第2話 異世界は大わらわ、しかし大賢者は……

 【聖教国エローム 召喚の間】


 召喚の間では、つい先ほど大賢者による召喚魔法が発動し、異世界より有望な人材が召喚され……て来る筈だった。


「大賢者エンデル様? エンデル様はいずこに⁉」


 召喚の儀を見守っていた聖教国の姫が、召喚魔法の眩い光が収まり、魔法陣を確認したが、そこに召喚された者は一人もおらず、おまけにその召喚魔法を発動していた大賢者エンデルの姿が忽然と消えていることに、この召喚の儀が失敗に終わったと悟る。


「姫殿下! ど、どこにも大賢者様の姿が見当たりません‼」

「な、なんという事でしょう……」


 国の命運を賭けた召喚の儀が失敗に終わってしまった。

 ただの失敗ならまだ許される。

 だがこの失敗はいかんともしがたい結果だった。

 この国で最も偉大な大賢者。その人物が忽然と姿を消してしまったのだ。

 失敗だけなら大賢者エンデルがいる限りまた挑戦できるが、その大賢者自身が姿を消してしまっては元も子もない。

 今この召喚の儀を行える者は、世界広しといえど、かの稀代の大賢者エンデル唯一その一人のみなのである。


「あ、あああっ、これで我が聖教国の未来も潰えてしまうのですか……」


 かの大賢者エンデルのような者が、また現れるにはどれほどの歳月がかかるか分からない。もしかすると今後現れることはないのかもしれないのだ。それを考えるだけで気が遠くなりそうなエル姫だった。

 稀代の大魔導師、大賢者エンデルほどの魔導を操れるものなど、遥か昔に存在した創世の魔女ぐらいである。

 いかに雑多な魔導師をかき集め、その魔力を用いたとしても、繊細で膨大な魔力を必要とする召喚魔法は発動しないとさえ言われている。これまで幾度となく実践しているが、一度として成功した記録もないのだ。


──終わった……。


 エル姫を始め、ここに集う全ての者がそう思った。


 この国は、いや、この世界は未曾有な危機に見舞われようとしている。

 各国は自国の領土を少しでも広げようと、周辺諸国を巻き込んでの戦争を始め、その火の手は聖教国にまで及ぼうとしていた。

 そして最悪は、魔王の再誕である。この国がある大陸と隣接している魔大陸という場所に、またも魔王が君臨したという情報が流れて来たのである。その情報を受けて国力を少しでも増強しようと、この大陸でも戦火が広がっているのである。

 なぜ、仲良く魔王と対峙しようとしないのか。魔王を倒すためにはこの大陸の人々が結束するのが一番の話である。しかしそうはならない。

 要は魔王を倒した国が、新たに帝王としてこの大陸を統べることができるのだ。その誉を我が国にと思う他国がしのぎを削っているのである。


「皆は魔王を侮っています……」


 エル姫はそう嘆息する。


 前回魔王が君臨したのは、およそ500年前、その時この大陸は、壊滅状態に近い所まで魔族に蹂躙されているのである。

 それを鑑みても500年もの間力を蓄えていた魔王が、その時の力を取り戻している可能性は否めない。

 創世の魔女の召喚術で召喚された勇者が居なければ、その時この世界は終わっていたと口伝されているほどだ。


 そして今回その召喚の儀は、完全に失敗した。

 加えて一縷の望みでもある大賢者エンデルも、一緒に消えてしまうといったおまけ付きで……。

 エル姫は、召喚魔法陣に近付きこの先の未来を憂いた。



 その魔法陣の一部に間違った術式が構築されているとは、この時誰一人として気が付くことはなかったのである。



 ◇



「という事なんですよ~……もぎゅもぎゅ」

「……という事じゃねーよ!! それ俺の弁当! 何食っちゃってるの!?」


 コンビニ弁当をチンして、冷蔵庫からお茶を取り出して来ると、そのチンしてほやほやの弁当を美味しそうに食べる自称大賢者のコスプレ姿があった。

 箸の使い方は全然なっていない。割り箸を割らずに弁当を口の傍まで持ってゆき掻き込むようにして食べている。いったいどんな躾を受けて来たのだ? 最近の若者はみんなこうなのか?

