ボッチ、帰還する

───「助かりました師匠。ジータもありがとう」


「いいのよ。今は十分に休みなさい。あとでなんであの状態になったのか問いただすからそのつもりでいることね?」


「はい師匠......」


 そんな少し不機嫌なアリシアに苦笑ぎみで返答した。


「良いのコンドウ。それよりもゆっくりと休んで?」


「そっか......なら今度礼をさせてくれよジータ。女の子に助けられてばっかだからちょっと負い目があってだな......」


「ふふっ......確かにそうだね。でもそんな理由で負い目を感じてるのはコンドウも男の子だなって思う......私で良ければ喜んで当て馬になるよ」


「当て馬はちょっと人聞き悪いけどな」


 その言葉にジータは金の長髪を片手で掬い上げながら微笑んだ。


 そんな会話をした後、ジータと師匠の二人は笑顔で部屋を後にする。 


 ───俺は城に着き、自分の部屋に師匠とジータの肩を借りながら向かい、無事部屋に到着したところだった。


 今は戦闘や魔物墜ちで随分と疲弊した体をベットに預け、疲れを癒している。


「ふぅ......」


相変わらず高級な部屋で落ち着かないけど......ベットの寝心地は最高だから目を瞑れば問題ないな


 と、キングサイズに負けずとも劣らない大きさの高級ベットの上で大の字になりながら溜め息をつく。


「にしても......」


 うつ伏せになり、肌触りの良い枕に顔を突っ伏す。


「......」


 今更ながら思い出すのは剣を初めて交えた感触だった。


 そして本当に今更だが、四人に一人で死闘を仕掛けた過去の自分に対して、叱咤する。


怖かったっ! まじで怖かったっ! もう本当に怖かった! 死ぬかと思った! バカじゃねぇのッ!? なんであのとき俺は戦いを仕掛けやがった!? 師匠を待ってれば良かったじゃん! でもルリアさんは襲われそうになってたし? 第三者からみると助けなきゃっていう思うじゃん? いやぁ~なんで死にそうなことをしでかしたんだよ......てか死にそうになってたな。人間として。魔物に危うく覚醒するところだったし。覚醒した後どんなことを言うだろうな......やっぱり厨ニチックな言葉を言うのだろうか......「やっと人という下等生物の枷から抜け出すことが出来た......これから真のダークナイトへと変貌を遂げる。しかとご覧あれッ!」なんて言うんじゃないだろうな? あと右手を胸に当てながら......うわ~想像したらまじで本当に吐き気が......


「......疲れた。寝よう」


 体だけではなく、瞼まで重くなっていた。


 これ以上起きるのは耐えきれないと判断し、寝ることにした。


「ちょっとばかし夢の中でユカに生存報告をしてきますか......」


 独り言にしては少し大きめな声を部屋に響かせてから、襲いかかる眠気に身を任せるのだった。



▣ ▣ ▣ ▣ ▣ ▣



───王の間



「むぅ......」


 と、王はそう呻いた。


 ボルズ公の安否確認がまだ来てないことが理由だった。


 周りに居る武官や近衛、大臣など浮かない顔をしている。


「浅野君と峯崎さん大丈夫かな......?」

「心配だよね......」

「大丈夫とは限らないけど浅野君強いし......」

「騎士団の方々も付いてるし......今は無事を祈るしか」

「俺、峯崎さんにもし何かあったら真っ先に近藤殴りに行くわ」

「それな。元々近藤が屋敷の一件で紛れてるから峯崎さんと優真が心配して行ったわけだしな」

「......んーでもよ、近藤だって人のために戦ったんだろ? ていうか俺達が関わること自体お門違いなんじゃねぇのか?」

「そうそう。今は三人の無事を祈って待つのが最善の選択だぜ?」

「てか王国最強の女騎士のアリシアさん居るし大丈夫なんじゃね?」

「あぁ、確かアースレル団長の次に強いんだっけか」

「「「それなら安心だな」」」

「とにかくだ。俺達も強くならないといけないな」

「そうだね」


 と、王の間で待機させられているクラスメイト達がそれぞれの会話を展開する中、優菜も皆と同じく浮かない顔をしている。


伽凛......大丈夫かな......


