第12話 最後の王子は夢を見る

家事の分担ってどうされていますか?


幼い頃はお手伝いしました。家事って気が紛れるから、不安に押しつぶされかけていたあの頃は、あれで良かったのよね。だから一通り出来ます。お料理もお母様に負けないですよ? でも、今は仕事を理由に両親へ甘えっぱなしです。

実家って超楽よね。

私は伴侶の必要無い体ですから、嫁ぐ予定も無いですし、実家最高です。


先日お話した、小町の母様の孫息子のしゅとサッキュバス達の家庭では……。


「ねえねえ」

「どうしました」

「私がお弁当作らなくて、あなたに恥をかかせていませんか」

「ははっ。前に話した通りです」

「人間やエルフや亜人達と、私の味覚は違いすぎるから?」

「それは、あなたに無理をして欲しくない理由ですね。

 私は、修行時代に竜族の里に伝わる粗食を覚えました。

 体を養うためだけに食べ、食の楽しみは捨てています」

「そうされた方が、体調がいいの?」

「そうです。同僚達は、私のやり方を知っています。これはサッキュバスであれ、

 エルフや人間であれ、作れません。

 あなたは、サッキュバスであることを、少し気にしすぎますね」

「気にしますよー。あなたにガッカリされたくない」


朱は、妻の話をニコニコ聞いています。


「あなたの方こそ、私と暮らしてどうですか」

「しあわせです」(もじもじしながら)

「欲のない人ですね。私はあなたのに想像が及びません。

 食事に不自由していませんか? 面白くないでしょう、私は」

「自己卑下されるの嫌です」

「卑下したつもりはないのですが」

「私があなたを大切に思っていることは、信じて下さる?」

「無論」

「じゃ、私が大切にしている人のことを悪く仰らないで」

「しかし、事実はですね」

「もー。あなたを面白いと思うかどうかは私に決めさせて」

「それはそうですね。気をつけます」

「それでね、お食事の話よね。えっと。

 私達は夢魔と呼ばれるくらいですから、色々な『食べ方』をします」

「ええ」

「性的な面は、すごく大切です」

「ふむ」

「でも、それだけじゃないの。エナジードレインはご存知?」

「分かりますよ」

「あなたは、生命力が飛び抜けて高いの。水に例えるなら大瀑布?」

「ほう」

「あなたの隣で横になるだけでもいし、こうして一緒に過ごすだけで、

 あなたから溢れ出た生命力を、私はエナジードレインできるの」

「なるほど」

「だから、私はものすごく満たされています。新婚の一時的な高揚ではなく、

 あなたの味を覚えたら、もう離れられないです。でも、お疲れになりませんか?

 一般的な人間の男性なら、常時エナジードレインって体調崩します」

「いえ。あなたと一緒に暮らすようになって、体が軽くなりました。

 私は文官ですから、力が有り余っていたのかもしれませんね」


サッキュバスは、家事を全て夫にやってもらうのは恥ずかしいと打ち明けました。

朱は慣れてるから気にするなと言うのですけれど……。


「そうですね。あなたは冒険者でしょう。雨だからちょっと洗濯物をよせに

 帰るなんて出来ませんね。そもそもダンジョンの中では雨が来たかも分からない」

「あなたの退勤時間に合せて帰るのがやっとなの」

「分かりますよ。そうだな、掃除なら仕事量の調整をしやすいです。試しますか?」

「このお家、あなたが綺麗に整えて下さっているけど、私も出来るかしら」

「簡単です」


 ・「いるもの・いらないもの」を分けます

 ・わからない時は保留し、私に相談しましょう

 ・いらないものは処分します

 ・・処分の仕方は「市場に売る」や「ゴミとして捨てる」等複雑です

 ・・・城下町の慣習は少しずつ教えます

 ・いるものは定位置を決めます

 ・・だいたい決めてありますが、暮らしにくければ言って下さい

 ・あとはホコリやゴミを取り除くだけです

 ・・時間があれば、家具や鍋釜等を磨くのも楽しいですよ


「それだけ?」

「ええ、簡単でしょう?」

「はいはいはい、相談したいです」(羽をばさばさしながら)

