ボッチ、賭けに出る3

(......何処だここ?)


 駿が目を開けると、そこには暗闇だけが広がっていた。


(確か......俺は屋敷であいつらと戦ってたはず......)


 見覚えがない


 そんな言葉だけが脳内を支配し、困惑した表情を浮かべた。


(いや......そうか......)


 駿は目を瞑り、思い返す。


(賭けに負けたか......実は初めてダークナイトの身体強化スキルを使ったんだよな......まぁ初めての行使で上級スキルを使えば......こうなるよな)


 ダークナイトの恩恵スキルの一つ、【闇騎士ダークナイトアーマー】。


 効果は元のステータスを倍加させる身体強化魔法と同じだが、一般的に使われている身体強化魔法と同じように元のステータスを1.2倍にするのではなく、スキル【闇騎士ダークナイトアーマー】は元のステータスに1.5倍にする。


 負担も身体強化魔法と同じくらいで、強力なスキルだ。


 しかし、駿がやったのは上級スキルだ。


 上級スキルとは、そのままの意味でスキルの一段階上に強化されたスキル名称だが、強力な力を得るにはその分の負担を使用者は負わなければならない。


 駿がやった【上級エリート闇騎士ダークナイトアーマー】は【闇騎士ダークナイトアーマー】の強化版。


 効果は元のステータスを2倍するという素晴らしいスキルだが、負担が大きい。


 実際、駿は【闇騎士ダークナイトアーマー】で負担は丁度良かった位置だった。


 しかし、上級スキル【上級エリート闇騎士ダークナイトアーマー】により、それ以上の負担をかけられた駿は、心身ともに多大な負担をかけられ、大きな闇に飲みこまれてしまった。


 これが、今駿がわかってる、何故魔物堕ちになったのかの理由だ。  


 目を開けても暗闇で、瞑っても暗闇。


 何も見えない。


 そんな中、恐らく駿一人だけの空間に、不可思議な出来事が起こった。




───マスター、自我に負担をかけすぎです





 突然、そんな無感情な幼い女声が、直接駿の頭の中で響いた。


 駿は突然の事で驚いたが、すぐに目を細めて問いかけた。


(誰だ?)


───私はマスターの契約霊、ユースウェルト・カイザー。新たなるダークナイトであるマスターの剣であり、支える存在です


(契約......もしかしてダークナイトの力の正体は君だったのか?)


───はい。身体強化の時の魔力は、マスターの魔力を二割ほど借りました。残り八割の魔力は私の魔力で構成されてます


(ユースウェルトっていったな......君は闇精霊なのか?)


───はい。認識上合ってますが、たかが闇精霊と一緒にしないでください


(じゃあなんだって言うんだ?)


───私は闇聖霊です。精霊より二つ階級が上で、全てを凌駕し、従える力を持っているいわば精霊の中でも小数で希少な存在です。言葉は同じですが、文字一つだけ異なるだけで違います。


 駿は瞠目したが、すぐに怪訝な表情になる。


(......で、そんな闇聖霊様が賭けに負けて無様に魔物に堕ちた俺に何のようだ?)


───いえ、これまでダークナイトの恩恵を授かった数々のマスターに私は仕えて来ましたが、魔族がなるはずのダークナイトが何故人間が、貴方が恩恵を授かったのか疑問に思ったため、一目見て理由を探ぐろうという事と、人間であるマスターと一度話がしてみたかった。という理由で来てみただけです


(そうだよな......なんで俺、ダークナイトになっちまったんだろうな......)


 と、駿は溜め息を吐きながらつい聞いてしまった。


───それは私が聞きたい話ですマスター。大体、魔族で一番の剣術を持つ方がなるという条件で授かるはずのダークナイトという恩恵を、人間であるマスターが授かってること自体異常なことです。剣術もお世辞でも魔族の中で一番とは言えません。......一体何が起こったのでしょうか?


(だから俺が聞きたいって......)


