第20話

「そういうことだったの? しょうもないなあ」

 ユニバーサル貿易にちょうど出社している時に、私からの連絡がしばらく途絶とだえていたのにれていたらしい正岡まさおかから電話がかかってきたので、先週の土曜に徳見とくみくんから聞いた話を簡単に伝えると、老人は本気であきれれているようだった。

「ご婦人にどう伝えたものかなあ。困った困った」

 いつも私を困惑こんわくさせているのだから、たまには困った方がいいだろう、と冷ややかな気持ちで話を聞いていた。

「長らくお待たせしましたが、近いうちに報告できると思います」

「楽しみにしてるよ。ここのところ外に出られなくて暇で暇でさ」

 どうしたのか理由わけいてみると、二週間前に庭仕事をしている最中に足をくじいてしまい、それ以来散歩にも行けていないという。

「買い物は大丈夫なんですか?」

「いつも近所の店に配達を頼んでいるし、お手伝いさんもいるからその点は心配ないよ」

 何度か正岡の家まで通っているが、ハウスキーパーらしき人には会ったことがなかった。私が訪れている間は何処どこにいるのだろう。ともあれ、皮肉屋でどうしても好きになれない人であっても、怪我けがをしたとなれば話は別だった。どうぞお大事に、と言って電話を切り、所長にそのむねげると、白石しらいしさんの顔色が変わった。

「それは気を付けた方がいいよ。うちの旦那だんなのお父さんも70過ぎて毎朝ジョギングするほど元気のある人だったけど、その途中で転んで骨折しちゃってから、あっという間に弱って亡くなっちゃったからね。足の怪我は怖いよ」

 そう言って腕を組んだ。寒さが厳しくなって、ブラウスの上にこんのセーターを着るようになっていた。

「こっちで見舞いの品を用意しておくから、次に正岡くんの家に行く時に持っていきなさい」

 所長も年齢を考えると他人事ひとごとではないらしく厳しい顔をしていた。うなずいてからモニターに視線を戻す。

 昨日の夕方から正岡に渡す報告書作りに取り掛かっていて、会社にもノートパソコンを持ち込んで執筆を続けていた。私のは森永もりながさんのものほど立派ではなくこじんまりとしたものだったが、その分持ち運びには便利でなかなか重宝ちょうほうしていた。所長を連れて行った秋葉原あきはばら家電量販店かでんりょうはんてんで1年前に安く買ったもので、ザオラルという聞いたこともないメーカーのものだったが、どうも台湾たいわんの会社らしい。自宅で作業するのが気詰きづまりな時は、近所の喫茶店やファミレスに持ち込むこともあった。昨日の夜も自宅で資料をプリントアウトしていると、またしても彼女のいるあの部屋に戻ってしまったので、逃げ出すようにして所沢ところざわ駅前のネットカフェまで行ってみたが、わざわざノーパソを持ち込むこともなかった、と暗いブースの中に備え付けられたやや旧型のデスクトップPCパソコンを目にして思わず笑ってしまった。私という人間はよくよく間が抜けているが、そのおかげで昨日は彼女の三日月の微笑みをつか忘れることができたのかもしれない。

「仕事してますね」

「しとるな」

 見えはしなかったが、2人が頷きあっているのが感じられた。普通に仕事をしているだけで感心されるとは、普段の私はどれほどなまものだと思われているのだろうか。思わずキーボードを叩くペースが速くなったが、その音を聞くと森永さんのことが思い出された。まだしばらくは帰ってこられないらしい。それから護島ごとうさんのことも思い出す。今頃何をしているのだろう。

 それから退社の時間まで、ずっと机から離れずに書類に掛かりきりだった。最初は冷やかし気味だった所長と白石さんも徐々じょじょに引き始めて、少し休んだ方がいいぞ、あまり続けると目に悪いんじゃないの、などとあれこれ言い出した。いつも自宅でやっているのと同じようにやっていたつもりなのだが、どうも私のやることは極端なようだ。中庸ちゅうようという言葉から程遠く出来上がっている。

