第1章 十人十色の強制ミーティング PART1



 ……はぁ。非番の日なのになぜ職場に来なければならないのだろう。昼飯くらいは出してくれるのか?



 四宮修也しのみや しゅうやは自分の職場である葬儀式場を見回し溜息をついた。会社・法祥宛では10の式場があるが、全てが使われているのではなく、日常で入りにくいたかせ川式場でミーティングを行うことがほとんどだ。



 ……仕事のミスではないはずだが。これだけの役職者が揃う会議とは一体、何だろう。


 スマートフォンで貰ったメールを見ながら考える。月次会議は先週終えたばかりだ。メールには役職者会議と記されており、自分が所属している葬儀会社だけなく婚礼、委託している業者まで記載されている。


 二階の式場に入る前に一階のトイレに向かうと、にこやかに挨拶をしてくる男がいた。


「お疲れ様です、四宮主任」


 お疲れ様です、と軽く頭を下げながら顔を伺う。生花部所属主任の三浦だった。仕事を終えてきたばかりなのか、手を丹念に洗い流している。


「仕事終わりですか?」

「そうです、今日のために早上がりさせて貰ったんですよ」


 小便器の前で用事を済ませ、隣の手洗い場を使用する。ちらりと横目で見ると、男のくせに肌が白く、またきめが細かい。女装して加工すれば女だといわれても一目ではわからないだろう。


「何があるんでしょうね、今日は」

「さあ………検討もつきません」


 手を洗い終えて、流れるままに二階へと向かう。すると、またしても別の業者の男がいた。繋ぎを着ており、腕を二の腕まで捲っている。


「お、また男がきよったな。お疲れさん」

「お疲れ様です」


 式場に並べられている椅子に腰かけ、背もたれにだらりと座っている。こちらも仕事終わりなのか、汗で頭がべったりとしている。


「暑くてかまわんわ、ほんまに。こんなところで一体何を話そうと思ってんねん。あんた葬祭ディレクターやろ? 何かきいてへん?」

「どうなんでしょう……俺もさっぱりです」


 繋ぎの右胸に清掃会社の名前が書いてある。管理会社の者なのだろう。


「さっさと終わりにさせてもろて、帰りたいわ。シャワー浴びたい」

「僕もです。さっき仕事を終えてきたばかりなので」


 二人に頷きながら今回の会議について想像する。生花部の三浦とはよく顔を合わせるが、二岡はほぼ初対面だ。今までにこの二人と一緒に会ったのは会社の創業記念パーティーでしかない。


「はぁ~だるい。四宮君、冷えたジュースなんかあらへん?」

「俺が管理している棟ではないので……各役職者が揃うようなので、きっと食事か何かあるでしょう」


 朝から何も入れていない腹をさする。力仕事ではないとはいえ、何時間も会議が続くようであれば、体がもたない。


 三人で座りながら待っていると、後ろからまた男がきた。総務課の一ノ瀬だ。


「皆、お疲れ様。男は大分揃ってきたね」

「お、一ノ瀬か。お前も今日の参加者か?」

「そうだよ、四宮。休みとはいえ、その恰好はひどいぞ」


 ジャージ姿をなじられて一ノ瀬のスーツを眺める。常に清潔にしており、髪もワックスで固めている。


「非番だからいいだろ。それよりも一体何があるんだ、今日は?」

「オレもきいてないからわからないよ。ただ、これだけの若い役職者が揃っているんだ。社長も交代の時期がきているんじゃないか?」


 現社長は65歳を超えており、息子がすでに部長という肩書で内部で働いている。現社長は2代目、そろそろ引退を考えていてもおかしくはない。


「確かに。でもだったら、若い連中だけ呼ぶかな? 部長職も来るだろう、普通は」

「息子主体でミーティングをして、結束力を固めたいんじゃないか?

