第06話 言わせないけど?

私の朝は早い、時もあります。

そうじゃない時のこと? ねえ、知らないほうが良いことってあるでしょ。


「うん、神に仕事を振るほどの出来事、今日は無いわね」

世界中の全員がそれなりに元気にしてることを、一度に確認したの。遠い国で生まれた子豚も、鳴き方を練習している鳥も、豊穣神が訪問した老婦人も、それぞれ暮らしてくれています。

彼らが穏やかにしている気配が重なって、私には潮騒みたいに感じられます。

飽きずにずっと聴いていられる。


私は、自室の外に紙を一枚貼って、扉を閉ざしました。

今日はこれでお仕事おしまい。お父様に『ひきこもりの神』って言われたことですし、こんなに平和な一日は、怠惰日和だと思いません?

ちっちゃな頃みたいに、籠城してやる。



「あなた。そろそろ支度できるから、あの子呼んで下さる?」

「あー、すまん。怒らせたみたいだ」

「?」

「『どうせ私はひきこもりの神』と、あの子の部屋に貼ってあった」

「娘さんの機嫌を戻すの、大変ねえ」

「君の娘でもあるだろ」

「怒らせたのは私じゃなさそうですしー」

「オレのせい?」


ふふ、お父様がお母様に適当にあしらわれて困ってる、困ってる。

叔父様は、いつもと様子が違うわね。うん、お父様も気がついたみたい。


「なあ、末の神」

「……はい? 呼ばれましたか、兄様」

「いや、たいしたことじゃないんだが、お前はどうして空のカップを、

 さじでずっとかき混ぜているんだ? とうに飲み終えてるだろ」

「おや、不思議ですね」

「お前らしくもない。どうした? 仕事がきついか」

「いえ、違います。まったく違います。お気遣いなく」

「2人とも、あの子来ないから、お食事済ませますよー」


叔父様が上の空なの、初めて見た。いじりに行きたいけど、もう少しお父様に対して拗ねて見せたいし、ま、ゴロゴロしてましょ。



その頃、陽の君は、既に朝食を済ませ、小さな文机に向かっていました。

エルフの里の女友達からの手紙を読んでいるみたい。

『――近況はそんなところ。

 私の家族もあなたのご家族も、長老様達も、みんな元気です。

 そっちの暮らしはどう?

 何か食べたい物とかあれば、里から届けるから言いなさいね。

 そうそう、あなたが告白さえさせてあげなかったアイツだけど、

 陽の君がいなくなって、寂しいみたいよ。たそがれてる。

 あなたも罪なことするわね。

 それじゃ、また。』


「知らないし。エルフの男は好みじゃないから、近寄らないでって気配は

 出してたかもしれないけど。……アイツって誰? まあ、里のどの男の子であれ、

 妻になってくれなんて言われたらゾッとするから、分からなくていいかな?

 それより、末の神様のこと考えた方が楽しいし」


そんなこと言いながら、友達宛の手紙を書いているの。陽の君は、楽しい時はこんな表情するのね。すごく可愛らしい。


友達かぁ。どんな感じなんだろう?

