日本転生

魔手麻呂

第1話

「どうして!? どうしてなんだぁぁぁ!」

「邪王様落ち着きくださいお願いします! 貴方に喚かれては我々も不安になるじゃないですかぁ!」


 黒き翼を生やし、大柄で、黒いマントを羽織り、そしてなんとも立派な角を蓄えている人物が、見た目に似合わず大泣きしていた。またそれを泣き止ませようとする整った顔立ちをし、たくましく白い翼を生やした好青年の姿がそこにあった。彼もまた大粒の涙をだらだらと流しながら喚いていた。なんとも奇妙な光景である。二人ともいい歳に……いや、そもそも人間には見えないため年齢は目で判断できるものではない。


 ここはカースト大陸の辺境の辺境の辺境にある、『邪王アレン軍本部』。その名の通り、邪王アレンの有する軍隊の本拠地である。ちなみに邪王というのは魔王を超越した存在のことを指す。いわばRPGゲームにおける裏ボス的なあれである。

裏ボスは倒さなくてもゲームクリアはできるため、滅多にここに人型生物が来ることはない。いや、それどころか存在すら知られていないのだ。なんたってここについての情報はこの大陸では伝説扱いされているためだ。


稀に伝説を求めてこの地を目指すものがいるらしいが、大半は途中で冷めてやめてしまう。まあ、仮にこの城まできたとしても中に入ろうとはしないだらう。なんたってもういかにもヤバい奴がうようよいます感のある外装をしているからだ。血のついた大きな斧が城の後ろについており、天守閣にあたる部分にデカデカとガイコツの顔面がほどこされているなど。とにかく恐ろしさを全面に押し出した設計になっている。


 そんな城の中で何故泣き喚いているものがいるのか。それについては一時間ほど時を巻き戻して説明する必要がある。


 ーーー1時間前ーーー

「「「邪王アレン様に栄光あれ!」」」

「「「アレン様! 万歳! 我らアレン様に忠誠を誓ったもの! 一生ついていきます!」」」


 城の最奥部にて、毎朝の恒例行事、『朝の会』が開かれていた。数人の、視界に入れるのさえもはばかられる恐ろしい悪魔達が一人の人物を囲み、ひざまづいていた。部下に崇められて恍惚の表情を浮かべているその『グランド・デビル』こそこの城の絶対的支配者、邪王アレンその人であった。アレンは王座に肘を立て、顔をグーパンチで支えながら足を組んで座っている。


「感謝するぞ我が城のリーダー達よ。お前達のおかげでこの城は安泰だ。この邪王アレン軍本部。絶対に落とされることはないだろう。これからも私に忠誠の限りを尽くしてくれ」


 アレンは低い声でいつものセリフを吐き、部下に命令する。

 安泰と言ってはいるが、実はこの城にやってきたものはまだ一人もいないので正直言ってアレンは誰か来てくれないかと期待して毎日を過ごしている。もう邪王に就任して千年が経つ今日。何か起きぬものかと期待しながら王座に座っていた。


「「「はい! ありがたきお言葉! より一層アレン様に尽くします!」」」


 そう言って部下達は一斉に姿を消し、それぞれの持ち場に戻った。しかし、たった一人残っているものがいた。


「なんだ。どうした」


 中々戻らない部下に対しアレンは質問を投げかける。その青年は少し危機を察知したような顔、いや何かに期待しているようなワクワクしている顔でアレンの方を見つめている。こんな部下の表情を見るのは初めての経験であるアレンは、大きな好奇心に駆られたが、相手が話し始めるのを待った。


「あのですね、アレン様」


 少しの沈黙の後青年はようやく言葉を口にする。アレンはじっと次の言葉を待った。


「三日くらい前からでしょうか……何か人型生命体らしきものを一階の私の部下が発見しまして。しかもそれが何かを城の壁に書いているらしいのです。毎朝来るらしいです。とらえましょうか?」


 この邪王アレン軍本部には一階があり、その下に地下十階までがある。それぞれの階をアレン配下の悪魔が守っており、ラストの地下十階にアレンが控えていて、やって来た挑戦者を迎え撃つ仕組みだ。だが今のところ、地下十階はおろか地上一階にすら誰も来たことがないため、軍の全員が暇を持て余している状況だった。アレンもそろそろ邪王をやめ、冒険者に混ざろうかと思っていた。そんなところに舞い込んできた人型生命体のニュース! 興味がわかないはずがない。アレンは即刻指示を出す。


「マジでかルシファー!!! すぐにとらえよ!!!」


 アレンは目を輝かせ、ルシファーという悪魔に指示した。


「はっ!! 承知いたしました。では」


 大悪魔はそういうなり、ほかの悪魔達のように姿を消した。

 こんなにわくわくしているのは邪王に就任したとき以来だ、とアレンは思う。この世界にやってきてはや千年。ずっと何も変わらなかった状況が変わりつつある。アレンはその謎の存在に大きな期待をした。


 ----三十分後----

 期待に胸を躍らせ、王の間をウロウロしているアレンのもとへ突然ルシファーが血相を変えて飛び込んできた。彼は息を切らし、肩で大きく呼吸しながら話し始めた。


「アレン様! 大変なことになりました。すぐに地上一階に向かってください!」


 こんなに慌てふためいている部下を見るのは初めてだったため、アレンは言うことを素直に聞き入れ、地上一階にテレポートした。


 テレポートは便利な反面、少し時間がかかる。その時間を利用して邪王は頭の中を整理する。

 あの部下の慌てようから察するに、ただごとではない何かが起こったことはすぐに理解した。では何が起こったのか。更に思考を展開していく。

 まず考えられることは、何者かによる襲撃。ここはまだ一度も攻められたことはないが、だからといって永久に攻められないとも限らない。その謎の生命体が軍を引き連れてきたのかもしれない。だが、それなら最下層にて待つ自分をなぜルシファーは一階に行くように言ったのだろうか。敵が来たら迎え撃つよう、部下に指示しているのでそれはないなと判断した。しかし、部下たちは幹部ならひとりひとりが魔王と同じレベルの戦闘力をもってはいるものの、実践経験が全くない。そのため自信がなく、侵入者が怖くなって主に助けを求めに来たのかもしれない。そうならありえる話だとにやつきながら、アレンは考えをまとめた。

 もうじきテレポートが終了する。


 アレンはようやくテレポートを終え、百年ぶりに一階にやって来た。

 一階を守っているのはルシファー直属の部下、ルキフゲ。他人を怖がらせるのが大好きな悪趣味幻術師である。アレンはルキフゲの姿を見つけるなり、彼に話しかけた。


「ルシファーに言われてきた。何があった!!」


 ルキフゲはあわあわ言いながら走り回っている。人を怖がらせるのが好きなやつがこんなに狼狽しているのはなかなか滑稽だが今はそんなことを思っている場合ではない。すぐにルキフゲの前に移動する。彼は急に現れたアレンにぶつかり、こけてしまった。


「なにがあった! 落ち着いてなにがあったか話すんだ!」


 部下のあまりの狼狽の仕方に危機を察知したアレンはルキフゲを問い詰める。だが、特に外が騒がしいこともない。敵の襲撃以外なら一体何があったのだろうか。


「あ、あの……窓の外をみてください……」


 ルキフゲは呼吸を整え、アレンの顔を涙を浮かべた眼球で見つめながら言った。


 すぐにアレンは一番近くの窓のカーテンを両手で勢いよくこじあけ、窓の外に広がる風景を目にした。


「は!? はあああああああああああ!?」


 窓の外には、汚く薄暗い湿地ではなく、大きなビルが立ち並ぶ大都会が広がっていた。

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