 そう不安が優菜の心に募った。


───ドンッ!


 と、不穏な空気が流れる王の間に勢いよく扉が開かれた音が響き渡る。


「む......? 伝言か」


 扉を開いたのは走ってきたのか肩で息をしている一人の騎士だった。


 一同が注目するなか、騎士は王の問いに答える。


「は! ボルズ公の屋敷の件で参りました」


 騎士から出た言葉に全員が息を呑む。


「何......? 無事なのか!?」


「はい! ボルズ公爵様が重傷だったのらしいですが、ミネサキ様が固有スキル、【女神の治癒】を使い、負っていた傷が一つも無くなり、今は体を休めているとのことです!」


「シュン殿は!......屋敷に仕えていた者達は無事なのか!?」


「は! 無事でございます。コンドウ様とアリシア様が近くの騎士団の詰所に仕用人達を先導したようで、その中にはボルズ公爵様のご子息様もいらっしゃいます。結果、死傷者はなし。作戦は実行される前にアリシア様が屋敷内を制圧し、この一件は解決しました。報告は以上です」


「そう、か......」


 王は思わず大きな息を吐き、またそれは王の間にいる全員が同じだった。


 王も、大臣も、武官も、報告を終えた騎士も、クラスメイトも全員が安堵する。


 それまで流れていた不穏な空気が嘘のように散り散りになり、代わりに嵐が過ぎ去った後に広がる晴天のように、温かな雰囲気が王の間に流れ、会話が一気に弾んだ。


 クラスメイト達はそれまで口を閉ざしていた人も一転して顔を明るくさせ、嘘のように口を動かしていた。

 

 そんな中、一人騎士が王の間に入ってきた。


 伝言だったようでなにかを報告するようだった。


「───報告します。アリシア様、コンドウ様、ミネサキ様、アサノ様、ジータ様が帰還しました。この五人の内、救世主の三人はコンドウ様の部屋に集まり、他アリシア様とジータ様は部隊に一時戻っているようです。お呼びしますか?」


「え、帰ってたのか......」


 一人の男子が心底嬉しそうにそう呟いた。


「ふむ......」


 王は騎士の提案に、少し黙考してから答えた。


「......いや、今はいいじゃろう。救世主の方々も早く会いたがっていることだしの」


 王がそう笑うと、クラスメイト達の過半数はうっすらだが笑い返した。


「アリシアとジータは後処理で忙しそうだし、シュン殿だって今は休んでいることだろうからな。それに付き添っているのがカリン殿とユウマ殿なんだろう。友情を邪魔するわけにもいかん。呼び出すとしても明日以降にすると伝えておくのじゃ」


「承知致しました」


「では......ここらで解散じゃ。皆も気苦労したじゃろう。訓練に明け暮れた救世主の諸君らは一ヶ月ぶりの休日じゃ。今日と明日と明後日じゃから、その間ゆっくりと英気を養っておくのじゃ。今から明明後日の朝方までは個人の自由行動とする。城を見て回るのもよし。街を散策するのもよし......そしてこれからシュン殿の部屋にいくのもよしじゃ」


 含み笑いをした王に周りの大臣は微笑みながら目を瞑る。


 クラスメイト達は歓喜し、王の間を急いで駆け出していった。


 その姿達を王は子供を見るかのような慈愛に満ちた眼差しをして見送りながら、こう呟いた。


「───今回の異世界からの救世主達は......必ずこの世界を救ってくれる」


 そんな王の間で響いた国王の声は、誰の耳にも届かないほどに小さな声だった。



▣ ▣ ▣ ▣ ▣ ▣


「......」


 伽凛は優真と二人でぐっすりと寝ている駿の寝顔を見つめていた。


 寝息は疲れていたのか少々大きめだが、子供のようなあどけない寝顔を見ていると、どうも気になりはしなく、逆に普段は見せない子供っぽい駿の姿に微笑ましく思っている伽凛がいた。


