第12話 妖精界へ

 ラウェリンに会えば、妖精界側の詳しい情報が得られる。重傷を負った影妖精のことも気になった。

 けれど太古の森を目指し走り出した後で、ノアは後悔していた。


(妖精館を出る前にラウェリンに連絡とってもらえばよかった。影妖精のことだって、エドガーに聞いてからでも遅くなかったのに)


 今更戻る気はないが、勢いのままに行動した自分に呆れた。


「ノアちゃん?」


 往来ですれ違い様に名前を呼ばれ、ノアは振り返る。


「ロレンス! お久しぶりです」


 パン屋の店主であり、先日子供がチェンジリングの被害にあったロレンスは、今日は六歳になる男の子と一緒だった。おそらくあの赤ちゃんのお兄さんだろう。

 ノアが挨拶をすると、男の子は元気いっぱいに挨拶を返してくれた。


「今日はレイフ君は一緒じゃないのかい?」

「えと、今日はちょっと別行動中で。あ、喧嘩したわけじゃないですよ?」


 冗談めかしたノアは、ロレンスにどこへ行くのか尋ねた。


「今日は隣町から騎士団が来るから、息子と一緒に見に行こうと思って」

「騎士団かぁ。もうそんな時期なんですね」


 ソノレアには年に一度、隣町の騎士団がやって来る。

 主な目的は交流と情報交換だが、子供たちにとればかっこいい騎士を見られるうえ、隣町の芸人やお菓子の屋台が並ぶお祭りだ。ノアも子供のころ友達や両親とよく行った。


「男の子はとくに好きですよね。一度は騎士に憧れるって聞きますし」

「ああ……そうだね」


 苦く笑ったロレンスは逡巡を見せたのち、口を開く。


「実は僕と弟も、小さい頃は騎士を目指していたんだ。けれど僕は妖精のいたずらで足を怪我してしまってね……。日常生活に支障はないけど、弟と一緒に夢見ていた騎士は諦めざるを得なくなった」

「そう、だったんですか……」


 確かに以前パン屋に訪れた際、ロレンスは少し足を引いていた。それにロレンスの母が言っていた、妖精に息子たちの夢を奪われたというのは、このことなのだろう。


 前途洋洋な子供の時分に夢を奪われたロレンスたちは、どんなに悔しかったことか。不注意での怪我ではなく妖精のいたずらが原因であれば、理不尽に対する憤りや無念ははかりしれない。


「やっぱり、ロレンスは妖精を恨んでいますか?」


 二度も妖精の被害を受けたロレンスには聞きがたいことではあるが、ノアはきちんと知っておきたかった。今後ロレンスや彼の家族へのサポートの参考に、そして人間と妖精の関係を真正面から受け止めるためにも。


「恨んでいない、とは言えない。僕の怪我のせいで母は極度の妖精嫌いになったし、弟も家を出たきり戻らない。それに、いつあの子に妖精の影響が出るともわからないからね。僕のように妖精にちょっかいを出されて怪我をしたらと思うと……母の気持ちがよくわかる」


 待ち飽きたのか、ロレンスの周りを子供が駆け回る。その様子を眺めるロレンスは愛おしそうな顔をしていた。


「それでも、僕は今の暮らしを気に入っているんだ。もし騎士になっていたらマーガレットとは夫婦になっていなかっただろうし、この子達も生まれなかった」


 それを聞いて、ノアはほっとした。

 妖精に酷いことをされても恨むな、乗り越えろ、なんて言うつもりは毛頭ないが、やはり失くしたものに執着して嘆くより、今の幸せに目を向けてくれる方がいい。


「わたしもレイフも、ロレンスやご家族の暮らしを守れるようがんばります。妖精絡みでも、そうでなくても。何かあったら遠慮なく言ってください」

「ありがとう。ノアちゃんもまた店においで。ご馳走するよ」

「ほんとですか? ありがとうございます!」


 子供と手を繋いだロレンスは歩き出そうとして、眩しげに目を細めた。


「レイフ君は、すごい人だね。妖精のせいで酷い目にあった彼が、妖精と人間のために働いている。僕らもそれくらい強くあれたらいいと、妻や子供たち、そして母とも話したんだ」


