アレ…」

「大丈夫ですよ…イプシロンは名に負けない大妖怪のようですから」

「はい?」

 ニッコリと笑っう不破さん。

(あのバカ猫が?大妖怪?…ウソ~)


 お地蔵様のところまでイプシロンが近づくと、左右から土がヤリのように尖ってイプシロンを襲う。

 事もなげに、尻尾で叩き伏せるイプシロン。

 チラっと不破さんを見る。

「さて…僕は、あの、お地蔵様を封じればいいんだろうな」

 不破さんは、鞄から御札を何枚か取り出して、つるはしとヘルメットをトランクから取り出して御札を張った。

「じゃあちょっと行ってきます」

「お気を付けて~」

 気の抜けた声で送り出す綺璃子キリコ


 安全第一ヘルメット不破さんが、お地蔵様に容赦なく、つるはしを振り下ろす。

 暴れる大地、襲い来る土のヤリをイプシロンが払いのける。


 粉々に砕けた、お地蔵様。

 その中から、紫色の石が転げ落ちる。

「それや」

 イプシロンが石を咥え、そのまま飲み込んだ…。


 カッと金色の光がイプシロンから発せられる。

 閉じた目をゆっくり開けると、そこには金色の毛をなびかせた大きく美しい猫科のナニカが凛と立っていた。

 そのナニカから逃れようと土がザザザッと蠢いたのだが、前足でバンッと地面を一度叩くと元のような平らな地面に戻ったと同時に、静けさが辺りを包む。


「なにアレ?」

 綺璃子キリコは呆気にとられていても解っていた。

 二股の尻尾…あの模様…目の前のナニカがあのアレであることを…。

「イプシロン…」

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