 確かオレたちと同い年くらいだし、交流を深めて現状を把握したいのかなと考えている」


 一ノ瀬の言葉に頷く。確か3代目の息子は九条統哉(くじょうとうや)、自ら別の葬儀会社で研修に向かい修行を終えた後、この会社の勢力を広げようとするくらいには野心があったはずだ。


「なるほどなぁ、それやったら飯はでるんか? ただ話すだけなんてだるいだけやで」

「交流も深めにくいよね、それだったら」


 二岡と三浦が頷きながら首を縦に振る。


「他は……女性陣の名前が連なっていたな。四宮は知っている奴もいるだろう?」

「……ああ」


 名簿の名前を再度思い出す。女性陣の名前が5名書かれているが、その一名だけはっきりと意識に残っている。


「零無(ぜろなし)さんだよね? 四宮君。僕もいつも怒られているから、ちょっと緊張しちゃうな」

「三浦、いわなくていい。名前を聞くだけでも億劫だ」


零無玲子(ぜろなしれいこ)、俺と同じ葬祭ディレクターだ。同期でありライバル、だがそれ以上に鼻につく物言いが神経を苛立たせる。


「あの黒髪ぱっつん美人やろ、ええやん。綺麗な女と同じ職場で何が悪い」

「悪いことしかない」

唇を舐めて答える。

「何かにつけて俺に文句をいってきやがる。やれ成績がどうだの、やれ仕事の仕方がどうだの、女だと思ったことなど一度もないよ」

「そんなもん、頷いとけばええ」

二岡が適当に返事をする。

「適当な扱いをしたら最後、ずっとネチネチ嫌味しかいわなくなる。あいつの記憶力はロボット並みだよ。むしろロボットの方がまだ愛嬌がある」


「へぇ、ロボットの方がねぇ……」


後ろを振り返ると、零無が式場の扉に寄りかかりながらこちらを見ていた。


「訂正するつもりはない。陰口だと思ってるのだろうが、こっちは陽口(ひなたぐち)でいってるんだ。お前の記憶力の高さに毎度驚愕しているよ」


「ふうん、そうやって適当なこといってると、思い出したことをぺらぺら話せそうになるわ。この間の経費のことなんだけど……」


「う」


役職者がいる前で出されたくない話題を一瞬にして思いつく零無から視線を逸らす。とにかく相手をいたぶることに快感を覚えている奴だ。ハイエナのように薄ら笑いを浮かべながら俺の表情を伺っている。


