第46話 命はくれてやる

「・・・げほっ・・・」

楓が去った後、アタシは咳をする。風邪気味だとか、沈黙に耐えられない時の咳払いとか、そんな日常のものとは、明らかに違う音がした。

「・・・血、ね・・・」

アタシは手の平に零れる血飛沫を見て、何の考えもなしに呟く。血を吐くだなんて初めての経験なのに、異常なことなのに、アタシは安堵していた。


 何とか、誤魔化せた、って。悪いね、楓・・・。あんなに危険な役回り任せといて、労いの一つもありゃしない。

「はぁ、はぁ・・・」

アタイは楓から見えないようにするために、全身を覆うコートを脱ぐ。そこにはべったりと大量の血が溢れ出ていた。

「油断、したね・・・」

背中に激痛が走った。いや、脇腹かねぇ・・・。正直覚えていない、あまりにも急だった。クーデターを起こすのだから、こうなる覚悟もなかったわけではない。それでも、いざ実際に弾丸を浴びると、泣き叫びたいくらいで。幸い、弾は体内には残っていないみたいだけど、申し訳程度の応急処置じゃ、血は止まらない。それくらい、傷は深い。にしても、アタシも悪運強いのか、なんなのか、しぶとく生きてるよ、ホント・・・。ったく、誰が撃ちやがったんだか。

「・・・よく、即死しなかったねぇ・・・」

とはいえ、もう長くはないだろうけどね・・・。分かる。こんなとき、詩的な表現をしている場合でもないと思うけど、命の灯火が消えかかっているのが、自分で分かる。はは、我ながら、上手いこと、言うねぇ・・・。


「よし・・・」

楓が命懸けで持ってきてくれたエネルギー盤。アタシは特殊な素材で包まれているそれを持って地下へと向かう。この盤のエネルギーをこの装置に注げば、本来なら膨大な時間がかかる門の形成も、早められるはず・・・。


「ふー・・・」

アタシは深呼吸をして、ノアの封印をとく。こんな言い方をすると身も蓋も無い気がするけど、ノアはガチャガチャのカップみたいに、球状のケースに入っている。ノアの圧倒的なエネルギーを抑えているこのケースも、技術の粋を結集した最高レベルにものなんだけど。そういえば、研究所にいたころも、生身の盤の近くにいたことすらなかった。


ぶわっ。


「・・・!」

風が吹いた、気がした。封印を解いた瞬間に、盤を中心として、台風かと紛うほどの強烈な風がアタシを襲ったように感じる。


ドクン・・・っ。


「あがっ・・・」

アタシが盤を触った瞬間、体中の生気が吸われるような感覚に見舞われた。アタシはふら、っと目眩を起こし、思わずそれを手から放す。からんからん、と地面に落ちた。


「・・・ほんの一瞬触っただけで・・・、何て、エネルギー・・・」

マズイ、くらくらしてきた。もう目もまともに見えなくなってきている。ぼやーっとして、体力も底をつきそうだ。

「急がないと・・・」


 アタシの命がもたないから。もちろんそれもあるけど、もう一つ大きな理由として、研究所のあいつらが、コアであるこいつを放っておくわけがない。発信器か何かは知らないけれど、こいつの所在が割れていると見たほうがいい・・・。

「もう、猶予が・・・」

10分?5分?本当にそんなにあるのかも分からない。逆に言えば、今が、今だけが、千載一遇のチャンス・・・!


「うぐぐ・・・っ」

アタシは右手で雑に盤を掴む。まるでマグマにでも手を入れているみたいに、右手に高熱と激痛が走る。

「あがぁ、く、ぅう・・・」

皮膚が避け、指紋が溶ける。そのエネルギーはどんどん波及していき、右腕の至るところから血が吹き出してくる。

「あ、がぁ、ああぁ・・・」

本当はもっと丁寧にやるべきだ、アタシの為にも、この装置の為にも。でも、そんな時間は残っていない・・・。


 ははっ・・・、好都合だよ・・・。死ぬ、って分かっていれば・・・、もうすぐ死ぬって分かっていれば・・・、できる覚悟もある・・・。死ぬ間際だからこそ、出せる力も━。

「あるっ!!」

アタシは装置の中枢を被っているガラスを突き破り、核に直接盤を当てる。

「ががががっ・・・!」

本来、この盤、触れるのはどんなに長くても5秒が限界だ・・・。それ以上は命に関わる!でも、門を発言させるだけのエネルギーをこいつに蓄積させるには、少なくとも10秒は当て続けないとダメだ!

「・・・上等、じゃない・・・っ」

鼻血が出てきた。多分、肺は片方が潰れてる。脳も溶けそうだ・・・。当然ね、もうすでに、核に当てる前に10秒はたってる・・・。ここから、あと、10秒・・・!

「やって、やる・・・よっ・・・!」

命はくれてやる・・・っ!


 あいつは、被害者なんだ・・・!

「ぐ、うぐ・・・」

前の世界では、あいつの大切な人間が死んで、心が壊れそうになっても、あいつは狂わなかった・・・!

「んあっ、あ、あぐっ・・・」

あいつは頑張って生きようとしたんだ、友の死を乗り越えて。それなのに、それなのに、最後は殺されて死ぬって、そんなの・・・!

「・・・たまるか・・・」

そんなあいつが、この世界に来た。新たに生き始めた。奇跡だ、喜ばしいことだ、歓迎されることだ、ってのに、この世界が滅びるなんて、そんなこと・・・。あいつのせいで、この世界が滅びるなんて、そんなこと・・・。

「あってたまるかぁぁぁぁぁあああああ!!!」

これだと、あいつがいらないみたいだ、生きていちゃいけないみたいだ。

「はぁぁぁぁぁああああああ!!」

そんなことない、そんなことあるわけない。あいつが何をした、何をしたって言うんだい・・・!そんなの、認められるわけないじゃない!!

「・・・あぐぁ、はぁ、ぜ、ぜったい・・・」

アタシが、証明する・・・!あいつの、存在意義を・・・!

「ぜったい、諦めて・・・、やる、もんかい・・・っ!!」

あと、1秒・・・っ!

「うおおおぉぉぉおおおおおおお!!!!」


* * *


「・・・ちっ、逃げられたか」

「まぁいい、ほら、ノアが落ちている。これさえ回収すればいいだろう」

「そうだな・・・。ん?何だこれは?」

「あの裏切り者の発明か?青白く光ってやがる、何か起動しているのか?」

「さぁな、ま、今は盤を早く戻さないと。ずらかるぞ」

「ああ」


・・・へへっ、起動、成功、ってね・・・。

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