第15話 新戦力

「いいぞ、やれやれ――ッ!」

「オラオラ桐丘ハイドロ、ヤラレっぱなしじゃねえかよ!?」

 トレーニング施設内がいつもとは違う熱気に包まれていた。

 暗殺者たちが注視しているのは特設の訓練設備。

 衝立状の遮蔽物を要所要所に配置した、一辺十メートルほどの正方形をした空間である。

 その中で、大地と茜のペアと、郷と青山ノブルスのペアが射撃対決をしていたのだ。

 射撃とは言っても使用しているのはモデルガンであり、発射されるのもペイント弾だ。

 当たればそれなりに痛いが、致命傷にはなり得ない。

 障害物に隠れながら敵を待ち伏せ、あるいは強行突破して相手にペイント弾を浴びせる。

 一発敵に当てれば一点。ルールは至極簡単だが、それ故に熱くなる。

 ただの遊びだと最初はバカにしていた郷ではあったが、戦っている間にすっかりムキになっていた。というのもスコアは大地と茜のチームが終始郷たちをリードしているからだ。

 先輩かつ部隊のリーダーとしての沽券に関わるという焦りから、郷は青山を叱咤する。

「“ノブルス”、前だ、前に出ろッ!」

「言われるまでもない」

 追い立てられるように青山が前進する。が、そこで茜と鉢合わせ。

 銃を撃ち合うにはあまりにも近すぎる距離。先に動いたのは茜の方だった。

「たあああああ――っ」

 突き出された掌底。胸元を痛打された青山が後方へ吹き飛ぶ。

 ボディアーマーを装備しているとはいえ、衝撃に息が詰まる青山は一瞬だが量子デバイスの強制停止=デコヒーレンスを起こしてしまう。

 射撃戦という前提のためポイントにはならないが、殴る蹴るといった格闘もこのシミュレーションでは許されていた。暗殺ミッションでは侵入と逃走の確保というサポート的な役割を担う茜ではあるが、いざという事態に備えてずっと鍛錬を欠かさないできた。打撃系を中心とした格闘技は中でも力を入れている分野で、貴族育ちの軟弱な青山を寄せつけるはずもなかった。

 茜は、以前は天然のウェーブがかかっている髪を長く伸ばしていたのだが、“ノース・リベリオン”に入ることを決めた時にバッサリと短くしていた。格闘の邪魔になるというだけの理由で。そのショートボブを揺らしながら、鍛え抜かれた体躯が躍動する。

 彼女の強さは元ヤンの桐丘郷すらも圧倒していた。

 郷は物騒な環境を逞しく生き抜いてきたフィジカルエリート。

 多くの不良学生がそうであるように、運動神経に優れ、ケンカでは負け知らずだった。

 だが最近はパワードスーツでの戦闘に特化していたため、少々体がなまり気味だ。

 生身では分が悪くなるのもやむを得なかった。

 しかし、実戦ケンカにおいては郷に一日の長があった。

 武闘派と呼ばれていた茜ではあるが、郷はそれを遙かに上回る数のケンカに明け暮れていたのだから。

 パワーと速度ともに劣っていても、郷には駆け引きがあった。

 茜が見せた一瞬の隙を、郷は見逃さない。

「けっ甘いぜ」

 後方に飛ぶように回避運動を取りながらも、回し蹴りを見舞った茜が着地する瞬間を待って郷が銃を構える。

「危ない、茜姉ぇ!」

 飛び込んできたのは大地。

 大地は茜を押し倒すようにして障害物の奥へと突き飛ばす。

 直後、斜めのステップを踏みながら身体の軸を回転させて、同時に銃口を郷の胸部に向ける。

 躊躇わず三発。

 本物の銃であったなら、こうも軽やかには発砲できなかっただろう。

 しかし使用しているのはプラスチック製のモデルガン。

 非力な大地でも軽々と扱える代物だ。

 その点も考慮してデバイスによる量子ブーストを俊敏性にのみ振り分けた大地は、驚異的な反応速度を見せつけていた。

 人間の神経の伝達速度はおよそ時速三百キロ。しかし量子デバイスの適応者はその量子コンピュータによる補正機能を使って伝達速度を二倍にも三倍にもかさ上げすることができる。より厳密に言えば個々の判断を一瞬だけ先取りすることができる。それだけ速く、正確に行動を取ることが可能になるのだ。

 それが量子ブーストと呼ばれるものだ。

「いててて痛ぇッ!」

 思わず情けない悲鳴を上げてしまう郷。

 心臓を中心に半径十センチの範囲内で三発とも着弾。

 大地は、郷へのダメージを確認すらせずに障害物の奥へと身を潜める。

 臆病者であるが故の慎重さは、極端なまでのヒットアンドアウェイ戦術という形を取り、郷のカウンター攻撃を効果的に防いでいた。

 直情径行的な発想の持ち主である郷にはこれ以上ない嫌がらせとなり、見ている観衆に笑いすらもたらしていた。

「やるな、あの赤毛!」ギャラリーから賞賛の声が漏れる。「いいぞ、もっとやれぇえええ――!」


「なるほどネ」

 そんな反応を見ながら霞治郎社長は不敵に笑った。

「見なヨ」

 やたら細長い人差し指が差しているのは量子デバイスのパフォーマンスモニタ。

 それは大地の思考の方向性を示していた。

 極端にピーキーなグラフ曲線を指さしながら、

「たぶん、大地クンの頭の中は、茜クンを助けることしかないんだろうネ」

「そうです……ね」躊躇いがちに応じたのは主任研究員の西台高志にしだいたかし

「だからカレには迷いがナイ。恐ろしい集中力だネ。それがこのとんでもない思考の純度を生み出しているんじゃナイか?」

「確かに」西台は小声で同意した。

 量子デバイスで魔法が使えるようになるためには、ある条件をクリアしなければならない。

 それは思考の純度である。

 どれだけ一つのことを純粋に考えることができるか。どれだけ雑念を排除できるか。その度合いによって並行世界における自身の同位体に及ぼす影響は異なってくる。純度が高いほど多くの並行処理が可能になり、発動される魔法の規模が大きくなる。