 窓からカーテンを揺らす心地よいそよ風が吹き、椅子に座っている二人でも寝てしまいそうだ。


 ついさっきここに来てからずっと駿の寝てる姿を二人して見つめていた。


 優真は友人の戦った後に休んでいる姿を見て、大人四人と渡り合ったことを思い出し、そんな友人の勇姿を誇らしく思っていた。


 伽凛は意外と男らしい駿を知っていたからこそ、今回も手練れな四人の男達と戦った理由は人のためにやったことだと確信でき、またそんな駿を格好よく思ったり、危なげ思ったり。様々な思いが、駿の寝顔を見てる内に溢れて出てきていた。


「───駿はすごいよな......」


「え......」


 唐突に優真から投げ掛けられた言葉に、伽凛は少し驚いたがすぐに自分が思っていることを返答した。


「うん......そうだね。間一髪のところで近藤君があの部屋に間に合ってなかったら、メイドさん達とルリアさんが男達から酷い扱いを受けていたって城に来る途中にジータさんが教えてくれた......」


「しかもその後なんか、あんな大柄な男四人相手に一人で戦ったんだろ? こいつ変なところで肝が座ってるっていうか、単なる命知らずっていうか......無茶なことする性格だよな」


「うん......」


 同感するように苦笑いを互いに浮かべるが、伽凛は付け足すようにこう言った。


「でも近藤君は本当に重要なときでしか無茶しないよね?」


 優真はその言葉を肯定する。


「ああ。こいつは重要なときで初めて本気を出す......そんな人間だな。それに昔から振り回されたりもしたが、逆にこいつの無茶がなければ成し遂げられなかったことがたくさんあったし、もっと悲惨な結果になってたときだってあったんだ。今回もこいつの無茶がなければさっき峯崎が言ったようなことが起こってた......」


 優真は目を伏せがちにしていたが、次には誇りに思うような自信に満ち溢れた表情でこう言った。


「......だから俺も見習ってだな? 次こいつが無茶するときには俺もこいつの隣に絶対に居るんだ。一緒に無茶して成功したときは喜んで、失敗したときは励まし合うんだ。散々小学校から一緒にバカやって来た仲なんだからこいつがバカやるんだったら俺もバカやってみたい。無茶はバカがすることだがこいつとやる分にはバカだろうと結構だからな!」