「それじゃ、戸締りお願いね。ほどほどにするのよ」

「あまりこんを詰めるんじゃないぞ。身体を壊したら何にもならん」

 2人は先に帰っていった。気を使わせてしまったかな、と反省してから、再び取り掛かる。

 夕方のオフィスで一人きりになると、護島さんに小栗栖おぐるすの件を話した時のことが思い出された。それから、最後に神保町じんぼうちょうで別れた時に彼女が目を細めながら私を見詰めていたことも。そして、護島さんではない彼女も私から離れてはくれない。遠い過去、そして遠くない過去の思い出から目を逸らすために作業に没頭ぼっとうしていく。

 気が付くと21時になっていた。LEDエルイーディーで照らされた室内がやけに明るく見える。昼からぶっ通しで体内にエネルギーが一滴も残っていないのがよく分かった。完全にかわききっていた。よろよろと立ち上がり、カレーでも食べて元気を出してから帰って、明日には完成させようと思っていると、スマホからバート・バカラックの名曲が流れ出した。表示されているのは見知らぬ番号だ。

「もしもし」

「どうも。阿久津あくつです」

 よりによってエネルギー切れの状態で一番相手にしたくない人物からの電話だった。早くもがけっぷちに追い込まれた気分になる。

「こんばんは」

 何故かあらたまって丁寧ていねい挨拶あいさつしてきた。

「こんばんは。どうしたんです、こんな時間に?」

夜分やぶん遅くに悪いとは思ったんだけど、どうしても君と話をしたくてね」

 タンホイザー・ゲートに入る件だろうか。

「徳見くんから話をお聞きになりました?」

「聞いたからこうやって電話してるんだよ。やっぱり彼じゃらちがあかなかったね」

「なら、僕があなたについてどう考えてるかも聞きましたよね?」

「あんまりめて欲しくないなあ。君が僕を好きでないことくらい、とっくに分かってたよ。そのうえで君という人材じんざいが欲しいと言ってるんだ」

 負け惜しみには聞こえなかった。一体どういうつもりなのか。しかし、やはり、今の私には彼と話をするだけの体力が残っていなかった。阿久津世紀あくつせいき生半可なまはんかな気持ちで相手できる人物ではないことを私は一応わきまえていた。

「あの、申し訳ないんですけど、後日ごじつ改めてその件に関してお話させていただくわけにはいきませんか?」

 三十六計をえる計略を実行にうつすことにした。

「あれ、何か都合つごうでも悪いの?」

「阿久津さんのせいじゃないんです。実はさっきまで残業ざんぎょうしていて腹ペコなんです」

「だめだよそれは。ACT2アクトツーの会員たるもの規則正しい食事を心掛けるように言ってあるじゃない」

「はい、すみません」

 もうやめるつもりなのにどうして大人しくしかられているのだろうか、と少し可笑おかしくなる。おなかきすぎると人間は何もかもがだめになってしまう。

「阿久津さん、食事の方は?」

「僕は日が沈んでからは何も口にしないことにしているんだ。おかげですこぶる体調がいい。君も試してみるといいよ」

 それができるのはある程度余裕のある生活を送っている人だけではないか、という気がした。

「うんうん。そうだね。じゃあ、明後日あさってワークショップに参加したらいいよ。それが終わった後で1対1でゆっくり話をしよう。実は僕も面と向かって話さないとだめだと思ってたんだ」

「参加しないといけませんか?」

「何が気に入らなかったのかは分からないけどさ、もう一度来てみたら考えもまた変わるかもしれないじゃない」

 言っていることはもっともなので反論しづらい。それにも増してこれ以上話を長引かせるのは無理だった。

「分かりました。そうすることにします」

「オッケー。じゃあ明後日、楽しみにしてるよ。あ、そうそう。晩御飯はヘルシーなものを食べるんだよ。ジャンクフードなんかもってのほかだからね。いいね?」

 そのまま切れてしまった。カレーライスは阿久津の中でセーフになるのだろうか。わずかな時間の会話だったが、消耗しょうもうは激しく、しばらく椅子いすから立ち上がることができなかった。どうやら調査を終わらせようとするめぐり合わせはまだ続いているようだ。その決着が明後日ついにやってくるのだろうか。だが、とりあえず今は何をいてもカレーライスだった。


