学術都市ザグレブ


 数日後、学術都市ザグレブに到着した。馬車から降りたアシュは、周囲の街並みを眺めながら、フッと笑みを浮かべる。


「……懐かしいね」

「アシュ先生は、来たことがあるんですか?」


 シスが尋ねる。


「小さな頃にね。かなり長い間、ここに住んでいたことがあるよ」

「……」


「はいはいはい! へーゼン=ハイム記念館に行ってみたいです」


 リリーが手を挙げてアピールする。


「行けば?」

「うぐっ……あ、アシュ先生は行かないんですか?」


 先ほどの話で、すっかり戦闘モードに入ってしまった金髪美少女である。悔しいが、闇魔法使いの話が面白かったので、一緒に周りながら色々と聞いてみたい想いに駆られる。


「僕はあの人から破門にされている身だよ? なんで、好んで記念館などに回らないといけないんだ」

「ついでに申し上げれば。アシュ先生は、数万といるヘーゼン=ハイムの弟子たちから、狙われてます。学術都市ザグレブは、彼らの巣窟ですので行けば蜂の巣にさせると思われます」


 執事のミラが説明すると、アシュは不敵な表情で笑みを浮かべる。


「弟子だろ? しょせんは、ヘーゼン=ハイムになりきれなかった劣化品レプリカどもだ。そんな者たちに、僕は負けないよ」

「そ、そうなんですか?」


 学術都市ザグレブはヘーゼン=ハイムの影響力が色濃い。だが、彼らは直接師事を受けた訳ではない。


 『ヘーゼン=ハイムの弟子』と自称し、日々研究をしているので、アシュの言う通り『弟子もどき』と表現することもできるかもしれない。


 ただ、ヘーゼンもまた自身の影響力を考慮し、黙認していたと言う経緯がある。


「確かに、ライオール様などの高名な弟子は輩出されませんでしたが、魔法レベル自体は非常に高いです。ヘーゼン=ハイムの残した魔法を解読し、より高みに上げようと日夜修練と研究を行っていると聞きます」

「ふっ……戦争の技術向上を進化させて、他国に売りさばく金の亡者どもさ」


 アシュはフンと鼻を鳴らす。


「では、私と行くかい?」


 ライオールは、ニコニコと柔和な笑顔を浮かべて提案する。


「い、いいんですか?」

「ちょうど、私も彼らに挨拶をしないといけないのでね。それに、アシュ先生は行くところがあるのでしょう?」

「……君のそう言う察しのいいところは、僕は非常に嫌いだな。まあ、せっかくの提案だから、子守は任せておこう」


 アシュはミラとともに、そそくさとその場を後にした。


           *

           *

           *



 そこは、名前すらない小さな丘だった。アシュはミラと2人で、息をきらしながら歩く。


「はぁ……はぁ……やはり、ピクニックは苦手だな」

「これは、ピクニックなんでしょうか?」


 有能執事は淡々と尋ねる。


「……山に登って、ランチにサンドイッチを食べればピクニックなんだ、と僕は教えられたがね」

「どなたにですか?」

「忘れたな」


 アシュは即座に答え、やがて、丘の頂点に到着すると、足を止めた。


 今では、そこには墓標が一つ。すでに、草木に覆われていて、名前などを確認することはできなかった。


「……」


 白髪の魔法使いはしばらくの間、その場に佇んでいた。


「どなたのお墓ですか?」

「……さあ、サンドイッチを食べよう」


 そう言いながら、アシュがカバンからシートを取り出して広げる。


「ミラは、アップルティーの準備をしてくれ」

「かしこまりました」

「……で? 草葉の影に隠れてる君たちも、サンドイッチを食べるのかい?」


「「……え、エヘヘッ」」


 シスとリリーが照れながら、出てくる。


「ヘーゼン先生の記念館に行ったんじゃなかったのかい?」

「やっぱり、こっちが気になって。ねっ、リリー」

「わ、私は別に。ただ、シスがどうしてもって言うから」

「……まあ、いい。ピクニックというものは、大勢なほど楽しいらしいのでね」

「かなり多めにサンドイッチを作りましたので、ご心配なく」


 ミラがドサッと巨大なランチボックスをシーツの上に置く。

 

「……ここに来るのは、200年以上前か」

「そ、そんなにも前なんですか!?」

「ずっと、ヘーゼン先生に狙われていたのでね。本当にしつこいんだ」

「に、200年もですか? なんで、そこまで」

「ヤバい先生なんだよ、とにかく」


「「「「……」」」」


 アシュに言われたら、もう死んだ方がマシだな、と全員が思った。


「でも、ヘーゼン=ハイムの私生活って文献があまり残されていないんだって。記念館にもほとんど資料がないって」

「あの人が隠そうと思えば、太陽だって覆い隠せるのかもしれない。そんな人だったよ」

「……アシュ先生は、ヘーゼン先生のことを尊敬してたんですね」


 シスが笑顔を浮かべて言う。


「尊敬? とんでもない。200年以上もつけ狙われ続けて、一度は永劫の闇に幽閉されかけたんだ。そんな相手に、なんで尊敬なんかできるね?」

「でも……アシュ先生がヘーゼン先生のお話をする時、少しだけ……誇らしいように聞こえます」

「……」


 闇魔法使いは、バツの悪そうな表情を浮かべてサンドイッチを口にする。


「アシュ先生とヘーゼン=ハイムはどうやって出会ったんですか?」

「……どうだったかね。確か、誘拐同然だったんじゃないかな? その時も、僕は大陸一可愛らしい子どもだったからね」


「「「「「……」」」」


 ド憎たらしいガキだったんだろうな、全員が思った。


「……なにも面白い話じゃない。ただ、ヘーゼン先生が僕の住んでいた村に入って、弟子にしただけだ」

「聞いてみたいです」


 シスは目を輝かせながら言う。


「……そんなものかね。まあ、じゃあ、サンドイッチを食べながらでも話すとするか」


 アシュは少し遠い目をしながら、話を進めた。

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