 ロレンスの言葉に続くよう、高らかなラッパの音が響く。隣町から騎士団が到着した合図だ。


「来た! 早く行こう!」

「ああ。それじゃあ、またね。ノアちゃん」

「はい! お気をつけて」


 ロレンス親子を見送ったノアの胸は、温かい気持ちで溢れていた。

 レイフのことをわかってくれる人がいる、そして励みにしてくれている――そのことがすごく嬉しかった。


「よし。わたしもがんばろう!」


 気合を入れなおしたノアは、緑生い茂る太古の森へと駆けていった。



「ラウェリン! いませんかー!」


 勢い勇んで森へ入って、はや十五分は経った。その間ノアは同じような景色の場所をぐるぐる回っている。この森に施された人間避けが発動し、惑わされているのだろう。


「この際、レイチェルでも――」


 少し声を抑え呼びかけたところでがさがさと頭上の枝が揺れ、複数のピクシーが落ちてきた。


「わっ!」


 ノアの頭や肩に着地した彼らは、きゃっきゃと笑いながら服や髪を引っ張る。次第にその数は増えて行き、ノアは全身ピクシー塗れになった。


 彼らの色や模様が違う羽根と服とで埋め尽くされた視界は、とても鮮やかだ。ほぼモノクロのレイフを見慣れているノアには、カラフルな色の洪水は少々目に痛い。


(前が見えないうえに、身動きも取れない!)


 無下に払ってピクシーを傷つけてもいけない。ノアが慎重に腕を持ち上げている間に、ナラやブナの森の景色が歪み、澄んだ空気に水の匂いが混じる。


 ようやく顔に張り付いているピクシーをどかせたときにはもう、そこは森では――人間界ではなくなっていた。


「な、なんで!?」


 がらりと変わった周囲の様子に、ノアは目と口を開いたまま呆然と立ち尽くす。


 高く晴れ渡った空には小鳥が舞い、その背ではネズミの妖精や小人が飛行を楽しんでいる。あちらこちらに浮かぶ島からは滝が流れ落ち、日の光を受けてきらきら輝いていた。


 足元に目をやれば季節を問わない花が咲き誇り、下草はまるでふかふかの緑の絨毯のように微風にそよぐ。

 所々に生えた水玉や縞模様のキノコの後ろからは、小人が顔を覗かせている。おそらくキノコは彼らの家なのだろう。柄の部分に窓があるキノコが、幾つかあった。


(これが、妖精の世界?)


 遠く小高くなった東屋で談笑する麗しいエルフたちが、この景色をいっそう幻想的で美しいものにしている。

 ラウェリンに会いたいだけで妖精界へ来るつもりはなかったが……夢のような世界に、ノアは思わず見入ってしまう。


「コッチ、コッチ!」

「え?」


 小さな声に顔を向ければ、一人のピクシーと目があう。黒目がちのつぶらな目を瞬いたピクシーはなおも小鳥のような声でノアを誘う。


(人間界ではわからなかった言葉も、妖精の世界に来ればわかるのかしら?)


 ピクシーの大合唱を聞きながら、ノアは首を捻る。


「ねぇ、そっちになにがあるの? わたし、ラウェリンに会いたいんだけど」


 手を引っ張られ背中を押され、ノアの身体が傾ぐ。小さな妖精も大勢集まれば大きな力になるらしい。


(もしかしたら、ラウェリンの所へ案内してくれるとか?)


 彼らは太古の森で、ノアがラウェリンを探しているのを見ていたはずだ。しかし淡い期待は、妖精の嵐を思い出したことで霧散した。


 いたずら大好きなピクシーたちが、果たして素直にこちらの要望を聞いてくれるだろうか。そもそも彼らがノアを妖精界へ連れて来た理由もわからない。


「えっと、ラウェリンはどこにいるの?」


 柔らかい下草のなかに足を踏ん張りつつ、ノアはピクシーに笑いかける。ノアに応えるようピクシーたちも笑ったが、それは遊び盛りでうずうずしている子供のような笑顔だ。


 あ、これはだめだ。

 直感したノアはどうにかこうにか解放してもらおうと、ピクシーたちに話しかける。


 しかし頼んでもだめ。いつかレイフがしたように取引をしようにも、今のノアは渡すべき報酬を持っていない。そもそもレイフに安易に取引をするなと言われている。


(どうすればいい? このままじゃどんどん時間が経っちゃう!)


