テスラ


            *


 ナルシャ国首都ジーゼマクシリアの中心部に位置するロッサム自治区は、アリスト教徒の聖地メッカである。


 日々、数千人もの信者が巡礼に訪れ、神に祈りを捧げる。街ほどある広大な敷地のため、順路通り歩くだけで3時間はかかるが、その列は規定のある8時から19時まで途切れることはない。


 しかし、この日、まだ誰もいないサン・リザベス大聖堂で、大聖女テスラは祈りを捧げていた。


 地平線から垣間見える朝の光が、背を向けて子をいだ聖母テレサ像を一層神々しく輝かせているのに対し、彼女の前でひざまずく金髪の美女は、瞳を閉じて瞑想を続ける。


 やがて。


 そのつぶらな瞳を開き、フッとため息をつく。


「ヘーゼン=ハイムに施していた結界が破られました」

「えっ!? 誰にですか?」


 隣にいた大司教ラオス=ブラフは驚いた声をあげて尋ねる。


「……わかりません。ですが、確かに感じました」

「まさか、五精老が?」

「違います。彼らに、あの結界は破れない」

「すると……死者の王ハイ・キング

「……」


 あるとすれば、そうだろう。だが、ヘーゼン=ハイムの危険性を誰よりも熟知しているのは、他ならぬあの男だ。


 若きヘーゼンと壮絶な死闘を繰り広げたゼノスは、研究結果も、拠点も、死兵も、財も、知識もほとんど全てを奪われた。


 解き放たれた野獣に、単独で対抗し得ることなどできはしない。そんな彼が、以前よりも遥かに強大になった聖闇魔法使いにの結界を、無謀にも解こうとするだろうか。


「……」


 また、これまでゼノスは徹底的にテスラのことを避け続けてきた。結界を破るということはすなわち、再び道が交わると言うこと。


 一度、過去の因果を断ち切ったテスラと今更、道を同じくするとは想像ができない。


「……ふぅ」


 不意に昔の記憶がフラッシュバックして、大聖女は久しぶりに自らの胸の鼓動を聞いた。


「どうされますか?」

「まずは、現状を確かめねばなりません。結界の地へ向かいましょう」

「し、しかし。万が一、ヘーゼン=ハイムが解放されていたら」

「心配には及びませんよ。私ならば、対峙したとしてもすぐに負けることはないでしょう」


 あの時も、実に数十日に渡って、ヘーゼンとテスラは戦闘を続けた。その長き長き戦いの果てに、五精老、死者の王ハイ・キングなどが集結して、結果として勝利した。


 1対1では、勝てる気はしないが。


 長期戦に持ち込むことができれば、負ける気はしない。それが、テスラの認識だった。そして、それはヘーゼン=ハイムとも共有しているような気がする。とすれば、無駄に戦いを仕掛けるようなタイプでもない。


「それよりも……結界を解いた者の方が気になります」


 あれは、アリスト教徒の秘術が使用されている特殊なものだ。たとえ、ゼノスであったとしても、解くのに数年は要するほどだと見ていた。


 だが、1年も満たない間に、それが解かれるのなどと言うのは想像をしていなかった。


「……」


 神の悪戯か、悪魔の誘いか。


「ヘーゼン=ハイムが、内部から解いたと言うことは?」

「あり得ません。あの結界の中はそういう類のものではない」


 テスラは大司教の言葉を即座に否定する。以前、あの結界の中にいた自分は知っている。空間自体が異なった次元の狭間にあるあの場所で干渉することなどできはしない。


 とすれば。


「……何か、恐ろしい才の者が現れたのかもしれません」

「五精老より、死者の王ハイ・キングよりもですか?」

「あるいは……私よりも」

「そ、そんなのあり得ません!」


 大司教は、大声で否定する。


「……」


 いや。



























 あるいは、ヘーゼン=ハイムより。





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