 年齢的には、17、8歳に見える。真っ青な綺麗な髪の毛に尖がり帽子、瞳の色はこれまた綺麗なブルー。最近のカツラとカラコンは非常に出来がいい。まるで本物みたいだ。

 肌の色は透き通るように白い。引き籠り過ぎだろ! 日光に当たりなさい‼ ビタミンDが生成されないよ? 骨弱るんだよ? 女性は特に骨粗鬆症に気をつけなきゃだよ? と。 まあ俺も人のことは言えないほどに青白いが……。


 服装はブルー系のローブと言うのか? アニメや映画で魔法使いが良く着ているやつぽい。でも、めちゃくちゃ出来がいいな……いったいどこでそんなもの売っているんだ? パット見トンキホーテとかに売っているパーティーグッズのような安物では絶対ない。金かけてやがるなぁ~……。

 と、感心している場合じゃない。


「どうかしたですか? もぎゅもぎゅっ」

「だからそれ俺の弁当‼」

「美味しいですね、これ‼ こんな不思議な味のものは初めて食べたのです‼ どれをとっても不思議な味付けですし、特にこのお肉は何なのですか? 柔らかくてジューシーだし、何よりとっても美味しい‼ これはきっと名のある宮廷料理人のお料理なのですね! モギュモギュッ‼」

「……あのな……ま、まあいいか……」


 コンビニのハンバーグ弁当をこんなに旨そうに食う奴始めて見たよ。名のある料理人? 出来合いのレトルトのようなものを詰めるパートのおばちゃんがか?

 まあ腹が減っていたんだろうな。ここに来るまでに何度も可愛くお腹を鳴らしていたし。仕方ない、俺はカップメンでも食うか……。

 腹も減っているので買い置きのカップ麺にお湯を注ぎ3分待つ。


「……うっ! ぐ、ぐるじぃ……」


 すると突然苦しみ出すエンデル。


「あーあ、もう~、そんなに急いで食べなくても逃げねえよ! ほら、お茶」

「う、うっ……」


 よほど腹を空かせていたようで、弁当を急いで掻き込んでいたので、喉を詰まらせたようだ。


「ごきゅっ、ごきゅっ、ごきゅっ……ぷふぁ~っ!!」


 俺の手からお茶の入ったコップを奪い取り飲み干す。

 なんか可愛いね、行動と言動は少し残念な感じはあるけど、愛嬌がある可愛い顔しているよ。なんか小動物を思い浮かべちゃうね。


「ふう、死ぬかと思った……」

「老人かよ!」


 のどに食べ物詰まらせて死ぬような歳でもないだろうに……。

 その後幸せそうな顔で弁当を平らげたエンデルは、本当に幸せそうだ。


「で、なんだっけ、どこまで聞いたかな?」

「あ、その前に、もう一杯お茶というものを所望致します。見た目は緑色で薬草みたいですけど、どことなくふくよかな香のする水ですね、それに冷えているのがまた喉越しがいいです。魔法で冷やしているのですか?」

「なに訳分からんこと言っているんだ? まあいい、待ってろ……」


 冷蔵庫へお茶のペットボトルを取りに行き、そして戻って来る。

 すると、


「あ、熱つっ! ずずずずずずっ‼ ん‼ んんん‼‼ んんんんんん‼‼‼ う、旨いっ‼」

「……お、俺の」


 俺のカップ麺を食っていやがっていた……。


「てめえ、何しに来たんだ‼」




 夜中に俺の部屋に舞い込んできた、不思議で少し残念な自称大賢者とのたまう少女エンデル。なぜか先が思いやられる俺だった。

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