四季・春族



「ただいま兄様。買ってきたよ」

 陽也達三人がいた場所から遠く離れた場所に、木々に囲まれた家があった。

 敷地が広い一棟の日本家屋。庭もあり、池もある。外観と内装はいたんたま箇所がどこにもなく、とても綺麗な造りをしている。家のリビングはフローリングで低めのソファが二つ、背の低いテーブルを挟んで向かい合わせにおいてあり、テーブルの直線上にテレビもおいてある。

 リビングに少女が荷物を手に向かうと、そこには人影が四人。

「おかえり、姫姉ひめねえ

「おかえり」

 まず帰宅の出迎えをしに駆け寄った二人は、少女と同じくらいの背丈の白髪で桃色の瞳の男の子と少女よりも背の高い同じく白髪の男の子。その瞳には景色が写っていない。

 残りの人影は、恐らくこの場では一番背が高いと思われる男性がエプロンをつけて、台所に向かっている。最後の一人はソファで寝ている。

 さて、ここまで特徴を上げれば登場人物全員普通の人間だと思うだろう。少女も然りしか

 普通の人間の特徴は、黒髪、茶色や色とりどりに染めたりする人もいるが。そして瞳は黒か焦げ茶。日本人はそういう色である。

 だが、ここに住んでいる「人」は違う。

 まず少女の色だが、髪は黒ではなく桃色。光の加減で黄緑に輝いている。瞳は綺麗な緑色をしていて、その中央は桃色という不思議な瞳をしている。

 その少女の名は、弥生。

「おかえり、弥生。お疲れ様、助かりましたよ」

 台所に向かっていた長身の男性がそう言って少女に近寄る。

 彼の容姿もまた、股下まである三つ編みにした光の加減で朱色に輝く、赤紫色の長い髪に、前髪で隠れている右目には眼帯。左目は夕焼けのような朱色に少女と同じく瞳の中央は桃色をしている。

 名を、千桜せんおうという。

 そして弥生に駆け寄っていた二人の男の子はというと、二人とも白髪。瞳は、背が少し高い方は中央の部分含め、落ち着いた桃色をしている。一方で弥生と同じ背丈の男の子は、両目に縦に傷があり、眼の色は灰色。普通に歩いているが、その瞳に景色は映っていない。

「おー、弥生おかえりー。大丈夫だったか? 変な人間に声かけられたりしてねえか?」

 ソファに寝ていた男性が今起きたようで、背伸びと、ついでにあくびまでして弥生に話しかける。

 もちろん彼の容姿も、少し癖っ毛で長い桃色から薄紫に輝く、紫色の髪を向かって左にまとめている。キレ長の瞳の色は黄色で、やはりその中央は桃色。

 名を、扶持ふじ

 この見るからにカラフルな色をした者たちは、特徴を上げてみればカラコンや染めたからこのような色をしていると思う人もいるだろう。

 だが、この者たちは染めていたりしているわけでも、カラコンをしているわけでもない。

 正真正銘の天然モノである。

「大丈夫だったよ、扶持兄ふじにい

「ん」

 弥生の返事に安心したのか満足したのか、優しく笑って短く返すと、再びソファに横になった。

 扶持が寝たソファの前に、弥生は座りに移動する。

 荷物は千桜が受け取り、台所へ再び向かう。

「あ、そういえば!」

 と、座るなり弥生が声を上げる。

「もうすぐで『春礼祭』だったんだね! ねぇ、私――」

「ダメだ」

 言葉を遮って強く発言したのは、受け取った食材を冷蔵庫に入れていた千桜。

千兄せんにい……」

「毎年言っているだろう。お前が行って、どうするんだ」

 その口調は、最初のものとは違って否定が強く、一言でその場の空気が変わる。

 一変した空気に白髪の少年二人は息を呑んで話の成り行きを見守る。

「だって、私の誕生日を祝う祭りなんでしょう? 毎年いつも沢山の屋台で賑やかで、楽しそうで……。だから、その中に……ううん。中に入りたいとは言わない、もっと近くでみてみたいの!」

 「ダメだ」といわれている空気に呑まれず、純粋に、ただ純粋に少女はそう訴えかける。その表情は、申し訳ないという顔ではなく、一つの「好奇心」しかなく、明るい表情をしている。