 大地は、その純度が他のメンバーと比べ突出しているのだ。

 その力は、先日社長が指摘した通り、大地の幼少期におけるトラウマに根ざしている。

 愛情剥離による社会性の欠如と引換えに彼が手にしたのは、強烈なまでの“囚われ”。

 何かに執着し、それ以外は考えられなくなってしまうほど常軌を逸した集中力だ。

 そしてそれはもう一人の少女についても同じことが言えるのだ。

 二人の違いは、本能的な感覚か、論理的な思考かという対極的なものではあるが、純度の高さは同様に他を圧する。

 そしてこの奇跡のような適応力をあるプロセスに利用できると、霞治郎社長は考えていたのだ。


「そらぁああああっ」

 デコヒーレンスから復帰できない青山に向かって茜がペイント弾を何発も打ち込む。

「おお、やるな! 弱っている敵をいたぶるとは――さすが姉御だ!!」

 観衆が異様な盛り上がりを見せ始めた。

 同時に、オレも撃たれたいなどという奇妙な感想も。

 が、それは直後に悲鳴へと変わっていった。

「あわわ、痛い痛い痛い痛い――ッ!」

 茜はギャラリーにペイント弾を雨霰と浴びせかけていた。

「姉御って言わないっ!」

 自分より十は歳上であろう屈強な男どもを、茜は憤然と怒鳴りつける。

「す、すまねえ、姉御……」

 思わず謝ってしまう暗殺者。茜はキッとなって追撃。

「だ、か、ら、」そしてもう三発。「姉御、禁止っ!!」

 アマゾネスチックな見た目に加えてやたら強烈な目力。そして超がつく強気な態度。

 軟弱者を寄せ付けない美貌に加えて、最近はトレーニングの成果が出てきて筋肉美も眼に眩しく、威圧感は増すばかり。

 先輩を先輩と扱わない茜は、社内でいつしか“姉御”と呼ばれるようになっていた。

“女王様”と呼ばれるようになるのも時間の問題、という声さえある。

 もっともそれが本人にとってはいたく気にくわないようで、自分をそう呼ぶ社員にはもれなく鉄拳制裁を加えることにしている。その様があまりに高圧的なので、ますます“姉御”という呼び名が広まっているのだが。

 ちなみに茜は十六歳の入社二年目。大地以外のその場にいる全員が自分より年上である。

「いいぞ、姉御~~」


 予想外の盛り上がりに湧く模擬戦。

 少し離れた場所に置かれているのは、研究スタッフが持ち込んだ繭型の装置。

 長さ二・五メートル、幅一メートルの異様なカプセルの中で処理をおこなっているのは、紺色のボディスーツに身を包んだ少女である。

 ボディスーツによる補正作用を得て、彼女は膨大な量の情報処理をおこなっていた。

 カプセルに繋げられたモニター四台はそれぞれ大地、茜、郷、そして青山の視覚情報を映し出している。量子デバイスの通信機能を使用すればたいした行為ではないのだが、問題はその情報伝達経路にあった。

 目の前で繰り広げられている戦いの様子を量子暗号化した上で、いったん外部ネットに流し、情報の受けどころを頻繁に偽装しながらも必要な部分だけを抜き取り、デコードしていく。

“フォアヘッド型”量子デバイスの計算能力を活用した量子暗号による情報伝達である。

 この技術によって社長や西台はミッションの進行状況をリアルタイムで観察することができるようになる。

 それも少女の演算能力によって通信に枝がつくことを完璧に防いで、だ。

 公安の探知を気にすることなく状況を把握し、場合によっては的確な指示を作戦実行中のメンバーに出すことさえ可能になるのだ。

 これまでは通信傍受のリスクを鑑みて、ミッション中のメンバーは孤立を強いられていた。

 暗殺が成功したかどうかは、彼らの帰還の有無をもってようやく判断された。

 しかも任務に失敗した場合は量子デバイスが潰されてしまうので、そこから得られる戦闘ログは微々たるものでしかない。

 そのため、これまでの戦闘ノウハウは各メンバーの個々人レベルに留められており、共有化というものがまったく成されていなかった。

 しかし、この技術を使えば状況は好転する。

 各メンバーは任務中の状況をリアルタイムで観ることが可能になり、そこから多くのノウハウを吸収できるようになる。また、取得した映像を元に様々な作戦を立脚できるようになるわけだ。


「ここまでは想定通り、ですね」

 リアルタイムでおこなう偽装通信だけでも、それまでの組織には夢のような技術なのだが、西台の表情に喜びはなかった。彼は繭型の装置へ視線を向け、その中にいる少女について考えを廻らせる。

 新田舞しんでんまい――。

 大地や茜と同じ第四十四互恵ハウスで育ってきた少女だ。

 大地ほどではないにしても、圧倒的と言える量子魔法適性の持ち主。

 社長がどのようないきさつで彼女を、いや第四十四互恵ハウスから人材を引っ張ってきているのか、西台は知らされていなかった。

 単純に戦力の補強になるわけで、それ事態はむしろ好ましいはずなのだが。

 西台は強い抵抗感を覚えずにはいられない。

 カプセルの中で量子暗号化とデコードを展開している少女は、十四歳。

 中学すら卒業していない女の子なのだから。

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