第3章 『カッコイイお兄ちゃん』

第14話 あなたはあなたの、今歌える歌を

未来が見えるのも、残酷なものよね。


約68年ほど未来の、骸骨村のへきの自宅に、彼らはいるの。

「あのなあ、族長は兄貴と違って忙しいンだよ」

「年寄りのワガママに付き合わせた。お前の顔を見ておきたくてな」

「気持ちわりいこと言うんじゃねえよ――

 目、そんなに悪いのか? 神官さんに癒やしの奇跡は頼んでいるか?」

「じき見えなくなるだろう。年を取れば、これも自然なことなんだよ」

「兄貴は会う度に縮んでくじゃねえか。気が滅入るんだよ」

「お前はまだ、老いとは無縁だからなあ」

「鍛えた肉体が、そんなになるなんて、耐えられねえ」

「そうかそうか。わざわざ、来てくれてありがとうな」

「しかたねえだろ、兄貴、もう『転移』使えないんだろ」

「そうだな」


鉄紺てっこんよ」

「ん?」

「私はカッコイイ兄貴だったか?」

「おいおい、歳を取ると、そんなこと言い出すのか?」

「……」(微笑む)

「むかつく兄貴だな。オレに言わせるのかよ。

 オレが限界までやっても、兄貴みたいに強くなれなかったよ。

 族長を継ぐのはオレじゃなくて兄貴のはずだろ。

 年取ってる場合かよ。なんとかなんねえのか」


「寿命も含めて能力だよ。お前が認めてくれたなら、嬉しい」


「別に認めて無いことはないが、あー、なんだ。

 そんなこた、兄貴が決めろよ。

 オレは、その、言葉が出て来ねえ。

 自慢の兄貴が死にそうでイラつくんだ」

「神族の御業がなければ、私はお前の兄になれなかったかもしれない。

 私は、満ち足りている。

 自慢の弟よ。お前が居てくれれば、私は何の心配もない」


「あのなあ。オレは、兄貴より出来が悪いって育ったんだぞ」

「そんなことはない。お前なら、私を軽々と越える。

 誰がなんと言おうと、私が竜族のホコリに賭けて約束しよう」



碧達の物語は、ゆっくりお話ししますね。

さて、村では、ちょっと面白くない出来事があったの。


小町の母様のお部屋に、華の母様が手紙を持って訪れているの。


「『――ご息女に、紹介して頂きました。

  ご記憶に無いかもしれませんが、私は先生の講義を受けたこともあります。

  先生には及びませんが、今は学院に勤めています。

  突然のことではありますが、一度、ご挨拶に伺いたく存じます――』


 娘の紹介で教え子と付き合うの? おめでとう」


「ばかー! 私の話の何を聞いていたのよ!!!!!」

「うん。神官として、親友として、応援する」(ニヤニヤ)

「よしてよ、冗談でもやめて。色恋も性愛も子育ても、全部終えたの!」


「あなたも私も、これから新たに命を授かることができる体じゃない。

 あなたは独り身ですし、自然なことよ」

「だーかーらー、私は、そういうの、もういいの!」

「ふふふ。あの子(母神)に夢中なのかしら」

「親離れしてくれないそうですから」

「そうね。あなたが、その人に夢中になれば、あの子は不安定になるでしょう。

 それでいいのよ。私も、女神様も、歌姫もいる。応援する」

「あんたのところの教団は、優先順位どうかしてるでしょ」

「女神様に言って?」

「言って通じる相手じゃないでしょう」

「じゃ、ただの神官の私に言われてもねえ」


「私は、角を立てずに、このトンチンカンを振る方法を相談したのよ?」

「受け入れちゃえば、角立たないと思う」

「ばかー!」


どこの馬の骨のかしら。華の母様は私のモノよ? 面倒くさいから、その想いごと凍結してやろうかしら! ま、面白くはないですけど、華の母様の美しさに臆さずに、挑戦する胆力だけは認めてあげようかしら。