 人間界と妖精界でどれほど時間の流れが違うかはわからないが、妖精に惑わされ妖精界へ足を踏み入れた人間の体験談によると、戻ってきたら十年経っていたという者もいた。


 急がなければ、ノアが帰った時にはもう事件から何年も過ぎている、という状況になりかねない。


「ちょっと待って、止まって!」


 とにかく一度立ち止まってもらわなければ。このままではどこかへ連れて行かれるのかわからない。しかし不意にノアの足が地面から離れ、宙に浮き上がった。


「う、浮いてる!?」


 腕の下やら足やらにひっついたピクシーたちによって、身体が持ち上げられている状況に、ノアは蒼白になる。さすがにこれはまずい。


 ピクシーたちには悪いが、ノアも抵抗しないわけにはいかない。「ごめん、わたしは行けない!」と断って、腕を振り回した。

 その手が、誰かに掴まれた。


「おいしそうな匂いがしたと思ったら、やっぱりノアだったか。どうしたの、こんなところで?」

「エムリス!」


 天の助けとばかりに彼を呼ぶと、ピクシーたちは威嚇するふうな声を出してノアの背に隠れた。

 おかげで浮いていた足は地面と感動の再会を果たせたが、エムリスのこの怯えられようはなんなのだろう。


「やっぱりノアはおちびさんたちにも好かれるんだね」


 エムリスが長躯を折ってピクシーを覗き込むと、ピクシーたちは「ギュ!」と悲鳴のような声をあげ、一斉に飛び立った。


「……エムリスはピクシーと仲が悪いの?」

「いいや。彼らは、ぼくに楽しい気持ちを奪われると思っているんだ。ぼくは雰囲気を食べるだけであって、気持ちは減らないんだけどね。悲しい事に誤解されているんだ」


 銀の髪をいじるエムリスは言葉ほど傷ついたふうもなく、飄々としている。


「そうなんだ。でも、おかげで助かったわ。ありがとう」


 ピクシーから解放されてほっとしたノアには、知らない世界で知り合いに会えたことも僥倖だった。


「あのねエムリス。わたしラウェリンに会いたいんだけど、どこにいるかわかる?」

「ラウェリン? かれなら呼べば来るよ」

「え、そうなの!?」


 あまりにもあっさり召還できることに、ノアは拍子抜けした。

 王子がそれでいいのか? それとも王子だからこそどこにでも現れることが出来るのだろうか。


「じゃあ――」


 ノアはラウェリンに呼びかけようとしたが、それをエムリスが止めた。


「呼ぶといっても、ぼくが呼べばだけどね。ぼくたち一応、母親違いの兄弟だから」

「そうなの……ん? 母親違いの兄弟!?」


 落胆もそこそこに、驚愕がノアを襲う。


 ラウェリンの父親は妖精王。ということは、エムリスの父親も妖精王。エムリスもまた、王子だったということか!


「な、なんで妖精の王子様が人間界をうろうろしていたの!? 公園とか私の家とか!」


 驚きすぎて混乱するノアを楽しげに笑って、エムリスは弾けもしないハープを鳴らす。その音は確かに弦をはじいただけで、音楽とは程遠かった。


「ぼくの母は人間だし、王子なんて退屈で面倒なだけだ。それに、妖精王には奥さんがたくさんいるから、王子や姫なんて珍しくもない。ラウェリンとレイチェルだって、母親が違うよ」


 ほわんとした顔で「ついでにぼくとレイチェルも母親が違う」と知らされる。

 どう反応していいかわからないノアは、複雑な表情で「そう、なんだ」というのが精一杯だった。


 妖精の王様は、ずいぶんと気の多い人物らしい。一体何人の奥さんがいることやら。


(でも、大陸の方にいる人間の王様も奥さんが複数いるらしいし……同じようなものなのかしら?)


