六章 青年

 談話室の隅に置かれているドッグフードを入れた皿の前で、御影は困った表情でドッグフードの箱を持って立っていた。

 ご飯の時間なのにモココが食べに来ない。


「モココー、どこー?」


 いつもは皿にドッグフードを入れる時の音に反応して、せわしく走ってくるのに何の気配もしない。

 どこかで眠ってしまっているのだろうかと、御影は家の中を探し回った。各部屋のベッドの下や、クローゼットの中、洗濯機の中や、冷蔵庫の中も調べたが見つからない。


 もしかしたら外に出てしまったのだろうか。そうだとしたらとても困る。桜花が外に買い物に出てしまっているから、外に探しに行くことができない。

 いつも強く言い聞かされていた。一人で外に出てはいけない。外に出たら怖い人にさらわれてしまうから、と。


 知らない人にさらわれてしまうのは怖いけれど、でもモココが帰ってこなかったらどうしよう。

 近所に人が住んでいる家はないし、ちょっとだけならきっと誰も来ない。


 そう結論付けて、御影はそーっと玄関の扉を開けて外の様子を伺う。手入れしきれずに、寝起きの髪の毛のように、ボサボサな緑が生い茂っている庭が見える。少し離れたところに建っている民家や商店は、今は誰も住んでいないと聞いている。庭の先の狭い道路には車は一台も通らない。誰もいない。

 扉を大きく開いて外に出てみる。初めて一人で外に出て、胸が少しドキドキする。


「モココー、いるー?」


 家を一周してみたが見当たらない。


「もう。どこいっちゃったのー?」


 呟きながら恐る恐る道路の方へ歩いていく。もう一度モココの名前を呼んでみるが、返事はない。御影の声に反応して、どこからか怖い人がやってくる、ということもない。


 近くにある海の波の音が大きく聞こえる。少し冷たい風が吹いて体にしみたが、御影は狭い道路を進んでいった。

 しばらくして、砂浜に続く階段にたどり着いて下りていく。


「モココー?」


 波の音が声を掻き消した。階段を降りきり、砂浜に到着する。


「あ」


 砂浜の、少し遠いところに人が立っていた。外にいる人は怖い人かもしれない、関わるな。桜花の言葉を思い出し、御影はすぐに階段の陰に隠れようとしたが、その人物はすでにこちらを向いていた。さっきのモココへの呼びかけが聞こえてしまっていたのだろうか。


 逃げなければ、と思ったが、その人物の足元で見覚えのある白いモコモコが動いているのに気がついた。


「あー! モココ!」


 思わず大声を出して駆け寄っていた。

 モココが御影の声に気づいて、撫でられていたその人物の手から抜け出し、走り寄ってくる。


「よかったー。どこいっちゃったのかとおもったよー」


 足元にすり寄ってきたモココを抱き上げ、ふわふわの体に頬ずりをし、顔をふわふわの毛の中に埋もれさせる。安心と心地よさに目を閉じた。


「その犬、君の犬なの?」


 目を開く。モココを見つけた安堵から一変、警戒心が体を緊張させる。

 声をかけてきた男は桜花と同い年くらいだろうか。顔も体も細すぎで、どこか頼りない印象を受ける。怖い人には見えなかった。だが頬のこけた血色の悪いその顔は、ジェシカちゃんのドラマに出てくる悪者になんとなく似ていて、御影は警戒の目でその青年を見る。


 かけられた言葉に返事をすることもなく、半眼で睨みつける御影に対して、青年は笑顔に戸惑いを混じらせて「何?」と問う。


「おにぃさんは、わるいひとなの?」

「え?」

「モココをさらいにきたんじゃないの?」


 青年の表情から笑みが消えて、顔は戸惑い一色になる。そんな青年を御影は精一杯睨みつけるが、相手を怯えさせる威力はない。青年は御影の言葉の意味を一生懸命理解しようとしているのか、のんびりしているとも受け取れる動作で、ゆっくり頭の後ろを掻いている。