───それとマスター。先程魔物に堕ちたと言ってましたが、まだ堕ちてませんよ。今マスターは意識外ですが、闇に飲まれないように葛藤しています


(え?......本当なのか?)


───はい。ですが時間の問題でしょう


(助かる方法は?)


───残念ですがマスターに出来ることはありません。ですが、外部からの干渉があれば一つだけあります


  やっぱりかと、駿は落胆したが、ユースウェルトは続けた。


───私にはありませんが、マスターには過去の記憶に心安らぐものがあるでしょう。それを外部から何らかの干渉で、魔物堕ちをする前にマスターに思い出させれば、闇に包まれそうになっている心の奥底に光が芽生え、魔物堕ちを抑えることができます。ですがそれは至難の技であり、必ずマスターの過去を知る者がやらなければ成功しません


(それはそうだな......俺の過去を知らない人が記憶を思い出させられる行動する確率はゼロに近いし......)


あぁ......生きたかったな......


 駿はそう思っていると、思い出したようにはっとした。


(そういえばここって何処なんだ?)


───ここはマスターの心の一部です。私の住み処でもあります


(......? 心の中だとしたらどうやって俺はここに来れたんだ?)


───私がマスターの心に入り込み、闇に飲まれる前にマスターの心の一部をここに連れてきたんです。先程も言った通り、マスターと話がしてみたかったからです


(......そうか。ありがとな救いだしてくれて......一時的だけど。でもこうして二週間前だっけな......契約した精霊がどんなやつなのか気になってたから、ユースウェルトと話せて良かったよ)


 駿はそう微笑み、本心を伝える。


───言ったはずです。マスターを支えるのが契約霊としての役目です。それも私が話したくて勝手に連れ出しただけですから、救いだした......は間違いで、礼をいう事ではないと思います


 依然として無感情な高く幼さが残る少女の声が頭のなかに響いたが、駿は笑いながら首を横に振った。


(まぁなんでもいいけど、それでもユースウェルトが俺を連れ出してくれたお陰で、魔物堕ちする前にこうやって話すことが出来たんだから礼を言わせてくれ)


───......はい。ですがこの場合、どう返答すべきなのか分かりません。これまで礼を言われたことなんて一度たりともなかったので


(えぇ~......ユースウェルトがこれまで仕えてきたダークナイト達ってどんだけ頑固なんだよ......まぁそれは置いといて、礼を言われたときは笑顔で「どういたしまして」って返答するんだ。他にもあるけど、これが主流だと思う)


───なるほど。そんな言葉があったんですね......それでは......こほん............どういたしまして


笑顔でって言ったはずなんだけど......相変わらず無感情な声だな......


(......あっ)


 と、苦笑した駿は目の前の暗闇にずっと一人でに話しかけてる事に気付き、目を瞑れば頭のなかに話しかけてるっぽくなる、と急いで恥ずかしがりながら目を瞑った。


(ま、まぁ......そんな感じだ。というかユースウェルトって咳払いするんだな)


可愛いな。声も透き通ってるけど、幼い女の子みたいな高い声だし、それでこほんって咳払いされたらそれは可愛いって思ってしまうな~......


 と、うんうんと頷いている駿にユースウェルトは少し怒気を含ませた声質で返答した。


───私だってしますよマスター。それとも何か悪いことでもありましたら、今後は咳払いをしないようにしますが


(いや、逆にほしい気持ちがある。いっちゃ悪いがユースウェルトさ、無感情だから機械か何かと間違えちゃったんだよな今こうして。だから......その......ユースウェルトが咳払いした時なんか新鮮だったからつい言ってしまっただけだ。あと可愛いと思った。うん)


あっ! やべっ......! 最後に本心が出てしまった。でもどうせ可愛いって言われたことなんて無いんだろうな~......だってお礼も言われたことないんだし


───......マスター。その......可愛いというのは何でしょうか......