その頃、歌の母様のお部屋には、碧が亜人(人間なら7つくらい)の姿で、話を聴いて貰っていたの。歌の母様に、小さな碧が寄りかかっています。


「それでね、村の子は僕が変だって言うの」

「あらあら。碧ちゃんはどこも変じゃないですよ」

「それは、歌姫のお姉ちゃんが、僕を見慣れてるからでしょ」

「そうねえ。村の子は異種族に慣れてないからね。

 私も、エルフの里で『変だ』『醜い』って言われたことあるのよ」

「えー。お姉ちゃんは、すごくすごくキレイだと思う」

「ありがとう。そう言って貰って、『そうなのかな、この人は優しいから、

 気を使ってくれたのかな』って思わずに、

 素直になるのにずいぶん時間が必要だったの」

「そんなことあったんだねえ」


「あのね、僕の尻尾や鱗のことは、村の子と何度も喧嘩して、

 『僕にも竜族のホコリがあるんだ』って、言い続けたら言わなくなったの」

「がんばった」

「でもね、僕の歌が変だって言うの」

「あらあら。竜族の里の歌を聴かせてあげたの?」

「それもあるし、村の子達の歌に僕が混ざると調子狂うって」

「ふふふ。人間の多い村だから、竜族の子は目立っちゃうよね」

「お姉ちゃんは、精霊から認められたくらい凄い人なんでしょ?」

「『歌姫』の名は贈られたけど、ただのエルフですよ」

「村の子達と一緒に歌えるように、上手な歌い方を教えて」


歌の母様は、豊かな胸に碧を抱き寄せました。

「私は、それは違うと思うの。

 碧ちゃんは私が『歌姫』と呼ばれる理由を知っているから、

 嫌味になってしまうかもしれないけれど……。

 上手に歌える事は素敵なことです。

 でもね、碧ちゃんが、今できることで、精一杯歌うことは、もっと大切なの」

「でも、お兄ちゃんになったら、赤ちゃんにお歌を歌ってあげたい」

「碧ちゃんは、私の歌と、あなたのお母さんの歌、どちらが好き?」

「選べないよ。どっちも好きだもの」

「赤ちゃんも、そう思うから、安心なさい」


火の君は幼い頃、良い子でいないと・良いお姉ちゃんでいないと、居場所が無くなってしまうって思っていたの。ある理由から。良い子や良いお姉ちゃんに疲れると、お祖父様(賢者)の所へ行っていました。


碧にとっては、歌の母様がそんな存在なのかもしれませんね。竜族の里の碧のお母さんは、お腹の子のことで精一杯ですし。歌の母様は私にとって大切な存在ですけど、碧が「もう一人のお母さん」として甘えることは、歓迎するわ。

ねえ。こういうのも義理の弟っていうのかしら?