「よくわからないけど、そんなことしないよ。僕は海を見に来ただけだよ」

「ホントにー?」

「ホントだって。そしたら君の犬が歩いてて、可愛かったからお菓子をあげたくなったんだ」


 青年が目を細めて柔和な表情でモココに目をやる。青年の視線を辿って御影もモココを見る。途端に御影の表情が輝いた。


「かわいい? モココかわいい? やっぱりそうだよね!」


 睨み付けることをすっかりと忘れ去り、緩みきった笑顔で「そうだよねー、モココかわいいよねー」と腕の中のモココを撫で回す。


 青年は自分の言葉で少女の態度を一変させることができると思っていなかったのか、きょとんとした表情をしている。しばらくの間、“少女”というよりは“女性”に近い女の子の表情を眺めていた。大人に近い体でありながら、幼い子供のように無邪気に子犬を撫で回す姿を。


「そっか。そうだよね……」


 青年は御影の耳には届かないほどの声で、小さく呟き、小さく笑う。どこか悲しみを帯びた表情で笑う。


「あのさ。もう一度その犬、触らせてもらってもいいかな?」


 そう声をかけられて、御影が青年の方に顔を向けたとき、青年の悲しみの表情はどこにもなくなっていた。柔和な笑顔だけがあった。


「うん。いいよ!」


 御影はモココを砂浜の上におろし、自らも子犬の背中を撫でながら、促すように青年の目を見て、警戒心のかけらもない笑顔を向けた。御影の笑顔に答えて青年も子犬の傍らにしゃがみ、頭をやさしく撫でる。


 しばらく二人は何も言わずにモココを撫でていた。モココの尻尾は全力で喜びを表現している。

 会話がなくてもモココが可愛い、ということを共有できることがうれしくて、御影は心を弾ませていた。

 そんな時、耳がさざなみに包まれている中「僕はね……」と小さく青年の声が聞こえた。


「え?」


 聞き返しながら青年の顔を見上げる。


「僕はね、本当は外になんか出てきちゃいけないんだ。病気でね、手術をしなきゃいけないんだ。でもね、怖くてさ、どうしても決心がつかないんだ」


 憂いを帯びた青年の顔を見ながら御影は首を傾げる。


「……おとなのひとでもこわいことってあるの?」

「あるよ。いっぱいあるよ。君はなんだか小さな子供みたいなことを言うね。君ももう数年で大人の歳でしょ? その数年で今怖いと思えるものが全部怖くなくなると思う?」


 御影はまた首をかしげた。『もうすぐ大人』という言葉に違和感しか覚えない。そんなことを問われることに違和感しか覚えない。大人になるというのはどういうことだろう。漠然と“一人で何でもできる人”が大人なのではないかと思うが、桜花に甘えてばかりの自分には、大人というのは程遠くてよく分からない。

 考え込んで沈黙してしまった御影に、青年は焦ったように口を開く。


「あ、いや。小さな子供みたいって失礼な言い方だったね、ごめん。ま、僕が怖がりなのはホントかもしれない。手術が失敗したらって思うと怖くて……。だから海を見て勇気をもらおうと思って来てみたんだ」


 御影はほっとした表情をして、海の方に目を向ける。波が寄せては引いていくのを眺めて微笑む。


「うん。うみってキレーだよね。げんきになるよね」


 青年も海の方に目を向ける。「うん」と小さく呟く。


「僕は、妹のために死ぬわけにはいかないからさ」

「いもーとさん?」

「……いや。なんでもないんだ」


 御影は海を眺める青年の横顔を見つめた。なんだか悲しそうだと思った。痛いのを我慢している顔だと思った。そう思うと自分の胸も痛くなった。悲しい顔なんて悲しい。みんなジェシカちゃんの家族みたいに笑ってるのがいい。


