第3話 警察と万引きとおっさんと

「───ったく何なんだよ! 『書類書け』っつったすーぐ後に、『事件だ。行け』っておかしいだろ! しかも面倒なやつの押しつけ! はーぁ、やる気しねぇわ」

「落ち着け。うるさいし、唐辛子臭いし、あんま吠えんな。やる気がないのは通常運転だろ」


 二人は少秘警所有の車で、街中を巡回する。

 いつ出没するか分からないなら、街中にいた方が、すぐ駆けつけられて逃がしにくい、という薫の提案だった。


 しかし、ただでさえ運転で疲れるというのに、隣で騒がれると余計に疲れるものだ。

 隼が適当になだめて運転に集中するも、どしゃ降りのせいで視界が悪い。ワイパーを細かく動かしても、見える景色はゆがんでいた。道行く人の容姿も分からないくらいだ。


 先程まで……いや、現在進行形で騒ぐ薫は、茶封筒の中身を確認しては文句を言う。だが、その目はどこか真剣で、隼は話しかけることを自重した。



(──ちゃんとやるんだよなぁ)



 しばらくすると無線が入り、薫が応答するが、天気のせいもあり、砂嵐ばかりでよく聞こえない。何回目かの呼びかけで、ようやく音声を拾った。


『お菊……んす』

「お菊アリンコ?」

『その……周へ……犯…………でた……』

「そのシューマイチャーハン美味しかった? 何言ってんだ?」



『しばくぞ薫』



 ──よく聞こえた。


 お菊のドスの効いた声が、車内を冷たく貫き、薫が「さーせん」と軽く謝った。

 お菊の無線によると、例のややこしい万引き犯が出没したらしく、しかも二人のいるところの近くらしい。

 二人は顔を見合わせた。

 詳しく場所を聞くと、現在地から五分で着くと言っていた。


「本当に近くだな」

「ナビするぞ。そこ右!」

「ああ!」


「二つ目の信号左に曲がって直進200m!」

「おう!」



「行きつけのゲーセンに到着」



 隼は急ブレーキを踏んだ。



「現場に案内せぇや!! 仕事しろバカ!」



 誰がつけたのか、運転席下から仕込まれたハリセンを、薫の顔に力一杯叩きつけた。薫は赤く腫れた顔を押さえて悶絶する。


(だからこいつは──っ!)


 疑いもせずハンドルを切った自分に苛立ちながらも、隼はアクセルを踏んだ。意外にも現場は、そのゲームセンターの近くのコンビニだった。


 * * *


 ゲームセンターの陰にありながら、なかなかに存在感のあるコンビ二。車を停め、店内に入るとレジの前で言い争っている人が二人いた。


 一人は小柄で、少々肉付きが良過ぎる体格、鼻付近に大きなイボがついていて、黒縁の太い眼鏡をかけている。頭の髪が薄く、バーコードのようになっているところが典型的だ。

 店のエプロンを身につけ『店長』の名札をつけた、俗に『おっさん』と呼ばれる類の中年男性だ。


 もう一人は細身で、地味な色のパーカーとジャージといった地味な服装だが、紫色の悪戯いたずらに切られたような斬新なヘアスタイルが目立つ、猫目の少年だった。おそらく年齢は、高校生くらいだろうか。


 レジの上には充電器、ガム等の菓子類、飲料水等等などなど万引きの定番商品が、山のように置かれていた。


 きっと彼が万引きしたのだろうが、バックルームで争うならともかく、店頭で争うとは……。

 いつもは客で溢れているコンビニも、今日はガランとしていて、閑古鳥が鳴く。だとしても、この店は犯罪に対する対応を、見直した方がいいのではないだろうか。来て早々、微妙な印象を受けた。



「あのぉ……警察のも「だーかーらぁー!」



 少年が声を荒らげ、カウンターを叩いた。



「盗ってないって言ってんじゃん! 何!? おっさん頭悪いの!? 鶏なの!?」

「やってなかったら、この商品はここに無いだろうが!」



 声をかけても、二人は言い争いをやめなかった。それどころか、口論は一層ヒートアップしていく。


 薫が店長の肩を叩いて、ようやく気付いてもらえたが、怒り顔の店長は汚物でも見るような目で、薫と隼をじろじろと見た後、ふんと鼻を鳴らした。


「全く、仕事もろくに出来んクズ共め。しかし、すぐ来たことは褒めてやる」


((態度悪っ!!))


 店長の性格が、この一言で理解出来たような気がする。

 隼は口の中の言葉をぐっと飲み込み、冷静になろうと深呼吸をした。


「えーと、彼が? 通報の万引きですか?」



「え? おっさんじゃねーの? なぁーんだ、そっち逮捕したかった」



 薫の喧嘩の早さには、物理的に開いた口が塞がらない。

 隼は「最初の一言くらい流せよ」と小声で注意すると、すかさず肘鉄を入れた。



「よく言った」

 隼が聞こえないように言った。


「だろ?」

 薫はいい笑顔で答えた。



 薫は「何だっけ?」と店長と少年を見て首を傾げると、店長はレジをバンバンと叩いて大声を出す。


「こいつがっ! ウチから商品を盗ろうとしたんだ! さっさと牢屋にぶち込め!」

「はぁ!? ちょっと! 僕何も盗ってないんだけど!!」


 再び始まる口論に、二人はまた置いてけぼりになった。

 来た時と違って、店長はやや負け気味で、尚且つ、少年の物言いに相当憤りを感じている。

 赤ら顔で怒鳴り散らすが、少年は開き直った態度で、のらりくらりと反論する。

 少しだけ、少しだけ耐えていたが店長はすぐに声を荒らげた。




「黙れ、この嘘つきがっっ!!」




 ……目を疑うような現象が起きた。

 本当に、自分たちの目の前で、だ。

 隼は目をしかと開いていたにも関わらず、その現象に驚きを隠せなかった。


 これは夢か、現実か。手品か、魔法か……はたまた『能力』か。


 信じられなかった。信じたくなかった……──



 ──レジの上の商品が、一瞬にして消えたのだ。

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