万能ラウドネス

まろ

第1話 アスラと呼ばれる者

大きなローマのコロッセウム風の闘技場の中に立ち見が出るほどの観客でごった返している。

歓声で揺れる観客の半分以上が「アスラ」と叫んでいる。

その者は静止した無音の空間に居るのではないかと彷彿させる状態で闘技場の舞台上に立っている。

その者がこの物語の主人公、アスラである。

 

アスラの前方には全長20mほどの4足で羽根の無いタナードラゴンと呼ばれる巨大な龍が睨みを聞かせながら悠然と存在している。

この闘技場で始まろうとしているのはアスラとタナードラゴンによる殺し合い。

この歓声はこの殺し合いに対する感情の高まりから発せられたものであった。

「いけー!アスラー!」

観客の1人がそう言うとアスラは息を吹き返したように顔付きが変わり、木目の美しい白い鞘から紅い光を放つ刀を抜刀した。

いよいよ始まるこの戦いに観客の興奮度はピークに達していた。 


 この圧縮されたような空気感に風穴を空けたのはタナードラゴンだった。

アスラ目掛けて口からどす黒い炎の弾を凄い勢いで噴射。

観客が「タナードラゴンの必殺技、灼熱の黒炎弾だ!」と叫んだ。

アスラは一瞬笑みを浮かべると、右手で地面を触れた。

すると、触れた地面にサークル状の印が浮かびアスラの前に地面から勢いよく壁状の分厚く大きな氷が出現した。

タナードラゴンの放った黒炎弾は出現した氷壁に直撃。灼熱の炎に勢いよく溶かされて砕けちった氷が、水蒸気に変わりアスラとタナードラゴンの付近はおろか、闘技場内は1m先すら見えない空間へと変貌する。

1人の観客が「何も見えないぞ!」と苛立つが他の観客に口を閉じられて今は少しの物音で相手に居場所を悟られる状況である事を説明され、獰猛(どうもう)なタナードラゴンの暴れる闘技場内では、声を出す事が観客ですら危険である事を告げられる。

それ程の緊張感が闘技場内を支配しているのだ。

迷いない表情のアスラは音にならない声で呪文を唱え出した。

タナードラゴンは遠隔操作が可能な青白い炎を纏った球を500個ほど身の回りに出現させた。そして、発射位置を悟られないようにゆっくりとタナードラゴンから離れた位置に移動させる。タナードラゴンの眼が紅く光と500個ほどの白炎の弾を前方に乱射し出

だした。

タナードラゴンの高い知能がわかる作戦である。

 「予想通りだな。」

アスラはそれを予想していたのだ。

タナードラゴンの持てる技の全てと高い知能があると知っているからこそ予想が出来たのだろう。

タナードラゴンの放たれた無数の弾は弾速が速い為、闘技場を覆っている水蒸気が風圧で動かされ弾道がわかる道が出来たのだ。

弾道の先にタナードラゴンが居ない事を確認したアスラは前方に弾道が無い場所を見つけると、目を瞑り右足を1歩前に踏み出した。

 すると、地面に大きな魔法陣が浮かびあがりアスラの右足元から弾道が無い場所に向かって地面が急速に凍結していく。

しかしタナードラゴンの攻撃の音がアスラの氷魔法の音を完全にかき消している。

アスラの足元を中心に広がり出した氷はタナードラゴンの足元を完全に捕らえた。

タナードラゴンの遠隔攻撃は止まり、地面に広がった氷の冷気の影響で闘技場内の視界は開ける。

アスラの表情からは自信が溢れ出していた。

アスラは呪文を唱えながら間髪入れずにタナードラゴンの背中に飛び移る。

アスラの右手が紫に、左手が金になると、刃竜の背中に両手をつけた。

アスラの変色した両手の色が刃竜の背中に移っていく。

途端にタナードラゴンは酷く苦しみだした。

観客が歓声を上げる。

「アスラの両手を使った2種類の状態以上マジですげぇわ!」

「今回は毒と麻痺だな。ホントにどううしたらそんな神業出来るんだよ。」

「タナードラゴン相手にこんな作戦思いつくとかマジで神だわ。」

あちこちで勝負が着いていないにも関わらず観客達がアスラを讃えていた。

それをかき消したのは悲痛なタナードラゴンの咆哮だった。

タナードラゴンは上半身を揺さぶりアスラを振り落とそうとするとアスラは魔法を使い700m程飛び上がった。

アスラは紅く光り刀の刀身を人差し指でなぞると紅い光は二倍くらいの大きさに変わった。

危険を感じ取ったタナードラゴンは身動きを封じている氷を溶かす為に黒炎弾を足回りに向かって放つ。

しかし、放たれた黒炎弾はマグマのような熱量を持たず、真逆の絶対零度のような冷たい弾を足回りに放っていたのだ。

その影響でタナードラゴンの頭以外がみるみる凍りついていった。

タナードラゴンも観客も何が起きたか分からないという顔をしている。

ジャンプで得た浮力を失ったアスラは両手で刀を大きく振り上げタナードラゴンに向かって落下しながら言った。

「さっき毒と麻痺にした時にタナードラゴンの属性を炎から氷に変えたんだ。悪いなタナードラゴン。安らかに眠れ。」

アスラは重力魔法を使い落下速度を更に加速させ、音速に到達。

風を斬る音が観客の声援をかき消す。

アスラは紅い炎とかしタナードラゴンに直撃。

とてつもない風圧と粉塵が闘技場を覆う。

観客は息を呑む。あの速度で落下したアスラは大丈夫なのか?タナードラゴンに本当に直撃したのか?タナードラゴンが間一髪で回避したのではないか?

様々な思いが交錯する。

そんな不安は無用と言わんとするかのように、アスラは刀を一振りし、闘技場を覆っていた粉塵を吹き飛ばした。

闘技場は歓喜で溢れ返る。

勝負はアスラの圧勝で幕を閉じた。

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