「あそぼう!」


 ぴょこりと立ち上がって明るく告げる。


「え……なに?」

「おっかけっことか、すなあそびとか、すなにおえかきとか……なんでもいいからアソボ!」


 青年はしばらくぽかんと口をあけて御影の顔を見ていた。何度か瞬きをして、開きっぱなしの口からそろりと言葉をつむぎ出す。


「もしかして、元気付けようとしてくれてる?」

「うん!」


 無邪気に力いっぱい御影は頷く。青年はさらに瞬きをして、そして目を細めた。


「あははっ」

「なにー? なんでわらうのー?」

「はははは……いや、いい子だなって思ってさ」


 今度は御影が瞬きをして、


「いいこだったらおもしろいの? ヘンなのぉー」


 と首を傾げる。

 青年がモココをなでていた手を止めて、立ち上がる。


「何で僕は迷ってたんだろうね。やらなきゃいけないことは、変えられないのに。迷わなきゃよかった」


 呟かれた言葉につられて、御影は青年の顔を見る。


「しじゅつ、こわくなくなった?」


 問いに、青年は言葉では答えず微笑みだけをかえす。


「僕、そろそろ帰らなきゃ」

「かえるの?」

「うん」


 御影は少しがっかりした表情でモココを抱き上げた。


「バイバイだね」

「うん、話を聞いてくれてありがとう」

「モココをかわいいってゆってくれてありがとう」

「さよなら」

「バイバイ」


 青年が背を向けて歩き出す。御影はそれをモココの前足を持って振りながら、少し寂しげな表情で見送る。しかし青年は数歩進んだところで「あ」と呟き踵をかえした。


「そうだ。約束してくれないかな。ここで僕と会った事は誰にも言わないって」


 御影はモココの前足を持ったままキョトンとした表情で「どうして?」と聞き返した。


「誰にも秘密で病院を抜け出してきたんだ。バレたら怒られるからね。知ってる? どんな秘密なことでも、一人に話せば驚くくらいのたくさんの人にバレてしまうって不思議な現象」

「え! ヒミツがみんなにわかっちゃうの?」

「そう。話した相手に『これは絶対に秘密だよ』って約束していても、次の日には周りのみんなが知っていたりするんだ。大人の世界の不思議だね」

「そうなんだぁ。フシギなんだね、おとなのせかいって」

「うん。だからね。誰にも話さないで欲しいんだ。僕が外に出てたことが知られたら、酷く怒られてしまうんから。今日のことは、君と僕だけの秘密」


 そう言って青年は微笑みかけたが、御影の眉は垂れ下がってハの字を描く。


「おーかにも、ひみつにしなきゃだめ?」

「おーか? 誰?」


 青年は微笑を浮かべたまま訊き返す。御影は顔を俯けて、モココを抱きしめる腕に少し力をこめる。


「……あたしの、かぞくで……パパみたいなヒトで…………おうじさまなの……」


 御影の奇妙な言い回しに、青年は質問をしなかった。納得したように目を細める。


「君の大切な人なんだね」


 御影は頬を染めて小さく頷く。

 桜花はあの寂しい場所から一緒に逃げようと言ってくれた。いつも助けてくれる。だから、桜花は王子様。いつの頃からか、そう思うようになった。けれど初めて口に出して不思議に思う。


 ――へんだなぁ……。ムネのあたりがモジャモジャする……。


 その違和感を抑えようと、モココを抱く手にもう少しだけ力をこめる。


「そっか。そうなんだね」


 呟きながら青年は、口元を押さえて考える仕草をする。


「うん。そうだね、黙っててくれたほうがありがたい。ほら。さっき言ったとおり僕は怖がりだから。ちょっとでも誰かに秘密がばれたら、そうして怒られることになったらって考えると、怖くてしょうがないんだ。ごめんね。大切な人に嘘をつくことになるかもしれないけど……」