(可愛いというのは、うーん何て言えばいいんだろう......愛らしく思ったって意味? うーん......えーと、まぁ付け加えるならそうだな。その愛らしさに保護欲がくすぐられるって意味なんじゃないか? 美しいとはまた違う、誉め言葉だ)


───......可愛い......可愛い......か、わいい......かわ、い......ぃ


 次第に声が小さくなっていくユースウェルトに、駿は無感情を貫いてきた彼女らしくないと首を傾げた。


(どうした? ユースウェルト......)


───......そ、その......意味は......知ってたんです......


(あ、知ってたのか......でもどうしたんだ? なんかまだ会って間もない......いや、まだ会ってすらないか。知ってるのはユースウェルトの声だけだから知り合って間もないか。......それだけど、ユースウェルトらしくないな。そんな動揺してるなんて)


───っ!?......い、いえ......これは......今まで道具として使われ続けた私に、初めてマスターから、その......か、かわいぃ......と私に言われたので......取り乱してしまい申し訳ありません......


(......!?)


 無感情だった声質が動揺により、さらに恥じらいがある声質に変化していた。


 ユースウェルトの印象は、そこでがらりと変わり、声だけでも惚れてしまいそうな愛らしさだ。


 駿も満更ではない様子だ。


(......そ、その何だ......か、感情を押し殺さない方が、よっぽど魅力的だと思う......例えば、今みたいに取り乱しているユースウェルトは本当にかわい───魅力的だぞ?)


───......そうでしょうか? ......努力します......


(......)


 二人の間に、気まずい空気が流れる。


 何か話さないとだめだと、駿は脳を回転させて話題を検索する。


 そんな空気を破ったのは、意外にもユースウェルトの方だった。


───マスターと話すと......新しい言葉が理解できたり、今まで感じられなかった感情が溢れで出してくるようです......


(そうか......それは何よりだ)


───マスターは不思議な人です。道具である私と他愛のない話をしてくれますし......一つ一つ私に答えられやすい言葉を選び、質問してくれます。それと......誉められたことも......無かったので......


(だって初対面なんだし、答えにくい質問したって話が上手く続かないだろ? それに俺は思ってることをたまに口に出してしまう癖があるから......か、可愛いというのは......その言葉のあやというか......本心が出てしまったというか......)


 少し気恥ずかしくなったが、駿は続けた。


(それに......ユースウェルトは道具じゃない。こうやって話せてるし、感情もあるし、まだ会ってはないけど声だけ聞いても魅力的に感じられる一人の女の子だ。俺は少なくとも、ユースウェルトを道具として扱えない。というか道具として扱うと心が痛んでしまう......)


だって女の子を道具として扱うなんてDT(童貞)の俺が出来るわけないし、DT卒業している奴でもやったらやったで許せないな......てか良心が傷むわまじで。しかもそんな度胸なんて俺にねぇし......まぁでも......奉仕してくれる女の子だったら............うん


 そんなことを思っていると、ユースウェルトが少し驚いた口調で応えてきた。


───あ、ありがとうございます......マスター。私にそんなことを言ってくれたのはマスターだけです......


 そんなユースウェルトに駿は苦笑し、続けた。


(俺はユースウェルトのように道具として扱われる境遇の人......歴史の教科書で見たけど奴隷という人を見たことがある。俺は一ヶ月間、この世界の事を訓練しながら勉強してきた。確かこの世界では奴隷制度があるみたいだが、これも歴とした職業で、奴隷に対して不当な賃金や、不当な暴力をやれば犯罪になる。でも俺の世界ではそんなことなんてなかったんだ。ぼろ雑巾のようにこき使われ、その働いた量に見合う賃金なんて払わない。使い物にならなくなった人はその場で殺され、また補給される。俺の世界では奴隷というのはこんなに残酷な物だったんだ)


───そんなことが......マスター。何だかマスターが違う世界から来たような口振りですね


(あぁ、俺は違う世界からここに来た。とは言っても召喚されただけだ)


───召喚......もしかして魔王への対抗処置である三十人の転移者ですか? 