「フフっ......」


 そんな優真の極短な演説は幕を閉じ、伽凛という一人の聞き手が拍手の代わりに笑い声を上げた。


 数秒間吹き出し、眦に涙を浮かばせながら手で口を抑える。


 やがて笑いをかろうじて止めると、伽凛は微笑んだ。


「私もその時になったら......一緒に無茶してもいいかな?」


「え? なんでだ?」


 小首を傾げた優真だったが、やがて「あぁ~!」と、何か納得したような仕草を見せて、はにかんで伽凛の要望を快諾した。


「いいぞ。峯崎。一緒に無茶した後、撤退するときには先ず回復役が必要だからな」


「......うん。回復は任せて」


 友情が生まれたように、優真が突きだした手を伽凛は握り返した。


 そんな時、扉の向こう側から何やら騒がしい音が迫ってきていた。


「なんだ?」


「なんだろうね......」


 困惑していると、急に扉が開く。


「───よっ! 怪我はないか?」


 ぞろぞろと入ってきたのはクラスメイト達だった。


 女子は二人除いてその他全員が来てくれて、男子は優真と基本的につるんでいる七人が来てくれた。


 全員ではないが、過半数が来てくれたことに伽凛と優真は嬉しく思えた。


「伽凛!」


 と、伽凛を呼んだのは優菜を筆頭に来てくれた6人の女子達だった。


「あ、優菜! それと皆も......来てくれてありがとう」


「もー! 心配したんだよ? 怪我はない?」


「あはは......心配かけてごめんね。怪我はないよ。戦わなかったから」


 女子の一人が会話に割り込む。


「え、じゃあ誰が敵をやっつけたの?」


「多分、アリシアさんかな......?」


「へぇ! やっぱりアリシアさんって強いんだね!」

「あんなに綺麗なのに強いって憧れるよね!」

「ね! ......あ、そういえば近藤君は?」


「え? そこに寝てる人だけど?」


「「「え......」」」


 女子達は全員揃えて呆然とする。


 伽凛はその様子に困惑し、再び伝える。


「だからそこに寝てる人だよ? 皆それはいくらなんでもひどいよ?」


「い、いやいやいや! 伽凛それ本当のこと言ってる?」

「嘘でしょ? 近藤君なの? あれが!?」


「本当ですぅ! というかここで嘘ついても理由がないよ!」


「えっ......」


 女子全員が信じられない顔をしている。


「いやこっちがえっ......だよ? 皆どうしちゃったの?」


 伽凛がそう訴えかけるがなにも反応がない。


 いや、あるとすればほとんどの女子が口に手を当てて頬を染めてたり、瞠目していた。


「───本当だぞ。こいつが正真正銘の近藤 駿だ。」


 そんな状況に気付いたのか優真が真実をいい放った。


 女子はその言葉で完全に動きを止め、楽しそうに会話をしていた男子達も、その言葉で動きを静止させた。


「「「「「「「「「「....................................」」」」」」」」」」


 数秒間、騒がしかったこの部屋に、静寂が訪れる。


「「「「「「「「「「....................................」」」」」」」」」」


 伽凛がこの気まずい空気のなか、何がおかしいのか聞こうとしたその瞬間。










「「「「「「「「「「えええええええええええええええええぇぇぇえええええ!?────」」」」」」」」」」



(((((((((((面影が少ししかない!?)))))))))))

 

 ────そう。


 皆が何故、駿という人を前にしておりながら、駿という存在を否定したのかというと容姿に理由があった。


 駿は自分では痩せていると思っていたが、実ははたから見ると太っていたのだ。


 容姿は少し童顔が特徴的なデブだった駿は、訓練を一ヶ月、みっちりと、しかもアリシアという鬼教官が組んだハードなメニューをこなしてきたために、急激に痩せて誰が最初に見ても分からないほどの変化を遂げていた。


 だから、皆は一ヶ月前に焼き付いていた駿という人間の外見の特徴が無くなった一ヶ月後の駿という存在をにわかには信じられなかったのだ。


 今の駿と言えば、引き締まった体に元々童顔だったこともあり、見事に多少不細工な顔が甘いマスクに完成していた。男子から見ても女子から見ても誰がどうみようと、整った顔立ちをしていた───


「うぅ......」


 皆が驚愕して声を出しすぎたのか、駿は微睡みから目を覚ました。


「......ふわぁ............ぁ、やべ......涎垂らしてないよな......────ふぅ......良かった。ベットは借り物だしな.............って何!?」


 目を擦りながら起き上がり、独り言をぶつぶつと言ったあと、焦点が定まったのかベットを何故か取り囲んでいるクラスメイト達に驚く。


 そんな驚いた駿に、伽凛は微笑みかける。


「おはよう近藤君......あ、ごめんなさいっ......驚いたよね?」


「か、伽凛さん!?」


 ベットの側で椅子に座っていた伽凛に気付き、また驚く。


「い、いや! 確かに驚いたけど......で、でもどうして皆が......?」

 

 そんな呆けた顔をしている駿に優真が答えた。


「俺達三人の生存確認? 皆直接見て確認したかったんだろうな......」


生存確認......か


「皆心配してきてくれたんだよ......そうだ近藤君! まだどこか痛みはあるかな......?」


え......えぇ!? いやいやいや! 今居るクラスメイト達は散々俺を敵視してきたやつらばっかりだよ!? 嫌がらせも男子の方は沢山してきたし、女子からは無視されてたし......こんなやつらが俺を心配!? ......んなわけないだろ! 絶対に伽凛さんと優真が屋敷から帰ってきて、偶然俺の部屋にその二人が居たから......そっちの心配をしてたからここに来たんだろ! こいつら......俺のテリトリーに勝手に入ってきてんじゃねえよ......クソっ。まぁともかく、こいつらの目的は伽凛さんと優真。俺の事はいっさいがっさい眼中にない!