「聞きましょう」

「ほら、私、羽大きいでしょ? くつろぐ時に、羽根を伸ばしたいの」

「ええ」

「寝室と居間で、そんな風にできますか?」

「どんどん言って下さい。一緒に考えるの楽しいですよ」



――待って。私も家事はできるのよ? 言い訳じゃなくて。私、最高神の『母神』として、嘘つきたくないし。

私は散らかった部屋も怠惰も大好きです。何がどこにあるか全部分かるから無くし物はしませんし、片付けようとすれば出来ます。出来るの! この部屋は、あえて居心地がいいようにしてるの。意図してなんだってば!

あと、実家は最高。


こほん。取り乱しました。サッキュバスと朱の夫婦は、今日も仲良しです。



碧の病気のことは、あのこの体の仕組みを読み解くほど難しいです。

例えば、この世界の、輪廻転生の仕組みって、私達は関与していないんです。介入することは出来ますけど、一人一人「じゃ、次はあなた虫で」とか、やってません。

神族は仕組みが正しく動いているか見守るだけね。


体の仕組みもそう。その子が、どう生まれるかを、私達が意図して設計してるわけではないの。偶然の積み重ねだから、こんがらがると凄いことになるのよ。


碧の体なら、単純に「巨大化した体の成長を止める」ように書き換えようとすると、碧の記憶がごっそり削られてしまうの。彼が彼で無くなるもの、論外よね。

一番簡単なのは、彼が1000年くらい未来に生まれるように設定することだけど、これだって碧が支払う代償が大きすぎるじゃない?


私のところに話が回ってきても対応できるように、準備はしてるんですけれど、正直、冴えたやり方が無いのよね。でも、頼られたら期待に応えたいじゃない?

もう少し、頑張ってみます。

――主神から相談が入りました。引きこもってるのに忙しいのよねぇ。



14年未来のお話をさせて頂いてもいいかしら?

先日、火の君の命で牢へ入れられた王子がいたでしょ? 彼も29歳になりました。

彼は、中興の祖である鉄棍女王の遺したメイス(Lv95以上装備)に認められるほど、自らを鍛えました。今は、火の君の旅先へ訪れています。


「やっとお会い出来ました」

「あなたも、精霊魔法使うたうたいでしょ? 風の精霊に頼めばいいでしょう」

「ははは。気が回りませんでした」

「こんな僻地まで、お義母様のメイスを受け継いだことを報告に?」

「それもありますが、今日は火の君様に叱られに参りました」

「あらまあ。また牢ですか?」

「いえ、国家反逆罪です」(ニヤリ)

「聴きましょう」

「王達が多すぎるのです」


・武神の働きと末の神の働きでモンスターは無害化された

・彼らに従いたくない者はダンジョンへ移った

・精霊王達の働きにより、自然災害の脅威も軽減された

・鉄棍会議は国境を越え、民の暮らしを守っている

・王家の華やかな暮らしや多くの式典は民の税によっている

・王達は各国の衝突に備えるが、鉄棍会議が調整できる


「あなたは、自分を否定するの?」

「末の神様の教団で教えを受け、学院でも学びました。

 『民の為の王は1人いればいい。現状は王達の為に民を利用している』

 これが、私の結論です」

「そうですね。あなたの理想は理解できます。なぜ、私に?」

「処刑されるなら、火の君様にと思いました」

「私は、感情に任せて、子孫を手にかけたりしませんよ」

「しかし、私が妄言を述べれば、必ず止めて下さる」

「私をずいぶん高く買ってくれるのね」

「火の君様ほど、長く王家と関わった王族はいませんから」

「1つ確認します」

「はい」

「あなたの理想は、あなたのものですか?」

「師や友の影響は受けています。しかし、私の答えは私が出しました」

「ならば存分におやりなさい。骨は拾います」

「いえ、それは困ります」

「?」

「この程度の理想を実現出来ないならば、私が無能なのです。

 どうか、野ざらしに、打ち捨てて下さい」

「牢で泣いていた子が、ずいぶん勇ましくなりましたね」

「火の君様の子孫ですから」(ニヤリ)



