第3章 七転八盗のシークレットガーデン PART2


  2.


「………」


 零無は口を噤みながらも俺を見る。どうせいつかはわかってしまう質問だ。これに答えなければ手を組んでいるとはいえないだろう。


「時間があまりないから、簡単でいいかしら」


「ああ、もちろん。要点だけで構わない」


 修也が頷くと、零無は間を取って答えた。


「私の両親、先ほどの経歴を見ればわかるでしょうけど同業者なのよ。だから私達は常に結婚という言葉で周りから縛られていたわ」


「要は許婚ということか?」


「そこまではいわないわ。だけど無言の圧力というか、私達は常にいい相手を選ぶように情操教育を受けていたの。こんな世の中ですもの、結婚しないことはよ」


「まあ、それはわかる。なら、なおさら二人と組む方が理想的だが?」


「私達は結婚する気がない。だけど、こうやって経歴も曝け出されている中で手を組めると思う?」


 零無はきっぱりといった。


「ここは多数決で結婚が決まってしまう場よ。もし同盟を組んでいることがわかれば、女性陣は私で決まりになってしまうわ」



 ……確かにその通りだ。


 

 小さく頷き零無の言葉の意味を理解する。先ほどの九条のように、強い何かの関係性が明かされてしまった場合、逃げ延びる時間はない。だからこそ零無は先手を打って、九条に楯突いた。


 幼馴染、三角関係、同じ職場、人を結婚に至らしめる要素が盛りだくさんだ。客観的に見ても、話を振られる可能性はダントツで高い。


「だからこそ、この場に呼ばれた時、私達は一度集まった。それでお互いに結婚する意志がないことを再確認したのよ。それに三人なら……」


 確実に一人残ることになる。そうなればどちらかがどちらかを裏切るしかない。


「だからフェアにするためにお互い別行動しているの」


「……なるほどな。納得のいく話だ」


 合点が行き、それ以上は咎めることはできない。



 ……だが仮に零無達が組んでいたとしても、美味しい話だ。



 逆転の発想で考える。最終的に自分を裏切るとしても、その時には彼らの関係性について述べればいい。それはそれでこちらの武器になるのだ。


 零無のやり方についていけない場合はこちらからことで、彼らを生贄にすることができるのだ。



 ……くくく、これでまた彼女と組む理由が一つ増えた。



 口元を抑えながら彼女に視線を合わせていく。ここまで来れば、手を組まずにいる方が難しいだろう。


「……陸弥が結婚したことで、お前の中では計画が多少狂ったようだが。次の案も考えているのか?」


「もちろん、考えてはいるわ」


 零無は表情を見せずに告げる。


「今の所、結婚に興味がありそうなのは二岡君、七草さん、八橋さんね。でも二岡君に合う女性を選ぶのは難しい」


「まあ、そうだな」


 自分の中では参浦も有力候補に入っている。だが彼はどの女性ともあわせられそうな気がする。ここで候補に選んでしまえば、後々苦戦を仕入れらそうだ。


 まずはこの三人から選ぶのが妥当だろう。


「となると七草と八橋か……」


「ええ。でも七草さんに焦点を絞るのは可哀想ね。提案することでこちらが逆に攻撃されかねない」


「確かに」


 第一のカップルで候補上がっておりながら、続けて選ぶのは酷だ。他の者の方が安全牌だ。


「八橋か……八橋に合う人物は……」


 料理長である八橋の相手を選ぶとすれば、誰が適切だろうか。仕事で見れば、彼女は職人だ。毎日の料理に神経を使い部下にまで気を使わなければならない。彼女のほとんどの部下が年上だからだ。


 才能は人を引き付ける。だがその全てが羨望の眼差しとは限らない。妬み、僻みはもちろんのこと、最悪同期まで彼女の敵に回っているのかもしれない。彼女に才能があるといってもここは何百人も滞在するホテルだ。その全てを一人で行うことは不可能であり、だからこそコミュニケーション能力が問われる。



 ……恐らくだが、今の彼女にはカリスマ性はみえない。


 八橋の動きを吟味して推測していく。仕事場では周りの意見を求めて動いているのだろう。ここは一流のホテル、クーロンズホテルだ。彼女が料理長を任されているということは一人だけの客を相手にしているのではなく全ての客を担当できているという証拠だ。


 職場に適応できていることは間違いない。


「あなたは彼女をどう思う? 意見が聞きたいわ」


「そうだな……」


 八橋真琴を分析する。人を見下したり、媚を売るような性格にも見えない。あまり自分から物を話すタイプには見えない、根が大人しいのだろう。


 しかも料理長というオーラは全く感じない。誰にでも愛想のいい八方美人タイプのようだ。



 ……もしかすると職場のストレスによって自信を失っているのかもしれない。



 責任者である以上、皆を一つにまとめ動かなければならないのだ。自分のミスでなくても責任は問われる。彼女の本当に願っている意見は自分の中で閉ざしているのかもしれない。


「俺なら……八橋となら上手くいきそうだけどな。お互い話すことはないけれど、喧嘩もすることはないだろう」


「そういう意見は訊いてないわ。何、本当は結婚したいの?」


「……冗談だ」


 修也は大げさに両手を挙げた。


「今の八橋はきっと自分の意思を持っていない。自分から動くことはないだろう。こちらから誘導しやすい人物だと思う」


 八橋の現状を加味すると、彼女の話を優しく聞いてくれるタイプがいいだろう。彼女の心を冷静に受け止め、適切なアドバイスをし、彼女の癒しとなる人物。この中でいえば壱ヶ谷、参浦辺りだろう。


「ねえ、四宮君はどの男性が合うと思う?」


「そうだな……」


 ここでの発言は慎重にしなければならない。彼女と口裏を合わせ動かなければ間違いなく失敗するからだ。八橋をターゲットとし、その上で男性ターゲットを担ぎ上げる。二人の意見が食い違っているようでは提案などできるはずがない。


 彼女に最も合う男性は……やはりあいつしかいない。



「俺は……参浦みうらがいいと思う」

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