 駿は一瞬でそんな考察をした後、伽凛の質問に返答する。


「あ、うん......お陰さまで痛みは無いし、まだ気だるさはあるけどそんなに酷いものじゃないし......一応大丈夫になったのかな? 俺って」


「うん......多分その気だるさは魔法力の使いすぎが原因だよ。あともうちょっと体を休めれば良くなると思うよ」


「そうなんだ......じゃあまた眠るか。......にしても喉が乾いたぁ......優真、悪いけど......そこに置いてある水が入ったガラス瓶取ってくれるか......?」


 駿は机の上を指差して、優真に水をとってもらうように促した。


「ほらよ」


「ありがとう」


 今まで水を一滴も飲んでいなかった体に、伽凛が水属性魔法で生成してくれた氷が数個浮かんだ澄んだ水を一気に流し込んだ。


「ゴク......ゴク......───っ!? げほっ......げほっ......」


 余程喉が乾いてたのかすいすいと冷えた水が喉を通ったが、少し欲張りすぎたのかむせてしまう。


......かわいい


 と、そんな駿を見て伽凛はおもむろに目を少し逸らしながらそう思っていると


「───ふぅ......あぁ............寝るか」


 瓶のなかにあった水をすべて飲み干した駿がゆっくりと体をベットに預けて、布団に顔をうずめた。


「おいおいまた寝るのかよ。てかもう眠れないだろ」


「あ、それもそうか。目がすごい澄んでるし......」


「「「「「プっ......」」」」」


 優真が無意識に放った言葉に、駿がまた無意識に放った間抜けな声が、部屋に居る優菜を含めクラスメイト達の笑いを誘った。


 部屋はそれ以降、自分達の訓練は一体何をやったのかを全員で話し合う場として、笑いが絶えなかったという。






 二時間後。


「じゃあまたね近藤君。ゆっくりと体を休ませて、明日良くなったら城下街の散策に皆で行こうね!」


 クラスメイト達が笑顔で部屋を後にするなか、優菜がドアノブに手をかけながらそう笑顔で振り返った。


 駿はそんな優菜からの提案に、笑顔で快諾した。


「おう! 今日で絶対にこの気だるい体治すから! 明日皆で色んな店回ろうな!」


「うんっ!」


 優菜はそうはにかむと、クラスメイトの背中を追うように走って部屋を後にした。


「ふぅ......」


 どこか寂しくなった部屋を見渡して、思わず息を吐いた。


「..................っ!?」


 しかし見渡すと当然、優真の他に伽凛と目が合うので、駿は目があった瞬間顔を赤くして素早く目をそらした。


「?......どうしたの近藤君」


「い、いや! 何でもない何でもない! それより明日楽しみだな~? ......なんて」


 首を傾げていた伽凛は途端に顔を明るくさせて、いつも通りの笑顔を浮かばせた。


「そうだね! 明日楽しみだな~! あ......ねぇ! 近藤君! 城下街にどんな店があるんだろうね!」


 と、可憐な笑顔にまた磨きがかかった天使の笑顔を駿に見せる。


あっ............好きだ


 駿は口には決して出せないが、そんな天使みたいな伽凛を前につい心の中で告白してしまう。


「う、う~ん......そうだなー......やっぱり屋台とか祭りはないけど沢山あるんじゃないか? これは願望だけど、焼き鳥に似た奴とかあったら嬉しいわな......やっぱり」


 ここに来てから一ヶ月の時が流れ、ここのところずっと米を堪能していない。


 駿はどうせなら母国の味である焼き鳥ならば、肉料理を沢山作っているこの世界ではあるのではないかと希望を持っていた。


 そんな駿の言葉に、優真が身を乗り出して駿に一つの提案をした。


「お、じゃあ明日俺と一緒に母国日本の味を探して回るか?」


「う~んどうしようかな......」


 駿が考えていると、不意に伽凛が少し寂しそうな表情で駿を見つめた。


 しかし駿はそれに気づかず、一人黙考する。


久々に優真と会ったし親友二人で和気あいあいとぶらりとしたいが......伽凛さんと一緒に居たい気持ちもある......だってあんな笑顔を見せられたら誰でも惚れ直すし守ってあげたいこの笑顔ってなるだろ......う~ん迷う。マジで迷う。ぶっちゃけて言うとここは皆でぞろぞろと行った方が無難だよな。迷うんだったら間をとって皆で行った方がいいよな......うん