「人間のとこ行くのは危ねぇっていつも言ってんだろ。ただでさえ《影》がいつ出てくんのか分かんねぇんだから」

 そう発言するのは扶持。

「大丈夫だよ、兄様達と一緒にいれば。それに、私だって戦えないわけじゃないよ」

 弥生の今年はどうしても行きたいという意思に、今まで口々に断っていた兄二人が黙って顔を見合わせる。

「どうしてそんなに行きたがるんです? 去年はそんなに言ってこなかったのに」

 心底困ったという表情をしながら、千桜が弥生の向かいに座る。

「……だって、早生まれだけど、私の十五の誕生日なんだよ?」

 彼女たちにとって、十五歳とは人間で言う成人とほぼ同じである。

「……。」

「……。」

 また兄二人が顔を見合わせる。

「人間にだって紛れられるし……」

 二人が顔を見合わせている間に弥生がそう言う。本当にどうしても行きたいらしい。

「……はぁ。全く、仕方のない妹ですね」

 と、弥生のどうしても行きたいという気持ちが伝わった。と言うよりは、説得できないことを察して諦めたらしい。一つため息をつき、立ち上がると。

華兎かと景杜けいと。ということでついていきますよ」

「わかりました」

「はい」

 そう呼ばれたのは白髪の少年二人。背の高いほうが華兎、弥生と同じ背丈の子が景杜というらしい。

「え、いいの?」

「行きたいんでしょう? 『春礼祭しゅんれいさい』に」

 千桜が立ち上がり、振り返らずにそう言って台所で食事作りに入り始める。

 許可がおりたのを聞いた弥生の表情は花が咲いたように明るくなり、嬉しさのあまり立ち上がって千桜へ駆け寄ると、勢い良く抱きついた。

千兄せんにい、ありがとう!」

「おっと。こら、危ないでしょう」

 言いながらも、優しく笑って弥生の頭を撫でる。

「あぁ、それと扶持。三姉妹も呼んでください」

「……はいよ」

 何故か渋々といった感じで端末を取り出して操作し始める。

「え、そんなに一緒に行くの? 華兎兄かとにいけいちゃんだけで大丈夫なんじゃ……」

「念には念を入れんだろ? ……何もお竹まで呼ばなくってもよ……」

 操作しつつ何やらブツブツと不満をこぼしている。


 町で見たポスター。

 『春礼祭しゅんれいさい

 それは"春姫しゅんき"を称える祭りである。

 春姫とは。現代には必要不可欠な自然の神を司る四季族の一つ"春族"の姫のことである。季節は春を司り、春の季節に花が咲き、暖かな風が吹くのは彼女のおかげだと言われている。

 だが、四季族という者は神ではない。

 正しくは、


 一番神に近い人間であり、一番人間に近い神である。


 どちらにも近い存在。それが四季族。

 その四季・春族の特徴は、"春色"をした髪と瞳。

 まさに、先程の人間とは思えない容姿をした者たちが四季・春族である。

 春族には、中でも格上がいる。「花咲家はなさきけ」という一家だ。歴代実の三兄妹で一族をまとめている。

 春姫と呼ばれている姫は三兄妹の末の子の弥生で、扶持は兄で次男、千桜は更に上の兄で長男。

 そんな四季族は何をしているかというと、たまにテレビで、政治家との対談の様子が放送されていたりする。その素顔はお面で隠されているが、人間たちの作り上げた政治に関わり、人間たちに力を貸して人間たちを《影》から守っている。

 あまり姿を表さない四季族は、人間と同じ髪色と瞳になり、いわゆる変装をして人間たちに紛れていると言われている。そうする理由は、四季族自体が人間をあまり信用しておらず、四季族を悪用しようとする人間から逃れるために紛れているのだ。