その頃、お祖父様の洞穴を住みよく組みかえた書斎には、村のガキ大将が遊びに来ていました。


「そうかそうか、気に入らんか」

「だってさあ、あいつ、強いしカッコイイじゃん。

 足は早いし力は強いし、みんなに優しいし」

「ふむ」

「喧嘩しても、あいつは絶対殴らないんだよ」

「理由は分かるな?」

「オレに怪我させるから?」

「あの子もまだ子どもで、お前と安心してとっくみあいの喧嘩が出来るほど、

 力を管理出来ないのだよ。

 お前だって、友達を殺すつもりはないじゃろ」


「あたりまえだろ」

「碧は、力加減を間違えれば、事故も起きる。

 だから、大人になるまで、そういうことは異種族としてはいけないと

 言い聞かされている」

「あいつも不便なんだね」


「お前は自分で考えられる子だろう。そうじゃな、ヒントだけ与えよう。

 小町魔王のとこの亭主は知ってるよな」

「竜族の族長さんでしょ」

「碧は大人になるとヤツくらいデカくなる」

「!」


「村長さんは、絵画に出てきそうな、美しい男じゃろ」

「うん」

「碧もあんな感じになるだろうな」

「それ、ずるくない?」


お祖父様は、愉快そうに笑っています。

「爺ちゃんは、碧の味方なの」

「いや、お前と碧の味方だ」

「僕は碧に負けっぱなしなのかよお」

「お前にしか無いものを、ワシが教えては、お前が見つける楽しみを奪う」

「教えてくれていいけどなあ」

「悩め悩め。お前も、かっこよくなりたいもんなあ」

「うん」


少年はお祖父様と話しつつ、玩具代わりに渡された「ダンジョンの種」をこねています。そろそろ、魔力も込めて、頭の中の設計図を入れ終えた頃ね。

「爺ちゃん、出来たよ」

「ほう」

「ちっちゃいけど、一応ダンジョンになってる」

「お前は、珍しい物を作ったな。真っ暗なダンジョンを、抽象化したか」

「?」

「白と黒しかない世界で、あらゆるものが直線で描かれている」

「だって、爺ちゃんみたいにやろうとすると、力足んないからさ、

 とにかくダンジョンとして冒険できるように工夫した」

「じつに良い」

「そうなの?」

「そうだとも。お前は、火の君は分かるか?」

「分かるよ。ずっとずっと前に、この村で暮らしてらしたのでしょ」

「そうじゃ。あの子も、お前のようにコレをやってな」

「ほんと?」

「火の君も面白い物を作ったが、この発想は火の君には無かった。

 大人になったら、実際に人が入れる状態で、これを作ってご覧」

「えへへ」


「なあ爺ちゃん」

「ん?」

「あいつチビ竜姿になるじゃない?」

「うむ」

「女の子も村の大人たちも、凄い喜ぶんだけど、あれはあざといヤツ?」

「いや。碧は2つの体があるじゃろ。どちらか片方だと、疲れるんじゃ。

 お前も、例えば、正座したままなら、足を伸ばしたくなるじゃろ」

「そういう種類のことなのか。変身できるのも不便だね」

「不便だとも。お前が見て、お前に無いものはたいてい不便さを伴うのだよ」

「ふーん」



そうそう。美の神って、彼が「美しい」と美を認めた存在に惚れ込むでしょ?

最近こんなことがあったの。

火の君も、叔父様の教団長も美しい女性です。どちらも「英雄の器」はあります。私が彼の役割を改める以前の美の神が、半神を産ませた女性達と共通しますね。

でも、これは昔の悪癖で口説いたわけではないんです……。


火の君の旅先に降臨して、いきなり勧誘するの。

「美の神。ですから、私は、義母や夫と暮らした頃から、主神を信仰しています」

「300年から過ぎていますね。どうでしょう、たまには違う教義も試しませんか」

「そういうものじゃないと思います」

「一月だけ、試してみませんか」

「もう行っていいかしら?」

「今なら、特典も用意しています。あ、行かないで!」


それでね、教団長の場合はね……。

「末の神の教団のど真ん中に降臨するたあ、強気だねえ」

「美はあらゆる物に優先しますから」

「へえ」

「気骨の有るあなたの在り方はとても美しい。改宗しませんか」

「断る」

「そう言わず、一月だけお試しを」

「信仰ってそういうものじゃないだろ」

「今なら、特典も用意しています」

「ふーん。私は後継者が欲しい。そんな特典はいらない。失せろ」

「後継者ですか。ふーむ。うちの子達を紹介しましょうか」

「それより、あんた暇なら、うちに来ないか?