言っても仕方がないことなんだけど。例えば神族と人(人間やエルフやドワーフや亜人等も含めて)は、人間に例えると大人と幼児くらい差があります。

私と神族(7柱の神)は同じ神族でも、さっきの例なら大人と虫くらい違います。


例えば、犬や猫と仲良くなって、友達や家族のように関わることは出来るわよね。

でも、犬や猫にはそれぞれの愛し方があるけれど、対等な人同士の交流とは異なるでしょ? 私には同格で対等な存在っていないの。

「世界の外」へ出れば、もしかしたら先代の『母神』がいるかもしれないけれど。べつに、会いたくないし。


だから友達は1人もいないし、家族や育ての親達が、それぞれの限界の中で、私を理解しようとしてくれているの。

陽の君の可愛らしい微笑みを見ていると、少し羨ましいです。



で、叔父様の様子が変じゃない? お母様が、お父様は席を外させて、じわじわと問い詰めているわね。これ、叔父様逃げられないやつだ。かわいそー。


「仕事がきついなら、あの子に言いますよ」

「ですから、仕事とは関係ありません」

「じゃあ、いつもと様子が違うのはどうして」

「言いたくないです」

「是非、聴きたいわ」

「姉様は、何が何でもこじ開けてきますよね」

「ええそうよ。大切な家族のことは、何でも知りたいの」

「この重すぎる愛から、よく兄様は逃げませんね」

「あなたも逃がさないわよ」

「圧が凄いです。話しますから……」


叔父は言いにくそうに、話し始めました。

・陽の君が村に馴染む様子を見ている内にエルフを意識したこと

・意識してみると、エルフはとても美しいこと


「うんうん」

「……それで、華の君様(華の母様)が、頭から離れなくて」

「ん? ちょっと待って。そっち?」

「よくわかりませんが、華の君様です」


叔父は珍しく、真っ赤になって固まっています。ふふ、子どもみたい。

お母様は、どうしようか考えてるみたい。叔父様も、恋するとポンコツになるのね。



華の母様は、華の君と呼ばれています。王都の学院長を長く務めました。ある事情で、4人のエルフと共に、異種族では初めて学院で学びました。

華の母様は優れた精霊魔法使いですから、卒業後はそのまま学院に残り、精霊魔法の教授として過ごしました。

仕事は優秀なんだけど、私生活では快楽に耽溺してたんですって。


先日叔父が会った王家の火の君はその頃18歳でした。親子ほど年の離れた刀の君にプロポーズされた時も、華の母様は火の君を口説いていたんですって。この頃の華の母様にとっては、「キレイ」「熟して美味しそう」って感じれば、性別も種族も関係なく、性愛の対象だったの。あんなキレイなエルフがその気になれば、ハーレムも出来るわよね。


 ――ねえ? あなた達の夢なんて、知らないわあ。

   考えてごらんなさいな。エルフの体ってね、人間で言えば

   若者の心身が、ほぼ永遠に続くのよ?

   淫らなことに耽溺して当たり前じゃない?


300年ほど前の、快楽に耽溺中の華の母様の言葉です。

それでね。耽溺するだけ耽溺したら、快楽に飽きたんですって。

ハーレムは解散。

その後で、華の母様は結婚して伴侶を持つのが嫌だったから、学院で働きながら1人で子ども達を育てました。そして、子育ても終えて孫やひ孫が産まれる頃に、学院長に就任したの。


そんなわけで、今の華の母様って、私に近いくらい性愛に興味ないのよね。

叔父様も、また難しいとこ行ったなあ。



絶対に家から出るなと釘を差された叔父様を残して、お母様は華の母様の所へ行きました。歌の母様と陽の君も伴っています。


母「陽の君ちゃん、必ずなんとかするから、泣いちゃダメよ。

  歌姫、側についててあげて」

歌「あらあら、ものものしいわね」

陽「私、何かしてしまいましたか?」

母「じつはね……」


華「はぁ? 私?」

母「そう」

華「ちょっと、陽の君、あなたその短剣しまいなさい」

陽「告白する前に盗られるなんて、恋敵は刺さなきゃ」

 「「「分かりやすい本音が漏れてる」」」

母「思ったより、陽の君ちゃん、冷静ね」

陽「あまりのことに、涙も出ません。なんですか。私を見てエルフを意識して、

  エルフを好きになって、お姉様に行くって!! これが大年増の実力?!

  末の神様は、声じゃなくて、年上好きでらしたのね!」

華「あんたねえ、隠す気無いでしょ。落ち着きなさいよ、盗らないから」

陽「でも、今、末の神様がドキドキしているのは、お姉様に対してです」

華「ハーレムあった頃なら大歓迎だけどね、飽きちゃったのよ。

  だから、ひたすら迷惑」

歌「バッサリやるのでしょ?」

母「お願いできる?」

華「あなたの弟じゃない? いいの?」

母「私は、陽の君ちゃんを、結婚と恋人の神として応援します」

華「じゃ、ちゃっちゃと済ませましょ。陽の君も落ち着かないでしょ?」



小町の母様の耳に入れなかったのは、お母様なりの優しさなんでしょうね。華の母様と小町の母様の2人に、絞られるのはキツイもの。叔父様にしてみれば、陽の君の気持ちは分からないわけで、理不尽なだけよね。



理不尽といえば。私に友達がおらず、家族や育ての親がいてくれることは話しましたね。幼いころは、私に与えられた力は、ただただ理不尽な物でした。

神すら「世界の外」へ追放できる力、何でも書き換えることの力、独りであらゆる命も神さえも産むことができる力。心身が成熟するまで、今のように自由に力を振るうことは出来ませんけれど、自分の管理下に置けないからこそ、恐ろしかったです。


幼いころは、この力が嫌でした。今は諦めて、不安は凍らせて、「娘」「孫」「村の子」「母神」という役割を演じています。


だって、必ず間違えるでしょ? 神族であれ最高神であれ。私が間違えれば、どれほど大きな迷惑をかけることになるでしょう? ね、不安にもなるでしょ。



華の母様が、さも何かのついでのように、我が家へ訪れました。

「あら、末の神、おはようございます」

「おはようございます」

「あの子は、部屋かしら?」

「今日は機嫌悪くて籠城してるんです」

「あらま。なんだか懐かしい」

「叱られたり、不満があると、籠城してましたよね」

「私の家にも、小町魔王や歌姫の家にも、よく家出して来たし」

「必ず姉様と喧嘩して『お母様嫌い』って出ていきますから、

 兄様と私で、姉様をなだめるのも大変だったんですよ」

「ええ。でも、良い子に育った」

「まだ子どもですよ」

「それはそうよ。18歳じゃない? やっと大人を始めたばかり。

 でも、大きすぎる力を与えられて生まれたことに

 怯えていたあの子が、あれだけ図太くなったでしょ」

「はい」

「私は、あの子を一緒に育てた人達は、戦友だと思っているの」

「はい」

「大切な家族であり、一緒に泣いたり笑ったりした仲間よ。

 そんな末の神だから言うんですけれど。

 自分で言うのも厚かましいけど、私はエルフとしても整ってますし、

 今でも人間に例えれば20代前半の心身でしょ?

