第2章 九嫁三伏のデッドヒート PART6


  6.



「……支配人、それこそ無謀だと思いますが……」


 隣に座っている参浦が小声でぽつりと呟いた。


「ここにいるのは皆、各部署の責任者ですよ? 皆が辞めれば会社だってただじゃ済まないんじゃないでしょうか」



「うるさいっ!! それはお前が決めることじゃないっ!!」



 九条はパネルを叩き自らの力をひけらかした。


「誰の金で生活ができていると思っている? 俺様の血筋があるからこそ、この会社は成り立っているんだ。お前らが消えた所で変わりなどいくらでもいる。俺様の力があればこのホテルはなくならない、絶対にだ」


 九条の一声で参浦だけでなく全員が一蹴された気分に陥る。ここで彼に楯突いてもいいことなどない。やはり相手が悪すぎる。九条に投票することは不可能だ。


 九条を除く全員が押し黙る中、八橋が申し訳なさそうに手を上げた。



「……えっと司会者さん。この会議の選択によって私達を首にすることはできるのデスか?」



「一応できない規則になっております」


 シロウの言葉に心が安らぐ。だが彼は再び会場の皆を地に落とす発言をした。


「しかし条件があります。この会議によって既婚者になった者に限ります。もし離婚をされた場合は様々な制約が掛かりますので、その時は九条様の言い分も通るかもしれません」


 シロウの回答に思わず目が眩む。ここで結婚しない限り、自分のしたい仕事さえできなくなるかもしれないといっているのだ。仮に最後まで残ったとしても九条が結婚することになれば自分の仕事は奪われることになる。



 つまり現時点で、どちらかが奪われることが確定してしまったのだ。


 そんな横暴があっていいはずないっ!!



「無茶苦茶すぎるやろ……」



 二岡が足を震わせながら溜息をついている。


「俺っちにやって選ぶ権利くらいはあるやろ。なんでこんな所に閉じ込められとるんや。こんなことをするためにこの職場を選んだわけやないで……」


 確かに彼のいう通りだ。自由を買うために独身税を払っていたのに、責任者になったというだけで強制婚活会議に参加しなければならない状況に陥ってしまった。生活を潤わせるために汗だくで働いてきたのに、そのキャリアが自分の首を絞めている。


 このままでは自分の未来は絶望の闇に塗り替えられてしまうのだろう。



「そうデスよ、あんまりデス! 私はここに入るためにたくさん努力してきたはずなのに、こんな結果、受け入れることなんてできませン。」


 

 八橋が肩を落としながら気持ちを述べていく。


「皆さん、もっと話し合いまショウ? きっといい方法があるはずデス。どちらかしか選択できないなんて、辛すぎマス」



  ……ふん、俺は仕事などいらない。九条が結婚することになっても別のものを探せばいいだけだ。



 心の拠り所を無意識に求める。今の仕事自体は正直そこまで悪くないしやや満足している。不満があるとすれば小言をいう零無に対してだけだ、それ以外には特にない。


 だが結婚するとなれば別だ。プライベートがなくなれば、自分の人生の楽しみは大幅に減ってしまう。自分の自由時間がなくなることを考えれば、場所を変えるほうがまだいい。とにかく結婚だけは駄目なのだ。


 どうすればこの状況を抜けられるのだろう。何かいい手はないだろうか。



「……ちょっといいか。俺も質問があるんだが」



 手を上げて周りを見回すと、辺りが静かになった。どうやらこのまま続けてよさそうな雰囲気だ。



 ……今、話題に上っているのは九条と七草の二人。九条が駄目ならば七草に矢を向けるしかない。



「どうして七草は支配人と付き合っているんだ? 七草は確か愛がなければ結婚できないといっていたよな? そして今、七草は支配人と付き合っている。だが支配人ではその条件は満たせない。どちらのスイッチも押してないからな。これは明らかに矛盾してないか」


 先ほど愛がないと結婚できないといったのに、どうして七草は九条と付き合っているのだろう。どうみても彼は愛などより金を選ぶ方だ。投票をしなかったのはきっと彼にはどちらも必要なかったからだ。零無の問いに答える必要がない、と判断した可能性もあるがそれは本人の表情を見る限りないだろう。


「それは……」


 七草が口ごもる。九条の方をちらりと盗み見ている。


「ふん…俺たちの意思じゃない。許婚だ」


 九条が彼女を見かねて小さくいった。


「親同士の約束だ。こんな時代だからこそ、生まれた時から許婚が決められている。特に俺様のような立場にあれば、一人二人じゃない」



 ……やはり跡継ぎ問題か。



 修也は九条をまじまじと観察した。確かに理解できる範囲ではある。今の時代、子供を作らずに生涯を終えることだってあるのだ。前時代的といわれようとそういった対策を取る資産家はたくさんいるだろう。


 ならこの二人が結婚してもいいように思える。他のメンバーよりは条件はいいだろう。何も知らずにシャッフルで決められるよりはましだ。



「七草はどうなんだ? 支配人のことをどう思っている?」


「私……ですか?」


「ああ、お前の気持ちが知りたい」



「私は……」



 七草は目を伏せた。


「小さい頃からずっといわれていたので、九条様と結婚することには問題ありません。仮にもし九条様が他の人と結婚するといっても理解はできます」


「それはお前の本当の気持ちなのか?」


「……ええ、本当です」



 わたしにはその意思がないので――。



 七草は目を伏せながらきっぱりと告白した。


 彼女の肯定に別の含みを覚える。どこか自分の意見ではなく他人事のようだ。彼女は仕事さえ続けれれば、それでいいという考えなのかもしれない。



 ……だが、なんだろう。この違和感は。



 いいようのない感情を覚えていく。七草の九条を見る目は嫌悪ではない気がしてしまう。だがそれを掴む方法は見たらない。零無のように誘導尋問ができるわけでもないし、彼女の思う点を知ることはできない。



「話はそれで終わりか、なら俺様以外で決めてくれ」



 九条は机を叩き豪語した。



「さあ、ここにいるメンバーで決めるがいい。俺様はそれまで高みの見物を決め込むとしよう」




「……ちょっと待って下さい」




 突然、女性の声がした。その声を追いかけると陸弥が緩やかに背筋を伸ばしていた。



「九条様、それは私も含めて、ということですか?」



「……ああ、そうだが?」


 九条は彼女の視線を見ずに答える。


「お前もこの中から好きな相手を見つけるといい。俺は何も否定はしないし、祝福だってしてやる」



「……そうですか。それが……あなた様の答えなんですね……」



 陸弥は視線を下げて頷いた。先ほどまで浮かべていた笑顔が消えている。



「残念です。本当に愛していたのに……あなた様だけのことを――。皆さん、私もいわなければいけないことがあります」



 そういって陸弥は大きく息を吸った。




「私も…………実は九条様、いえ。くーちゃんと付き合っています」

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