(そうみたいだな)


───ますますマスターに興味が湧いてきました。本当にこれまで以上に異端なダークナイトですね


(まぁ......俺が言いたかったことは、俺はそんな残酷な歴史の結末を知ってるし、ユースウェルトのような女の子を使う真似はしない。ユースウェルトがこれまで奴隷のような道具扱いをされてきたっていうならこの例えはわからないかも知れないが、それでも俺はユースウェルトを一人の女の子として扱う。なんなら契約事項に入れるのもいいけど)


───いえ。その必要はありません......優しいマスターの気持ちは十分伝わりました。これからもマスターと共に......


 駿は嬉しく思った。しかし、悲しい思いが先行する。


(でも......俺はもう魔物堕ちしようとしてる。いや、もう後数分したら俺はもう魔物になる。何となくだが分かる。......魔物堕ちした時は俺をユースウェルトは殺してくれないか? この人格が引き継がれるかもしれないけど、もし引き継がれなかったら俺はユースウェルトを道具のように扱うかもしれない......そんな真似はさせないように......頼む。それと......契約して早々、宿主がこんな状態でごめんな......)


 本当は不本意だ。


 殺してくれと言ってること自体、普段の駿だったら考えられないことだ。


 しかし、駿はユースウェルトに一人の女の子としての扱いをすると豪語した。


 悪い気持ちじゃない。逆に女の子の前で格好つけられて清々しい気分だと。


 もう迷いはなかった。


 駿の初めての命令と、謝罪に対して、ユースウェルトの答えが返ってきた。


───マスター。私はマスターに仕える契約霊ですが、マスターの命を断つことなんて出来ません。私は今、生きていたなかで最も幸せに感じています。初めて経験です。こんなに心が踊ることなんてなかったんです。たとえ魔族に堕ちたとしても、私が思い出させて見せます。やっと......私を大切に思い、一人の女性として扱ってくれる真のマスターにやっと出会えたんです。本当でしたら無視をされたり、膨大な魔力を無慈悲に吸収されたり、罵声を浴びせられたり、人化にさせて暴行を受け続けたりとそんな毎日が新しいマスターが出来る度にされました。私はそれを密かに恐れたのでしょうか......二週間前に契約したときも、姿を明かさず、声も出しませんでした。正直に言いますと、心の中でしたら暴行など受けないので、この機会にと会いに来たのが本当の理由でした......私は仕えるマスターを疑い、そして恐れてこのようにマスターの力が弱くなったときに初めて現れる、そんな最悪なことをしました......ですから私は


(......ユースウェルト?)


 その時


 駿の目の前の暗闇だけが広がる世界が白く輝き始める。


(......なんだ......っ!)


 膨大な光量に目を思わず瞑り、両手で隠した。


 その光は数十秒間持続し、やがて何もなかったように光は消滅した。


(何だったんだ......? ───っ!?)


 駿が困惑した表情で目を隠していた腕をゆっくりとどけると、目の前に突然現れた少女に瞠目する。


(......ユースウェルトか?)


 そこに立っていたのは、処女雪のように白い髪を腰まで伸ばし、前髪の隙間からぱっちりとしたルビーのように赤く綺麗に透き通っている瞳を覗かせる160センチ位の小柄で、美しい少女だった。これが完成形ともいうべきか、全ての顔のパーツが人形のように均等に纏まっており、表情は無表情だが、それでもつい見惚れてしまう整った顔立ちだ。

出てるところは出て、引っ込むところは引っ込んで、スラッとしたラインを強調するように白いローブが更にその美貌をまた昇華させていた。


 そんな少女は、無表情のまま駿の目と鼻の先までその美しい顔を近づけさせる。


(───私に......償いをさせてください)


 顔を間近まで迫られた駿は、必然にユースウェルトの赤い瞳に釘付けにされ、またユースウェルトも、駿の黒い瞳に釘付けにされていた。


(償い......?)