 ノアにはたくさん妻を持ちたい男の気持ちはわからない。ただ女としては、自分だけを愛してくれる男の人の方が良い。


「ねぇ、ノア。ラウェリンを呼べば、きみはぼくに何をしてくれる?」


 黄緑がかった銀の瞳でノアを見るエムリスは、どこか楽しげだ。


「……エムリスは、わたしに何をしてほしいの?」


 穏やかな青年は一見人畜無害だが、今は油断ならない雰囲気を滲ませている。

 持ちかけられた取引に、ノアは気を引き締めた。


「そうだな、今すぐなにかしてもらうのも悪いし、きみの髪がここまで伸びたときに。ぼくのお願いを一つ聞いて」


 エムリスの指が、服の上からノアの鎖骨に触れる。

 今のノアの髪は、肩につくかつかないくらいだ。エムリスが指定する長さになるまでには、一、二ヶ月の猶予があるだろう。


 にこにこしているエムリスを上目に伺ったノアは、慎重に頭を巡らせる。


 彼がくれたブローチのおかげで助かったこともあり、酷いことをされるとは思わないが、無理難題を押し付けられないとも限らない。

 助けを借りたいからと言って、安請け合いは出来ない。


「そのお願いが、誰かの命を脅かすものじゃないこと。それから、わたしの気持ちに沿わないものでなければ、いいわ」

「うん。ノアの嫌がることはしないよ。大丈夫、すごく簡単なことだから」


 ぱあっと表情を輝かせたエムリスは、ノアがお願いするまでもなくラウェリンを呼んだ。

 宙に向かって名前を呼ぶこと数秒。どこからともなく光が集まり人の形になると、一際眩しく光って、ラウェリンへと姿を変えた。


「やぁラウェリン。久しぶり」

「エムリス、お前もたまには王宮に顔を……」


 弟の心配をする兄のような口調で言いかけたラウェリンだったが、ノアの姿を見ると黄金色の目を大きく見開いた。


「ノア!? なぜ君がここにいる! いつからだ、どれくらい経った?」


 ラウェリンの剣幕と、ノアの両肩を掴む手の強さからして、やはり何の加護も耐性もない人間が妖精界にいるのはよろしくないようだ。

 焦りがノアの心を蝕むが、取り乱したところで物事は好転しない。


「ピクシーに連れて来られたの。ラウェリンに聞きたいことがあって太古の森を歩いていたら、突然」

「ピクシーに……。やはり前回注意しておくべきだったな。君は妖精に好かれる体質だから、気をつけた方がいい」

「好かれる体質?」


 溜息混じりにノアから手を離したラウェリンは、「ああ」と頷く。


「私たちにもはっきりとした理由はわからないが、時折どうしても惹かれてやまない人間がいる。現にエムリスは随分と君のことを気に入っているようだし、レイチェルが君の持っていたブローチを欲しがったのも関係しているだろう。飽きっぽいレイチェルにしては珍しく、野イチゴのブローチを毎日眺めている」


 ラウェリンの様子からして本当のことなのだろうが、ノアには実感がなかった。


「自分ではよくわからないけど」

「小さい頃などは大変だったのではないか? 親からそういう話を聞いた覚えはないか」

「うーん……特には」


 ノアが物心ついたときから、ハワード家の庭には妖精がいた。けれどそれは両親が妖精を可愛がりもてなしていたからだ。妖精に髪や服を引っ張られたことも何度かあるが、別段珍しいことではない。


(でも、わたしが妖精に好かれて困ったから、お菓子を振舞ったり家具を置いたりして、そっちに興味を移した、ってこともあるのかな? それでそのうち父さんと母さんの方が妖精を好きになっちゃった、とか……家の両親ならありそう)


 そうだとしたら、両親が妖精館勤めのレイフをノアの結婚相手に選んだ理由もわかる。

 人間と妖精を繋ぐフェアリー・コネクタなら、ノアが妖精にちょっかいを出されても対処できると考えたのだろう。


「妖精に好かれる体質は、歳をとってもそうそうかわらない。またこんなふうに妖精界に連れ込まれないよう、注意したほうがいい」


 真摯にノアに注意を促したラウェリンは、カーテンを開けるような素振りで何もない空間を払う。

 そこには、幾多の樹齢を重ねたブナやナラの木々が――太古の森が現れた。まるで薄い膜一枚で、世界が隔てられているかのようだ。


「送っていこう。私とエムリスがいることで人間界との時間の齟齬はある程度抑えられるが、ノア自身の時間が戻るわけではない。君はこれ以上ここに長居しない方がいい」


 差し出されたラウェリンの手を取ると、反対の手をエムリスに繋がれた。両手に花状態だが、ノアにはそれをどうこう思っている余裕がない。

 ラウェリンには聞きたいことが山ほどあった。


「影妖精の容態はどう? 酷い怪我だったらしいけど……」

「影妖精? なんのことだ?」

「え?」


 ラウェリンが不思議そうに瞬いた一瞬で、周りの景色はがらりと変わる。

 しかしノアにとっては無事人間界へ戻ってこられた安堵より、得体の知れない不安の方が大きかった。


「今朝、妖精館に重傷の影妖精が飛び込んできたらしいの。レイフが最初に発見したけど、昨日レイフが行った要塞跡でトロルが襲われたことや、怪我をしたゴブリンの傍にレイフのスカーフが落ちていたことで、疑われていて」

「レイフに罪を着せようとしているものがいるのだな。その者が、木霊妖精の中継をも阻んでいるのだろう。私の元に影妖精に関する連絡は来ていないし、レイフに連絡しようとしても妖精館にすら繋がらなかった」