これも14年後の物語。王子は、旧・離宮「火の宮」である、末の神の教団にいます。応接室や礼拝堂ではなく教団長の私室へ通されています。


「捨て身だねえ。嫌いじゃないけど、あんた死ぬよ?」

「うまくやります。戦乱も起こしません」

「建国王の時代なら、王家に意味はあった。しかし今は状況が変わった。

 あんたの考えは分かるけどねえ」

「例えば、私の祖父の国葬にかかった費用や、私が王に即位する際の費用が

 どれほどバカバカしい金額かご存知ですか」

「権威を維持するには必要だろう。面白くないけどね」

「ええ、不愉快です。教団長様のように長命種のエルフや、

 不老不死の者がいるのですから、彼らから王を1人だけ選び、

 他の王を廃せば、どれほど民の負担が減ることでしょう」

「そいつが悪政を行ったら?」

「鉄棍会議が実務を担うのですから、可能性は低いですね。

 それでも問題が起きた時は、交代させるだけです」

「あんたは、自分の両親も含めて諸国の王族全員をただ伝統のある貴族の

 身分におとし、鉄棍会議を中心に回したいわけね」

「貴族も含めてになって貰います」


「うちの神は、賛成はしなくても、あんたの話を聞こうとはするだろう。

 結婚と恋人の神と武神は、賛成するだろうね。

 叡智の女神は中立、豊穣神は血が流れなければ賛成。

 ただし、美の神はヤツがお前の理想に惚れ込まなければ無理だ。

 そして、主神は必ず敵になる。彼は、変化を嫌うからね」


「私もそう読みました。結婚と恋人の神と武神と豊穣神の3柱の支持があれば、

 主神は動けません。仮に美の神を敵に回しても、末の神様と叡智の女神は

 中立です。血を流さなければ、こちらが有利です」

「あんたの理想を通すのに、無血でいけるかねえ」

「駄目ならば、『乱心した王子』として記録されるだけです」


「そもそも、費用のことを言うのなら、神族の直接統治にすればどうだい」

「教団長は従いますか?」

「冗談じゃないね」

「私もそうです。私達は、自ら考えることが出来るように作られています。

 形骸化して機能していない貴族・王族を廃することと、鉄棍会議のように

 人の手で行えることまで放棄するのは、意味が違います」

「この話は、主神も見ているだろう?」

「主神が信者へ働きかければ、血が流れます。動けませんよ」

「じゃあ、あんたはどう動く?」

「教団を私に下さい」

「ダンジョン潜って自力でカンストしてきたあんたなら、

 後継者に指名することは出来るけれど、思想が過激だからねえ」

「この教団は、最も若い教団です。しかし、主神・豊穣神に次ぐ規模です。

 そして、諸国で最も活発に働いているのも、この教団です」

「なるほどね。そうやれば、血は流れないだろう。

 だが、教団はやれない。コケた時に落とす首は必要だろう?

 あたしがあんたのケツを持つ。派手におやり」

「いえ、それは姐さん」

「口の利き方を忘れたのかい?」

「……ありがとうございます、姐さん」

「よろしい」



――神族は未来を見ることが出来るでしょ?

主神は王子が危険だから、介入させてくれってうるさいの。未来を見て相談持ちかけた挙句がその内容なの? って叱っておきました。

美の神は、末の神の教団長を気に入っています。「美」があるんですって。

豊穣神は「反対する理由はないけど、まあ確かに流血がなければ」だって。

叡智の女神は中立って言われて笑ってる。彼女は、限り有る命達が、何を成し遂げようとするのか、わくわくして眺めているわね。

主神がうるさいじゃない? 「静かにして」って叱ってました。

うちの両親は、えっと、私に任すってイチャついてます。ほんとすみません。


それでね、叔父様(末の神)なんですけど……。

家で凹んでます。叔父様は無難なのが好きだものね。

なのに、教団任せたら「うおおおお」って感じじゃない?