「……つまらないわ。何、四宮君は本当は出世したいの? あれだけ平の営業職で部長クラスの収入を得ていると豪語していたのにこんなけん制で黙ってしまうの?」

「うるさい。お前のけん制じゃなくて、ただの暴力なんだよ」


零無の言葉に自然と悪態をついてしまう。


「もう少し空気が読めるようになったら話もできるんだがな。人を攻撃しないと死ぬAIシステムでも脳みそに積んでるのか?」

「そんなシステムがあっても、四宮君は人と認知していないから意味ないわよ」


零無も間髪入れず反撃を行う。


「四宮君にはお金を稼ぐシステムしか搭載されていないわ。本当にそういった能力だけは長けているわ。感情はないのでしょう?」

「お前よりはあるわ!」


突っ込みながら振り返ると、他の女性陣も到着しており唖然としていた。








 もし業務上の理由ならわざわざ控え室に集まる必要もないはずだが、ここにはすでに他業務の男性責任者が4名待機している。



「……ふぅ、まだ始まらないのかなぁ」



 緑色の制服を着ている男がぼそりと呟く。緑はベルマンの制服だ。ベルマンとはホテルに滞在する客の案内人を指す。



「今日は大事なお客様が来ることになっているのになぁ。ああ、早く持ち場に戻らないといけないのに大丈夫かなぁ」


 彼の視線が自分に向く。爽やかで涼しそうな顔立ちだが表情は硬い。


「……当分帰れないと思うぞ。拘束時間に関しては何もいわれてないからな」


「そっかぁ。そうだよね……」


 ベルマンの男は硬い表情を解いて笑顔を見せた。


「じゃあ仕事は皆に任せるしかなさそうだね。君も何の連絡もなしに呼ばれたの?」


「ああ、そうだ」


 彼の視線を逸らしながら頷く。


「俺の場合は時間と場所が指定されていただけだ。後は何も聞いていない」


「そっか、じゃあ一緒だね」


 男は遠慮がちに胸元にあるプレートをかざしながら自己紹介を始めた。


「ちゃんとした自己紹介は初めてだね。僕は参浦春樹みうら はるき、ここでベルマンをしているよ。君は……」


「四宮修也だ。ここでウェディングプランナーをしている」


「自己紹介ありがとう。四宮君、よろしくね」


 彼の遠慮がちの態度とは別に胸元の金星は輝いている。ベルマン独自の緑色の制服が威厳と風格を醸し出している。


「……あー、だるいわぁ。マジで何の話なんやろうなぁ」


 向かい側に座っている男がこちら側を向いて呟いた。彼の茶色の制服は当ホテルの門番を司るドアマンだ。


「それにしても男ばっかりやなぁ。女は集まらんのかいな」


 長いえり足を手で触りながら呟いている。明るい髪色が何とも頭を緩そうに見せてしまうが、彼も責任者の一角だ。


「どうだろうな。控え室に集まれとは書いてあったが、ここで話をするわけじゃないだろう。会場に集まると考えればまだ他にもいるかもな」


 修也が答えると、ドアマンの彼は頭を掻きながら溜息をついた。


「そうかもしれんな。男だけやとテンション下がるし、嫌やなぁ。何より暑苦しいし楽しくないわ」


 彼の胸元には二岡淳におか あつしと書かれてある。その横には不釣合いな金星が飾られており、彼の態度の大きさに拍車を掛けている。


「お兄さんは青やから、式場関係者やな?」


「ああ、そうだ」


 返事をしながら胸元の金星をはっきりと見せる。彼のようなタイプには力をはっきりと示したほうがいいという感覚が無意識に働く。


「君は何か聞いていないのか?」


「俺っちも何も聞いてないわ。ただ今日は仕事を休んでいいといわれとるけどな」


 二岡はにやりと笑いながら八重歯を見せた。どうやら自分の方が情報が多いとわかり、優越感に浸っているようだ。


「本当は出勤やったんやけどな、おかげでさぼれそうやわ。ラッキーやな、四宮君」


「……ということは話し合いが終わり次第、持ち場に戻れといわれていないのか?」


「ああ、そうなんや。今日はここで一日仕事みたいやで。デューティーマネージャーに会議が終わり次第、帰宅していいといわれたわ」


 デューティーマネージャーとは夜を預かる支配人だ。当ホテルではNO.2にあたる。その人物が宣言したとなれば信頼性のある確かな情報だ。


 情報源がこいつでなければだが。


「ということは今日一日掛かる話し合いがあるのかもな。しかも会社にとって重大なことなのは間違いない。これだけの重役を集めるのは今までになかったしな」


「そんなんやったら意味ないわぁ」


 二岡が落胆の声を露にする。


「それやったらまだ仕事に出た方がいいわ。会議なんて途中でふけようと思ってた所やのに」


「そうだよね、僕も会議より仕事の方がいいなぁ。ああ、何の話し合いなんだろう。別に悪いことをした覚えはないしなぁ」



