第十七節 魔法使いと怪異事件‐前編‐(1/2)

「聖さん、おはようございます」


 3月に入って初旬のある朝のこと。聖の携帯に亮介から電話が入る。内容は修行を言い渡されたとのことであり、詳しく聞くと彼はこう答えた。


「それが、何かおかしいんす……あの、最近ニュースでやっている連続殺人事件知ってるっすか?」

「ああ……」


 最近巷を騒がせている、ある事件がある。被害者は小学生から老人まで様々であり、殺害方法も特定ではない為警察も手を焼いていると噂の連続殺人事件。

 最初の被害者は就職先の内定も決まっていた男子高校生だった。バラバラの状態で空き地に放置されていたとのこと。それから数日置きに似たような悲惨な事件が起こり、警察はこれを連続殺人事件と断定。犯人に繋がる情報を24時間体制で欲している。世間では日本のジャックザリッパー出現かと報道しているが、その事件とあの男の修行となんの関係があるのだろうか?


「その事件の犯人は恐らく霊だから、お前が除霊してこいって滝兄さんに言われたんすよ」

「あの男が?」


 亮介の兄の名前が出た瞬間、聖の眉がピクリと動く。出来れば聞きたくなかった名前であるし、何より危険度が増したような気がした。しかも何故犯人が霊的なものと断言できるのだろうか。確かに亮介の言葉は正しかった。


「……いいだろう。ならば貴様、今どこにいる」


 只事ではないと感じ、危険を感じつつも聖は了承する。場所は自分が彼の除霊に立ちあった公園だと聞くと、出かける準備をする。そこにいつものように、ふわりとリリーが飛んでくる。


「出かけるの?」

「ああ……あやつの面倒を見にな」

「なら私も……」


 そう言ってリリーは彼の後について行こうとした。自分を心配してくれている彼女のことだ、あの半人前以下の男が自分に迷惑をかけることを危惧してくれているのだろう。だが今回は彼女を連れて行く訳には行かなかった。


「いやリリー、今回来てはお前がどんな目に遭うか……」

「どういうこと?」


 意味がわからない、と彼に尋ねる。ややあってから聖が彼女に話し始めた。


「今回はあの男の兄が絡んでいる……それをわかっていながらお前を危険に晒すわけにはいかない」


 そう、初めて会った時に滝に消されそうになったリリーを聖は心配していた。もしまた会ってしまったら、今度は逃げられないかもしれない。そんな不安から、彼女を守る為にも連れて行く訳にはいかないというのが聖と考えである。


「そっか……ありがとねエル。でもエルも気を付けてね?」

「ああ……」


 納得した彼女に見送られ、彼はあったか荘を後にした。

 公園に着くと亮介が既に待っていた。公園付近を見回したが、彼の兄である滝はいない。安堵の息をつくも、すぐに表情を引き締めて彼に相対した。


「聖さん!」

「……」


 いつもなら自分に底が計り知れないほど明るい笑顔を向けて近付くが、今回は事が事だけに彼も不安そうである。聖に近付いてきた彼に、今回の修行に至るまでの経緯を説明させる。


「実は昨日、うちに警察の人が来たんすよ。被害者のうちの一人の殺害現場がこの公園だったから、不審者は見なかったかって……うちの人は全員知らなかったからそう伝えると、その警察の人が突然こんなことを言ってきたんすよ」


 もしでしたら操作に協力してもらえないか、とそう言われたのだと亮介は言う。何故急にそんなことを言われたのか、訳を問いただすと戸惑った様子で亮介も続ける。


「なんでも連続殺人事件は実は神隠しなのではないか、警察内でそんな噂になってしまっているから、そんな混乱を解消させるためにも是非って言われたらしくて……」

「何を馬鹿なことを。人が殺されているのに神隠しとは冗談でも許されんぞ」


 日本の警察というのはこんなに酷いものなのかと、聖は思わず毒づく。それには亮介も同意らしく、全くだと頷いた。

 そして、彼の父はそれならばと協力を了承した上に家族総出で事件に協力するよう伝えたのだと彼は言う。そこで滝は自分の修行に、この事件の真相を調べろなどと指示を出したのだと。

 それを聞いた聖は、やはり滝という男は危険な存在だと改めて思った。家のためならば家族すら危険に晒す行動を、聖は理解しかねる。何回も人の神経を逆撫でしてくれるものだと再び毒を吐く。


