第3章 七転八盗のシークレットガーデン PART15
15.
「え、それって……」
「先ほど九条様はこの中にお付き合いをしている方は二名と仰っていましたが、それは違います。一応私もその中に入っていたのです」
……こんな所にまで伏せていたとは。
九条の嫁候補が3人。それで九条はあからさまに動揺していたのだろう。確かに男と付き合っているとまでは思わなかった。
……器が広すぎるだろう、支配人。
とてもではないが、自分では面倒を見切れない。一人の相手でも億劫だというのに、彼の度量は規格外だ。あながち付き合っている人数が二桁というのは間違いではないのかもしれない。
「マネージャー……そうだったのですね。では、最初から九条様が結婚されるとわかっていて……司会をしていたのですか?」
七草が尋ねると、シロウは小さく頷いた。
「そうですね……。覚悟を決めるため、この仕事を請け負った部分もあります……。もちろんこんな私では結婚もできないでしょうから、政府も考えてのことだと思います」
……何か引っかかるな。
脳裏に一つの疑問が沸いていく。どうして政府は彼らの心の問題まで詳しく知っているのだろう。業間の人種の問題など、政府が触れられる範疇ではない。プライバシーそのものが侵害されている。
もしかすると、この中に
「自分がいうのも何ですが、九条様は会社内にも敵を作ってしまうほど不器用な方なのです。でも本心は違います。皆の幸せを願いすぎるため、体を酷使してしまうのです」
九条の言葉が思い返される。
確かに結婚相手を選ぶということは特別な相手を作ることになる。皆に平等を謳おうとも、親族の血には勝らない。
「あの方は一対一でいる時にしか本音を出すことはできません。立場を考えて、支配人として、己を殺すのです」
「じゃあ……陸弥さんを選んだのは……」
七草がシロウに尋ねると、彼は心を痛めるような声を出した。
「あの方の気持ちだと思いたいです……。同様に七草様も愛していらっしゃいました……。言葉は足りませんが、これは本当です……」
今になって九条の人柄を知る。職場の関係であるため、プライベートは知ろうともしなかった。むしろ、仕事においてプライベートは格好の弱さを見せてしまうと思っていた。
だが彼らはお互いに本音を曝け出し、会社をよりよくしようと奮闘していたのだ。
「……すいません、話が逸れました……。自分がいいたかったのは九条様だけでなく、皆、会社の顔だけではないということです……。今回、集まって下さった皆様は大変責任感のある人たちばかりです……。それは結婚においても同じことだと私は思っています」
「……では、マネージャー。こちらの席に座って頂けるのですか?」
零無が尋ねると、シロウは頷いた。
「はい。断る理由はありません……。自分の恋はもう、儚く散ったようですから……」
シロウが司会の台のボタンを操作する。すると、会場に新しい椅子が豪華なサプライズ演出と共に会場のロボットによって運ばれてきた。
……そんな演出いらんわ。
冷めた目で見ていると、八橋と零無の間に燻し銀で作られたアーバンチェアが固定され会場の円卓が一人分大きくなった。
先ほど出てきたものとは装飾が変わっているが、同じもののようだ。
「では改めてよろしくお願い致します。士郎静と申します」
士郎静…デューティーマネージャー 趣味: 登山
士郎のデータを読み上げていく。エリート中のエリート、壱ヶ谷を超え海外のトップ企業でも文句ない実績がある。
「先ほど申し上げた通り、時間はありません。第二投票への期限は自分でも変えることはできません」
自然と皆の視線が自分へと向かう。それはそうだろう。今まで主導権を掴むために策を講じてきたのだから。
……ここでの一言は貴重だ。
空気の重さを身を持って実感する。八橋を結婚させるのが当初の目的だ。だが参浦では彼女に役不足だ。
……ここでなんというべきか。
八橋の状態を確認する。士郎が隣に座ったことで、彼女の表情が変わっていく。今まで横にいた七草に夢中になっていたようだが、もうすでに彼女は彼しか見えていない。
……ここまで来たらやるしかない。
「
「……あ、ありがとうございマス」
シロウから祝福を受けるが、八橋の表情は冴えない。
「そ、そうデスよね。参浦さんはとってもいい方だとワタシも思ってマス。ですから、ワタシを選んでいいのか疑問が残るのです」
八橋は疑るように参浦の顔を眺める。
「参浦さん、本当はアナタ、ホモではないのでしょう?」
「…………」
八橋が声を掛けると、参浦は黙って下を向いている。そんな表情を見せれば、嘘だとばれてしまう。
「いいんです。そんな嘘をつかなくて。でも残念ながら、ワタシのは嘘じゃないんデス。だからこのまま、結婚するとなると、絶対にうまく回らないと思いマス。そんなワタシでもいいんデスか?」
……ここは正念場だぞ、参浦。
彼の顔を見つつ牽制を込めると、未だ迷っているように見えた。確かにここでの返答は一生を左右する問題だ。一人の人生ではなく、二人の――。
「……どうなんでしょうか、参浦さん……」
ここで彼を押すことはできない。たとえ、自分が結婚へ近づくことになるとしてもだ。
曲がりなりにもウェディングプランナーとして、最高の環境を用意することを仕事としている自分が、この状況を容認することなどできるはずがない。
……策を考えろ。この場で最も必要な選択はどこにある。
八橋が結婚することには問題がない。現状の相手がベターというだけだ。彼女のベストの相手は……誰なのだ。
……ちょっと待てよ。
パネルを開きプログラムの条件を読み漁る。もしかすると、俺は大きく勘違いしていたのかもしれない。
……ここは婚活ロワイヤルのプログラム。政府が作ったルールなど穴だらけに違いない。
条件を整えていく。算段はすでに構築されつつある。後はこの方法を確立するためには、皆の前で紹介しなければならない。
……俺一人で、皆を納得させることができるだろうか?