「ううん。だいじょうぶだよ。あたしも、どーーしても、ヤサイがたべられないときとか、コッソリすてちゃったりしてるもん」

「あはは。そんなことしてるんだ」


 青年は笑いながら、「じゃあ、約束してくれる?」と小指を出した。御影も小指を出し、青年の小指に絡める。御影が「ゆーびきーりげんまーん――」と歌い出す。


 青年は、視線を小指に向けて歌っている御影を眺めながら、表情を消す。青年は御影よりも背が高く、御影は結んだ小指を見ているためやや下を向いており、青年の表情は目に入らない。


「ゆびきっったっ」


 御影が小指を離して顔を上げる。青年の顔には柔和な表情が戻っていた。

 ふたりは笑顔で手を振り合い、別れた。



    * * * *



 御影は談話室のソファに寝転んでいた。おなかの上にモココを乗せて「おーか、おそいねぇ」等と話しかけながら。

 きゅるるるる、とおなかの虫がないた。窓の外も真っ暗で、普段なら確実に夕食の時間になっている頃だ。


「どうしたんだろうね、おーか」


 モココを撫でながらそう呟いたとき、玄関の扉が勢いよく開く音がした。いつもよりも乱暴な音がしたが、御影は「おーか、かえってきた!」とはしゃいでソファを降りて玄関に向かった。


「御影!」


 切羽詰ったような桜花の声。驚きながらも、御影は廊下を曲がって玄関に顔を出す。息を切らせて肩を上下させる桜花がいた。どうしたんだろうと思いながら、御影は桜花に近づいた。


「お、おかえ……り…………?」


 桜花はしばらく戸惑う御影の顔を凝視して、足元のモココを見る。脱力したのか、閉じられた扉に寄りかかり、大きくため息をついた。


「帰って……たの、か……」

「え?」

「『え?』じゃない。お前どこ行ってたんだよ。帰ってきたらどこにもいねぇから、そこら中探し回ったんだぞ。モココも一緒にいなくなってたから、さらわれたとかじゃなくて、お前が自分で外に出たんだとは思ったけど……」


 御影は思わず目を逸らして顔をうつむけた。“一人で外には出ない”という決まりごとを破り、外に出てしまったことに罪悪感を覚える。


「ごめんなさい。モココがそとにでちゃって、それでさがしにいってたの……」

「そうか……」


 桜花は玄関の扉にもたれたまま、頭を苛々と手で掻き乱す。顔を覆って何度も何度も深呼吸のような大きなため息をつく。顔から手を離し、さらにもう一度ため息をつき目を伏せた。


「でも、モココが心配なのも分かるけど、それでも俺のこと待ってて欲しかった」

「ごめんなさい」

「いつ、どこで、悪い奴と出くわすかわからないんだから」


 はっとして目を開いて、御影は顔を上げた。


「あ、あのね! きょうは、だれともあわなかったよ!」


 慌てたように大きな声をあげる、訊ねてもいないことへの否定の言葉。それに反応して桜花は弾かれたように顔を上げる。目を見開いて御影を凝視する。唇が微かに震えている。


「お前……誰かに会った、のか?」

「ちがうよ! あってないってゆってるのに……!」


 御影は長いストレートの髪が乱れるほどに激しく首を振る。


「何で隠すんだよ!」


 桜花は靴を脱いで玄関を上がる。御影の肩を掴んで強くゆする。御影は怯えた表情で「だって、やくそくした……」と呟き、途中で自分の失言に気づいて口をつぐむ。


「約束? 誰だよそれ! 誰としたんだ!」


 強い口調で詰問する。御影は唇と同じように、両の目もぎゅっと閉じる。


「御影!」


 閉じた両の目から雫がこぼれた。強く結ばれていた唇がゆがんでいく。ひっく、としゃくりあげて肩を上下させる。桜花は反射的に掴んでいた肩から手を離す。御影の目から流れる涙が、どんどんと増えていく。