(はい......私に出来ることは限られますが、どうやらマスターは助かるみたいです)


(本当か?)


 ユースウェルトは頷くと、近付けていた顔を離し、手を突きだした。


 すると、突きだした方向に鑑が現れ、そこに映像が写される。


(これは......あっ、あの人は確か......)


 写されているのは長く青い髪を揺らし、障気の中を苦しい表情をして耐えてる様子でこちらに近付いてくる美しい女性。


(でもどうしてこっちにくるんだ?)


(あの方はマスターが戦っていた時、一人で何か黙考してるみたいでした。先程まで、ずっと考えてたみたいです。そして今、何かを思い立ったように立ち上がり、こうしてマスターの元へ向かっている。すなわち、解決策が見つかったのかもしれません)


 駿はそんなユースウェルトの説明に、確かに、と頷いた。


(魔物堕ちしてる俺の周辺はすごい量の闇魔粒子が漂っているはずだ......そんな中を歩くなんて辛いだろうに......)


(辛い。だからこそ、勝算がある行動なのでしょう。私もあの方からの外部干渉で、もし心に光が芽生え始めたのなら、それを促進するように魔力を注ぎ込みます)


 駿は肩を揺らし、再びユースウェルトの瞳を見つめる。


(......本当にありがとう。ユースウェルト)


 次には、自然と腰を折っていた。


 ユースウェルトは無表情だった顔に、少し困った表情を浮かばせた。


(マスター。大袈裟です......顔を上げてください)


(いや、でも......)


 そう言いごもった瞬間、優しく駿の手をとった。

 

 優しい温もりと、柔らかい感触を感じながら、ユースウェルトから駿の指に細い指を絡ませる。


 思わず頭をあげた駿が見たのは


(私はマスターだけの契約霊。マスターの剣であり、マスターを支える存在。そしてこれからもいつでもマスターと共にあります。助けるのは当たり前なんです)


 と、可憐な微笑みを浮かばせたユースウェルトの顔だった。


(ぁ......)


 少し呆然としていたが駿はその微笑みに負け、姿勢を戻し、その笑顔に応えるように苦笑した。


(......ユースウェルト。これからもよろしく頼む。)


 そんな駿の笑顔に、ユースウェルトは笑みを深くさせた。


(はい、マスター......)


(......それじゃあ俺の意識を体に戻してくれ。頼めるかユースウェルト)


 駿は鏡に写っている青い髪の女性を見ながら、そう言った。


 そんな駿の言葉に、ユースウェルトは目を瞑り微笑みながら返答する。


(ユカとお呼びくださいマスター。親しみがある聖霊にはそう呼ばれます)


(じゃあ............ユカ。頼めるか?)




(仰せのままに、マスター)




 処女雪の白い髪を掬い上げながら、返事をする。


(うっ......)


 その返事が聞こえた瞬間、駿の意識は上へと吸いとられるように消えていった。


 駿が居なくなったことにより暗闇に一人のユースウェルトは、駿が消えていった上の方を見上げて、呟く。


(マスター......私は......)



▣ ▣ ▣ ▣ ▣ ▣ ▣



なんだろう......心が......洗われていく......


「ハハハッ───ヴッ......! あ”、あ”ああぁあああああああああああああああ」


温かい......体が何かに......包まれているような......


「ぐああ”あああああああぁぁぁぁああ”あああっ」


いや......誰かに......抱き締められてる?


「コ───シュ───ん! 目を───まして───さいっ!」


何か叫ばれてる............


 その時、駿を取り巻いてた障気が消え始める。


「ああああああああぁぁあぁあぁぁぁああ───」


 魔物堕ちの前兆とも言える、狂気の笑い声を上げなくなっていた。


 今声に上げているのは、葛藤している叫び声だった。


「目を覚ましてください!」


 ルリアはそう必死に叫びかける。


「がッ......!」


 耳元でそう叫ばれたとき、駿の中を充満していた障気が一挙に口から放出された。


「コンドウ・シュンさん!?」


「があああああああぁぁああ───っ......」


「あっ......!?」


 しばらく口から勢いよく障気が放出されると、次にはルリアに体を全て預けながら気を失ったため、ルリアも預けた重さに耐えきれず、仲良く倒れた。


......