「それでこの公園か……」

「はい。なんでも散歩道で突然襲われたらしくて、背後からナイフのようなもので背中を刺されたみたいなんす……」


 死体は警察が回収してなくなってはいたが、血痕はあちらこちらに飛んでいて予防線を張っているらしい、と亮介は伝えた。あまり気は進まないがこの男の面倒を見ることになったのでは仕方ないと聖は腹をくくり、事件現場まで歩いて行く。それを慌ててついて行く亮介である。


 少し歩くと、警察の予防線の印である黄色いテープ状のものが見える。近くには花を手向けている人や、知り合いなのかその場で泣き崩れる人もいた。怪しまれないようにと少し離れた場所から現場の様子を伺う2人。亮介は既に顔色が悪くなっていた。一方聖は何も言わずに、ただ血痕が広がっている場所を見ている。


「聖さん、怖くないんすか……?」

「……」


 亮介の言葉が聞こえているのかいないのか、聖は顎に指を当てて何処か納得がいかない表情でその場を凝視している。彼の中で何かがひっかかっているのだ。何か思いつきそうではあるが、あと一歩届かないようなそんな焦れったい感覚である。

 その時、2人に声をかける男性が一人。


「どうしたのキミ達、そんなところで何を見ているんだい?」


 爽やかな笑顔で2人に声をかけた男性はスーツを着ている。どうやら社会人らしいが、ただの社会人ではないようだと感じた聖。振り向いて見てみれば、何処か隙を与えないオーラみたいなものも感じることが出来た。突然話しかけられて慌てた亮介が説明する。


「あの、えっと、怪しいものじゃないっす!!」

「え?俺が警察の人間ってわかった?」

「警察?!」


 目の前で繰り広げられているこの漫才はなんなのか。緊張感を保っていたはずの聖の緊張の糸が、少しだけ緩んでしまう。そんなことは露知らずに、男性は懐から警察手帳を取り出して2人に見せた。


「はじめまして、警察庁特殊捜査係の黒田透です」


 にこ、と人のいい笑顔で笑ってみせる黒田という男。嫌味がなく、実に爽やかな印象であるのにも関わらず隙を感じさせないのは、彼が警察の人間であるからかと聖は納得する。それならばなんの気配も感じさせずに背後に回れていたことにも納得がいく。


「警察庁特殊捜査係、っすか?」

「うん、でも特殊捜査係なんて金魚のフンのようなものだから対してすごくも何ともないんだよ」

「そうなんすか?」

「そうそう。この事件の捜査が、人出が足りないから手伝えって言われちゃってね」


 でも酷い事件だよね、と呟く透。確かにそうだと亮介は頷き、そして忘れないうちにと自分と聖を紹介する。


「黒田さん、俺は神楽坂亮介っていうっす。そしてこちらは聖さんっす」

「……立花聖だ」

「ああ、キミもしかしてこの辺で有名な神楽坂除霊相談所の人?」


 興味深そうに自分を見る透に、まだ半人前以下であると困ったように笑って亮介は答える。そんな彼の返事にショックを受けるでもなく、亮介にこう言葉を掛ける。


「半人前以下だからって、キミが申し訳なさを感じる必要はないさ。むしろ一人前だと、定義だったり色んな物に考えが偏ってしまうから、そういう点ではまだ柔軟に頭を働かせることが出来ていいと思うよ」


 期待してると伝えれば、嬉しかったのだろう、亮介は持ち前の明るさで返事をする。それに対し、物は言いようかと呆れていた聖。

 すると透はポケットからメモ帳を取り出し、あるページまで捲ると2人に事件の少し詳しい内容を伝えてくれたのだ。


「事件の被害者は全部で5人、全員死因は違うんだ。死体の状態も同一性がなくてね、同一犯と考えるのは難しいんだ」

「え?」

「あと事件現場なんだけど、ここの公園を中心に半径3キロ以内までだってことは確実なんだ。事件現場の地図いる?」


 その問いに、慌てて亮介が答えた。確かに捜査に協力してはいるが、自分はあくまでも一般人である。そんな人相手に、ここまで捜査情報を教えてもいいものなのかと不安になったのだ。そう尋ねれば気にするなと透は言うが、気にしないわけがなかった。