「そんな……!」


 それでは、瀕死の重傷だったという影妖精は今どうしているのか。

 アランが言うには妖精界へ連絡を入れ、エドガーが妖精界の入り口まで影妖精を搬送したとのことだったが――


「とにかく今はその影妖精を探すのが先決だな。もしかしたら行き違いで妖精界へ運ばれているかもしれない」


 踵を返すラウェリンは、未だにノアと手を繋いだままのエムリスに指示を出した。


「エムリス、お前は人間界こちらで影妖精を探してくれ。お前の力は頼りになる」

「うん、いいよ」

「それから、小人の捜索隊が行方不明の妖精を探してくれている。その中に件の影妖精が含まれているかもしれない。捜索隊の腕章をつけた小人を見かけたら連携してくれ。念のため、影妖精の治療道具は後で届けさせる」

「りょーかい」


 真剣なラウェリンに対し、エムリスはどうにも緊張感に欠ける。けれど彼らが手を貸してくれるのは、ノアにはとても心強かった。


「二人ともありがとう!」

「礼を言われることではない。すべての妖精は父王の民――私にとっても大切だ」


 王子らしい慈しみを見せたラウェリンはしかし、美しい顔を物憂げに歪ませる。


「それに、レイフのこともある。あの者が奇異な存在になったのは、私のせいでもあるからな」


 どういうことか尋ねたかったが、ノアが何か言う前にラウェリンは妖精界へ戻ってしまった。


「じゃあぼくらも行こうか。ノア」

「あ、うん」


 エムリスに促され、ノアも森を出るべく歩き出す。


(チェンジリングでレイフと取り替えられたのって、ラウェリンなのかしら)


 以前ドミニクが言っていた「特別な存在の妖精」に、ラウェリンは十分あてはまる。

 しかし王子を人間に預けるのは、思い切ったことなのではないのか。

 今ほど人間と妖精の連携が取れていなかったのなら、赤子だったラウェリンが害される可能性もあったはず。


「大丈夫。エルフは美しい生き物だから、大抵の人間は傷をつけようなんて思わない」

「わっ!」


 エムリスの言葉に、ノアはびくりと身体を揺らす。まるで心を読まれたかのようだ。


(そういえば公園で会ったときも、そんな感じだったっけ……)


 ノアがどぎまぎしながらエムリスを見ると、彼は肯定とも否定ともとれる微笑を浮かべた。


「まぁ物理的に傷つけられないだけで、心無い言葉を浴びせられたりはするかもしれないけどね。あの時ラウェリンは赤子に姿を変えていただけで、中身は今とそう変わらないし。人間の言っていることや向けられる感情は理解していたはずだよ」

「それは……ラウェリンの方も、辛い思いをしたんじゃないの?」


 レイフの両親は、妖精の祝福で右目が黄金色になってしまったレイフを気味悪がり捨てたほどだ。同じ目をしたラウェリンに優しく接したとは考え難い。


「そうだね。でもチェンジリングは、人間を知りたいっていうラウェリン自身の望みだったから。わざわざ赤子になってまで人間を知りたいなんて、酔狂だよ。人間界に来てふらふらしているだけで、わかることは結構あるのに」


 エムリスは呆れたふうに笑っているが、ラウェリンがした事を心のそこから否定しているわけではなさそうだ。黄緑がかった銀色の目には、微かな哀れみが滲んでいる。


 人間とのハーフだからか、もともとの性格ゆえか、あちこちを自由に歩きまわれるエムリスと違い、ラウェリンは人間界への干渉に制限があるのだろう。

 もしかしたらラウェリンは、いずれ妖精王を継ぐ立場なのかもしれない。


(妖精もいろいろあるのね。……きっと、人間と妖精はそれほど違わないんだ。容姿や持っている力、生き方が違うだけで)


 前方――森の出口から射す明かりを目指すノアは、いつかきっと人間と妖精はわかりあえると、希望を抱く。

 人間同士ですら分かり合えないこともあるけれど、信じて行動していれば必ずわかってくれる人がいる。


(そのためにもまず、今回の事件を解決しなきゃ!)


 ノアは足を早め、エムリスに並んだ。


「ノア」

「なに?」


 森を出る瞬間、エムリスが微笑んだ。けれどノアは直接そそぐ太陽の明るさに目を眇めていて、その表情がよく見えなかった。


「約束、忘れないでね」

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