 もう来るつもりのなかった場所まで足を運ぶのに、いくらかの気まずさをともなうものだということは、5年3組の最後列の机のフックに掛けっぱなしにした給食袋を日没にちぼつ寸前に取りに行った時に子供ながら分かっていたことだったが、25年ってもそれは変わることはなかった。時間を見計みはからってちょうど19時に会議室の中に入ると、他の参加者の視線が集まったような気がして余計に気まずくなった。阿久津や徳見くんが土曜の出来事を一般の会員に打ち明けるはずはないから、しばらくさぼっていた奴がまた来た程度に見られているのだろう。あるいは有明ありあけであなんと一緒にいたのがまだ尾を引いているのか。当の徳見くんが演壇えんだんの横に立って私をにらみつけているのは見なくてもよく分かったし、私の方もそんな青年を見たくはなかったのでなんとか視線を外すようにしていた。阿久津から因果いんがを含められていなければすぐに襲い掛かりたいところだろうな、と彼のことを思いやった。

「みなさんこんばんは」

 奥の扉から阿久津が入ってきた。ニシキヘビの皮で出来たスーツとポークパイハットで身を固め、薄いピンクのサングラスもかけている。自らの戦果せんかを誇る狩人かりゅうどというよりは大蛇に丸呑みにされた哀れな犠牲者と呼ぶのがふさわしく見えた。横に誰か座ってきたと思ったらカヨちんだった。今日は濃い緑のパーカーを着ていて、新宿しんじゅくで話した時より少し丸みを帯びたように見えた。さらにその横には毛を刈られたばかりのアルパカのようなほっそりとした見かけない女の子がいて、2人そろって私に向かって少し頭を下げた。この2人を合体させたらちょうどいいんじゃないか、と思ったが、新小岩しんこいわの理事長兄弟といい、どうも私には他人たにんを頭の中で勝手に合体がったいさせる悪いくせがあるようだ。そんなことを考えたところでもちろん実現するわけがないし、かといって誰も傷ついたりはしないのだが。

 阿久津に来いと言われたからそうしただけで、ワークショップに積極的に参加する気は元からありはしなかった。私が徳見くんに向かって酷評こくひょうしたのを知っているはずなのだが、それでも阿久津の話は相変わらず無内容むないようきわみと言うべきもので、むしろどこまで無意味な話をできるのか挑戦している、とすら思えてきた。阿久津には電話で丸め込まれたが、やはり考えは何も変わらない。横の2人の女の子もさっきからひそひそ話をしている。

「ね。言った通りでしょ」

「本当に真っ黒じゃん。まじうける」

 今日も「キャラクター設定」を守って一応黒ずくめで来ていたので、たぶん自分の話をされてるんだな、と思うとかなりいたたまれなかった。いくら声を落としても、すぐ横にいる私に聞こえないわけがないのだが、その辺の配慮ができないのはまだ若いせいなのだろうか。

「はい、そこ。何話してるの」

 阿久津も気付いたようだった。目敏めざといと言うよりは耳敏い。女の子たちは固まってしまったが、主宰者しゅさいしゃは何故か私へと狙いを向けた。

「なんだ、ソリガチさんと話してたんだ。いい大人が注意するどころか一緒に話をするなんて困るよ」

 何かが始まった感覚があった。阿久津が私をわざわざ呼んだからには何か狙いがあるはずだ。あるいは終わった後の話というのはおとりでここで吊るし上げるのが目当て、という可能性もあった。仮にそうだとしたらさっさと逃げてしまうつもりでいたが。