 あれほど木霊していた叫び声や笑い声が部屋から消え、静寂が訪れていた。


 ルリアは、自分の胸の上で気を失っている間近にある駿の顔を見つめる。


 あれほど叫んでたときに歪ませていた顔は、今では何事もなかったかようにあどけない寝顔を浮かばせている。


 ルリアにとって、その寝顔は心から安心できる、安らぎを感じさせるものだった。


「ふふっ......」


 駿の表情には可愛いげがあり、それでいて所々男らしさがある。


 ルリアはそんな顔を微笑ましく思っていると、不意に。





「───おい、餓鬼......俺を忘れてんじゃねえだろうな?」


「!?」


 ルリアはその声を聞いたとき思わず胸を跳ねらせる。


「もうそこの糞餓鬼は気絶してんだろ? だったらお前が俺たちの相手をしてくれよ」


だめ......動けないっ


「......」


「おいおいシカトかよ。ひっでぇなぁ~」


 一連の状況を危惧しながら離れて見ていた男二人は、安心したように無防備になった獲物を狙う。


せめて......シュンさんだけでもっ......


 ルリアは駿を庇うように男たちに背中を向けた。


「ほう......守るってか。まぁ別にお前をそこからどかせば良い話なんだよな」


 ルリアの力では、男たちに強引にどかされるのは目に見えている。


 しかしルリアは何があっても駿を離さないつもりで、その細い腕で駿を抱き締めた。


「はっ......おらどけやぁ!」


 男がルリアの肩に手をのせた



次の瞬間。


「───あんた達......シュンに何をしたの」


 部屋の入り口から、そんな冷徹な声色が響き渡った。


「あぁん?」


 男が何かを確認するために、振り向かせた瞬間、頬に容赦ない蹴りが入れられた。


「がぁッ!?」


 ボキィ、と男の頬からそんな鈍い音が聞こえた。


「殺してやるわ......」


 そういった瞬間、男に股がり、顔に向かって目に見えるか見えないかの拳の速さで殴打していいった。


 辺りには殴った度に血が飛び散っていく。


────赤い髪を揺らしながら、拳を入れていく姿は、まさにその髪に血がそのまま染み付いているように見える。


 数十発殴り続けたあと、赤い髪の女性は立ち上がり、次には顔に思いきり蹴りをいれた。


 ゴンッ、というまた鈍い音を響かせた。


 ルリアはその人物の名前を、呆然としながら口に出す。


「......アリシア・レイス様?」


 メイド達は震え、ルリアはあり得ない気持ちで一杯で


高名なあのアリシア・レイス様が......こんな事を?


 そんな言葉を頭の中で繰り返している。


 そんなアリシアは、もう一人の男を一発のうなじへの蹴りで気絶させ、駿の元へ駆け寄った。


「シュンっ......! ルリア様シュンは大丈夫なんでしょうか!?」


 ルリアはそう聞かれているのに瞠目していた。


アリシア様が......泣いている?


 涙を浮かべながら血相を変えて聞いてくるアリシアにルリアは驚愕していた。


 しかし、ルリアはすぐに表情を変えて、駿の容態をアリシアに伝える。


「恐らく、気を失っているだけかと......心音も聞こえますし」


 そのルリアの返答に、アリシアは浮かばせていた涙を溢れさせる。


「よかっ......た......よ"かった......ほん、とうにっ......」


 アリシアは子供のように涙を溢れさせ、顔を歪ませながら、駿に抱き着いた。


「シュン......むちゃしな、いでよっ......」


「アリシア様......」

 


 ───ルリアとメイド達はそんなアリシアの姿に驚愕しながら、ずっと見守っていたのだった。



 

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