五章 終わりへと向かう前に

第22話 お前だったのか

「まったく、だ」

海の音がする。

「まったく、気が付かなかった」

僕は崖に打ち付けられる波の音を聞きながら、声を発した。その声は、まるで最愛の人に死刑宣告をするような、いや、きっとそれよりも重い口調だったと思う。

「何せ、伏線も、きっかけも、ミスリードすらも、何も無かったから」

推理小説なら、ただの駄作。日常なら、平凡、でも、平和。陽だまりにあたりながら、ぬくもりを感じる、暖かい、時の流れ。

「・・・ふぅ」

両足の間隔は少し広め。体の前で両手を組み、岩盤に座って、僕は語る。

「・・・いいや」

空は曇天。今は降っていないが、雨がぽつぽつと落ちてきても不思議じゃない天気だ。

「例えあったとしても、か」

ぎゅっと、握っている拳に少し力を込めた。


「例え何か引っかかることがあったとしても、僕はお前を疑うことなんてできなかった」

僕はまっすぐに彼女の顔を見る。

「お前は僕を支えてくれた。最近に限ったことじゃない。ずっとずっと、昔から」

思い出す、昔あったことを。記憶が駆け巡るほど、良い思い出として蘇るほど、僕は今の状況が信じられず、泣きたい気持ちになってくる。

「疑えったって、無理な話だ」

地球に空気が満ちているのは疑えないだろ、僕は続けた。

「それと同じだ。お前が何かしているだなんて、ほんの少しでさえ、考慮していなかった」

重い腰を、ゆっくりとあげ、僕は立ち上がる。


「・・・悪いな、こんなところに呼び出して」

今回の誘いは、僕からのものだった。

「ここは基本的に誰も来ない」

だから僕は、この場所を指定した。今から起こるかもしれないことを、誰からも見られないように。

「・・・本当はな」

嘘をつく前の常套句を僕は吐く。今回は、事実の前の枕詞だったけれど。

「本当は、何も知らなかったんだよ」

え・・・?僕の言葉に、彼女は思わず戸惑いの声を出した。

「本当はお前だっただなんて、何も知らなかった」

仮に知っていたとしても、信じるはずもなかった。

「ここに先について、座って待っていたとき、思ったよ」

何も起こらなければいいな、って。心から、僕は思っていた。

「何も起こらずに、また、何も変わらない明日が来ればいいな、って」

ガキみたいだけどな。僕は付け加えた。

「だが、お前が来て」

ここに、凶器を持ちながら、狂気を纏わせて来て。

「感じたよ」

恐怖じゃない。

「どうしようもない、寂寥感を」

ああ、そうか。そうだったんだ、って。


「・・・なぁ」

僕はポケットに両手を入れ、軽く空を見上げた。さながら、写真に映えそうなポーズだった。

「僕は、どうすれば良かったんだ?」

独り言か質問か、判断しかねたからか知らないが、彼女は何も答えない。

「・・・結局、僕の人生は何だったんだ?」

ばたばたと服が揺れる。強い潮風が吹く。

「僕は・・・」

・・・いや。自分を悲観しようとして、僕は声をぐっと飲み込む。

「違うか」

僕は薄らに笑みを浮かべた。


「僕が今やることは、こうじゃないな」

こう。自分を悲劇のヒーローだと思いあがって、同情を誘うこと。

「だって、僕は今、生きているから」

笑っているから。大切な友が死んだというのに、笑うことができていたから。

「結局さ」

僕は、楽しかったんだよ。自分で言って、どうしようもなく嫌になる。

「いかに悲しんでみせたところで、いかに泣き喚いたところで、結局は」

僕は自分が死ななくて、喜んでいたんだよ。僕は言った。周りが心配してくれることに天狗になって、その行為、好意、善意に甘んじて、その中で悠々と泰然自若と生きていたことを悟りながら。自分にとことん、絶望しながら。


「本当に上手い奴なら」

僕じゃない人間なら。

「あの時、千尋を死なせていない」

この時、こんな状況になっていない。

「友を」

掛け替えのない大切な人を。

「失っていない」

殺させていない。

「お前に」

お前みたいな、優しい女の子に。

「罪を重ねさせることも無かった」


「そうだろう・・・?」


「・・・真紀」

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