「ソリガチさんさ、久々に来たんだったら、もっとやる気を見せてくれないと。そういうところがだめなんだよ。心が未熟みじゅくなんだよ」

「すみません。以後気を付けます」

 私が素直に頭を下げたので阿久津は拍子抜ひょうしぬけしたようだった。言い掛かりをつけて何か反論させたかったのが見えたので、それには乗らないことにしたのだ。当てが外れたのか阿久津が2回続けて手をたたいた。

「ああ、じゃあ、もういいや。やる気がないんだったらさ、話に参加しなくてもいいよ。ソリガチさんが好きなことをやってくれていいからさ」

 ついさっき言っていたことと違う、と他の参加者もさすがに戸惑とまどったようだった。私も阿久津の意図いとが分からなかったが、どうにかして逆らわせたいのだろうか。

ばつとして廊下ろうかで立っておきますか?」

 私の言葉に何人かが笑いをらした。小学生じゃあるまいし、ということもあるだろうし、いい大人が夜から集まって学校の授業の真似事まねごとをしている滑稽こっけいさに今更いまさら気付いたということもあったのかもしれない。ただ、私としては久々に廊下に立ってみたい気持ちが全くないわけではなかった。どうせならバケツに水を入れて両手で持ったまま立ってみたい。

「いやいや、罰だなんてそんな。ここは自由な集まりだから、そんなものはないよ。誤解しないで欲しいなあ」

 参加者に反抗されるのを何より嫌う阿久津は空気の変化を敏感びんかん察知さっちしたらしく、私の発言を慌てて否定した。しばらくホワイトボードの前をきつもどりつしてから、今度は1回だけ大きく手を叩いた。

「じゃあ本でも読んでてよ。自分のためだけの時間を過ごしてくれればいいから。何か持ってるんでしょ、本?」

「はあ」

 ジャケットの左ポケットから、フィリップ・K・ディックの『最後から二番目の真実』を取り出した。あと50ページで終わるところまで読み進めていた。

「うん。じゃあそれを読んでて。僕の話はもう聞かなくていいよ」

 そう言うと阿久津はふたたびび無内容極まりない話を再開させた。どういう意図なのかは分からない。私に謝って欲しかったのかもしれない。ただ、上司や先輩に「やる気がないなら帰れ」と言われた時に、私は言葉をに受けて本当に帰ってしまうほうだったので、今度も阿久津に言われた通りに本を読むことにした。文庫本のページをめくると「マジで読むのかよ」と言いたげな空気が周囲からただよってきたが、阿久津が何も言ってこないので遠慮えんりょなく読書を続ける。『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』だったら嫌味いやみに取られていたかな、などと考えているうちに読み切ってしまった。この本をこんな異常な状況で読めてよかった、とよく分からない感想をいだいてしまう。本を閉じて元のポケットに戻してから、今度はジャケットの右ポケットから、コリン・ウイルソンの『死のアウトサイダー』を取り出すと、2つ隣のアルパカが噴き出すのが聞こえた。「マジシャンかよ」などとぶつぶつ言ってる。また阿久津に叱られるぞ、と思っているとすぐ横ではカヨちんが目を丸くしている。

「いつもそんなにたくさん本を持っているんですか?」

 ひそひそと訊いてきたが、みんなも本の2、3冊は常に持ち歩いてるんじゃないの? と逆に訊きたくなった。ビジネスバッグの中にはヨーロッパの最新情勢を解説した新書しんしょも入っている。しかし、他の参加者からもまるうちに突然タイムスリップしてきたネアンデルタールじんを見るかのような視線をちらちら受けたので、どうも私の方がおかしいらしい。軽くショックを受ける。