これだけアウェーの状況を作っておきながら、新案を提示するのは難しい。協力者が絶対的に必要だ。
零無を覗くと、彼女もまたパネルを開き、難しい顔をしながら頭を抱えていた。
……もしかすると、お前も同じことを?
口頭で連絡を伝えることはできない。パネルを使っても、駄目だ。携帯電話も電波は閉じられているこの空間で、伝える方法がない。何より協力関係がバレては意味がない。
……くそっ! どうすれば、零無と連絡が取りあえる?
休憩所に行く時間はもうないだろう。彼女に伝えるジェスチャーも思いつかない。なら、ここはゆっくりと彼女に伝えられるよう会話で繰り広げていくしかない。
……聞いてくれ、零無。俺の心の声を!
「参浦、もうお前には無理だ。八橋は……俺が貰う」
「え、四宮君?」
参浦の視線に構わず、八橋に問いかける。
「八橋、俺ならお前の条件を飲めるぞ。俺の条件はただ一つ、お互い隣同士の部屋で生活する、その一点だけでいい」
「え、本当デスか? 四宮さん」
「ああ。性行為もしなくていい、子供は試験管を通して作ろう。お前が好きな女を連れ込もうが、俺は一切構わない」
八橋に餌を投げかけながら零無を見る。
あからさまな嘘だと気づいてくれるだろうか、全ては零無にこちらの考えを読み取って貰うためだ。
「本当は結婚なんてしたくない。だが参浦を巻き添えにするのは気が引ける。だからお互い、妥協しよう。どこまで折れられるか、ここで話し合おう」
「そうデスね……私も条件さえ整うのであれば、四宮さんと結婚したいです」
……え?
好意的に解釈する八橋に身を竦ませる。普通はこんな独善的な言い方をされれば怒りを買うのではないだろうか。
「四宮さんは私のことをどう思ってるんデスか? もちろん女としてです」
「そ、そうだな……顔立ちは整っているし、料理も上手だし、悪い所なんて……」
……あれれ? この子、意外にいいかも。
八橋はガチレズだという所を抜きにすれば、悪い所はない。謙虚で勉強熱心で、笑顔もかわいい。え、ひょっとして……この子、結構いいんじゃない?
……違う、そうじゃない。
危険な思想を消し去り、零無への言葉を考える。
「普通の結婚では共同生活をしなくてはならない。だが俺達は一緒に住むことはできない、お互いに体の関係は求められないからな。八橋に適合できる人物がいれば別だが、俺ではここまでしか妥協できない」
……気づいてくれ、零無。
ここには八橋にもっともベストなパートナーがいる。参浦ではなく、壱ヶ谷でもなく、もちろん俺でもない。
彼ならきっと八橋の全てを満たすことができる。
「たんまり貯めた貯金もある。子供の面倒はきちんとみれる余裕がある。どうだ? 八橋、俺でもう決まりだろう?」
「……そうですね……」
「ちょっと待って!」
決め掛けている八橋の言葉を遮るのは零無だった。
「八橋さん、本当にこんな屑でいいの? この男は口から出まかせしかでない適当な男よ?」
「それでも、いいんです。ワタシのことを受け止めてくれるのは四宮さんしか……」
「いるじゃない、ここに」
零無が鋭い視線を司会台へ投げかけ不敵に微笑む。
「デューティーマネージャーがあなたの条件にとっても合うと思うのだけど、どうかしら?」
……よし、さすがだ、零無。
彼女の発言に胸を撫で下ろす。きっとこれまでの自分の発言を頼りに俺が何をいわんとしているか、見定めてくれたようだ。
八橋のベストパートナーはシロウだ。目標は参浦ではなく、デューティーマネージャーへと鞍替えしなくてはいけなかった。
「シロウさん、お聞きしたいことがあります」
零無は彼に言葉を投げかける。
「シロウさんは独身で結婚できる身ですよね?」
「ええ、そうですが」
「性別は男性、女性の心を持っていたとしても、結婚相手は女性でないといけないですよね?」
「ええ、日本で結婚する場合ですが。この政府公認の婚活では必ず異性でなければなりません」
「そしてこの場には9名しかいません。九条支配人と陸弥フロントマネージャーが脱退していったからです。なら、あなたも賛同できますよね?」
「……ええ、会議室の中にいるメンバーは参加可能です」
婚活ロワイヤルは10名の男女での集団婚活企画だ。2名減った8名の中で別の参加者が入ることは禁止されていない。そもそも、そんな項目はない。
だからこそ、シロウを引き込む算段を整える必要があった。彼の八橋への評価はわからないが、八橋の条件はベストを満たしている。
「提案があります。シロウさんがメンバー入りするための採決を取ってもいいでしょうか? 八橋さんの望みを叶えられるのはシロウさんしかいないと思います」
「その必要はありません」
デューティーマネージャーは零無の言葉を遮った。
「最愛である九条様がこの場にいない以上、私も覚悟を決めております。司会という立場をとりながらも、この中のメンバー入りもさせて頂きます」
……男らしいじゃないか。
シロウの発言に心を奮わせる。彼でいいのかどうかわからないが、マネージャーの発言には潔さを感じる。
マネージャーは沈黙の中、パネルを操作していく。するとそこには彼のプロフィールが覗けるようになっていた。
NO.10
性別:男性 趣味:伝統文化を愛でること 職種:デューティーマネージャー
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