 神族が改宗しちゃいけない道理はないよなあ?」

「?」

「私が鍛えるから、末の神を『信仰する人』の振りをしな。

 美の神兼、末の神の信者なんて、イカすじゃないか」

「急に用事を思い出しました」

「あんたが言う『美』とやらを後回しにできるほどの用事かい?」


美の神は、教団長から逃げられなくて、本当に叔父様の信者にされました。

神族は爆笑してますし、叔父様は苦笑いしています。

美の神の教団に気の毒すぎるから、これは知っている人は限られるんですけどね。

教団長は、使えるものはとことん使う人なの。



どの国の城下町にも、市場の一部に「特区」が設けられています。

ここは、人(人間・エルフ・ドワーフ・竜族・亜人)等とは異なるモンスターも、利用できるよう配慮されています。

彼らは人とは異なる暮らしをしますから、食品も日用品も異なるでしょ。

見て歩くだけでも楽しいし、もちろん人が欲しい物もあります。

活気がありますから、商人として、おいしい場所ですよね。


朱の妻のサッキュバスが、ダンジョンで手に入れた品を売りつつ、夫へ土産を探しに入ったお店で「気持ち悪いから出てけ」って言われた出来事がありました。


家でしょんぼりしてる妻から、それを聴かされた朱は、事情を聞きに行きました。

店主は嫌そうに、店の奥へ通した朱を見上げています。


「迷惑なんだがなあ」

「そう言わずに、あなたも商人なら損得勘定は出来るでしょう」

「『特区』とやらは、後から出来た。私は先祖代々ここで店をやっている」

「まず、あなたが侮辱した相手は私の妻であり、私も当事者だと認識しています」

「ふん」

「『気持ち悪い』のはあなたの主観です。

 『特区』が出来た際に、モンスターと共存出来ない者は、移転出来た。

 妻は何ら法を犯していない。あなたは法を犯した」

「だから何だ」


「私と同様に、モンスターを家族にした者もいる。

 友にしている者もいる。

 今回のことが明らかになれば、彼らはあなたの店は使わない。

 処罰するまでもなく、路頭に迷うことになるが、

 その覚悟があって、私の妻を侮辱したのか」

「あんたの妻を不快に思う者・モンスターと共存したくない者もいるのだ」

「なぜ、特区から移転されなかったのですか」

「私が先にここにいた。モンスターどもは後からやってきた」


「それでも、あなたは法に従わねばならない。

 世の中は変化する。ここで商売したいのなら、モンスターも普通に扱いなさい。

 出来ないのなら、店を移転しなさい」

「私は古い人間だ。嫌悪感を拭えん。

 あんたには申し訳ないが、奥さんに謝罪するつもりは無い。

 ――妥協案として、モンスターも接客できる店員を雇うのはどうか」


「その形で、構いません。

 謝罪できないのも構いません。口先だけの言葉より、はるかに良い」


こうして、このお店も、特区の他のお店のように利用できるようになりました。

この店で嫌な思いをしていたモンスター達は、店の変化に気づきましたし、朱が行ったことも知りました。すぐ噂になりますよね。


サッキュバスの姉は、妹ののろけにうんざりしていました。

「でねでね、あの人ったら、『店主さんは少し気難しい方のようです。

 たまたま、奥さんと喧嘩でもしたのでしょう。

 あの店は新たに店員さんを雇うそうですよ。気にせずまた行ってごらんなさい』

 なんて、涼しい顔で言うのよ」

「もう5回聞いた」

「なによー。お姉ちゃんだって使うお店でしょ」

「私は、そんなこと言わせないもの。ああいう人相手なら、人に化けて動くわね」

「せっかくの特区なのに?」

「不愉快な思いしたくないから」

「それでねそれでね。あの人は、店主さんを悪者にしないし、

 『何でもない』みたいに振る舞ってくれるの」

「お子様なあなたには、夫というより、お兄ちゃんみたいねえ」(悪い顔で)

「そんなことないもん」



あら。村で碧が悲鳴上げてるわね。いつものことだから、村の衆は笑ってる。

お祖父様の所へ遊びに来ていた、ガキ大将の子が、ガタガタ震えている碧を見て呆れています。


「あのさあ、悲鳴あげてるとこ悪いんだけど」

「む、むし、むしむしむし」

「トカゲだって、虫くらい食べるだろ?」

「りゅ、りゅうぞくを、トカゲと一緒にするなあ」

「はいはい」(ぐしゃっ)


「……」(まだ固まっている)


「お前、強いんだよな?」

「強いよ」

「じゃあ、今のは何?」

「――君だって、苦手なものくらいあるだろ」

「あるけど、オレは騒がない」

「むー」


「だいたい、なんで毎回、オレが退治するわけ?」

「友達だから?」

「ったく、厚かましいやつだな」

「僕にも竜族としてのホコリがあるからね」

「えっと。どうしてそう繋がるのか説明頼む」

「竜族として虫が苦手なのは恥ずかしい。でも、自分ではどうにも出来ない。

 そこで、友達の助けを借りて、悲鳴上げないで済むようにしました」

「それはお前の中でアリなの」

「アリです」

「お前ってほんと変なヤツだよな」(苦笑)


「それより、歌のことだけど」

「?」

「君んちって、弟や妹いるだろ」

「いるよ」

「僕の歌って、嫌がられるかな」

「わかんね。オレは、あいつらの面倒見ることもあるけど、

 わざわざ一緒に歌ったりしないからなあ」

「そっかあ」

「お兄さんをやる、注意点とかある?」

「悲鳴あげてオレのとこに飛んでくるのは、オレならやらない」

「ええー」

「虫くらい取ってやるから、遊び行こうぜ」


骸骨村で、碧は喧嘩をしたり、泥だらけになって遊べる友達が出来ました。

エルフと並ぶ長寿な、竜族系亜人としては短命(人間と同じくらい)な碧ですから、ゆっくり大人になって欲しい。


ドロッドロになって、夕食時に帰宅して、曾祖母の小町の母様にお風呂場へ引きずられていく碧なのでした。夢中になって遊べたみたいです。

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