「……大丈夫、怒られるようなことじゃない」



 参浦の横で一人静かに本を読んでいる男がぼそりと呟いた。



「各部署の責任者が集まっているんだ、もしこれが反省会の場なら各部署毎に通達が来るはずだよ」


「確かにそうだよね」


 参浦は彼にやんわりと微笑みを返して息をつく。


「そうやろうな。重要な通達なら個人でやるべきや。じゃあ、何が始まるんやろうな。新年会も終わったし、行事らしいもんはないはずやで」


 二岡の言葉を受け本を読んでいた男は立ち上がった。


「何を決めるのかはオレにもわからない。だが、これだけの責任者がここに集まっているんだ。何か特別な意味があるんだろう」



 ……エリアチーフでもわからないことが今からあるのか。



 修也は唖然とし再びこの会議について思念を始めた。


 オレンジのスーツはエリアチーフ、つまりNO.3の座にいる男だ。その役職にいても知られていないということは相当極秘の計画があるらしい。


 もしくは彼は事前に情報を知っていてそれを敢えて隠しているということもありえる。だが今の所、その兆しはない。


「……何があるのかは知らないが、この会場を使うのはあまり気が進まないな。今日は婚礼がないからだろうが他でやって欲しいよ、まったく……」


「君のメインの職場じゃないか、何か不都合なことでも?」


 オレンジの男の言葉に口元が緩む。


「だから嫌なんだよ。職場にいるだけで体力が削られていくんだ。責任者会議なら他にも部屋はいくらでもあるだろうに、非番の日にここにいること自体、拷問だね」


「……まぁ、そうだな。君の気持ちはわからないでもない」


 エリアチーフは本の角を触りながら視線を送ってくる。


「しかし、じゃあどうして君は今の仕事を選んだんだ? ウェディングプランナーなのだろう?」



「……もちろん、これだ」



 指でお金のマークを作る。


「俺みたいな者にこそ、客観的に内容を見積もることができるんだ。夢を売るといえば原価の数倍取れる。こんな楽な仕事、他にはないよ」


 胸についた金星を見せるように青いスーツを羽織り直す。だが彼には通用しないだろう。自分よりも階級が上の人間にバッチを見せても意味がない。



「……ふうん。君はそういう人間なのか」



 エリアチーフは物定めをするかのようにこちらを覗きこんでいる。


「なるほどな。それも一つの答えだ。いいんじゃないか? オレは好きだよ、素直に自分の感情を伝えられる奴は」


「………それはどうも」


 彼の純粋な視線に思わず目を背けてしまう。全てを見透かすような視線には毒が含まれているからだ。


 特に彼のように優等生の発言は自分にとって猛毒となる。なるべくなら関わらない方が得策だろう。

 

「オレは壱ヶ谷晃いちがや あきら。よろしく頼むよ、四宮」


「……ああ、こちらこそよろしく。四宮修也だ」



 ……彼には自分はどう映っているのだろう。



 横目で壱ヶ谷の表情を盗むが、怒りや呆れなどの表情はないようだ。どうやら敬語を使わなかったことで気分は害してないらしい。やはり出世する人間は小さなことでは動揺しないのだろう。



 ……まあいい。今日の会議だけだ。




 もちろん今の言葉には嘘はない。今の時代、頼れるものは自分の財産だけだ。他人が手を助けてくれるようなことなんてない。自分の命は自分で守るしかない。



 ……金こそ俺を守る盾だ。それは変わらない。



 があるからこそ、自由を手に入れていられる。税を払うことによって婚活もせず独身貴族でいられるのだ。これからも払い続けていくつもりだし、そのくらいの余力は充分にある。



 俺は生涯誰とも結婚する意志はないのだから―――。



 再度、心の中で独身の誓いを立てていると、突然アナウンスが鳴り響いた。どうやら何か発表があるらしい。耳に神経を通わせると、柔らかい男性の声が聞こえてきた。



『責任者の方々、長らくお待たせしました。それでは控え室を出てアンジェリックの会場へとお進み下さい』



 男のアナウンスが流れ、部屋にいた3人は顔を合わせることなくそれぞれ出口へ向かった。


 やはり式場に向かうようだ。階段を登りラウンジに出るとアンジェリックの会場にライトが照らされていた。この会場は当ホテルでは一番グレードの高い部屋だ。


 メイン会場の門の前に辿り着くと、一番出会いたくない人物が眉を寄せながら突っ立っていた。 


「四宮君、わざわざ休日出勤ご苦労様。休みの日くらい顔を見せなくてもいいのに、そんなに仕事が好きだなんて知らなかったわ」

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