 やれ妖精みたいだだの、綺麗だだの、一度寝てみたいだの、

 言い寄る勘違いもいるのよ。私は性愛に一切興味ないから、鬱陶しいの」

「……」

「今は、あの子を見守りながら、この村の暮らしを味わうのが好き。

 この静けさを踏みにじる者が現れれば、断固として戦う」

「ええ。是非、大切になさっているものを、これからも守って下さい」

「ありがとう。につきあわせてごめんなさい。

 あの子の顔が見たかったけど、久しぶりの籠城じゃ仕方ないわよね。

 今回は誰がやらかしたの?」

「兄様らしいです」

「武神も苦労するわね。あの子の甘え方って重いもの」


華の母様はそう言い残して、帰っていきました。苦笑して見送った叔父は、華の母様の姿が見えなくなるまで見送ると、居間のソファに沈み込みました。

すっごい深い溜息とともに、こんな言葉を洩らしました。

「好意を寄せること自体が、あの方の『静けさを踏みにじる』のですね……」



華の母様は、皆が待つ自宅へ戻りました。


華「おまたせ」

母「あの子、食い下がらなかった?」

歌「末の神様は、聞き分けの良い子ですよ」

華「バッサリいってないわよ」

陽「……」(短剣を懐から取り出そうと、ゴソゴソ)

華「刺すなら、聞いてからになさい」

陽「はい」(短剣は握ったまま)

華「私達って、小町魔王もだけど、あの子をみんなで育てたでしょ。

  その話をして、帰ってきたの。そんな仲間にだからこそ言うけどって、

  私の愛する静けさを踏みにじるヤツは敵だってね」

歌「あらあら。言わせてあげなかったの?」

華「私達の可愛い子孫を、泣かせたバカの告白に付き合う必要ある?」

歌「ええ、私も言わせない」

母「陽の君ちゃん、あなたは今から、末の神だけの女神になりなさい。

  あの子は、相当引きずるからね。優しく慰めて、オトしなさいな」

陽「しょんぼりしてる、末の神様へつけ込むのイヤです。

  彼がしょんぼりしてるのも、しょんぼりさせられたのがお姉様なのも、苦しい」

華「そうよね。話は終わりました。避けないから、その短剣で好きになさい」

陽「あっ、ごめんなさい。まだ握ってました。あれ、変ね。指に力が入らなくて」


陽の君は、固く閉じた右手の指を、震える左手でそっと動かしました。

鞘に入ったままの短剣が床に落ちます。陽の君は、母達に謝って、短剣を拾い、華の母様のお宅を駆け出して行きました。


歌「ねえ、小町魔王様はどうする?」

華「外されたって怒るよねえ」

母「だって、華の君と小町魔王が2人がかりで詰問する図になると思って」

華「ありがとう。おかげで、やりたいように出来たわ。

  で、小町魔王のこともよろしく」

母「ええ、2人もついてきてよ」

 「「絶対、怒られるからイヤ」」

母「じゃ、行ってくる」

歌「私も、おいとましますね」

華「2人とも、おつかれー」


お母様と歌の母様も、出て行かれました。

華の母様が、天井を見上げるようにして、言います。

「ねえ? 見てるわよね、私の可愛いひきこもりちゃん。

 あの頃は、私達があなたを迎えに行きました。

 でもね、今日は、頼りになる叔父さんはポンコツになってるし、

 あなたのお母様は小町魔王の尋問が待ってるし、

 武神は困ってるだけで、だれも迎えに行けませんよ。

 

 誰も迎えに来てくれないと、籠城やめられないわよね。気まずくて。

 どうする? 本当に困ったら、連絡よこしなさい。以上」



読まれてる。の存在がいない問題はまだ解決できていないけど、私を育ててくれた人達は、こんなにも私を知っていてくれる。

幼い頃はただただ不安だったけれど、人と同じように子どもから大人になる経験をさせて貰えたから、こうして知って貰えるのね。

あの日の不安は無駄じゃなかったのかな。


叔父様は居間のソファでほぼ死んでるし、陽の君はおうちで泣いてるし、この2人、どうするんでしょうね? 恋心は、私には分からないから。

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