 あまり、表に出ないほうがいいと考えてのことてもあるらしいが。

 人間達を信用していないにもかかわらず、四季族が存在し、人間を守る理由。



 それは、大昔。日本という大陸ができた頃まで遡る。








四季神の神子みこ 





 昔話をしよう。

 まだ自然と人間が調和していた時代。

 "四季"を司る一つの神があった。

 自然を愛し、人間も愛し、人々の豊かな暮らしを助けていた。そして人間もまた、自然を愛し、神の存在を認識していた。

 その一つの神は、数多の神々が自然が人間の心の癒やしとなる為、自然を産み、護る神を作った。

 ただ、年月が経つにつれて人間は増え、動物も生まれ、人間の暮らしは発展し、争いが生まれた。

 発展途上の人間の暮らしの中で、数多くの戦争が起きた。

 そうなると、ただ一つの身だけでは手に負えなくなった。そこで、自然の神は自身を四つに分けた。

 争い、命を散らしていく人間を増やしていくのを憐れんだ自然の神は、癒やしと再び人間の反映を願って。

 その分けた力が、春夏秋冬。四季である。

 同時に、自然と一番調和できる動物を象徴とした。

 やがて沢山の戦争で傷ついた土地は、四季神のお陰で修復され、豊かさを取り戻していった。

 ――だがしかし、人間の争いは完全に治まったわけではなかった。

 次に起きた戦争は、日本国内ではなく、世界との争いだった。

 四季神はただ見ていることしかできない。愚かにも戦争を繰り替えす人間を見ていることしかできない。

 そんな世界戦争のさなか、あろうことか人間が四季神に助けを求めてきたのだ。

 どうしても日本が勝ちたかったのだろう。

 一人の人間が四季神へこう頼んできた。


――神々の力で、他の国へ我々には貴方方という存在がいるということを世界へ知らしめて欲しい


 神は人間の味方であれど、道具ではない。

 つまり、一人の人間が神に”人間を殺せ”と言っているのである。これこそまさに神頼みというもの。

 その神頼みは勿論叶えられることはなく、むしろ神々の逆鱗げきりんに触れた。

 人間を慈しみ、見守ってきたというのに、人間のあまりに身勝手な言動に四季神、基自然の神は怒り、人間を見捨てた。

 自然の神が人間を見捨てるということは、自然の崩壊を意味する。

 それから戦争は激しさを増し、自然の神を失った地球は戦争によって荒れ果てたまま。草花や木々は枯れ、水も流れを失い濁り、大地は変動を繰り返し、人間に牙を向けて襲いかかった。

 まさに地獄そのもののような世界と化した。

 人間が暮らせるような土地ではなくなった。人間は食べ物もない苦しさ、神を怒らせてしまった心の苦しさに喘いだ。

 人々は言った。

「ごめんなさい。私達が愚かでした。もう二度と身勝手なことは言いません。どうか、どうか私達をお助けください」

 と、必死に頭を下げ続けた。

 その姿を見た四季神は姿を表し、告げた。

「その身心が真ならば、再び護ろう。だが、今度は人間に近い所でお前たちを視ている。そのことを肝に銘じ、ゆめゆめ忘れる事なかれ」

 と、四季神は再び人間を守護し、自然を蘇らせた。

 四季神が告げた人間に近い所というのが、四季族のことで、自然の神の神獣を宿した人間は「神子」と呼ばれるようになった。

 

 一番神に近い人間であり、一番人間に近い神である。


 そして又、同時に地球が青さを取り戻してから《影》も生まれてしまったのである。

 もしまた人間の身勝手な言動があれば、四季族は涙を流し闇に見を投じるであろう。

 それから現在、四季族は人間達には知られていない場所に自らの土地を置き、見護っている。決して人間を信じているわけではない、あくまで地球の為にと彼らは動いている。

 春族の場合は特にその傾向にある。

 それに人間の中には、四季族を良く思っていなかったりする者がいる。時には組織を作って四季族へ危害を加えたりしていた。春族が数年前に被害にあっている。

 故に弥生の兄二人は容易に人間のところへ行かせようとはしないのだ。

「そんなに嫌わなくてもいいのに……」

 一人。部屋で寝る準備をしつつため息をつく。

「いつか、人間と仲良くできたらいいのにね」

 誰かが笑ってそう言った。

 夢現ながらもその言葉ははっきりと覚えている。

 いつも話してくれたことを思い出す。

「そしたらもっと、もっといい世界になれるのにね」

 頭を優しく撫でられながら、憧れを、理想を口にした人がいた。

「私も、そう思う」

 記憶の中の人に、弥生は笑って賛同する。




 少年と少女が出会うまで、あと少し―







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