 考えは纏まったようで、駿は無難な方を選んだ。



「いや、ここは皆で行こうぜ。皆がダメだったらグループに分かれて親睦を深めた方がこれからのことを考えれば必要なんじゃないかって思うんだけど......」


「......一理あるな。これからはチームプレイで『伝説の七剣』を探すんだし......ここで互いのことをより深く知っておかないと支障が出るかもしれないからな......よし、じゃあ明日は皆で行くとしようか」


「そうだね......近藤君の考えはその通りだし、なのより人数が多い方が楽しめると思うんだよね」


 駿の提案に優真は納得した顔で頷き、伽凛は納得し、それでいて安心したような顔で頷いた。


「それじゃ......もう時間は遅いし、二人とも寝たほうがいいんじゃないか?」


「おう。今日は意外と疲れたしな......ふわぁ......」


「うん。じゃあ近藤君、おやすみなさい」


「おやすみー」


 二人は手を軽く振りながら踵を返して部屋を後にするのだった。


「ユカ。居るか?」


 駿は二人が去っていった扉の方を見ながら、契約霊の名を口にする。


”はい。いつでもここに居ますよ、マスター”


 と、耳の中でそんな透き通り、それでいて高い声が響いた。


「明日、何か欲しいものはあるか?」


”欲しいもの......ですか?”


「そうそう。まだ救ってもらった礼をしてないからな。ルリアさんにも何か礼をするつもりだけど、今側にいるのはユカだし......」


”なるほど......マスターがそう思っている以上、ここで謙遜するのは失礼ですね”


「お、分かってんじゃん。そうだぜ~? 人からの恩は素直に受け取った方が自分が潤うし、恩を売る方は心が満たされるんだ。二人ともハッピーになるから一石二鳥なんだよ」


”そうみたいですね......では......私によく似合うとマスターが思った物を所望します”


「ほうほう......なるほどな。......ってそれむっちゃ難しくない......!? もし似合わなかったらどうするんだよ......! 俺のセンスが問われるプレゼントだぞ......いや、でもユカならどんなものでも似合うと思うほど綺麗だったしな......」


”そ、そうでしょうか......勿体なきお言葉です............それにしても、マスターは無意識にとは言え、本当にやり手ですね......”


「いやいや、ホントだって......うん? 無意識......? やり手......?───あっ! さっきのは忘れてくれ! 口説くのはまだ百年早い身だというのに! なんてことを......!」


”......マスターはマスターが思われている以上に魅力ある男性だと思いますけど......”


「んなことあるか! 俺なんてこれまで一回も異性と深い関係なんて結べなかったんだぞ!」


”余程マスターの世界では高望みする雌豚がうじゃうじゃ居たのでしょうね......”


「確かに! 見た目が良いだけでほいほいと尻尾を振る奴とか......あ、この先言ったら特大ブーメランが返って来る予感が......」


”マスター。それで何か目星は......?”


「あ、いや。全く目星つけてないです。俺、センス無いです。ごめんなさい」


”ふふっ......マスターがくれたものならば、私はどんなものでも大切にしますよ? それに......”


「......それに?」


 そこから数秒間の間がひらき、やがて耳にユカの優しい声が響いた。





───”大事なのは......それに心がこもってるかの問題でしょう?”




「......!」


 駿は瞠目し、すぐに微笑んだ。


「そう、だな......分かった」


”はい......”


 駿は窓の向こう側に広がる美しい夜景を見ながら、こう呟いた。


「俺なりに、感謝を込めて......ユカに渡すよ」


”はい......待ってますね。マスター”


 夜風が駿の一ヶ月で大分伸びた前髪を優しく揺らし、それを心地が良さそうに目を瞑って感じる。


「任せとけ」


 その一言を残して、駿は明日に備えて眠りにつくのだった。


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