妻の陽の君が心配するのも、無理ないわよね。


「神族って、どこでも仕事できるの問題だわ」

「私もそう思います」

「勤務時間って決められないの?」

「私達も、寝たり食べたりしますからねえ」

「だって、夜中に降臨することもあるし、食事中でも急ぎならお出かけになるわ」

「寂しい思いをさせていますか?」

「そうねえ。義姉様ご夫妻みたいな神族もいるわよね」

「姉たちは特殊過ぎるんです」

「陽の君も、おうちでは、私だけ見て欲しいです」(とっておきの、上目遣いで)

「本音は」

「妻とイチャつきでもしないと、あんた仕事のこと頭から出せないでしょ」

「そうなんですけどねえ」

「ったく、世話のやける夫ね」

「お恥ずかしい」

「あら、本音漏れちゃったかしら」

「では、私の美しい奥さん。仕事を忘れさせてくれますか?」

「きょ、協力して下さるなら」

「なぜ、小声になるのですか」

「お義姉様みたいに、まだ自信ないですし」

「いいかい。何度でも言うよ? 姉(女神)と、比べてはいけない」



14年後のお話をもう少し続けますね。ねえ、皆さんはご記憶ですか?

叡智の女神が、介入した男の子のこと。


『叡智の女神様。私はどこで道を間違えたのでしょう。

 友も支持者も全て失いました。

 王族や貴族、教団長等、権威を持つ者達を廃すること。

 貧富の差がありすぎる点は、貧しい者に教育を与え、

 富豪達には痛みを支払わせること。

 私の願いは過激すぎたようです。

 今、女神様の元へ向かいます。

 愚かな私でも、息子と呼んで下さいますか?』


叡智の女神が、18歳の彼に対して降臨したことで、こう祈って処刑される未来は無くなりました。14年後の未来では、彼は22歳の学院生です。

そして、王子の大事な後輩でもあります。


彼らは、慎重に選んだ、城下町の隠れ家にいます。


「約束通り、火の君と教団長に話は通したぞ」

「先輩、お疲れ様でした」

「オレは先祖に似たのかな。このメイスで粉砕する方が好きだ。

 だから、お前の悪知恵は助かる」

「先輩をそそのかせるほど、私は器用じゃないですよ」

「どうだかなあ。叡智の女神の降臨まで受けた男だろ?」

「一生の課題を頂いただけです。あれは女神の哀れみです」

「お前が無価値なら、神族は動かない。あまり謙遜するな」

「……」

「諸国の学院と、鉄棍会議の感触はどうだ」

「学院は貴族階級出身で無ければ、こちらに引き入れられます。

 鉄棍会議は、事実上、諸国を統治するのは自らだという自負がありますね」

「悪くないな」

「良すぎるほどです」


「オレは、実家が没落しても構わん。だが、貴族や王族を路頭に迷わせることも、

 直接殺してないだけで、血は流れているよな」

「彼らには没落するか、新しい仕事をして自分の食い扶持を稼ぐか、

 選んで貰いましょう」

「単純に、富豪達の一強になりはしないか?」

「その為に、権威として『王』を残しますし、鉄棍会議にも機能して貰います」

「油は染みたか」

「先輩のカリスマなら、火は容易く着くでしょう」

「オレ達は、諸国に喧嘩を売る」

「はい」

「失敗したら、オレを売れ」

「?」

「逃げろと言っている」

「理由を伺いましょう」

「まず、お前が残れば、次代に志を託せる。首謀者はオレ独りで十分だ。

 それにな。オレにも格好つけさせてくれよ。

 こんな冒険、オレの先祖達だって、しちゃいない」

「では、臆病な後輩は、必ず生き残り、あなたの冒険を語り継ぎましょう。

 ぜひ、明るい話になるよう、お願いします」



まあ、精霊王達がいれば、自然災害関連は困らないですし、叔父様とお父様の働きでモンスター達も住み分けは出来たし、鉄棍会議は創始者の書王と刀の君(鉄棍女王の息子達)の頃から比べて、成熟しました。確かに王家や貴族に、建国王の時代のような居場所は、もう無いわよね。


でも、楽して華やかな暮らしができる特権を、手放す人っています?

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