「大丈夫大丈夫。それに、現場を知らなきゃ捜査なんて出来ないでしょ?俺のことは気にしないで事件解決の協力に集中してほしいな」


 そう言ってまた笑う透に、もう何も言い返せなかった2人。そんな彼らに事件現場の地図と死因のメモをコピーした物を渡すと、もう仕事に戻るとその場を後にした。

 残された2人は、とりあえず手がかりが掴めるかもしれないとメモに目を通す。


 一人目の犠牲者は近くに住む高校三年生の男子。死因は体をバラバラにされたことによる失血性ショック死。現場は公園から500メートル程離れた空き地。

 二人目の犠牲者は小学三年生の女子児童。死因は全身を殴られたことで起きた多臓器破裂。現場は公園から2キロ程離れた小学校からの帰り道。

 三人目の犠牲者は近くに住む定年退職した老婆。死因は背中の刺し傷から広がった毒物による化学反応による物、因みにこの毒物は科学性毒物である。現場はこの公園。

 四人目の犠牲者はとある建設業の男性従業員。死因は作業中、落下してきた鉄パイプの下敷きになったことによる圧死。事故性も考えたが調査を進めて行く中で、ロープに細工が加えられていたと報告あり。殺人事件に切り替わる。現場は公園から3キロ離れた工事現場。

 そして最後、五人目の犠牲者は中堅のOL。死因は首を絞められたことによる絞殺死。後頭部に傷もあるため、殴られた後首を絞められた可能性大。現場は公園から2キロ半離れた別の公園にある林の中。

 こうして目を通すと、事件の悲惨さをまじまじと見せつけられる。ショッキングな事実に、ただただ目を逸らすことしか出来ない亮介である。聖は何も話さなかったが、その雰囲気は怒りを纏っていて、犯人への憎悪を物語っていた。


「酷すぎるっすよ……人間が出来ることっすか……?!」

「それを判断するのは俺たちではない。俺たちはあくまで協力だけだ、それを忘れるな」

「はい……」


 そう彼を宥めてから、聖はとにかく現場を全て見て回ろうと提案する。亮介もその考えは賛成らしく、頷いて早速現場に向かうこととした。

 他の現場に向かう途中で、やはりどうも何かが引っかかると考える聖であった。

 彼らが次に来たのは、最初の犠牲者である男子高校生がバラバラ遺体となって見つかった空き地である。やはりそこにも予防線は張られてあり中に入ることは出来なかったが、それでも現場の光景を目に焼き付ける。特に変わった様子もない。辺り一面に飛び散った血が、現場を裏付ける証拠となっている。

 犠牲者が高校生ということもあり、同じく高校に通っている亮介は煮え切らない表情でいる。一方聖は先程と同じく、顎に指を当てて血痕の中心であろう場所を凝視する。やはり何の手がかりも得られずに、今度は二人目の犠牲者となった女子児童の事件現場に足を運ぶ。血痕は今まで見て来たものよりは少ないが、それでも彼女が吐血したのだろう、地面にそれはあった。小学校三年生という、あまりに早すぎる死に胸を締め付けられる。


「……まだ、小学校三年生っすよ?こんな終わり方、あんまりっすよね……」

「確かにな……」

「きっと、悔しいっすよね」


 夢も希望も打ち砕かれたのだから、と言った亮介の言葉に何か弾かれるように顔を上げる。そして今まで見て来た二つの現場での違和感の答えに、ある一つの考えが頭を過る。だがそれは確信するにはまだ弱く、せめてもう一箇所事件現場に足を運べば確証が確実なものになっていく。それを確かめるためにも足早にその場を立ち去り、ここからそう離れていない四番目の事件現場へ赴く。慌てて亮介も後ろについて彼の後を追う。

 そして辿り着いた四番目の事件現場。その場所には花がしっかりと手向けられていたが、いるはずであろうあるものがそこにも、今までの事件現場にもなかった。確証を掴んでそうだったのかと呟く聖と、今だ何もわかっていない様子の亮介。念のためと最後の事件現場へ向かい、同じように辺りを凝視すると聖は呟く。


「……やはりな」

「え?なにかわかったんすか!?」


 聖の言葉に驚く亮介。彼に頷いてみせると、聖はこんな風に質問する。


「貴様、殺された霊はどうなるか知っているか」

「それなら覚えてるっす。確か理不尽な理由で殺された人の霊魂は強い未練を残し……」


 その時、聖に説明していた亮介自身も気付いたようだ。不意を突かれたように顔を上げて、そのまま続けた。


「未練を残して、現世に留まる……でも俺たち現場回ったのにそんな人達見てないっす……!」

「そうだ。あんな悲惨な殺され方をされたというのに……犠牲者の霊魂は現場どころか現世にすら留まっていない。現場が静かすぎるのだ」


 ようやく気付いたかと小言を言えば、素直に謝罪の言葉を伝える亮介。そして彼は言葉を続けるのであった。

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