なんの変哲のない村。


 寂れてもいないし、喧噪高いわけでもない、ヘーゼンの印象はそんな感じだった。


「離せ離せ離せー!」


 そんな中、もがくアシュを背負って歩く。ジロジロと見られるが、基本的には無視して農作業をしていた。


「君の家はどこだ?」

「な、なんで僕んに行くんだよ!?」

「面白い素材だからな。可能だったら弟子にしたい」


 !?


「い、嫌だ。嫌に決まってるだろう」

「なぜ?」

「わからないのか? 本当にわからないのか!?」


 アシュがガビーンとした表情を浮かべる。


「わからないな。どうせさ。君、この村で浮きまくってるだろう?」

「……っ」


 なんて失礼なヤツなんだ、と黒髪の少年は思う。


「貴族への抵抗感が平民には強いからな。魔力持ちと言うだけで、排他的に扱われるだろう。特に、君みたいな闇魔法使いは」

「……」


 魔力を持たない者は一般的に『不能者』と言われる。それだけで、社会的なヒエラルキーは、下になる。


 だが、不能者ばかりの村であると、それは逆転する。力を持たない者への羨望は、時に力ある者の迫害をも超える。


 そして……闇魔法使いは、どこの世界からも嫌われている。それは、ヘーゼンの経験則でもあった。


「それに、君は嫌なヤツだしな」

「……っ」

「生意気で、自信過剰な、言うなればクソガキ。先天的か後天的かはわからないが、性格も捻くれ具合が今まで見てきた子どもの中で最悪だ」


 !?


 酷い。


 こんな可愛い(自称)子どもに対して。


「……うええええっ」

「嘘泣きやめろ」

「……っ、最悪だ。性格が最悪過ぎる」


 アシュが絶望的なガビーンを浮かべる。


「と言う訳で、別にこの生活に未練はないだろう?」

「どちらかと言うと、あんたの弟子になりたくないんだよ! わからないかな!?」

「僕のどこが気に入らない?」

「今のところ、全部」

「……」


 やはり性格が悪い子だなと思う。


「数秒話してみればわかるけど、その自分勝手で唯我独尊な性格。今まで見てきた大人で史上最悪だ」

「ふむ……まあ、どうでもいいか」

「……えっ?」

「アシュ。僕が君を連れて行くのは決定事項だ」


 !?


「言っている意味がまったくわからないんだけども!?」

「君の意思は、この際どうだっていい」

「……っ」


 キッパリとした、迷いのない発言にアシュは戸惑う。


「そ、それって誘拐じゃ……」

「もちろん、正式な手続きは踏むよ。君は未成年だから、所有権は親にあるだろう? 逆に親の承諾さえ貰えれば、君の生殺与奪は好きにできると言う訳だ」

「……っ」


 アシュはなおのことバタバタと暴れ始める。


「さて……もう一度聞く。君の家はどこだ?」

「ふん!」


 ヘーゼンは漆黒の瞳で覗き込むが、アシュは頑固にソッポを向く。


「……なるほど。結構な反抗心だ。大抵の弟子は、素直に言うことを聞くので、これは鍛え甲斐がある」


 そう言って。


 黒髪の魔法使いは、指を滑らかに動かして地面に五芒星を描く。


<<その闇とともに 悪魔ベルセリウスを 召せ>>


 ポン。


「シンフォちゃん……そ、そ、そんなこと言わないで……アレ……」


 5歳ほどの小柄な体格。黒く小さな翼が背中にちんまり。申し訳程度の牙がチラリ。そんな可愛らしい少年が出てきた。手には、黒い薔薇が一輪。


「ご機嫌はどうかな? ベルセリウス」


           ・・・


「なんなんですかもー! 本当に勘弁して下さい! 何度も何度も何度も何度も! 悪魔使いが、流石に荒過ぎますよ!」

「うるさい」

「……っ」


 出てきた小悪魔を、黒髪の青年は、一言で黙らせる。


「想悪魔ベルセリウス……初めて見た」

「……」


 一方で、アシュは瞳をキラキラと輝かせる。


「悪魔召喚に興味があるのか?」

「……」

「はぁ……」


 手強い。


「まあ、ベルセリウス。この少年の、家がどこにあるかを教えてくれ」

「はい!」


 小悪魔はハキハキと返事をして、アシュの心の中を読んだ。

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