「おーか、こわいーー!」


 ついには大声で泣き出してしまった。

 桜花は顔に後悔の色を浮かべる。桜花自身が泣き出してしまいそうなほどに顔を歪める。


「ご、ごめん。怒鳴って悪かった……」


 それでも御影の泣き声は、桜花の謝る声もかき消してしまうほど大きく、止まらない。数回謝ったがやはり止まらない。

 桜花の目が、落ち着きなくさまよう。何かの覚悟を決めたように目を閉じて開き、御影の肩に手を伸ばした。


「っ!」


 瞬間、桜花は恐ろしい物に触れたかのように、御影の肩に触れた手を引っ込めた。御影に触れた手が勝手に動き出すのを恐れるかのように、それを抑えようとするかのように、反対の手で腕を握る。


 御影の涙はおさまらない。桜花は腕を押さえながらどうすることもできずにその場にたたずんでいる。

 やがて御影は、自室のある二階への階段を駆け上って行ってしまう。桜花は御影を追いかけて引きとめようと足を一歩踏み出すが、その一歩だけで足を止めてしまう。恐怖に足がすくんだように、動かなくなってしまう。


「馬鹿か、俺は……」


 頭を抱えてその場にうずくまる。

 子供の涙の止め方なんか知らない。女の涙の止め方なんて知らない。自分が泣いている時に、誰かに慰められたことなんて記憶にない。今まで御影が泣いてる時は、向こうから自然と抱きついてきていた。泣いたのに抱きついて来ないのは初めてだったから、こちらからなだめてやるしかなかった。ドラマやなんかの見よう見まねで。


 なだめるために抱きしめようとして、腕を伸ばした。そうしたら、キスしたときのことが脳裏に蘇った。

 途端に、自分から彼女を抱きしめるのは、とてつもなくいやらしいことなのではと思えてしまった。


 御影を傷つけるんじゃないかと思うと怖かった。こんないやらしいことしか考えてない男に、抱きしめられるのは気持ち悪いんじゃないかと思ったら、思わず手を引いていた。

 結局慰めることもできず、引き止めることもせず、傷つけたままになってしまった。


「余裕無さすぎだろ俺……」


 さっきかき回してぐちゃぐちゃにした頭を、桜花はさらにめちゃくちゃにかき回して立ち上がる。

 キッチンへ行き、コーヒーを入れながら、自己嫌悪でいっぱいになりそうな頭を無理矢理に切り替える。


 なぜこんな喧嘩をしてしまったのか。御影が外で出会ったらしき人間に関して、秘密にしたからだ。

 なぜ秘密にしたのか――その考えを進めると、嫌な予感しかしない。


 いつも素直な御影がなぜあんなにも頑なだったのか。御影は『約束をした』と言っていた。相手のことをしゃべらない、と言うことを約束した、ということなのだろう。相手は口止めしたということだ。


 本当に口止めされたのなら、何のために口止めしたのか。瀬藤の差し金だったから。その考えしか浮かばない。

 ではなぜ一人きりの御影をその場でさらわなかったのか。


 説明はできない。だが、だからと言って奴らではない、と楽観もできない。

 この家から離れることも考えなければいけないかもしれない。


 いつもは大量に砂糖を入れるコーヒーを、砂糖なしで飲んだ。苦さに少し、顔をしかめる。


「御影……」


 嫌われた、だろうか。


 彼女をどう想えばいいかわからなくなっている。

 どんなに好きでも、恋人にはできないのに、触れたいと思う。

 触れたいと思うのに、触れたら罪悪感に苛まれる。


 そんな面倒な女は捨ててしまえばいいと思うのに、守りたい気持ちは変わらない。側にいるしかない。

 いっそ嫌われればいい。これ以上惹かれずにすむ。だが、それも怖い。


 桜花は視線を天井に――二階の御影の部屋に向ける。


 あんなに泣きじゃくったままの彼女は、今晩眠れるだろうか。まだ晩飯を作っていなかった。作ってこっそりにでも彼女の部屋に届けるべきだろうか。


 そんなことを考えながらの自分の視線にすら、欲情が混じっているんじゃないだろうかと疑って、気持ち悪くなる。



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