 それでも阿久津の話には一応耳をかたむけてはいた。やりこめられた後、しばらく休んでいたライさんが久々に来ていたようだったが、残念なことに今日も槍玉やりだまにあげられていた。何が阿久津の気にさわったかというと、「名探偵ガブリエル」をライさんがめたからではないか、という気がした。阿久津自身は、例の「神よ」の誕生秘話たんじょうひわをこのACT2でも何度もするくらい「ガブリエル」の人気を利用していたが、それでいて他人ひとが「ガブリエル」を褒めるとひどく機嫌きげんそこねた。「大衆に魂を売ってヒットした」「マグニ本来のとがった部分がまるでない」「インテリのおもちゃにされただけ」などとひどいようだった。おそらくそれが阿久津の本音ほんねなのだろう。自分が関わらなかった作品がマグニの作品の中で最も高く評価されていること、そしてその人気にあやかって商売せざるを得ない自分自身。そういったものにつくづく嫌気いやけがさしているように見えた。

「いい加減にしてくれ。なんでそこまで言われなきゃならないんだ」

 阿久津の嫌味にたまりかねたのか、ライさんがとうとう大声を上げた。横の女の子たちが身をふるわせたのが伝わってきて、私も本から目を離した。

「そう感情的にならなくてもいいじゃない」

 阿久津は余裕綽々よゆうしゃくしゃくていだが、何処かおびえているようにも見える。

「もううんざりなんだよ。あんたには本当にうんざりだ」

 顔を怒りで赤く染めたライさんが勢いよく席を立ってそのまま出て行ってしまう。ドアの閉まる音が会議室中に響き渡る。

「もう、なんなんだろうね。あれは」

 阿久津が笑うとつられて何人かの参加者も笑った。テッペイは声を出して笑ったが、そのせいで余計に追従ついしょうめいて見えてしまっていた。

「でも、みんな、彼を憎んではいけないよ。新しい時代についていけない、あわれむべき存在なんだ。いずれ自らのあやまちに気付いてくれるよ」

 決め台詞ぜりふのつもりらしかったが、荒れた室内の空気は元に戻りはしない。

「じゃあ、今日はこの辺にしようか。みんなお疲れ様」

 阿久津は「なんだあいつ」という表情で私を一瞬だけ見てから奥の扉の中へ入っていった。奇天烈きてれつなファッションの男に変な奴だと思われるのは複雑な気分だったが、この後何処へ行けばいいのか聞いていないので、どうしようかと思っていると、

「あの」

 と後ろから呼びかけられた。見るとカヨちんとアルパカが立っていた。

「またられたんですね」

「君もやめてなかったんだ」

 私がそう言うと、カヨちんはうつむいて何か言いたそうにしていたが、ようやく思い切ったように、

「実は相談したいことが」

 と言いかけたその時、どん、と背後はいごから右肩を強く突かれた。喧嘩けんかでしか有り得ない力のはいりようだったので、一瞬で頭に血をのぼらせながら振り返ると、徳見くんが立っていた。

「1時間後に、阿久津の行きつけの店まで来て欲しいそうです」

 それだけを言うと、上司の後を追って奥へと去っていった。徳見くんがやったと分かると怒りは一気にしずまっていた。彼には何をされても仕方がない、という思いがあったからだ。土曜の件があるうえに、今日の私の態度もろくなものではなかった。殴られてもおかしくはない。それに私が振り返った時の彼の表情は何処かうつろで、感情をセーブできずについ力が入ってしまったように見えた。そんな人と喧嘩をしてもしょうがない。むしろ彼にメッセージをたくした阿久津の方にいきどおりを覚えた。こうなるのを見越みこしていたのか。

「大丈夫ですか?」

 2人の女の子も異変に気付いたのか心細そうにしている。特にアルパカは今にも泣きそうになっていたが、そんな表情になると可愛く見える娘のようだった。

「プロキオンさんも忙しいんだよ。でも、ごめん。この後用事があるから、相談はまた今度にできる?」

「あ、はい。別にそんなに急いでいないので大丈夫です」

 そう言って微笑んだ彼女を見ると、すぐに話を聞いてあげなくてはいけない、という直感が体中をめぐったが、阿久津との話を控えた今の私にはどうすることもできないし、私とあまり親密そうにしているとかえって彼女に迷惑がかかるおそれがあった。アルパカにうながされると、カヨちんは私に別れを告げて去って行ってしまった。

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